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藤巴の野心家  作者: 北星
7章 嵐を駆る者
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70話 雨が去って花が笑う

 1564年

 黒田隆鳳


 ハッピーか、と訊かれたら否と答えよう。アンハッピーな気分だ。

 首尾よく毛利を降し、恙無く会談を終えたら、大友攻めについて猛反対を喰らい、しぶしぶ下がる事になりました。黒田隆鳳さまだよー。


 俺の味方がね……吉川しかいなかったの。


 合流した毛利元就、毛利隆元、小早川隆景、宇喜多の義父、赤松弥三郎おじさん、友にぃと錚々たるメンツが反対に回った事に加え、おそらく官兵衛が手を回したであろう、公方が献金を叩き返したという報せや、遠征する物資が無いという無情の報せに断念せざるを得なかった。

 季節もちょうどこれから農繁期という事もあって、これで事実上、今年の軍事行動は店仕舞いだ。しゃーねぇから、後は相撲大会の企画でも練って年越しを迎えるさ。


 まあ、実際の所、これ以上大軍を動かすわけにはいかないと理解はしていた。だから、九州上陸は久方の寡兵突撃を図ろうかと思ったんだが、当事者である毛利があまり乗り気でない以上、あえて無謀を冒す必要も無いと思ったのも事実だ。だから俺の機嫌はそう慮られるほど悪くは無い。


 いや、しかし、流石に小早川の「大友ありがとう。君たちが我々の共通の敵となってくれたおかげで毛利は辛うじて生き延びた」という身もふたもない発言には度肝を抜かれた。

 確かに大友が黒田家と毛利家の共通の敵になったからこそ、毛利降伏への運びもスムーズとなったんだが、言っちゃっていいのか……それ。

 だが、そんな発言が平然と出てくるほど、旧毛利の連中が大友に向ける感情は最悪に近いものだ。ありがとう!大友!


 だから、お礼に大友は西方軍をきっちり編成した上で、その総力を以ってしかるべき時に叩き潰す――以上。顕如に頼んで念仏でもあげてもらおうか?キリシタン。


 一応これで片が付いた事で姫路への凱旋……なのだが、


 「いやー、いよいよか。楽しみですねぇ、父上」

 「太郎……」

 「兄者ーっ!何を軟弱な事言うちょるけぇ!もちっとシャンとせぇ!」


 おかしいな。敗将のはずなのに、毛利隆元、毛利元就、吉川元春のテンションが微妙に高くって鬱陶しい事この上ない。アンタら、それでいいのか……特に名義上とは言え毛利の家督を継いでいた隆元さんよぉ。

腹の底ではいざ知らず、そこまでお気楽にされるとだ……なんだろうな、アンタら相手に真面目に戦った事が馬鹿らしく思えてくるんだよ。

 

 大体な、姫路行の人員を選ぶのに兄弟喧嘩が勃発するってどういう事やねん!毛利元就は実権を握っていたとはいえ、隠居の身なので、その影響力を排するという意味でも姫路預かりは確定だった。だが流石に毛利旧臣らを纏め、安堵させるためにも三兄弟のうちいずれかは安芸に残ってもらう必要があった。


 んで、三兄弟で協議の結果、じゃんけんと相成り――小早川の一人負けで決着がついたわけだ。


 おかしいよな!?普通このケースだと、2人留守の1人出張ってパターンだろ!?そして割を食っている小早川に同情したい。


 普通、敗戦して新加入する奴はな……ああ、うん。今ちょっと振り返って三村を探したけど、奴は結構堂々としているな。毛利落日の引き金を引いた負い目も見せず、覚悟を決めているのか胸を張って進んでいる。その背後から兄と一族の仇として三村を付け狙う三浦さんちの貞坊がヤバい目付きで見ているからって言うのもあるだろうけど、敗将、降将とは普通こういうものだろう。

