69話 スロウレイン
お久しぶりです。おまたせしました。今回は毛利降伏までをちょこっと詳細にやってみました。
ようやくデスマ(XX連勤)が終わったんだぜ……そしてごめんなさい。
コメント返信はもうちょっとかかりそうです。
黒田隆鳳
戦の本質は騙し合いだ。勿論、この時代に来る前に戦いを興じた事など無かったが、この時代で幾多もの戦場を踏んで感じた結論はそれだ。戦場で正対する前――敵が視界に入る前から戦は始まる。どこにいる、なにをしている。なにをすればいい。警戒と想像を重ね、自分の頭の中の敵を追い、そして最後に答え合わせをするかのように殺し合う。戦が巧い、という言葉は敵の動きを的確に読み、自らの思惑に誘導する事に長けた者への賛辞だ。
その定義で考えると、俺は戦が巧くない。ただ、戦が巧い奴を動かす方法を知っているだけだ。
史実云々抜きだと、実際に敵対した中で戦が一番巧かった奴は三好長慶だと思う。読みに関してはそれほどでは無かったかもしれないが、思考の死角から掌で転がされる様な誘導は力技で切り抜けるしか無かった。
謀略に関して俺の主観、体感を元に言うならば毛利元就は三好長慶と同じ。そして実績を鑑みればその更に上をゆく。決して下では無い――そう信じている。
それは史実がどうかではなく、俺が彼と同じ時代に生き、そして彼が成し遂げたその足跡がまだ風化しない内に見る事が出来たからだ。
かの厳島の戦いですら10年も経っていない。毛利元就は高齢だが、かの戦まで毛利とはそれほど大きな勢力では無かった。だが、調べれば調べる程、その周到さが際立つ。毛利元就の人生を掛けた準備――それが無ければ、たった10年でここまでの盤石な体勢を敷く事など出来なかったはずだ。特に毛利両川の“両川”――“吉川”と小早川”を奪った手並みなどは寒気すら許されない程に無機質な謀略だと思う。
本質が似ている気がするのだ。三好長慶と毛利元就は。
二重傀儡政権という頭のおかしくなりそうな状態を回し続け、下剋上の最後の仕上げの時に俺の刃の露に消えた三好長慶に対して、毛利元就は下剋上を成し遂げ、護る側に入った事が唯一にして最大の違いだ。
だからこそ、毛利を崩す事は難しいと言える。
だからこそ、俺たちは三好長慶と戦った事が今活きていると言える。
手を緩めたら、容赦のないその手が伸びてくる。躊躇ったら引っ繰り返される。ではどうすればいいか――手を緩めない。躊躇わない。毛利元就の予想を超える速度で次の手を打つ。小細工程度では止まらない圧倒的な暴力で吹き飛ばす。主導権を握ったら放さない――それに限る。
つまり、だ。
「全軍―っ!吉田郡山城に――いててててててっ!?は、離せぇーっ!」
「目の前で家を焼かれようとして止めん馬鹿がどこにおるけぇー!」
順調に中国山脈を踏破し、吉田郡山城に張り付くや否や、投降後同行していた吉川らに雁字搦めに取り押さえられた。両手両足、吉川に至ってはコブラツイストみたいな体勢で絡みついてきた。やめろー!捩じ切れる。
「……ま、そりゃそうだ」
「お前らは納得してねぇで止めろよ!俺が痛めつけられているんだぞ!?」
「流石に得物出されたら止めますけど……」
「吉川殿。そのままでお願いします」
「殺さない程度にお願いします」
「クソッタレ―ッ!!」
大変。家臣たちの忠誠心ゼロです。割とマジで痛がっているのに誰も止めに来てくれねぇ。しかもこの極まり具合。ガチで殺しに来てるっつーの!
「大体な!なんだって毛利の本拠がこんなクソ田舎なんだよ!」
「田舎言うな!本拠を攻め辛い場所に定めるのは当たり前の事じゃ!」
「攻め辛いなんて今日日自慢になんねぇんだよ!姫路を攻める事すら出来なかった奴らが言ったって負け犬の遠吠えじゃねぇか!」
「おーおー、随分と……人が席外している内に何してンすか」
少し席を外していた南條又四郎がベリベリベリッと纏わりついていた吉川たちを引きはがしていく。うむ、これだよこれ。躊躇わず、気負わず、当たり前のように――イテテッ!今、関節に引っ掛かるように引き剥がしたのはワザとだろ!?
「ンで、いきなりどうしたんス?」
「左少将がいきなり吉田郡山城を焼こうとしたんで、止めたんじゃ」
「あー……ご苦労さんでございやす」
クッソ!味方がいねぇ!
