8話 陰謀?陰謀 美味しいお茶の淹れ方
食ってすぐ走ったから、腹が痛い……。
いや、馬が苦手ってわけじゃないんだけど、最近運動不足だったから走ってみました。
「本当にこの阿呆は……」
「諦めろ。手遅れだ、官兵衛」
……失礼な奴らだな、君たちは。
あと、小寺編入後に加わった馬廻りの諸君、そっと目を逸らすのをやめろよ。姫路城時代からの古株連中みたいに腹抱えて笑うのもどうかと思うけど。
「帰りは馬廻りを走らせるか……馬より遅かった奴はメシ抜き」
「いやいやいやいや、大将!?」
「訓練」
「う……」
魔法の言葉でざわめく馬廻りが黙りこむ。戦場で気のいい奴らが死ぬのは嫌だ。だからここは心を鬼にしよう。策謀渦巻くこの地方を寡兵で生き抜くには精鋭を抱えるしかないのだ。
……決して、余った馬に乗って帰ろうと思っている訳ではない。
「お、来たか」
「おう、来たぜ、禿ジジイ」
「やかましいわ、小童!貴様はこう昔から……本当にしでかしおって」
そうこうしていると、城の奥の方から輝く頭の御仁が近づいてきた。歳の頃はまだ40半ばだったはずだ。だが、その頭は見事に照り返り、身体はかなりがっちりしている。印象としてはなんかこう……昔やってたK―1とかに出ていそうな偉丈夫だ。
官兵衛の叔父、黒田休夢。髷が結えないほど禿げてきたから、という理由で出家し、隠居していた変わり人だが、人から言われるのは嫌いらしい。昔は官兵衛と一緒に拳骨を喰らったものだ。
「馬鹿はともかく、叔父上。火急の用とは?」
官兵衛が単刀直入に切り込むと、休夢は少し周りを確認するように視線を動かし、それから声を潜め、どこか苦々しげに答えた。
「浦上から密使が来た」
「備前の浦上か、確かあそこは兄弟でいがみあっていなかったか?」
「兄の浦上政宗と弟の浦上宗景だな。確か数年前に和解していたはずだ」
って事は内ゲバのお誘いだろうか?
というより、この一帯は本当に内ゲバが多過ぎる。前世では知らなかったが、赤松家の弱体化を中心に、その守護代だった浦上、小寺、三木などが好き勝手やり、またそれに加えて赤松家が色々とやらかしてくれている。今の守護、赤松義祐が実の父、赤松晴政を追い払い、追い払われた赤松晴政は龍野城の赤松政秀を頼り―――その裏で暗躍する浦上家。権力とは本当に異臭が漂う物だ。
悪名高い宇喜多さんが色々とやらかすのも何となく納得できる。
「あまりいい話では無さそうだな」
「そうだな」
正直面倒だと思いながら率直な感想を述べると、官兵衛も同じく頷いた。
俺達の戦略に権力の利用という言葉は載っていない。この場所は俺達の天下獲りの地盤になる場所だ。古いしがらみを断ち切らなければ安息は得られない。
これから近隣に毛利、尼子、三好といった大勢力。そして未来では織田と事を構え無ければならない。そんな時に、本拠地周辺でアレコレ起こされて勝てるか?と言ったら無理だ。うろ覚えだが、織田家がこっちに来るまでに15年ぐらいしか無かったはずだ。
そうなったら、織田と毛利に挟まれる。
権力闘争に首を突っ込み、古い勢力を取り込んでいる時間が無い。俺達の戦略はいつだってラン&ガンだ。
「とにかく、茶席を設けてある。話だけ聞いてやってくれ」
「茶、な。気が乗らねぇな……特に筋肉禿達磨の茶を飲まなきゃならねぇ所が。ぜってぇむさいぞ」
「我慢しろ。下手したら美味いかもしれないじゃないか」
「……糞餓鬼どもが、雑巾の絞り水でも飲ませたろか」
禿が何か言ってるけど、俺と官兵衛、そっぽを向いて気にしない。そうこうしていると根負けしたのか、トボトボとどこか力無く歩き始めたので、その背中を追う事にした。
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「初にお目にかかります。宇喜多和泉守直家と申します」
禿のクセに意匠深い落ち付いた茶室。そこに足を踏み入れるとイケメンがいた。目付きこそ鋭いが、きめ細やかな肌と、形のいい唇。髪は結っているが、前髪が少し垂れ、女性的にも見える。なんだろう……雰囲気をわかりやすく言えば初期の頃の西○貴○さんみたいな感じ。海の真ん中に星型のステージを設けて凄い格好で歌ったり、寒い中素肌ジャケットにネクタイ姿で熱唱しそう。この人いくつ?
