67話 Strategy&Chase
お久しぶりです。馬鹿しかひかないレベルの夏風邪だとか相変わらずの社畜扱いとか色々ありましたが、何とか生きてます。
1564年
出雲 黒田隆鳳
「よし、退くぞ」
吉川駿河守元春との戦いにおいて、俺たちがとった方針は一撃離脱。その一撃がどれだけ浅くとも、退く時には退く事を徹底させている。何度目になるか分からない今回の襲撃も、奴らの足を鈍らせるに十分だと判断すると、即座に撤退の命令を下した。
この戦は、お互いが移動し合う戦だ。足を止める事を最低限押さえたかったので、必然的にこういう形になった。
「流石の吉川も、行く先行く先に殿が現れたんじゃ堪ったもんじゃねェようですなぁ。なんでこう……先読みできるんですか」
「そりゃぁ……あれだ。又四郎。情報と経験則と勘だ」
「物見は大事ですなぁ」
逆襲を期し、非常事態の中で念に念を重ねて出陣した吉川駿河守率いる軍勢。奴は俺と南条豊後の率いる軍に直接当たらず、迂回して狙いたかったようだが、俺たちはあえて、かつて弥三郎おじさんと対峙した官兵衛のように、その進路の全てに先回りを重ね続けてきた。それが一撃離脱の方針を取った大きな要因の一つともいえる。
迂回されて横から狙われても困るし、直に逃げられても困るのだ。だからこそ、引き付ける必要性がある。
そんな中で最も力を発揮しているのが、諜報方だ。長距離からの伝達速度に難がある事が三好戦で露呈してしまったが、つかず離れずの距離でいる時の情報の信頼性は揺るいでいない。なんとしてでも俺たちの目を掻い潜り、振り切ろうとする吉川の動向に喰らい付いて放さない。官兵衛がやった時、アイツは先読みでやってのけたが、そんな事が出来ない俺は元より情報を重視している。これが、黒田ID戦術の要だ。
「吉川は?」
「いい加減、殿をどうにかしないと、と判断したのか、そのまま追ってきてやす」
「……よし。ならば、最後尾に下がるぞ」
「へい」
馬の速度を緩め、ゆるゆると俺たちは殿へと下がっていく。軍の頭の方は山間から拓けた場所へと抜けたようだ。報告通りならば……そこで戦は仕舞いだ。
そもそもこの戦、ハッキリ言えば戦略の段階で既に帰趨は決している。
まず、友にぃの誘導。
吉川の居た白鹿城は毛利方の最前線と言っていい。現代で言えば松江。尼子が俺たちに降る直前に奪った、対月山富田城において海から続く補給線を断ち切る楔のような場所だ。『尼子十旗』と呼ばれた、尼子が重要視した十の城の内、最重要箇所と目されていた。当然、対尼子を念頭に戦をするのならば、これ以上ない位置だっただろう。
だが、尼子が俺たちに降った事で、月山富田城は単なる防衛基地の一つに落ちた。当然、白鹿城の価値も付随するように落ちたはずだ。落ちたとは言っても、比較的で済む程度だが。
なぜならば、今、この出雲は南西部から北東部の一部までが毛利。南東部が旧尼子(黒田)に分けられている。北東部の最先端に位置する白鹿城は毛利が東進する際に、堅牢極まりない月山富田城を迂回し、かつ東部からの補給を断つ為に比較的に安全に進めるルートの最先端だったのだ。もちろん、最前線である以上、その間延びした戦線の横腹を突かれると、孤立する危険性を孕んでいる。
だが、当初、友にぃはそれをあえてしなかったのだ。それどころか、旧尼子を捨てるかのように、出雲には入らず、俺と合流した伯州の米子に陣を構えたのだ。そうしてやるわやるわの、ばら撒いた吉岡将監による足止め戦術。
それが友にぃの狙いだと吉川に思わせた。
……ま、実際そうだったんだけど。
特に出雲国内の尼子勢に一兵たりとも援兵を送らなかったことが大きい。この時代の戦の常識を考えると、まずありえない振る舞いだったからだ。
もちろん、事前に尼子には作戦概要を伝え、かつ納得してもらい、そして兵は送らずとも物資は潤沢すぎる程に分け与え、信頼関係を構築したからこそ成った戦術だ。友にぃの頭には、役割を理解し、かつ物資が切れなければ月山富田城を筆頭とした出雲国内の城は耐え抜くだろうという計算があった。本格的に矛先がそちらに向かぬよう、ゲリラと牽制によるアシストに絶対の自信があった。
そして、「侵攻する毛利と周到に迎え撃つ黒田」という膠着が出来上がったからこそ、侵攻側の大将として圧を掛けるべく吉川駿河守が白鹿城に入ったのだ。
