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藤巴の野心家  作者: 北星
7章 嵐を駆る者
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57話 Can You Celebrate?

 1564年7月

 岡山城


 毛利が遂に動いたという報せが入った。

 その動きそのものは既に驚くべきことではない。だが、この短期間で大友との講和を済ませ、軍を反転させた事には素直に賞賛したい。毛利両川や熊野などといった主力以外だと寄せ集め感の強い毛利だが、それだけに毛利元就の統率力がはっきりとわかる。それだけに、後世のグダグダ感を知っている俺からすると少し複雑な気分だ。


 「さて、山陽道か」

 「まあ、名分としては第一に離反した三村への制裁だろうしね。ただ、山陰は……」


 山陰では既に火ぶたは切られている。守りを任された友にぃは、大半の人々の予想を反して先手を取った。出雲国内の毛利家拠点一掃を狙う本隊とは別に、事前に特殊な訓練を施した連中を各地にばら撒き、焼き討ち、夜襲、攪乱、奇襲とやりたい放題を繰り返していた。あまり大人数で攻勢を掛けていないから一回一回の被害そのものは微々たるものだが、出鼻を挫かれた吉川は既に手を拱いているようだ。


 調子に乗って深入りすることなく、的確に敵を翻弄する――山陰だとどうしても人数が劣る上に、会戦には向いていない。目標を精確に定める作戦立案能力と機動力、遊撃が物を言う。毛利戦を見据えて仕込んだから、戦果は今のところ上々のようだ。


 「……井出殿はエグい戦をするね。ああやって周到に翻弄されて、頭に血が昇ったら最後だ。深入りしたら……」

 「エグさでは日ノ本で5指に入る、宇喜多和泉守直家からお褒め頂き恐悦至極」

 「あれ、私、さりげなく貶されてる?」


 まともにカチ合ったら、まず友にぃの負けだろうけど、流石にゲリラ戦に持ち込まれるとは思ってもみなかったようだ。逆に言えば、吉川とはそれほどの強敵だと認識している事他ならない。

 それにしても、ゲリラの直接指揮を執っている吉岡将監はいい仕事する……奴が一層攪乱させているからこそ、山陰本隊の反転攻勢がスムーズに進んでいる。山陰が落ち着いたら、次はどこに送り込んでやろうかなぁ。

 上杉師匠、欲しくないっすか?ウチの山賊とゲリラ。甲斐とか信濃とか甲斐とか……。

 俺としては紀伊とかにぶち込みたいかな。高野山の僧兵らと事を構えるならば、だが。でも、ベトナム戦争並の泥戦になりそう……。


 「山陰が混乱を極めても軍を必要以上に割らない辺りが毛利だな」

 「まあねぇ……」

 「しかし、気が進みませぬ」


 既にり方は固まっているので、ほぼ雑談のような軍議の最中、末席に居た若者が憮然と声を上げた。俺よりも幼い彼、三浦能登守貞広は兄の三浦遠江守貞勝を三村に攻め殺されている。当時は乱戦に次ぐ乱戦で、滅ぼしたのは尼子とも言われていたが、最初は尼子が攻め滅ぼし、それを奪還した後、今度は三村が掠め取ったらしい。若さに反して甚だ波乱万丈ではあるが、彼からすれば三村は兄の仇。不満に思うのも致し方なかろう。


 「大殿には旧領を奪い返して頂いた上に、松田旧領の金川城まで頂きました。それに宇喜多殿には未亡人になってしまった義姉と甥を保護して頂いたという恩がある故に……その、付き従うのは当然ではありますが」

 「俺も宇喜多も仇持ちだったから気持ちはわかる。貞坊」

 「ならば、」

 「だからこそ、お前には言おう。俺は三村の投降をまだ信じ切っていない、と」


 貞坊は少し言葉を探すように押し黙ったが、半分嘘だ、といった瞬間自分でも思った。

 三村の投降自体は本物だ。多分、本気で奴は俺に与したいと思っている。宇喜多の義父曰く、そういう腹芸はしない、との事だし、俺もそう思う。聞く話を纏めるに、利己主義なのだ。実に古風で実に典型的な戦国武将といっていい。だから、利益を見出して俺に付きたいと思うのは今のところ本心だろう。


 だが、反面、毛利への贐も忘れていないと思う。それが、今回の戦のキモだ。


 「正直、俺は松山城まで助けに行くつもりは無い。そこに至るまで、湿地帯が多く、かつ海から遠い。補給線が間延びするから嫌だ。しかも盆地なので霧が多いと聞く。こっちは数で負けているんだ。勢いでぶち抜くしかねぇのに、足が鈍った所で毛利と遭遇戦とかシャレにならねぇぞ」

 「まあ、趨勢が毛利に傾いたら、あっさりと裏切る御仁でもあるしね。巧く引き込んだのだ、といえば多少の懲罰程度で毛利も受け入れざるを得ないだろうし」

 「だから、俺は貞坊を連れて行きたい。奴の動きには一番敏感だからだ」

 「な、成程……」


 腰の軽さは魅力的だが、味方になるとその腰の軽さが仇になる。俺かて、まあ、色々国人の反乱とかちまちま経験しているし……場数は踏んだつもりだよ。人材資源確保の為、また、人道上の理由から族滅は絶対にしない主義だから、平均的な戦国大名よりは多いかもしれないぐらいだ。


 「とはいえ、何の見返りもなく仇を救いに行けというのは酷くないかい?婿殿」

 「う……」


 ここでまさかの裏切り。流石、宇喜多。汚いぞ!宇喜多!


 「……まあ、こういうのは自分からじゃ言い出しづらいだろうし、いいだろう。望みを言ってみろ」

 「お、お気遣いいただき……しかし、領地は頂いたばかりですし。では、一つ」


 何か面白い事が起きると確信したのか、この軍議の場にいる宇喜多家の面々の内、誰かがごくり、と喉を鳴らした。


 「幼い甥、桃寿丸には父親が必要です。宇喜多殿と義姉、お福の再婚の御許しを」

 「よし!許す!超許す!」


 まさかの大逆転に唖然とする宇喜多直家を置いて、花房又七郎や長船又三郎などといったその場にいる全員が猛然と立ち上がって喝采を挙げた。

官「はよ開戦しろ」


尚、又七郎ら宇喜多重臣から「ウチの殿といい感じなのですが、見ていてやきもきします」とか「なんとか引っ付けてやりたいのですが……」という相談の手紙が多数あったとか無いトカ。


また、三浦貞勝の死亡年数や経緯については資料が少ないのかいろいろ乱れていた(1561年か1565年)のですが(史料によっては貞坊が兄になってる事も)、一番都合が良さそうな説(1561年説)を採用いたしましたので、悪しからず。


藤巴はどちらかというとドラマ仕立てなので……。

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