って、今なんか凄い事聞こえた!宇喜多!?この人が謀聖!?茶に毒混ぜんじゃねぇぞ、禿。
「……黒田、隆鳳だ。そしてこっちが黒田祐隆(官兵衛の当時の名前)」
「官兵衛とお呼び下さい」
「若き俊英と聞くが二人とも眩いほどにお若いですな。だが、風格もある」
動揺を心の中で押さえつけ、平静を保って挨拶をすると、目の前の男は目を細めて軽くはにかんだ。
中々余裕ある振る舞いをする。
ちなみに、武兵衛は茶には参加せずに、馬廻りを率いて護衛の為にこの茶室の周りを固めている。
「本日は突然のお呼び出しに応じていただきありがとうございます」
「構わん。だが、何故そこの禿の所に?」
「確かに本来ならば、姫路に赴くのが筋という物。ですが、今回は非公式な訪問なので、茶飲み友達に頼んだのです」
茶飲み……友達な。正反対の容姿をした二人が穏やかに茶を呑む姿があまり思い浮かばないんだが。
何気なしに茶をたてはじめた休夢に視線をくれると、黙って茶に集中する姿は中々様になっている。流石は酔狂で知られた変人か。
「して、非公式で訪れた用件とは?」
「一つは誼を通じたいという事。それに、黒田家は瞬く間に中播を制した昇り竜。それなのに当主である隆鳳殿はまったくと言ってもいいほど情報が出回らない御方。休夢殿すら言葉を濁す……是非この眼で見極めようかと思いましてな」
茶もたたない内からせっかちな官兵衛が口火を切ると、宇喜多直家は緩やかに言葉を紡ぎ、俺を見た。
俺の情報が出回らない、というのは、おそらく昔のただの養子だった頃の事だ。別段情報封鎖をしていた訳ではないが、養子という立場と、元服前という事もあり公式な場になど出た事が無い。かと言って小姓勤めをするような性格でも無く、情報が出回らないというより、ほぼ無いのだろう。
禿が言葉を濁す理由?そらぁ、察しろよ。
「で、どうだ?貴公の目で見た結果、俺は敵に値するか?」
「……とても。むしろ、出来れば正面からは当たりたくないですな」
「成程。正面から、な。銃か?毒か?」
俺が真っ向から挑発すると、宇喜多直家は驚いた表情を隠すように目を眇めた。そういう表情をすると、謀聖という評価に相応しく思える。
ちなみに、俺は流石に彼の所業はある程度知っている。敵将に短銃を持たせた刺客を送って暗殺したり、毒をもって暗殺したりと時代を先取った行動をいくつかしている。それを先取りして口にしただけだが、この反応という事は、既にこの時点でいくつか腹案があったらしい。
「訂正しましょう。裏からでも表からでも敵になりたくないですな」
「それはよかった」
屈託なく笑いあいながら、俺は目の前に置かれた茶を無造作に掴んで呑む。そういえば、走って来てからなんも水分をとっていないから、やけに美味い。作法?知る訳ねぇじゃねぇか。
「この山猿は……」
「美味い物を窮屈に飲む趣味は無くてな」
「そうなんだが……今度教えてやるから最低限覚えておけ。大将の嗜みだ」
「うぃ」
そんな時間があればいいんだが……なぁ。けど、茶道に興味があるのは確かだ。作法云々はともかく、抹茶は結構好きだからだ。このほろ苦さがいいんだよなぁ。茶器は別に興味無い。ああ、でも、安く手に入れた奴を高く売りさばけば利益が出るか。
そんなやり取りをしていると、宇喜多直家がクスクスと笑った。
「仲がいいのですな」
「そういえば……少なくとも養子だから、で冷たくされた事は無いな」
「こうもあけっぴろげに懐に飛び込まれたら、誰だって遠慮もなくなるわな。面白い小僧だろう?」
「確かに面白い」
宇喜多直家も自らの目の前に置かれた茶を満喫しながら、笑みをこちらに飛ばす。本当によく笑う奴だ。
「―――誼の件だが。浦上じゃなくて、宇喜多が相手ならばいいぞ」
「隆鳳!?」
空気が緩み始めた所を急襲すると、この場にいる誰もが驚いて俺の方へ視線を寄越した。特に宇喜多、お前、雰囲気変わり過ぎだぜ。
「……本当に面白い方だ。その真意を聞かせていただいても?」