だがしかし、その状況を見逃さなかったのが、ご存じ黒田官兵衛。
あの鉄拳参謀は、宇喜多の義父の薫陶を受け、かつ三好長慶との戦役で何かを掴んだのか、バカみたいに視野が広くなりやがった。
視野が広くなろうが、先読みが巧くなろうが、あいつ自身は「バカみたい」に、じゃなくて本当にバカだけど。
……アイツの「正しいけど正しくない戦略」を成就させるために誰があちこちを駆けまわっとると思っとんのや。俺な、本っ当に今更やけど畿内と中国地方を往復しとんぞ。怪我人なのに愛馬を労わる為に、姫路からはほぼ自分の足で走ってきたぞ、今回。
そんな俺の愚痴はともかく、官兵衛は岡目八目と言わんばかりに、この状況に着目し、ちょうど手の空いた俺を送り込む事で、吉川が最も警戒し、かつ可能性は低いと思っていた状況まで『戦を作り変えた』。
搦め手は巧いが主攻に足る将が不足していたのに、申し訳程度に抑えに回っていた南條の所に俺が姿を現し、押さえつけた上で、尻を叩かれた友にぃが猛然と侵攻を開始。おまけに、俺の影に隠れてひっそりと山中鹿之助を出雲に臨時帰還させて尼子勢も進み始めたから極め付けだ。
後手に回ってしまった事からもわかる様に、吉川はこの変化にかなり驚いた事だろう。対峙する将も、軍も同じなのにある日突然豹変したのだから。
言うなれば、一口かじって「あんまん(黒胡麻入り)」だと認識していたら、二口目は「カレーまん(激辛)」だったようなものだろうか。実際に対峙する敵としてやられたら、たとえ俺がガンジーだったとしても助走をつけて官兵衛を殴るレベルだわ。俺はガンジーじゃないから閃光魔術をぶっ放すけど。
逆に、この状況で負けたら俺が閃光極道蹴を喰らうレベルだと思う。官兵衛は地味に殴るより蹴る方がエグいので出来れば喰らいたくない。
心情を打ち明ければ、吉川とはお互いがイーブンの状態でぶつかってみたかった。なんたって史実では局地戦で1敗しかしていない軍事の天才だ。実を言うと上杉師匠の次に尊敬している。
だが、これは戦。命を賭け金に戦略を含めて行う全てが戦だ。イーブンの状態など決してありえないし、イーブンの状態で戦端を開くようならば、たとえその戦に勝った所でその勢力は長続きなどしないだろう。この辺りは俺が上杉師匠と敵対しない理由とよく似ているから、既に割り切っている。
それに、途中、諜報方よりもたらされたとある報せにより、この戦への期待は心底冷めている。血が湧き肉が踊る様な戦がしたいとかそういう段階じゃない。吉川駿河守はなんとしても降す――そう決めて将としての行動に徹した。
だから――。
「反転せよ!これで――これで詰みだ」
「お見事な手並みでございやす。殿」
決して奇跡などは起こらない。
拓けた場所へとたどり着いた俺たちは、行軍速度を徐々にゆるめて停止。そして殿だった俺が先頭になるように軍そのものを反転させた。その両脇には、毛利方の城を落とした上で反転してきた友にぃ、そして山中鹿之助が戻った尼子勢。猛然と追いかけ、そして止まる事が出来ずに突入してきてしまった吉川駿河守の軍は三方から囲まれる形だ。
毛利方の援兵は、吉岡将監が押さえた。目の前の軍はだいぶ減ったのか目測で3千ほど。俺達はざっとその倍以上。戦は数が全てではないが、大きな要因の一つなのは間違いない。
翻弄した上で退路を断ち、囲み、兵数が勝っている。当然、兵の気のゆるみなど存在しない。今、まさに号令を掛ければ、ものの一刻足らずで包み込み、圧殺するだろう。それでも諦めずに突破を狙うようであれば、問答無用で俺が斬り込むだろう。
孫子に曰く、
是の故に勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む
乱暴に要約すると、勝者は勝ってから戦い、敗者は戦ってから勝ちを求める。つまり、孫子が謳う戦の神髄は「戦う前に勝て」だ。前世ではクラウゼヴィッツもマキャベリも読んだ覚えがあるが、正直うっすらとしか憶えていない。転生して官兵衛と共に読み、学んだこの世界的な軍事論が今一番身に染みている。
毛利最強の将である、吉川駿河守元春との戦いとしては、いささか熱量と盛り上がりに欠ける戦だったが、戦に至るまでの戦略も含め、俺たちが将としての采配で完封した事についてはいかがだろうか?
