59話 万人敵
遅くなりました。
ようやく(春のデスマの)終わりが見えてきた……なんかすっごい綺麗な花畑。
1564年
越水 黒田官兵衛
「まず状況を教えてくれ」
三好長慶の転進を受けて、急遽越水城へと歩を進める運びになった。最初はそこはかとない不安を覚えたものだが、思ったより手堅い動きをしてくれる武兵衛は甲冑に身を包んだまま、城の一室で待っていた。左右には下間頼廉や山名といった見知った顔の他、この地で武兵衛が抱えたという新顔も何名か控えている。
俺の問いかけに対して、その新顔の内の一人が「自分から」と切り出した。まだ若い。おそらく俺たちより少し年上ぐらいだが、余程場数を踏んでいるのか見事な偉丈夫であり、かつ据わった面構えをしている。
「会うのは初めてだな。黒田参謀総長殿。母里家に参謀として抱えてもらった島左近と申す」
「元筒井家の……そうか貴公が、か。話は武兵衛からよく聞いている。黒田官兵衛だ」
ん?なにか西の方でどこぞの小動物が「黒田家最大のトラウマキター!!」と訳わかんない事叫んできた気がするが……気のせいだろう。
「早速だが、島殿」
「三好修理率いる本隊が転進し、近江へと侵攻。大阪の留守は松永弾正。芥川山に三好日向。やりやすくはなったように思えるが、状況は拙い」
「大胆な動きを見せた割には、配置が手堅い……何か狙っているな」
ただ単に俺たちに備えているようにも見えるが、今までの動向を見るに、三好長慶にしては手堅過ぎる。ただ備えるだけの為に、腹心を二枚も残すわけが無い。俺の疑念を肯定するように島左近も深くうなずいた。
「落ちぶれたとはいえ、六角を本気で落とし、南近江を掌握するつもりならば、どちらかの1人は連れて行ったはず。あるいはもっと人員を率いて行ったはず」
「同感だな。して、島殿はどう読んだ?」
「京」
ほう、と素直に感嘆の声が零れ出た。武断じみた雰囲気を纏っているが、武兵衛にはもったいない程にしっかりと状況を把握している。
「興福寺への奇襲を全く予知せずむざむざと負けた以上、あまり読みに自信は無いのだが、自分はそう見る。不意を打って公方様に一撃くれるぐらいの事はやりそうだ、と」
先の興福寺焼き討ちから始まった公方の報復行動の時に、公方は勝竜寺と伏見と二つの交通要所まで軍を推し進めている。公方がこの二カ所を保持したまま、俺たちとの戦いに入ると、京方面からの圧力は無視できるものではない物になる。これを排除しようとするのは当然の事だろう。
「武兵衛はどう見る?」
「左近殿に同感だ。とはいっても、俺は勘だが」
「おいおい……」
「俺の勘と左近殿の読みが一致した時は大体が当たっている」
……まあ、その感覚に心当たりがないわけではない。俺の場合は、滅多に隆鳳と意見が合わないから、念入りに殴りあって、綿密に話し合っている訳だが。
「手は――」
「一応、殿の名前じゃこのテの信頼性はなさそうだから、自分の名前で明智殿に警戒を促している。もっとも自分は実績も名声も無いから、出来れば参謀総長殿から補強をしていただきたい」
「わかった。早急に手配しよう。それと京への後詰の手配か。一軍全部動かすべきだと思うのだが、左近殿の存念は?」
「英断かと。ただ、動かせる軍が……」
「特に丹後の第七軍は動かせねぇな。三好長慶の狙いが丹後の可能性もありうる」
流石にそれは時間がかかるから、対策は出来るだろうとは思うが、可能性が無いわけではない。武兵衛にしてはいい読みをしたと思う。
「第八軍の別所に動いてもらうしかない。淡河弾正だけでも先行してもらえれば、持つ筈だ」
「間に合えばいいが……」
越水に来るにあたって、第八軍には神戸への後詰を要請したばかりだ。神戸から三木へと戻って、丹波を抜けて……くそ、この数日の判断が悔やまれる。
「間に合わせる為にも俺たちが動くしかない。左近殿の意向は、芥川か大坂か」
「芥川。ただ布陣を見るに、是が非でも阻止してくるに違いない」
「想定内だ。ならば、俺達五軍で松永弾正を受け持とう」
三好長慶が黒田隆鳳の敵ならば、俺の正対すべき相手は松永弾正他ならない。この配置はむしろ本懐であろう。
「それともう一つ具申致す」
島殿はそう言って、この場に控えていた下間頼廉含む3人に視線を投げた。1人はやや派手な格好をした若い男。もう1人はどことなく刃物を思わせる様な鋭い雰囲気が要望にまで滲み出てきた男だ。
「雑賀の鈴木孫一だ」
「元一向衆、および元松永家家臣、本田弥八郎に」
「頼廉です」
「いや、ライレーンは知ってるから」
相変わらずの頼廉はともかく、天下に名高い傭兵と、元松永家だと……?武兵衛はいつの間にこんな人材を抱える事になったんだ?
