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藤巴の野心家  作者: 北星
7.5章 富国の刻
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71話 科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース

お久しぶりです。

お久しぶりなのに閑話……ごめんなさい。そして書いてみたら長かったので(明智十兵衛光秀の受難は)続きます。

 姫路 明智十兵衛


 「拙いな……」


 姫路の雑踏の中、冷たい汗が背中をつたう。越前より呼び寄せた妻と子たちが住まう屋敷こそこの姫路にあるが、私自身は姫路にそう長く居た訳ではない。


 それでも来る度、来る度に思うのだ。この街は以前と違う街だ、と。


 記憶が思い出になる前に激変していく。人が増えた、建物が増えた、花が増えた、店が増えた。通りが増えた。いつの間にか馬車なんてものが始まっている。

 少し前の姫路の街は姫路城の郭の中で完結していたのだ。けど、今では街が城下に広がり、新たな郭も設けられている。近隣の英賀城、御着城の城下町すらも呑み込んでしまっているのだから、この変化は膨張と言っていい。それらを捌く黒田美濃守様ら、内政組の苦労は察して余りある。

 ただ人を集めるだけならば可能だ。そこに経済活動を乗せ、かつ治安の悪化を招かないようにする事は並大抵の事ではない。


 ……と、語ってみたが、要は街が変わりすぎてお目当ての店が見つからないのだ。


 「はてさて……おや?」


 少し立ち止まって位置関係を頭の中で整理していると、前の方からいくつもの書物を抱えた知り合いの姿が見えた。歳は殿より少し上ぐらいだが、私と比べると遥かに若い。奔放と身軽さを旨とする黒田家の若い重鎮にしては珍しく、常時キッチリと整えられた装いをしているので見分けがつきやすい。


 「左京殿」

 「ん……おお、明智殿。お久しゅう」

 「奇遇ですな。左京殿は例の……鉄砲の件ですか?」

 「ええ、今少々鍛冶場に立ち寄ってきた所でして、これから城に戻る所です」


 そう言いながら、彼――櫛橋左京殿は困ったように苦笑いを浮かべた。伴も連れずに書物を抱えながら往来を行くその姿は、黒田家随一の鉄砲放ちとは到底見えない。それもそのはずで、今、彼は左少将様の肝煎りで軍務から離れ、鉄砲などの改良――あるいはその基礎原理からの研究に追われていると聞いている。偶然の改良、発見による技術革新ではなく、理路整然とした体系化を行った上での改良を求められているとの事だから、その苦労も一入だろう。


 「鉄砲の改良そのものは順調なんですか?」

 「理論上は、ですけどね。どう改良すればいいかはある程度目途が立っているんですけど、それを実現する為に他の技術を発展させない事にはどうにもならない状況でして」

 「成程……」


 鉄砲がどれだけ扱い辛いか、黒田家では私と左京殿が一番よく知っている。だが、鉄砲の技術を発展させる為の理論が思い付くかというと、それは無理だと私は答える。だが、こともなげに左京殿は『理論は出来あがっている』と言った。

 黒田家黎明期を代表する武名を持つ武将を戦場から遠ざけ、研究に専念させた成果だろうか。時折、左少将様の人の使い方が怖くなる。だが、その怖さが黒田家の強みだ。


 「そこの見た顔2人。あんまし往来で物騒な話せんといてや。物騒やなくとも迂闊過ぎるで」

 「おや……?」


 つい深く考えすぎていると、また新たな声がした。その声のした方向に視線を向けると、深く被った笠をチョイと軽く上げて顔を覗かせた御坊が居た。心なしか青褪めているその顔には、右目の辺り周辺に深い火傷の痕が残っている。

 これまた大物が軽々と……かくいう私も供を連れずに歩いている以上、あまり言えないか。


 「これはこれは……顕如上人。もう出歩いても大丈夫なので?」

 「怪我人やから出歩くなというのは殺生やで、十兵衛はん」

 「奥方とかは心配しないのでしょうか?」

 「家でゴロゴロしてばかりで邪魔や、って追い出されたわ」


 それでも顔を晒すのは怖いのか、顕如上人は笠を深くかぶり直しながらカラカラと笑った。門徒の多い姫路近郊でバレたら、押しかける門徒たちによる一混乱が待っている。


 「それにいい加減、動かんと今度は家ばかりじゃなく、この街からの追いだされそうやしな。そう思ったら、あの馬鹿とんでもないもん押しつけてきよったから、寝てる場合じゃなくなってもうたわ。左京はんは知っとるやろ?」

