63話 本日ハ晴天ナリ
序盤シリアス。中盤からコメディマシマシでお送りいたします。
夢を見ていた。
夢に現れたその男は影から天下を経営する苦労人だった。
無能な君主。無能ならばまだいい、血筋だけが拠り所の、むしろ積極的に足を引っ張りたがる君主に仕えていた。
男は苦悩する。果たしてこのままでいいのかと。
血筋だけが全てなのだろうか。そんなわけが無い。外へ視線を向けると、血筋だけの者たちなど徐々に駆逐されていく時勢だ。そんな事があっていいわけが無い。
だが、男の本質は誰かに仕え、その陰で辣腕をふるう事にこそあったのだろうと思う。あるいは、その君主とはもう既に切っても切り離せない段階まで来てたのかもしれない。その本質こそが男を苦悩させ、そして不幸にさせた。
そんなある日、男はとある人物と出会う。
その人物は君主に連なる血筋のものだった。だが、その人物は血筋など意にも解さず、才を奮う事を推奨し、そして何より、実力で天下を平らげ、革命を遂げようとする野心を持っていた。
男は歓喜し、そして馳せ参じた。ようやく自在にこの才を奮えると。愚昧な君主との権力争いに付き合う必要が無くなったと。
そんな無駄な事にこの才を使う必要が無くなったと。
そうして男は陰の中から光の中へと身を移し――……。
そんな夢だった。
何故そうならなかったのだというと、運命としか言いようがない。俺が世に出てきた時には、その男は簡単に膝を屈する事が出来ない立場にあった。暗闘に暗闘を重ね、暗躍に暗躍を繰り返し、くだらない権力争いの中で摩耗し、疲弊し、絶望していた時だった。
当然、俺もその事実を以って警戒をしていた。
だが、それでも思うのだ。
手を取り合う未来があったんじゃないか、と。
何故、手を差し伸べなかったのだ、と。奴が遺した幼い微熱が責めるように語りかけてくる。
今となってはもう叶わない夢、だった。
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少し感傷的になりすぎたのかもしれない。眼を開ける前に自分が眠りながら涙を流している事に気が付いた。
そんな感傷もつかの間、嫌な予感がして、眼を開ける前に顔を咄嗟に傾けると、耳を掠る様に何か堅いモノが通り過ぎ、ドスンッと凄まじい音がした。
「……十兵衛。テメェ……流石に頭は洒落にならねぇぞ」
「……も、申し訳――」
案の定、眼を開けて寝たまま睨み付けると、その犯人はこれでもかという程冷や汗を流していた。まあ、お察しの如く明智十兵衛光秀だ。まるで蛇に睨まれた蛙の如く、俺の頭のあった場所に片膝を突きたてながら凍り付いている。
以前のアバラの時といい、コイツは俺に何か深い恨みでもあるんか。
「ま、誠に申し訳ございませぬこの責は如何様なりとも――」
「いいから、どけ。ド阿呆」
「は、はっ!」
身を起こすだけでズキリと刺されたわき腹が痛むが、そうも言ってられない。決着から何日寝込んだか分からないが、下手するとまだ戦は続いているのだ。
「報告しろ。何日たった?そして、ここはどこだ?」
「4日が経過。ここは京、武衛陣にございます」
「武衛陣……公方の屋敷か。んで、ここに十兵衛が居るという事は戦は?」
「京周辺は落ち着きまして御座います」
京周辺は、な。まあそう簡単に、摂津にいる松永弾正や三好長逸が諦めるとは思えない。むしろ、三好長慶を討たれた事で一層決死の覚悟で抵抗しているはずだ。官兵衛や武兵衛もそんな状況で力押しをするとも思えない。
しばらく、畿内は泥沼だろうなぁ。
「西は?」
「順調に御座います。第二軍は一度本格的に攻撃を仕掛け、大勝を得たと」
宇喜多の義父、やりやがったな。
それでも、まだ「順調」で済むあたり、戦が終わっているわけでもなさそうだ。一度大勝した後は、畳みかけるのが定石だが、それをしなかったのか、あるいはさせてもらえなかったのか。いずれにせよ、毛利元就はただでは転ばないという事だろう。
「殿、御身体の加減は?」
「……今まさに殺されかけた所だよ」
睨み付けると、十兵衛の喉の奥から「ピッ」と変な音が鳴った。咄嗟に鳥みたいな声出すとか、器用な喉してやがるな、コイツ。
「熱はひいた。身体も動く。すぐ動くぞ。具足を持て」
「何処へ?」
「ひとまずは摂津だ。官兵衛と落ち合い、一度戦略方針を再確認してから再び西へ行く。十兵衛はしばらく京に駐留していろ。再攻撃の可能性もある」
「承知いたしました。あと、三好長慶の首級ですが……」
「丁重に返還しろ。身体もだ。最大の敵、最強の敵、最上の礼を尽くせ」
「承知……いたしました」
正対した敵として、少し思う所があったのだろうか。十兵衛も少し黙祷を捧げるように目を閉じてから頷いた。出る前に、俺も一筆書いておくべきだろうか。敵だったとはいえ、三好長慶のあの最後の姿は敬意を払うに十分に値すると俺は思う。
……ああ、一筆ついでに思いついた。
「それと、待て。十兵衛」
「はっ!何か?」
「筆と墨と、あと適当な大きさの板を用意してくれ」
「……板?」
「そう。板。そんな大きくなくていい」
半刻後、武衛陣の正門前に
「この者、人の頭に膝を落としかけた故に猛省中 手出し無用 隆鳳」
と達筆で書かれた板を首に掛けながら正座をする明智十兵衛の姿があった。
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「でぁっはっはっはっはっ!いいザマだ!十兵衛!」
あー……クソ、悪右衛門の馬鹿笑いに言い返したいけど言い返せない。いやホント何ででしょうね。よりにもよって、殿の見舞いに行った時に躓くなんて。
「しかも二回目だと?そういう大事な時にヌけた事するから、お前はアホなのだ」
「うぅ……不覚」
しかも、正門前に座らされた時点でいろんな人から笑われる訳ですよ。大体が、「ああ、またか」って顔の部下なのが更にヘコむ。殿……相当怒り心頭でしたね。これぐらいで済むならば御の字なんですが。
実際に、あの方、日常の中での部下の失態に手打ちをしたという話を聞きません。その代りがえげつなかったりするんですが。
「で、左少将様はもう既に出立、と。何食ったらあんなに動けるんだか……」
「そういえば、悪右衛門はついていかなかったのか?」
「ん?ああ。出立前に呼び出されて、少し話をしたんだが……どうも今回の功績で、旧領に戻れることが確定したみたいでな。それに加増もあるみてぇだ」
「ほう!それはめでたい」
褒めたはずなのにギロリと睨まれた。
あ。悪右衛門の城を奪ったのは私だった…………ごめんなさい。
「……副将だとよ」
「え?」
「お前さん所の副将だってよ、俺」
「そ、そうか……」
しばらくの間があって、「こんな着任報告があってたまるか!!」という私と悪右衛門の叫び声が響き渡った。
隆鳳より一言。
「悪右衛門が弟子をとった時、「この馬鹿弟子がぁーっ!」と叫びそうなキャラになった件」
何故……。