「一つ、俺は播州の権力争いにつけ込むつもりはない。赤松、浦上……面倒事には首を突っ込まず、ハッキリと正面から叩き潰す」
「豪気ですな。しかし、私は浦上の家臣ですが?」
「お前、浦上の家臣程度で終わる気か?違うだろう?色々調べたがお前は俺側の人間だ」
「………………………………………………」
宇喜多の悪行のそのほとんどは知らないが、大体の流れというか理由はこの時代で調べた情報から予想が付く。
宇喜多直家は小さい頃に一族を殺され、城を奪われ、孤児となっている。そこから再び浦上家に返り咲いて、つい二年ほど前にようやく、仇敵であった島村盛実という浦上家の重臣を殺して城も取り返した。
その為に自らの舅を殺し、妻を自殺に追い込んでまで遂行した復讐だ。その執念の程がうかがい知れる。
けど、仇はまだいる。
主君、浦上宗景。
これほどまでに苛烈な意志を持って復讐している人間が、奴を見逃すだろうか?答えは否だ。たとえば、俺が宇喜多直家ならば決して忘れないだろう。絶対に殺す。
「俺もお前も貧しさを知っている。俺も、元は最下級の人間だ。その苦しさは忘れた事が無い。その中で誓った事や想った事も、だ」
「だから、私も傘下に加われ、と?」
「今は別にそうは言わない。他人任せな復讐などしたくないだろう?手伝ってくれと言えば俺達は手足となって殺しに行くが」
俺が意味深に視線を向けると、宇喜多直家は微かに頷いた。
「今は、とおっしゃいましたが?」
「なにせ、俺は今まだ小さい勢力だ。だが、いずれは傘下に来てほしい……願わくば、だが。もしだめならば、同盟関係を続けるだけだ。あるいは俺が小さいままだったら後ろから撃っても構わない」
「随分と甘い……」
確かに甘い条件だと思う。正直俺に交渉事は無理だ。
もっとも、堂々と配下になれというのも、交渉としてはどうかと思うが。
「甘いんだ。これから先、国を統べる器量がある程度の優秀な人材が欲しいからな。だから宇喜多とならば誼を通じてもいい。お前は絶対にやるからだ」
「見透かす様な事を言う御仁ですな……貴方の下へ降ったとして、その見返りは?」
「さしあたっては備前と美作二国、後は出来高。こちらが望むのは俺の天下獲りの手伝いだ」
「天下……ですか」
「ああ。この世界はどこまで行っても柵が多過ぎる。俺はそれを断ち切る。お前が復讐を遂げた後、金輪際同じような事をさせない為にも俺は立つ」
「途方もない話ですな……」
「どちらが重要とか、俺の方が崇高だとか言わないさ。ただ、これは俺の野望だ。誰にもくれてやらねぇし、誰かに笑われても俺は笑わねぇ。だが、手助けをしてくれるのならば、それは嬉しいと喜ぶよ。考えておいてくれ」
「……わかりました」
「官兵衛。お前はどう思う?」
俺が水を向けると、考え込んでいた官兵衛は一口自分の茶で喉を潤してから、口を開いた。
「突然過ぎたが、宇喜多相手ならば悪くは無いな。浦上を内紛で釘づけにできる。問題は毛利とその尖鋭である三村の出方だが……」
「油揚げをとられかねんから、時間はかけられんか」
「おそらくは。あそこは山陰の尼子と競り合っているが、どう転ぶかわからん。決着が付くまでに俺達が第三勢力になれるかどうかがこの地方の鍵だ」
毛利、か。このまま本気で組み合って勝てるかと言われたら無理だな。何かしら細工をしないと……。
「多少の援軍の義務はできたとしても、宇喜多と誼を結んで、浦上を任せ、赤松と別所を討つのが最善だろうと思う。貴様と同じだ」
「三好は?」
「それこそ将軍家と、という話になる故に、深入りはしたくないが……お前がもくろむ瀬戸内の交易利権を考えると、ある程度は避けられん、といった所だな」
「だろうな。俺もそう思う」
堺に近いという地理を活かして海上交易―――この土地に居を構える者ならば誰でも考える事だが、実際に行う事は難しい。
まず、周辺地域の治安が安定しない事。今、港を作ったとしても戦に巻き込まれてしまったらそれまでだ。特に今の黒田家にはそう何度も港を復興させるほど財力がある訳ではない。