 「あー……はい。医者の件ですね」


 坊主が医者?2人のやり取りを聞いても少し想像ができない。確かに、坊主は薬草の扱いに長けているという印象があるが。


 「悪人正機は知っとるかいな、十兵衛はん」

 「『善人なほもちて往生をとぐ、いはんや悪人をや』でしたか」

 「流石やで。実際問題、この世には聖人君子で居られる人間などこれっぽっちもおらん。そんな奴は勝手に救われるやろうから、それ以外の奴らこそ仏様を信じるべきやし、仏様はそいつらこそ救ったるわ、というのがウチらの考え方や」

 

 生臭いと眼をそむけずに調べてみると、確かに一理ある。だからこそ、一向宗の門徒は増大したと言えるのだが、それが一体なんだろう

 

 「つまり、ウチらは穢れもそんなに忌避しとらんのや。避けるには越した事無いけど、避けられんならしゃーないと思うんや。ウチら悪人やから生きていく為に聖人のようには振舞われへん」

 「あー……わかりました。成程。左少将様らしい」


 医術を修め、かつ発展させようとするとどうしても血を見る事になる。それは本質的に浅ましく、汚らしい事だという観念が私たちにはある。私とて闘争を職としている者ではあるが、それでも人並みに思う所はある。

 けど、その穢れごと救ってやるという集団が手元にあったらどうだろうか?恐れる事も、蔑む事も無い者たちがいたらどうだろうか。そう考えると、一向宗の下に医者を求めるのは合理だ。更に言えば、一向宗は加持祈祷の類を一切良しとしない。仏が救うのではなく、救う人を救うという考え方だ。顕如上人にとっては突飛な申し出だったかもしれないが、左少将様らしい妙手と言える。


 「せやけど、もういやや……人の身体を知る為に必要な事とは言え、人がバラされる所見るんは」

 「………………………前言撤回。あの方は鬼か」

 

 しかも、友と公言してはばからない相手になんという……。


 「ええ、鬼ですよ、十兵衛殿」


 あ、左京殿も遠い目をしている……。


 「流石に強制はできんくて、志願者を募ったけど、終いにはみんな泣いとったわ。それでも克明に記録せなあかん。おかげでしばらくメシが喉通らんくて……あかん」

 「気持ちはわかります……」


 戦の後の私たちだって、時折食べ物が受け付けなくなる時がある。それでも軍人として食べられる時に食べないといけないから、泣く泣く詰め込むものだ。


 「しかし、上人までも参加せずとも良かったのでは?」

 「トッキー自らもが臨席した以上、そらあかんわ。そうでなくとも、前例のない事や。ウチら責任者が率先してやらんと『黒田左少将肝煎りの案件が頓挫』という本願寺ウチらにとってエライ事態になる」

 「私たち技術班も大体そんな感じです。気が付いたらあの方混じってます」

 「左少将様臨席……ああ、やりそう」


 左少将様なら確かにそうするはずだ。あの方は、一度は自らやらないと気が済まない気性を持ち合わせている。その功罪はともかく、下に居る者としては気が抜けない。


 「十兵衛はん、医者に掛かる時はそういう犠牲があった上で得た技術なんや、と時折思い出してほしい……金創医は抜群に縫うのが巧くなり、薬に至ってはホンマに何人もの罪人で効果を確かめとるからな!ホンマやで!?」

 「今度、鉄砲改良についてまつわる膨大な論文をお送りいたしましょう。何、極秘資料ではありますが、十兵衛殿ならば申請すれば問題ありませんとも。ああ、多少涙の痕がにじんでいるかもしれませんが、是非一度お目通しを」

 「ははは……」


 確かにその恩恵を一番受けるのは私たち武士……もとい軍人全般ですけどね。流石に押し付けられると苦笑しか出ねぇですよ。上下共に肝に銘じる様徹底させましょう。だから、ジリジリと近づいてくることはやめてください。


 「まあ、辛気臭い話はともかく、十兵衛はんは伴も連れずに何しとったんや」

 「………………」


 言い辛い。これから馬廻り同期との会食に向かう途中に迷子になりました、だなんて。しかし、左京殿にも顕如上人にも特に他意は無いように見える。


 「……まあ、散策ですよ。滅多に姫路には居ないので」


 少しだけ心が痛かった。


 

尚、正直に話した場合。


「十兵衛はんなんて大キライやぁあああああああ……」

「え、そこまで?」

「左京殿はいたって普通なんですね……」

「まあ、私は姫路から離れないのでなんだかんだで家に居られる時間も多いですし」


安定の顕如オチ。

続きますん。

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