74話 元就様がみてる
いつの間にか年があけてましたぜコンチクショウ。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
置塩城
山名義親
「ふっ……私が、この私が細川京兆家の現当主、細川信良である」
「あ、どうも。黒田美濃守が次男、黒田小一郎です」
「ははーっ!!」
居丈高になったのもつかの間、見事なまでの平伏をする細川さん。流石、掌ひっくり返すのがはやーい。
何この茶番……いや、これが細川さんの持ちネタだと言う事は知っていますけど、小一郎君たちが一斉にキョトンとしているんですがいいんでしょうか?
ああ、助けを求めるようにこちらを見なくていいですよ。小一郎君。細川さんは悪い人では無いですから。ああやっておどけて、出身身分の低い上官との距離を詰める程度の器用さは持ち合わせています。
……間の悪さは筋金入りですけど。
とはいえ、何もしない訳にもいかず、はぁ、と一つため息をついて、未だにピシリと平伏を極める細川さんの肩に手を置きました。
「ご苦労様です、もういいですよ、細川さん」
「まさかの戦力外通告!?わ、私はなんとか場の空気を和らげようとしてだな……山名くん!」
「なんでしょう?」
「……やらかしたかね?」
「……残念ながら」
無情に宣告してあげると、平伏した体勢のままブルブルと細川さんは震えますが、やらかしたのは事実ですから。チラリと視線をあげると、確かに重たい空気が流れています。これから方針を決める為の軍議を始める所なのですが、何と言いましょう……とにかく重いです。監査役の母里教官は無遠慮に細川さんの失態を笑っていますが、問題はもう1人の監査役。
毛利陸奥守元就。
我らが殿、黒田左近衛少将隆鳳が「現在存命する者の中で最高かつ最強の謀将」と手放しで褒めた事のある稀代の英傑。死闘の末に降伏した後は、家督を完全に長男の隆元さんに譲り姫路に滞在しているのですが……いいんでしょうか?色んな意味で。敵勢力の首魁だったという意味では、私の父も同じですが、控え目に言っても父とは格が違う人です。
ジッと感情の無いような瞳でこの様子を見られていると思うと……うぅぅ。ボクは東部戦線だったのでついぞ直接的にはお相手をしませんでしたが、つい先日まで最大級の敵だった御方ですよ……ボクお腹が痛いです。
その存在感もさる事ながら、目下空気が一番重たい理由は息子の四郎君と確執があった事らしいんですよね。こうして息子が初参加する演習についてくる程度には目を掛けていると思うんですが……四郎君、一切目を合せません。完全無視を決め込んでいます。
この空気を払拭したいという細川さんの気持ちはよく分かりますが……本当に「ばーか」としか言いようがありません。もう少しやりようがあったでしょうに……。
「山名さん」
「な、なんでしょうか、小一郎君。ああ、いや、指揮官殿!」
「斥候を手配したと報告がありましたが、相手がどこかはまだ掴めませんか?」
「はい。事後報告になってしまいましたが、即座に各方面、各街道に馬術にたけたものを5名ずつ選出し、斥候に出しています。ですがまだ報告は入っていません」
「姫路も?」
「はい」
殿だったら既に襲い掛かってきていそうな気がします。それ故に真っ先に斥候を独断で放ったんですが、この様子だと一先ず安心して良さそうですね。
黒田家にとって情報は最大の生命線ですから。独断は怒られる可能性もありますが、手配していなかったらそれこそ勝敗だけでなく、みんなの命に係わります。これは紛いなりにも最前線にいた経験です。
「そうですか、ならば相手は兄様ではなさそうですね」
「小一郎。だからといって姫路から目を離す事は早計。殿ならば真っ先には動かずにこちらが気を抜いた瞬間に襲ってくるぐらいの事はやる。少なくともどこかに出向くまでは姫路は最警戒の対象」
「成程、その可能性があるか。四郎の言うとおりだ。山名さん、相手が判明するまで引き続き警戒を」
「承知しました」
なし崩しに軍議が始まった事にホッと胸をなでおろしつつも、四郎君の冷静さにちょっと戦慄します。彼、ボクより年下なんですよね……初陣もまだなんですよね?
