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藤巴の野心家  作者: 北星
7章 嵐を駆る者
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55話 東の暗闘開始


 うまく罠にかかった――と思ったのは束の間。我が策成れりとほくそ笑んだのは刹那の事。

 殿の傍らにて復命した三好日向様の言葉を聞いていくうちに、呆ける自分がいた。


 毛利との盟が成った。


 ここまではいい。


 日向様と同じ頃に毛利陸奥守と会っていたという、黒田左近衛少将隆鳳が帰りがけに毛利家四男を拉致していった。


 訳が分からない。


 当主直々にそんな事を行うという事態も理解できないし、あっさりとそんな蛮行をする事も理解の範疇を超えている。日向様の話を聞くに、それさえなければ毛利家は黒田家に転んでいた可能性が高かったのだ。当然自ら会談した以上、毛利家の姿勢は把握できていただろうし、これほどまでに明確な拒絶の姿勢を示すほどの事など起こりえなかったはずだ。


 これは、黒田家による毛利家に対する明確な拒絶の回答である。この事が何を意味しているのか、まったくもって読めない。それはこの場にいる、極少数の人間も同じなようだ。


 日向様が語り終わった後、微妙な緊張感が場を支配していた。何と言ったらいいのか、まったくもってわからない。下手に口に出して、それが殿の意に沿わぬ言葉だったとしたら、この首が飛んでもおかしくない緊張感だ。


 「……はかりごとの臭いがするな」

 「それはつまり……毛利と黒田の間で何らかの密約が成ったと?」

 「否だ、弾正。それも多分に含まれてはおるが……両家は必ずぶつかり合う」


 ようやく口を開いた我が殿の言葉に合いの手を入れると、殿は一層凄みのある笑みを浮かべながら首を横に振った。


 「そぅするとだ。そぅなったとしたら、だ。何か似てると思わぬかぁ?弾正」

 「……先の戦、ですか」

 「あぁ……奴らめ、やはり面白い。面白いぞ。我らが本願寺を揺さぶり、落とした時と同じ形で我らを誘い出そうとしておる……クックックッ」


 遠隔地の同盟相手と戦い。嫌が応にでも戦場へと誘い出す――その手法を取ったのは他でもない。先の戦で興福寺を焼き、本願寺の隙を突き、そして大いに黒田家を揺さぶった殿だ。


 これに対して黒田家は、あえて我らと毛利を組ませ、毛利と戦い、我がこと成れりと押し寄せるであろう我らが来ることを待ち構えている。標的は――当然。


 「そうか。奴はそれほどまでに我を殺したいか。毛利を敵に回してまでも、この三好長慶の首が欲しいか」


 我が殿、三好修理大夫の首。

 これほどまでに皮肉を込めた意趣返しも無いだろう。それも「毛利と結ぶ」というこっちの一手を読み切った上での行動だ。たとえこちらが目論んだ状況と同じであったとしても、主導権を握った謀略戦と主導権を握られた謀略戦では全く違う。

 私の仕掛けた借刀殺人計をある程度察知した上で、攻勢に転じるその姿勢。怖いもの知らずと笑う事も出来るが、実にも恐ろしき者たちよ……。

 かの毛利陸奥守が我らとの同盟打診について判断を渋ったというのも納得できる。ただ、堂々と両天秤に掛けられた事だけは業腹ではあるが、所詮、お互いが利用し捨てるだけの盟だ。

 

 「して……いかがいたしましょう」

 「折角盟を結んだのです。精々毛利に押しつけるが上策かと」

 「無論。それはわかっておる、弾正。某が問いたいのは、我らはいかがするか、と」


 同じく殿の判断を待っていた日向様が口を開いた。実務を取っている関係で、これからの方向転換にどう対処していくのかが気になるのだろう。


 「……予定通り、毛利と結んだ以上、毛利が要請すれば動かざるをえませんな」

 「そこだ。弾正。今この時点で相当流れを持っていかれている。奴ら間違いなく何かしら仕掛けてくるぞ」


 狙いは殿の首だろうとは思うのだが、わざわざ不利な状況に自らを追い込んでまで仕掛ける策だ。入念に裏を洗う必要がある。

 正直、攻め込みたくないと思うのだが、そうも言っていられない。


 「現状、何かある、と心した上で攻め込むしかありませぬ」

 「我らに死ねと?」


 黙って頷くと日向様は刀の柄に手を掛けながら勢いよく立ち上がった。

 だが引く訳にはいかない。不確定な罠、理不尽な武を前に殿が倒れるよりは何倍もマシだ。この身が蛇蠍だかつの如く忌み嫌われる事など幾らでも覚悟している。

 