次に海上の治安の安定。つまり水上戦力の補強。黒田家にはそれほど多い水軍がある訳ではない。これに関しては、降ってきた旧小寺家の人間を中心に編成を進めているが、その内毛利の小早川水軍と戦う事を考えると、足りないにも程がある。
では、その為に何をすべきか。
一つは周辺に存在する不安定要素の掃除。俺が姫路城下街の再編に本腰を入れないのも、赤松らがまだ襲ってくる可能性が高いからだ。周辺を掃討してからいずれ再編を行う。今、おやっさんたちには職人の手配や、産業の確立など、その為の下準備をしてもらっている所だ。
次に軍港と交易港の整備。今の所、姫路を軍港。そして三木の別所を下した後に、今でいう神戸の辺りに交易港を、と考えている。神戸を交易港にするのはより堺に近く、毛利の勢力圏から遠く、海上の峠となる淡路との間にある明石海峡の向こうにあるからだ。英賀城を通じ、一向衆とはある程度の誼を通じているので、今の所は安定を望める。
その内、銭をせびってきたら、潰すけどな。
ちなみに軍港と交易港をわける理由は機密の関連だ。完全に機能を分ける訳ではないが、将来的に使い分けは必要になってくる。
堺を狙ってもいいが、堺は町人衆が五月蠅い。ならば、俺による俺の為だけの交易都市を作った方が実入りがあるだろう。堺の古狸の権力を空洞化させてから、潰す。
「よく……私がいる前でそんな事を話せますね」
「あん?逆にそれを知られた所で、なんの不利益が俺にあるってんだ?」
「浦上に―――あるいは毛利にその情報を流すとは思わないのですか?」
「その程度、馬鹿でも考えつく事だろうに」
「隆鳳ですら考えつく事だ。わざわざ流す価値があるとは思わん」
「……読まれる事前提の戦略ですか」
どちらかというと戦略と言える程の物ではなく、内政面での話だからな。どこの城を攻めてどこから入っていくという話じゃ無い。
「赤心を推して人の腹中に置く―――それが俺の流儀だ。戦略云々は俺と官兵衛―――それとこれからはお前がいれば、何とでもなるのさ」
「いや、私は……」
「実は結構好きだろ?作戦立案とか」
俺が言葉で押すと、宇喜多直家は助けを求めるように官兵衛に視線を送るが、官兵衛は「諦めろ」と言わんばかりに首を横へと振った。
「……これは、とんだ藪蛇だ。休夢殿が言葉を濁す理由もよくわかる」
「……まあ、心中お察し致すよ。その内、慣れてくると楽だから、苦労は今だけだ」
困ったように項垂れながら宇喜多直家が呟くと、休夢の禿おやじが同情するように声を掛けた。
……俺の扱い酷くないっすか?
それから、宇喜多直家は開き直ったかのように、一度顔を挙げて、俺に向けて頭を下げた。
「ここまで器を見せつけられ、開けっ広げに信頼されては致し方ありません。誼の件―――お受けいたしましょう」
「そうか、宜しく頼む。だが、」
「ええ。将来従属するかは改めて考えさせていただきます。全ては我が事が成ってから」
「それでいい」
多少は権力争いに首を突っ込む事になるが……まあいい。宇喜多が手に入るのならば、それに勝る戦果は無い。
宇喜多を信頼するのかと言われたら、信頼していると答えよう。俺は自らの目を信じる。裏切られてた時はその時だ。
「官兵衛」
「ああ。それで宇喜多殿、詳細についてですが……」
「ええ。少々詰めて行きましょう。とはいっても、腹心らと相談もする事になるかと思うので、骨子だけですが……」
話がある程度纏まり、詳細は官兵衛に投げ、少し小用に行こうと俺が立ち上がった瞬間、宇喜多がにこやかに告げた。
「さしあたっては縁談からですな。丁度私の娘が年頃ですので、隆鳳殿と」
……………………えっ?
官兵衛さん、予告お願いします。
「婚礼、それは甘美な響き。悪徳が武装する播州にて二人の巨悪が手を結ぶ。ここは群雄割拠の戦国の世界。甘美な響きに誘われ更に危険な奴らが集まってくる。
次回「婚礼」
隆鳳が飲む禿の茶は―――苦い」