7話 陰謀は土間メシのあとで
やっちまいました。えらく怒られました。一カ月土間メシの刑に処されました。一応、大名家の当主やってます。黒田隆鳳、と申します。
さっき、報告の兵が来たけど、屋敷の戸を開けた瞬間、丁度土間で朝食を食っていた俺と目が合い、無言のまま戸を閉じて帰ってしまいました。
いや、おい、帰るなよ。せめて報告していけよ。俺、ここにいるから。
関わりたくないのはわかるけど。
俺だって、屋敷の戸を開けた瞬間、上司が土間で正座しながら一人メシを食っていたら、同じような反応をするさ。一体何のドッキリなんだろうと。あるいは笑ってはいけない姫路城か。
いやしかし、食べる物に困っていた時期よりは何倍もマシだけど、土間は正直辛い。小石が足に食い込むわ、寒いわ、シビれるわ、埃たってメシに入るわ、通りがかりの者から憐みの目か、好奇の目かで見られるわ……ロクな事にもなりゃしねぇ。
城を落した御褒美、と言い変えるとちょっと意味深な響きにならないか、だって?残念ながら、新しい扉を開けるつもりはないんだ。
「でも、まあ、メシが食えるようになっただけでもマシか……」
ため息を吐く代わりにめざしを頭からかじりつく。醤油はないが、今日はやけにしょっぺぇ。
事故のような形で御着城を落としてから半年が経った。こうやってまともにメシを食えるようになったのはつい最近だ。それまでは事後処理だとか色々とあり過ぎて、こうして未だに居候している城内の屋敷にいる時間すらあまり無かったのだ。
自業自得とはいえ、さんざん働いて一息つけるかなと思った瞬間、『じゃあ、お前土間メシ一カ月な』、とおやっさんから言われた時の突き抜けるあの感じ。一瞬、浮遊感を感じたね。
……おやっさん、相当根に持ってるな。実際、俺が御着城落とした後、目眩で倒れて、それから三日ほど引き籠っていたし。その甲斐もあって俺とおやっさんらとの共謀がバレなかったから、けがの功名ではあるが。
小寺氏の本拠である御着城を落としたとはいえ、一つの勢力に一つの城というわけでは無い。あまりにも突然の事だったため、御着城の支城に当たる数城の鎮圧、調略を行い、勢力基盤を掌握。小寺氏配下の内、何名かは逃げおおせたが、まあ、取るに足らないと放置している。
それに伴い、厄介だったのが家臣団の構築。
姫路黒田家という母体はあるものの、俺自身に関しては直参の部下など無きに等しい。そもそも、黒田家中の完全なる掌握もできていない状態だったので、これに関しては困難を極めた。
小寺の人員が手に入ったとはいえ、かつて重臣だったからとそのまま据え置きにする訳にもいかない。城主は誰に?忠誠度はあるのか?人となりは?
はっきり言って、前世の記憶があるとは言っても、このあたりの詳しい業績など知っているわけじゃ無い。前世での、戦国時代の播州に関しての印象など「こいつら、いつ織田の傘下にくだってたんだ?」だ。気がついたら、姫路城に秀吉がいた、といった感じだ。
なので、自らの目で判断した。面接をして、周辺からの評判を調査し、適性を見極め……終わらないっす。
実は今も土間メシの傍ら、報告書に目を通している。多分、今逃げてった奴は、おかわりを持ってきた奴だ。
プラスなのは、御着の件が影響してか、足軽から部隊指揮官クラスの掌握が楽だったことだろうか。
……首刈りとか、姫路の小鬼様とか、色々影で言ってんのは知ってっぞ?テメェら。
頭が痛いのは重臣格。まだ未配置が多いこともあり、圧倒的に人材不足だ。
何も考えなしに人を増やすことは簡単だ。けど、そもそも経済基盤が安定していない俺にとって、ここは熟慮したい所である。
さしあたって、おやっさんこと黒田職隆は筆頭家老。一門衆に前回出番のなかった伏兵、井出友氏と小寺家に仕えていた黒田休夢(おやっさんの弟、友にぃの兄)。友にぃには現在御着城を任せ、休夢の禿おやじは小寺時代に所領していた北の最前線、砥堀山城をお願いしてある。
黒田家の譜代の家臣では、武兵衛の親父、母里小兵衛は家老格。
小寺家からは、前君主、小寺政職。また、御着城落城後、休夢の禿おやじと同じぐらいに帰順してきた、東に位置する志方城城主、櫛橋左京亮の所領を安堵。後は最近、志方城からさらに東にある枝吉城より、官兵衛のおっかさんの実父、明石正風から帰順の申し出もあった。これもそのまま据え置きにしてある。