 ……俺の中での三村への評価をちょこっとだけ上げておこう。この針の筵でこの態度がとれるならば、化ける可能性ありだ。


 「まもなく姫路ですな」

 「ああ」


 傍を行く弥三郎おじさんからの言葉に心なしか緊張した声で答える。姫路に凱旋すれば全てが終わりという訳ではない。むしろ、毛利の処遇を含め、今後の事について突き詰めなければならない。その為に、東戦線に立つ、官兵衛や細川閣下。明智、明石ら各地の将も姫路に召集を掛けている。尚、全てを招集する訳にはいかないので、今回武兵衛は最前線に据え置いたままだ。

 西からは俺、弥三郎おじさん、宇喜多、村上、毛利が主だ。友にぃは毛利降伏後の安芸に駐留中で、山中鹿之助は返す刀で尼子勢と共に石見銀山を押さえに行ってもらっている。


 「官兵衛や閣下たちも着いた頃だろうか」

 「おそらくは」

 「姫路に帰ると無性に休みたくなるな」

 「まあ、此度の戦を思えばな。だが、彼らはそれを許してくれるほど甘くは無かろう」

 「だよなー……」

 

 この長い戦場暮らしの間にな……息子達はハイハイを始めたらしいんですよ。つかまり立ちをするようになったらしいんですよ。見たかった……っ。

 子供たちがあちこちに動くようになったんで大変、と小夜は手紙で言っていたんだが、「いつ寝返りを打つようになるかなー」なんて思っていた俺からするとだな……うん。

 息子たちが初めて歩く瞬間までにビデオカメラ発明できねぇかなぁ……。


 だが、姫路で待っているのはむさっ苦しい奴らと来たもんだ。そいつらと面付き合わせて悪だくみをしなきゃならねぇ。

 

 「ところで、彼らの処遇をいかがするつもりで?」

 「安芸をどうするか、次第だな。しばらく俺の預かりにする事は確定だろうが……」


 既定路線で言えば、毛利隆元は内政の事を学ばせ、吉川元春には当家の軍政に馴染ませる。本人の希望もあるだろうが大筋では分業化、専門職化を推し進めるつもりだ。だが、その後、安芸を毛利の手に残すとなると、それほど深くまで学ばせられない気がする。


 「中央か、地方か……か。まあ、自らの領地を持ったうえで中央の職を受け持つのは至難の業だからな。我の場合は領地の龍野が姫路に近いから救われているが」

 「地方領主にするにはもったいない。だが中央で役を持つと、領地経営が難しい。いっそ、藤兵衛みたいに中央の役一本に専業化してくれた方がやりやすいと言えばやりやすいんだ」

 「……毛利大膳大夫の事か」

 「まあ、吉川も小早川もそうなんだがな」


 毛利大膳大夫……毛利隆元は内政官としての適性が。吉川は言わずもがな将としての適性が。小早川はその多才振りから配置先が悩むところだが、将としても参謀としても海将としても超一流だ。彼らを領地経営と二足の草鞋を履かすのはもったいない。

 だが、彼らは大国、毛利の支配者階層の人間だ。降伏していきなり旧領から引き剥がしたら、その下にいた人間の不信を招く。

 基本的に俺たちは藤兵衛から始まり、かつての弥三郎おじさんや、赤松大名家、山名、一色など奪った土地の旧支配者層を一度引き剥がす方針を取ってきたが、それは俺たちが攻めずとも既に瓦解状態であったり、引き剥がしによる混乱が少なそうな小勢力だったから出来た事だ。

 現に、地盤にしっかりと根付いていた別所、波多野、池田などから領地を剥奪していない。やや勢力を残していた尼子にしたって、一部を公方の下に送るという名目で地侍の引き剥がしをし、領地改変の一部テコ入れをしたが、本貫には手を伸ばしていない。