「彼らも松永弾正に当てようと思う」
「成程。松永弾正の内情を知っている男と、大坂を知っている男。そして、大坂を別方面から攻められる男か。確かに効果的な布陣だ」
現状、これ以上ない程に効果的だろう。巧く嵌ればさしもの松永弾正も肝が冷える事だろう。思わず笑みが零れ出る。
「島殿という参謀が居れば、俺は安心してこの馬鹿を別の戦場へと放流できそうだ」
「俺は魚か何かか……」
「だとしたら、人間の言葉をほんの少しだけ解し、二本足で地上を駆け回る珍種だな。性質が悪いにも程がある。さっさと水の中に帰ったらどうだ?」
「クッ……んにゃろめ。おい、煮ても焼いてもいいが、沁みそうだからそのいつも利き過ぎている薬味は控えめにしてくれよな」
「誰が貴様など食うか。筋張ったいだけで食う所などなかろう」
軍議の成り行きを見守りながらも、ライレーンの件で笑いを我慢していた山名の息子がブフォッと噴出した。
まあ、そう言うがな。隆鳳というもう一つの大きな懸念を宇喜多殿に押し付ける事も出来たから、今、本当に清々としているんだ。
「流石。お見事な焚き付け方で」
「彼奴は馬鹿だから、戦に出る前に煽ると丁度いいんだ」
「参考にさせてもらおう」
迂闊にも吹き出してしまった山名の首根っこを猫のようにつまみ、ぷんすこと鼻息荒く出て行く武兵衛の背中を目にしながら、俺と左近殿は笑いあった。
さて……武兵衛を焚き付けるだけでなく、俺自身もしっかりとしないとな。三好長慶の行動次第では想像を絶する苦戦もあるうるのだから。
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近江
三好長慶
「下野守。六角は任せる。適当にあしらえ」
「はっ」
一撃。次撃と六角の軍勢を舐ると、京ではようやく公方が動き始めたという報告が入った。かつての公方ならば、喚きはしても動きはしなかっただろうから、動いたという事実だけは好ましい。漸うではあるが、敵にたりうる存在にはなってきた。
だがしかし。だがしかしだ。まだ足りぬ。わざわざ、六角に忍ばせたこちらの手の者の煽動で六角が援軍要請をしなければ、動かなかったであろうことを考えると足りぬ。
無難で。退屈で。怠惰だ。
策も弄せず、ただ兵の多寡だけで自らの身を危ぶんでいるだけの者など、敵に非ず。
ただ立場に縋りつき、無難を選ぶ者など敵に非ず。
他人の力を借り、自らが大きくなったと過信する者など敵に非ず。
策を弄せ。無難を笑え。綺麗な所から大声で叫ぶぐらいならば、この沼に浸かり、泥に塗れて殺し合おうぞ。
「ククク……さあ、どう出る?公方。そなたが真に敵に成り得るかの瀬戸際ぞ」
殺し合おうぞ。殺し合おうぞ。一天万乗侵さざる物なれば、時代を変えるのは覇者の道。殺し合って殺し合って、初めてその道は啓かれる。旧弊は不要ぞ。遠慮は無用ぞ。
蠱毒の業。殺し殺され万人の敵ならん。
「やれ」
命を降すと配下たちが一斉に駆け始めた。転進を繰り返し、目の前に広がるは退廃の象徴、坂本の街。 目の前に聳え立つは、比叡山。
「麓は面倒だ。焼け。山は皆殺しぞ」
王城鎮護の名を借りたこの世で最も堕落した失楽園。出来たころは意義もあっただろうが、今となってはただの邪魔。
さあ、公方。我が敵となるならば、王城はそなたがその手で護るのだ。
本日不在の主人公たちより一言
「島左近に本多正信とか……武兵衛に100万石くれてやってもいい気がしてきた。尚、うち50万石は島左近の分で、残り50万は本多正信の取り分な」
→この辺で宇喜多直家と赤松弥三郎が大爆笑中。
オマケ 島左近伝説
関ヶ原で黒田家相手に大暴れした結果、勝ったはずの黒田家の兵たちがPTSDに陥る。
そのあまりの恐怖に、後日黒田家の武将たちが島左近について語った所、誰一人としてその姿を正確に憶えている者がいないことが判明。
まさに史実黒田家最大のトラウマ漢である。