でもな、俺だってわかるよ?吉田郡山城を力攻めしたらいけないという事ぐらい。それをやったら、毛利が俺の下に降る可能性が無くなる事ぐらい。
だが、それは現在、あくまでも俺たち側の青写真でしかない。戦はまだ続いているのだ。だからこそ、毛利が次の手、次の策を練る前に、息もつかせぬほど追い込む必要がある。三好長慶との戦いで学んだ事は、「謀略家相手に時間を与えるな」だ。
たとえば、ここで吉田郡山城に張り付き、息を抜いたとする。毛利本隊は当然反転してくるだろう。そこで、会談に持ち込めるならば問題は無い。だが、こちらが隙を見せたその時を狙い、俺たちの言葉に耳を貸さず毛利本隊が飛び込んで来たらどうなるだろう?当然、毛利はこちらに降っている吉川を失う事になるが、こちらも多少の被害では済まされない。
杞憂だと思うだろうか?俺は官兵衛と親しいから思わない。官兵衛や毛利元就ら謀略家は時として非情かつ冷徹に判断を下す。ここが分水嶺だ。
だからこそ、俺は友にぃらを吉田郡山城攻めに加えなかった。全ては毛利本隊及び、多方からの後詰の相手に備えてもらっている。
まだ戦は続いているのに、温いなれ合いをしている配下たちにイラッと来る。確かに吉川の協力は得られたが、毛利が否と答えたらそれは一気に覆ってしまうというのに。
ふと顔を上げると、緊迫した心中を表に出してしまっていたのか、周囲の人間たちは皆一歩退いていた。まあいいさ。戦う意志があるのならば。そんな中で、南條又四郎だけが「わかってますって」と素知らぬ顔でハンドサインを送ってくる。さて、と胡床にドカリと腰を掛け、ジロッと周囲を睥睨する。
「吉川ァ」
「なんじゃ」
「この戦は終わったのか?」
「……終わっとらん」
「終わっていない、そうだ。戦はまだ続いている。そうだな?」
「……兄者と親父には早急に説得の使者を出しちゃるけぇ、どうか今は慈悲ある判断を」
やはりというべきか、吉川の振る舞いもこちらの油断を誘う為の擬態だったのだろうか。まったく、ややこしい奴らだ。これだから毛利って奴は……。
今度こそ吉川元春は深く頭を垂れて決断をした。
「半日だ。毛利本隊も、とは言わねぇ。早急に吉田郡山城を開城させろ」
たとえ決裂したとしても、吉田郡山城を落としていれば、少なくとも逃げ惑う程の挟撃を喰らう事は無くなる。ただ、落としたら落としたで、どさくさに紛れた内応や反乱が起きる懸念はあるが……『ある』と仮定した上で戦うならば多少は和らぐはずだ。
これはゲームじゃねぇ。消化試合だったとしても、油断することなく確実に勝ちに行く。
「半日けぇ……ブチ厳しいのぉ」
「他が相手ならばいざ知らず毛利だからしゃーない、諦めろ」
「つくづく思うが、ここの大将は毛利をブチ高く買ってくれるのぉ。嬉しいやら、困るやら……わかった。血が流れんのも嫌じゃ。半日で開城させちゃるけぇ」
「助かる」
「保証に我が首を――」
「いらん。足りん」
ハッと顔を上げる吉川に向けて俺は笑みを浮かべた。
「もし……もしだ、交渉が決裂して毛利と戦う事になった時には、『吉川駿河守元春」として俺の下で生きて戦え。毛利が起こす価値の無い奇跡に望みを賭けると言うのならば、せめて貴方の手でその幻想ごと葬り去ってくれ」
「……………………」
「吉川駿河守。貴方は稀代の名将だ。そして貴方の親兄弟も――全て。俺は失いたくない。我が翼に足る名将を。世を蝕む愚物を焼き尽くし、屍を超え、時代の暴風に抗って羽ばたく力を。頼む――その力を、その翼を貸してくれ」
「天地神明に誓って」
「俺達は名将、吉川駿河守の加入を心より歓迎する。では――早速だが、貴君の手腕に期待しよう」
「はっ!」
勝手だってわかってる。結局は俺の個人的な好悪でしか無い事も――だからこそ、真心を晒す。せめてそれぐらいしか俺には出来る事が無いから。
もしダメだったとしたら――殺し合った後で「縁が無かったんだな」と嘆くだけさ。三好の時みたいに。
ま、意地でもそんな事にはさせねぇけどな。
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瀬戸内
村上武吉
波間に敵船の残骸らしき板が無数に漂う。陸を我らが御大将が駆け抜ければ、海は俺達が東へ西へと行き来する。ようやくだが、俺達に出番が回ってきた事を喜ぶべきか、嘆くべきか。
海の戦は陸の戦と違って、たとえ生きていても船が沈められたら終わりだ。潮の流れにしろ、風の向きにしろ、敵の動きにしろ、太陽の位置にしろ、その全てが敵にも味方にもなりうる。まったく違う相手、まったく違う戦場で連戦の命令など殺す気かと言いたくなる。