官兵衛は……あいつ立ち位置微妙やな。一門衆であり、かつおやっさんの後継なので、正式には役職に就けていない。ただ、この小鬼軍のナンバー2、家中においてはナンバー3なのは家中でも公然となっている。今は、目下赤松家攻略のための軍務と、姫路城の改装を中心とした軍政に苦心してもらっている。
……今度は台無しにしないって。
あと、武兵衛は母里の跡継ぎだが、アイツ調子に乗っているんで、今編成している馬廻りを纏めてもらっている。あぶれている次男坊らを集め、信長より先に兵農分離を完遂させるつもりだ。
……武兵衛。跡継ぎだからってテメェだけは楽させねぇぞ。
「んで、あとは、小寺のおっさんをどうするかだな……」
今現在、小寺政職は近習というか、アドバイザー的な位置に据えている。なんだかんだでこの近郊を纏めていたのは彼なのだ。その意見を具に聞き取り、領地経営に踏み出している。本人は死ぬ気満々だったそうだが、死んで楽にはさせない。生きてキリキリ働いてもらわな、こっちが死んでまう。
小寺家というのは、勢力こそあったが、赤松家の家老の家格だ。よくもまあ、ただの家老の家があの性格で伸びたものだと感心するが、どうにもこうにも本人に武将としての適性が全くと言ってもいいほどない。
ひとつ例を挙げるとするならば、俺と武兵衛が御着城に斬りこんだ時だ。
あ い つ な ん で 俺 た ち の 目 の 前 に 来 た !?
本っ当に意味が分からん。少人数が大人数に勝つためには、頭を押さえる事がセオリー。とはいっても、官兵衛とおやっさんとの約束もあったので、俺はそれをやるつもりはなかったのだが、そんな事知る由もないアレがなぜ目の前にいたのか理解できない。俺じゃなかったら投降の誘いなどしないで、真っ先に首を獲りに行ってたわ。そして、アレが目の前にいるにもかかわらず、官兵衛と一芝居打とうとした俺が一番のアホやったわ。
聞いてみたら曰く「興味本位だった。けど、実際に見たら勝てないと感じて、気が付いたら投降していた」だそうだ。お粗末すぎて意味が分からん。官兵衛に聞いたところ、彼の奥さんは旦那のふがいなさに泣き崩れたそうだ。
ただ、まあ、一応弁護しておくと、彼は思ったよりも政治方面で有能だ。住民などからも支持は篤く、今手掛けている租税改革や城下町―――特に武家町の縄張りと交易港の整備、堺の商人らとの通商交渉の差配など、おやっさんと並んでかなりの活躍をしている。
それを鑑みると、このまま兵権を持たせない内政官の親玉として収めるのがベストかなぁ?アイツ、えらいゆるキャラだけどな。
武兵衛の無双などの例もあるし、もういっそ、俺は前世でネームバリューのあった奴を集めようとするのではなく、無名だった奴を育てようかなと考え中だ。
黒田家は育成型球団です。伸びる事を信じて (笑)どんどんこき使うけど、まだ貧乏だから、余所から強奪されそうなところまで一緒。地元愛が強いぜ。くたばれ金満球団。
「貴様は……朝から何、百面相をしているんだ」
「あ、おい、俺のメザシ!」
横合いからひょいっと伸びてきた手が俺のメザシを掻っ攫い、それをじっくりと味わい嚥下した後、その奪った犯人は深くため息をついた。
……殴るぞ、この野郎。たった三匹しかいねぇんだぞ、メザシ。
「また、土間飯の刑食らってたのか、隆鳳」
「『また』じゃねぇよ!執行中なんだよ!つーか、人のメシ獲るなよ!」
人を常習犯みたいに言うんじゃないよ。お前だって結構食らってたクセに。
「隆鳳。すぐ発てるか?共は俺と馬廻りだけでいい」
「……今度ぁ何があった?」
神妙な官兵衛の声に、俺は視線もくれず箸をゆっくり置き、口を拭った。
「砥掘山だ。叔父上から厄介事が持ち込まれたと報告があった」
「休夢の禿おやじから?」
北、という事は赤松関連か……それとも、おやっさんと並んで顔の広い禿の事だ。何か『つなぎ』があったのかもしれない。俺がようやく顔を向けると、官兵衛はゆっくりと頷いた。
「機密事項ゆえに詳細は不明。とりあえず来い、だそうだ」
「わかった。すぐ出る」
旗揚げから半年。運がいいことに地盤を固める時間が出来たが、次の戦は近い。
その確信を持ちながら、俺は立ち上がった。
余談
「おい!貴様!馬に乗れ!なんで走っていくんだ!?」
「あいつ、馬より早いぞ……」
その日、騎馬集団を足でぶっちぎる若き殿様の姿を見た農民が多数いたとかいないとか……。