――これが一人で全てを担う名将の采配の限界だ。決して俺一人の将器で勝ったとは言わないが、その代り高度に洗練させた組織で封じたと自信を持って言える。
「鉄砲、弓、構え」
静かに号令を下すと、ザッと一様に弓と銃口が吉川勢へと向けられた。戸惑いからか、既に奴らの足は止まりかけている。
「動くなッ!動くと撃つ!」
深紅のマントを翻し、白刃を引っ提げて陣頭に躍り出る。振り絞った怒声に感情のありったけを載せて叩きつけると、シンと一瞬の静寂が訪れた。
「ぶちすばろーしぃ!おんどりゃー、わやくちゃじゃ!」
息を呑む緊張感の中、俺の声に呼応するように吉川の軍の中の方から悠然と一人の男が姿を現した。歳は30も半ばだろうか。朱色の槍を無造作に肩に担ぎ、どことなく上杉師匠に通じる豪壮さがある。上と下の兄弟、そして親父とは似ても似つかないが、この男が吉川駿河守なのだろう。
……それはともかく、訛りが凄い。個人的には広島弁はメッチャカッコいいし、かつ女の子が使うと可愛いという稀有な言語だと思うけどな。流石にネイティブ相手じゃ通訳が必要だ。俺は基本、標準語と(似非)関西弁のハイブリッド?バイリンガルやから。
「……なんつったんだ、今」
「ざっくり言うと『凄くやかましい。アンタ滅茶苦茶だ』ですぜ、殿」
「よく通じんな、又四郎」
「あっちで育ちましたンで」
そういえばそうか。でも、ならばどこでそんな博徒みたいな喋り方に……まあいい。
「吉川駿河守か」
「ほうじゃ」
軍を率いていた時には抑えつけていた血の滾りがふつふつと湧きあがってくる。将としてだけではなく、この男、強い。思わず笑いたくなる程に。
「やり合う前に、俺の話を聞く余裕は?」
「……はよせーや。ただ、オヤジを裏切れ言うなら、断るけぇ」
裏切れ?そんな事言う訳ねぇじゃないか。言ったって聞かない事ぐらい百も承知さ。
「この戦、お前の負けだ。大人しく降れ」
「……それが言いたい事けぇ?」
「勘違いすんな。俺はよ、アンタらにトドメを刺すより、アンタと一緒にぶちのめしてぇ奴が居るんだ」
「ちぃーとわからん。何ゆーとんね?」
吉川はわからない、という顔をしている。まあそうだろうな。
「――大友。お前らを裏切って攻め込んでるぞ」
「しゃけらもねぇ事いいんさんなや!」
「残念ながら本当だよ。んでよ、俺はな、俺の戦に余計な茶々を入れようとする奴が死ぬほど嫌いでな――わかるか?俺は――“俺が”毛利家と戦ってんだよ。何でそこにクソがデケェ顔してしゃしゃって来やがるんだ」
「……わかる」
流石、戦場が生息地なだけあって感性は俺と近いようだ。通常ならば、毛利と停戦中だったにも関わらず、反対側から大友が攻め込んできたのならば、俺はラッキーと言うべきなのだろう。
だがな。
この戦は恨みつらみが合って起きた事では無いんだ。
俺と毛利、お互い退けない理念と野心を持ってるから白黒つけようとなったんだ。損得とかそんなんじゃねぇんだよ。天下を狙って奪いに来ているんだ。
そこに信念のカケラもねぇ野郎が入ってくるんじゃねぇ。小汚ぇ野心が目障りだ。それは毛利に対する侮辱だけじゃ無い。その毛利と真っ向から戦っている俺たちを虚仮にしているのと同義だ。
この一件は毛利と手を組むに十分足る理由だと思う。
だから、俺は早急に毛利にわからせる必要がある。
――俺が上だ、と。それが今回総力を上げて吉川元春を追い詰めた理由だ。そうじゃなきゃ、冗談でも無く、四郎の保護者役として問答無用に捕獲していたわ。
ま、いずれはそうしてもらうつもりだけどな。
「わかってんなら、降ってくんねぇか?んでよ、一緒にぶん殴りに行こうぜ」
「……わりゃー、格が違い過ぎるな。わやくちゃじゃ」
僅かな沈黙の後、吉川は諦めたように槍を放り投げてその場にドカッと座り込んだ。それに倣って吉川の兵たちも武器を降ろし、その場に座り込んでいく。
「今だけじゃけぇ。まいたんびと思いなさんなや」
「構いやしねぇよ」
何度挑まれたって構いやしない。そのたびに俺は全力で受けて立つ。背後から狙うような真似が出来るようならばやってみやがれ。
さあ、次は吉田郡山城――毛利元就、毛利隆元、小早川隆景。
進むぞ。好敵手の待つ場所へ。
俺達の戦を侮辱した敵の待つ場所へ。
そして――。
言われそうなので、今回のオマケはセルフQ&Aで
Q:なんで吉川だけじゃなくて他の奴も方言使わないの?
A:全員コッテコテの訛りで喋らせたら(少なくとも自分は)何も読めんわw
広島弁なら比較的メジャーな訛りだし大丈夫かな、と思って吉川は似合うからという理由で喋らせてみたけど、結構キツかった……。