それでも無理を押してここに来たのは、これが唯一にして最後の機会なのだろうな、という予感があったからだろう。長く続くかと思われた毛利との戦はもう終わりだ。
俺たちに関係なく、だ。この海の戦の帰趨など――ただの一助にしか成りえない。
それが少しだけ切ない気持にさせてくれる。それだけで済むのは多分、恨みとか余計な感情が薄れてしまったからだろうか。
「頭ァ!残党が引きますぜ!」
しゃがれた報告の声に我に返る。鎧袖一触。まさに理想の結果だが、感傷に浸るには物足りない。
「追うな。命令通り、鞆に向かう――面舵!」
「宜候ぉ!」
かつての俺だったら追っていたかもしれない。だが、と海風にはためく15文の旗を見上げる。
黒田家に与力していた村上海賊は正式にその旗の下に降り「黒田海軍 村上艦隊」に、俺の肩書も「海軍大将」へと変貌を遂げた。最初、大将から打診を受けた時は逡巡したが、陸の成果を見ると断るにも断る事が出来なかったのだ。
そして、肯じた結果については後悔はしていない。なぜならば、かつて同格だった毛利水軍に対して圧勝しているのだ。
海賊は軍人へ――際立った個人の時代から組織の時代へ。時代は変わる。
波間を揺蕩うかつての敵、かつての同胞の行く末を少し思う。
彼らは、賊の伝統と共に沈むか。それとも、時代を先駆けるか。
賊の伝統を極め、その中で培った物を組織に活かす事が出来る人間は数少ない。俺も奴らもその数少ない人間に入るはずだ。
だから――奴らがどのような選択をするにしろ、いずれにせよ、本望だろう。
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小早川隆景
「投了じゃ」
続々と届く凶報を前に父が静かに呟いた。ここまで完璧に封じられるといっそ清々しいと思ったのか、いつもは感情の読めないその瞳には光が宿っている気がした。
そんな父の姿とは違い、私の中では様々な感情が渦巻いていた。後悔、驚愕、そして諦観。個々の力量では負けなかった――むしろ勝っていたと負け惜しみを言いたい所だが、狐に化かされたかのような結果だ。
畿内で三好長慶と戦っていた敵総大将、黒田左少将の山陰電撃参戦からの兄、元春の早過ぎる投降。純に力で負かされた瀬戸内海戦の大敗。停戦を組んでいた大友の背信と長門周防の反乱の誘爆。
全ては目の前の戦場では無く、広域で起こされた不利の連鎖が祟った事だ。この分だと兄隆元が急ぎ戻って詰めていた吉田郡山城が落とされるのも時間の問題だろう。あるいはもう落ちているかもしれない。
そして、宇喜多と赤松に執拗に狙われ続けてきた我々はその救援にどうあっても間に合わない。
我が戦を見よ。という黒田左少将の言葉が脳裏から離れない。これほどまでにまざまざと見せつけられた以上は忘れろというのも無理だろう。彼の軍の行動の全てが勝利のために向けられてきた。反目しあったり、個人的思惑が混じった結果、足が鈍った我らとは違う。
「英傑、梟雄の時代は終わった」
「……まさに。私もそのように思います」
黒田の戦は一人の天才が成し得た戦では無い。幾多もの才が折り重なった戦だ。彼らと似たような思惑で整えられた我らの毛利両川体制、毛利三矢すら比較にならない。黒田左少将が我々に誇示したくなる気持ちもわかる気がする。
「長く生きる程に『人生は短すぎる』と思う事が多くなった」
ポツリ、と珍しい事に感情が乗った声で父が呟く。何かから解き放たれたのだろうか。重荷を降ろしたのだろうか。何事にも動じず、心動かす事すらせず、短く語っていた時の声とは違い、穏やかな父の声は久方ぶりだ。それこそ、私たちが子供の頃、諭すように穏やかに語ってくれたあの頃以来かもしれない。
その言葉を私だけでなく、その場に控える全ての将兵が聞き洩らすものかと神妙に頭を垂れる。
「儂は残りが短い。されど――これからは人に塗れて生きるのも悪くない。悪くないのだ。だから泣くな、徳寿丸」
「……はい。父上」
嗚咽をかみ殺した声が震える。それでも久方ぶりに聞いた父の優しい声に揺さぶられ、子供の頃に戻ったかのように、瞼からとりとめなく涙が流れ落ちる。
いつしかゆっくりと雨が降り始めていた。
毛利降伏後
「友にぃを伏兵にしておいてよかった……友にぃ伏兵だと大抵出番なく終わるから」
「うん、そういう事は自分の背後に誰が居るかを一度確認してから言おうか。隆鳳」
不発に定評のある伏兵が炸裂した。