 その反面、波多野、尼子は閑職に居るという訳ではないが、家中で影が薄い。波多野も本気を出せば将としても戦えるであろう。尼子も現在の当主は外交や策謀に才能の片鱗を見せている。だが、領地を安堵した代わりに彼らのその才能、その力が十全に発揮できているかというと、それは否というしかないだろう。


 波田野が華々しい軍功を上げたか――否。

 尼子が外交に役に立ったか――否。


 当家で功を上げたければ、中央――つまり姫路かあるいはその近隣。命令に対して即座に呼応する身軽さが必要だ。地方で重要な仕事を任されるには、まず中央で信頼を積み重ね、そして赴任するという形が武兵衛や明石与四郎らによって確立されてしまっている。中央の――俺たちの流儀や流れを理解せず、はじめから地方領主では埋没するのが関の山だ。無論、彼らがずっとそのままという訳ではないが、現状では将としても兵としても練度が足りないため即戦力としては数えられない。


 この黒田家特有の事情が、毛利の面々の処遇を悩ませている理由だと言っていい。唯一の例外はうちの子になっている毛利四郎だけだ。四郎だけは俺の子飼いとして姫路で研鑽を積ませ、中央に食い込ませることが出来る。ただし、時間が必要なのは変わりない。


 「いずれにせよ、大友攻めは来年は無理だな。来年は西も東も外交戦と謀略戦の年だ」


 今年中に三好長慶を葬っておいてよかった……。

 毛利元就を降しておいてよかった……。

 難易度が全然違う。


 「……昨年もそんな言葉を聞いた気がするな。聡明丸よ」

 「それは自分でもわかってるから言わないでよ……」

 「察するに、来年は北陸辺りが動こう。たとえば、公方を通じ、一向宗を封じ込めている朝倉から救援の依頼が届く、とか」

 「朝倉はウチと若狭を巡って水面下で対立しているぞ」

 「いや、風に聞く北陸一向一揆の話を鑑みるに、若狭を捨ててでもあると我は踏んでいる。なにしろ、こちらには公方と上杉もいる。先見の明が朝倉にあるならば、こちらになびく可能性は高い」

 「確かにな。そして、もしそうなった場合、俺たちも立場上呑まざるを得ない。与四郎の派遣だけじゃダメか」

 「駄目だろうなぁ」


 本音を言えば来年と言わず、3年位時間が欲しい。

 3年、おとなしくしていられるかと言われると、それはまた別の話だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 難題が残る帰還となったが、ちょっとハッピーな気分になった。

 姫路の城外、もはや英賀城の城下町とくっついてしまった辺りから、ちらほらと季節の花が見えるようになったのだ。

 そりゃまあ、花なんてものは山野を駆け巡れば嫌でも目に入る。眼に入ったのは、人の手で植えられた花々の姿だ。

 菊、萩、竜胆、水引、桔梗、撫子、藤袴、女郎花。聞けば、小夜をはじめとする、兵として赴いた旦那たちを待つ女性たちが植えた花だという。控え目にではあるが、しっかりと整えられて街を彩っている。この事に気が付いた毛利御一行様も目をむいて驚いている。


 こういう……心づくしがなんと嬉しい事か。


 「帰ってきましたな、殿」

 「ああ。帰ってきた」


 護りたい物がここにある。我らの本拠地だ。苦難など幾らでも乗り越えてやろう。

 そのたびに、そのたびに、季節が巡ろうとも、どれだけ遠くに行こうとも、俺達は愛しき人が造った花の道を通り何度でも凱旋する。

誰得だと思ってお蔵入りになったエピローグ


吉川「ふぅー……これはいいのぉ。なあ、父上」

元就「……確かに」

隆元「いや、温まる」

弥三郎「なんというか……凄い状況だ」

宇喜多「気にしたら負けだよ……」

隆鳳「いや気にするだろ。なんだこのむさっ苦しい状況は」


御一行様。現在姫路城内の大浴場を満喫中。

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