「それと、小兵衛おじさま」
「なんです?若」
「今回参加しない他の城とかの扱いってどうなってます?」
「基本中立の扱い」
「中立という事は味方にしてもいいという事ですね?味方につける場合は?」
「直接的な戦闘への参加は不可」
「で、あるならば、間接的には大丈夫なんですね?」
「………………………………」
あ、今、凄いやり取りがあった気がします。にやりと教官は笑って答えませんでしたが、それはもう答えを言ったようなものです。
「この度の話を頂いた時に、少し考えていました。これは演習。つまり、実戦を想定した物のはずです。ならば、定石を踏むべきだろうと」
小一郎君のその言葉にハッとなります。確かに定石――つまりは基本通りに動くべき状況です。ですが、今は、
「ですが、黒田家の防衛の基本戦略を鑑みると、この城一つだけで防衛という時点で詰んでいます」
……そうです。基本的に防衛は一つの点では行いません。本城があって、支城があって、多角的に配置された拠点が連携して防衛します。失敗した例は、ボクたち山名が黒田家に負けた時でしょうか。散々負けて堅城と恃む本拠地、此隅山城に籠りましたが、周辺の支城が落とされて孤立。結果として数日も待たずに降伏する事になりました。
この置塩城を本城と定め、支城が無いという状況はその時と同じです。張り付かれたら負け――実戦での戦術次第で挽回できるところではありますが、戦略的には失態もいい所です。
「支給された金銭物資を近場の城に流して味方に付けるつもりですか?」
「可能であるならば、それがいいかな、と」
小一郎君の姿勢に黒田家がなぜここまで勢力を拡張できたのか、その片鱗を見た気がします。堅実さは残っていますが、手段を選ばず戦略上の勝利を狙いに行く貴方は間違いなく殿と参謀総長の弟君です。
「その段取りをお願い出来ますか?細川さん」
「は……はっ!早急に!」
バッとものすごい勢いで細川さんは顔を上げて答えます。折衝役によりによって失態を犯したばかりの細川さんを使うとか、抜擢の仕方が凄い。大丈夫なんでしょうか。
「教官!鞍掛山は幾らで手を貸してくれますか!?」
「お前、ここでそうくるか。そうだなぁ……支給された金の半分。それで斥候と誘導、牽制までは請け負ってやる」
「もう少し負かりませんか?」
「戦場で金を惜しむなと教えなかったか?」
「無い袖は振れません!」
即断即決でここで交渉を開始した事もそうですが、馬鹿正直すぎです。思わず顔を覆ってしまったじゃないですか。
……まあ、金銭事情まで目が回るようになった事はすごくいい事なんですけど。
「どう思う?四郎」
「城の間借りも付けてくれるなら半金でいい」
四郎君が答えると、予想もしていない方向から「ふっ」と鼻で笑う様な声が聞こえた。思わず視線を向けた先におわすのは――。
「何か面白い事でも?父……いや、毛利監査官」
「汝の敗北、あるいは苦戦が見えた事」
表情を出そうとして失敗しているのか、毛利陸奥守様は無表情のまま目頭を押さえて頭を横に振ります。同時にどこかから「カーンッ!」と何か戦いが始まる合図のような金物の音が響いた気がしました。
「父と言えど、愚弄する事は止めていただきたい」
「失態を叱責する事は愚弄と言わぬ。言わせてもらえるならば、小賢しい。策を弄しすぎている」
「―――ッ!貴方がっ!それを言うな!」
「左様。策を弄する事は将にとって必定。だが、敵を視ず、本質を忘れ、己が策に耽溺するならばいっそ負けよ」
ゴメンナサイ、緊迫した空気の中なんですが、毛利殿って結構喋るんですね……息子相手だからかもしれませんが結構辛辣。
「本来、索敵はお前が指示をすべき事。その先の事も、その先の事も。何故、独断の謗りを被りながらも山名殿が先手を打つ。何故、金銭の持つ重みを知らず、何故肯んじる事が出来る。間借りの許諾を得た所で、あえて背水に身を置く事になる空城の計は大した意味にもならぬ」
「…………………………」
城の間借りをお願いした理由は空城を目論んで、ですか。確かに一度、越水城を使って三好長慶が行った空城には一泡ふかされましたが……そこから考案したのかな?
というより、
「なんでこれだけのやり取りで空城狙いを看破できたんでしょうか……」
「山名殿。別働隊を組むにしろ、味方相手の間借りに半金は多い。愚息が半金で肯んじた理由はそこに重き策を見出したからじゃ」
「成程。勉強になります」
この洞察力。流石というべきでしょうか。
「山名殿はどう考える?」
「奇策はやるとしたら一撃で決めないと負け確定です。奇策は最初から念頭に置いておく手ではありません。念の為に準備こそすれど、敗色濃厚になって背水を強いられてから、でしょうか。別動隊の編成程度ならば有意義かと思いますけど、それはそれで分断された上での各個撃破の危険性も孕みます。攻勢防御を臨むならばともかく、いずれにせよ防衛に向く戦術ではありません」
「……流石、黒田家の士官の錬度の高さが伺える回答じゃ」
「きょ、恐縮です」
ボク知ってます。強い人から見込まれる事が決していい事だけじゃないと。
「山名殿はもう一つ懸念を抱いているのではないか?」
「えっと……なんでわかるんですかね。まあ、敵は一組だけじゃないだろうなーとは思っているだけですよ。ボクだけじゃなく、細川さんを含む他の者たちも」
ちらりと小一郎君達の顔色を伺うと、予想はしていなかったみたいですね。理由は簡単です。小兵衛教官が「一対一」と明言しなかった事と、城攻めを同数で行う訳が無いという事が主な理由です。だから正直、攻勢防御はしんどいと思っていたんですよ。どこかの誰かさんのように武力にずば抜けた人が居る訳じゃないですし。
「これが実際に死地を掻い潜った者たちとの意識の差。汝の眼には何が映っている。眼を開ける事無く、ふわふわと夢想するだけならば、汝はまだ童のまま――黒田家に預かってもらって、覚えたのは夢を見る事だけか」
「……毛利殿。我ら監査役につき、助言はこのぐらいで」
「失礼した、母里殿。息子があまりにも不甲斐ない故に」
母里教官が間に入ってその会話を止めると、毛利殿は一礼して一歩後ろへ下がった。叱責された四郎君は、父親譲りの無表情をやや悔しげに歪ませつつも、一理あると思っているのか何も言いだしません。
「うーむ、厳しいがいい父君だな。私の父もこれほどの気概と頭の良さがあれば、もう少しはまともな世の中になっていたものだが……」
確かに、といいたい所ですが。細川さん。アンタちょっと空気読みなさい。
こういう時はアレですね……悩んだって仕方無いですから、なんでもいいからとりあえず敵をやっつけましょうよ。
話を進ませなかった元就様、一言
「3年分は話した」
そんな事はともかく、山名くんが段々スレてきたなーと思う今日この頃。