 「やめよ」


 笑みを消した殿の一言で睨みあっていた我らはそっと視線を外す。声を荒げずともお互い退けない事などわかりきった上でぶつかっているのだ。殿の一声は予定調和だろう。


 「毛利からの要請は確かに厄介よのぉ。確かに退けぬ。故に攻め方を考えよ」

 「攻め方、ですか」

 「兵を動かすばかりが戦にあらず。毛利からの要請があったら、毛利の利になるように動けばよい。揺さぶって、嬲って、弄って――最後に一撃で仕留めるが望ましい。左少将にこの礼を必ずしようではないか」

 「……御意」


 殿は謀略戦を御所望との事。視線が合った日向様と頷き合う。


 「……まあ、要請が来るまで、時間はあろう。たとえば他はどうだ?弾正」

 「他ですか……黒田家揺さ振りの為に、若狭で競り合う朝倉には手を伸ばしております――が、未だ動かず」

 「公方か」


 日向様の問い掛けにより、話題が一転する。黒田家への対応に頭を悩ませていても、我らは広く目を光らせていなければならない。


 「おそらくは。細川兵部が直臣だった頃に何度も赴くなど、かなり影がちらついております。また、加賀が荒れ始めた事も、動きを鈍らせている要因かと」

 「女に溺れ始めたとも聞くが」

 「でしたが、随分前に愛妾が亡くなったとは聞き及んでおります」


 朝倉左衛門督、つくづく生まれてきた時代を間違えた男だ。以前はやや慎重さが気になるが治世であれば……と思わせる統治ぶりだったが、ついに心が折れ始めたようだ。


 「……つまらんな。左少将の行動を聞いた後だと余計につまらん」

 「まったく以って」

 

 とは言っても、殿が求める混沌には奴の行動が一つ欠かせなくなってくる。動かすには時間が欲しい所ではあるが……。

 少しだけ考えていると慌ただしい足音が聴こえてきた。凄まじく嫌な予感がする。思わず腰が浮きかけているのがわかった。


 「外からよい。申せ」

 「し、失礼いたします!昨夜未明に黒田家の村上、浦上両海軍が淡路と讃岐の沿岸部を強襲!」

 「「何ぃ!?」」

 

 同時攻撃だと?それに夜襲といえども、淡路の水軍衆が船の航行を見過ごすはずが無い。ましてや敵地を堂々と強襲出来る程の数が動けば嫌でも警戒はする。どんなまやかしを行った!?


 「敵は既に退きましたが、お味方の船が多数焼かれ……」

 「クソッ!分断が狙いか!」


 ダンッと日向様が床を殴り付けた。完全に先手を取られた。今、我らは奴らの――黒田官兵衛の掌の上で踊っている。


 「日向。各地に目を光らせ、内部を引き締めよ」

 「は……はっ!」

 「……クックックッ、此度の戦。中々面白そうじゃないか」


 嗚呼……拙い。殿の興味を引いたか。気が抜けぬ……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 神戸 官兵衛


 あの馬鹿は何か憑いてやがるな。よもや毛利から人質を貰ってくるとは……余程、何か感じ入る物があったのだと思う。なにせ、今回の毛利の動きは完全に――とまではいかないが、こちらにかなりの恩を売りつけてきたようなものだ。

 盟を結んだ毛利が呼びかければ、流石の三好も動かざるを得ない。そして俺たちの本命は三好長慶の首だ。岡目八目とは言うが、俺の方策を最高の形で補助している。人質を得た事を知らず、この状況を見ると偶然の一致というしかない。

 だが人質を差し出された今、確信がある――この状況全てに毛利陸奥守の思惑が絡んでいると。

 

 「敵に利するとは何を考えている……?」


 毛利は敵だ。毛利から見れば俺たちは敵だ。だからこそ、この言葉が頭に浮かぶ――不可解、と。

 敵に人質を送り、敵が有利に運ぶよう事を運び、そして敵とぶつかり合う。そこら辺のボンクラならば、腰抜けと罵ってやりたいぐらいだ。

 だが、今までの毛利陸奥守の棋譜ともいうべき、過去の戦を見ればわからんでもない。


 奪わせて破る。


 毛利陸奥守の過去の戦はこの傾向が強い。故に、侮るのではなく、より一層の警戒が必要だと俺の脳漿が警告を上げる。


 「毛利としては、本命が三好なのだから、より一層そっちに力入れて欲しいんじゃないかな?」

 「それは俺も思うな、兵部殿」


 暗い夜の海を並んで見つめながら、細川兵部殿の意見に頷き返す。現状、見当たる様な理由はそれぐらいしかない。手心や隙を見付けたら痛い目に遭うかもしれない、という恐れがある。


 「三好、松永といい、恐ろしい男たちだ」

 「官兵衛殿も大概だと思うけどね。対岸に知られぬよう、強襲用の船をここまで陸路で運ぶ策なんて、古今東西聞いた事すらない。船を運ぶ手筈を、と依頼された時は何事かと思ったよ」

 「いや……参考にした戦ならある。かつて隆鳳から聞いた話だが、遥か西の君府コンスタンティノープルという難攻不落の大都市が陥落した時、落とした軍は軍艦を山越えさせて封鎖された海域に乗り込んだそうだ」

 「ほぅ……それは初耳。それにしても、我らが殿も不思議と博識でいらっしゃる」

 「好奇心だけで出来ているような男だからな」


 俺が同じような質問をしたとき、本人も「秘訣は年中無休の好奇心」と言っていたから間違いはない。

 ただ、小動物のように目の前をちょこまかと動きまわられる様は「鬱陶しい」の一言しかないが。


 「納得してしまう辺りが我らの殿ですな。さて……そろそろかな」

 

 兵部殿は遠くを見るように額に掌をかざし、目の前の夜の海を見入る。敵の目を欺く為に陸路から運ばれた船で、村上海軍らが出航してから少し経つ。

 三好長慶を追い込むための次の一手は敵の分断だ。いざ、毛利と、いざ三好と戦う、という時に船を使って脇から強襲されては堪った物ではない。故に、敵の船を焼く必要がある。


 「本当ならば、先に攻め取りたい所なんだが……な」

 「特に淡路だね。けど、安宅摂津守がしっかりと纏めている上に、現状手を出したら孤立は否めない。摂津を完全に固めるか、讃岐、阿波まで一気にとるかという状況に持っていかないと保持しようが無い」


 船を焼き払う、というのは苦肉の策だということぐらいはわかっている。それでもやらないよりはマシだろう。


 「調略で落ちないかなぁ……安宅殿はいい人なんだ。本当にアレが兄かと思うぐらい穏やかで、歌も上手くて……まあ、かく言う私も、連歌の所作なんかは、三好修理から学んだクチなんだけどね。あの兄弟は揃って風流なんだ」

 「宇喜多殿に相談するしかないな」

 「三好修理を落とすように、と?」

 「あの人ならやりかねない」


 流石に冗談だとわかっているので、軽く笑い声をあげていると、暗闇に火が灯った。沿岸部の船が燃えている灯りではない。専用の用具の中で灯し、板で開け閉めする事で、規則正しく点滅し、夜間の連絡用に作った用具の灯りだ。


 「――我、成功セリ、か」

 「よし、予備の船を繰り出して撤退の補助をしろ。それと各所に伝令を飛ばせ。沿岸部の警戒と、海戦の準備だ」

 

 バッと待機していた人員が一斉に動き回る。目の前では号令と共に船を抱えたまま屈強な船乗りたちが海へと走っていく。

 年末相撲大会での村上海軍惨敗から、隆鳳が訓練に大分介入したとは聞いているが……かなり大がかりな船を抱えたまま海に吶喊とか、あの馬鹿は何を仕込んだというのだ。


 まあいい。軍が強くて不都合が起きる訳でもない。


 「さあ、開戦だ」

 「西の第2軍に負けるんじゃないぞー」


 煽るな、細川殿。


 まあ、悪くないけどさ。俺だって隆鳳には負けたくない。

開戦してしまった……。

作者はいい加減、小夜さんが書きたい、ラブ米が書きたいと死ぬ程渇望しているというのに!!

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