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藤巴の野心家  作者: 北星
7章 嵐を駆る者
76/105

54話 嵐の予感

明けましておめでとうございます。

年末に鉄巨人さんより素敵なレビューを頂いておりました。

レビュー、感想、ブックマーク、いつも皆さまありがとうございます。

今年も歩みは遅いですが歴史カテゴリの異色路線をまい進してまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 吉田郡山城

 三好長逸


 長い沈黙が続いていた。その静けさに自分は死んだのではないかと思わされるほど静謐で、そしてこれ以上ない程に不安を掻きたてる沈黙だった。

 何を考えている。何を読まれた。何を計算している――日頃からこの手合いを相手する事に慣れたつもりだったはずなのに、らしくない焦りが心中を掻きたてる。

 容貌は凡庸。取り立て語るべき事のない平凡な顔だが、その何を考えているのか分からない無機質な視線は、齢60を遥かに超えているとは思えない物だ。

 主、三好長慶が更に年を経て、溢れ出さんばかりの狂気を内へと封じる事が出来たのならば、こんな感じになるのではないかとすら思う。


 「難しい」


 翁は――毛利陸奥守元就はそれからも暫し沈思した後、小さく呟き目を閉じた。やはり、と心中で言葉が木霊する。


 「我ら三好との盟は結べぬと?」

 「割れる」

 「父は家中の論が割れる事を憂いております」


 言葉足らずな翁の言葉を三男だという小早川隆景が補足を入れる。本当に息子なのだろうかと思う程に似てはいないが、殊の外可愛がっている事は周知の事実だ。


 「割れる、とは反黒田か親黒田か、という認識で宜しいか?」

 「恥を忍んで申し上げるが、既に割れております」

 「……どちらが優勢か聞いても?」

 「反」

 「……親黒田筆頭の現当主、兄、大膳大夫隆元が昨年、食中りで倒れてからやや反黒田に気勢が傾いております」

 

 答えないだろうと踏み込んだ質問をした自覚があったが、思いのほか手中の事をあけすけに話す。言われて気が付いたが、確かにこの場には毛利翁と小早川しかおらぬ。居るべきはずの大膳大夫がおらぬのだ。

 という事は、この二人は反黒田なのだろうか。


 「現在回答するに能わず」

 「未だ黒田家を崩す手がかりが見えませぬ」

 「嵐に手を出すが如し」

 「だから、手を拱いたままでいると?陸奥守殿、それは悪手と思わぬだろうか?嵐は待てども止まぬ。嵐はいずれこの地を呑み込みに来るではないか」

 「某らも、三好日向殿のお言葉尤もと思いまする。故に、家中の論が割れている事をお察し願いたい」

 「破壊と実りを齎す嵐故に」


 わからんでもない。わからんでもないが、よもや西の大国毛利がこれほどまでに及び腰とは……。

 しばらくお待ちいただきたい、という言葉で会談は閉められ、陰鬱な気持ちで導かれるまま館の中を歩いていく。この分だと、回答はいつになるやら……あるいは、破談も視野に入れて報告をせねばなるまい。

 そして見事な中庭に面した場所を通りがかり、ふと反対側の廊下を見て、思わず二度見した。

 

 今、通りがかった身なりのいい小柄な若武者は……いや、まさかな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^


 「黒……赤川左近だよ……です」

 

 はじめまして。こんにちは。名乗る事に失敗しました左近です。道中あれだけ練習したというのに……俺……いえ、赤川の一人称は私でしたね。私は正直者やから。

 尚、私の苗字は赤松と細川とは何の関係もありませんから。


 「はい、よくできました」

 「………………………」


 バレてるよね?うん。それとも単に子供扱いされただけ?薄幸さと儚さを体現した今にも消えそうな柔らかい微笑みを浮かべながら、毛利隆元と名乗った男は軽く頭を下げた。

 史実じゃそろそろ死んでいたはずだけど、まだ死んでねぇのな……この人。アレか。俺というイレギュラーが出てきた事によるバタフライ泳法という奴か。

 ……ん?何か違ったか?まあいいか。

 でも、歳は俺と父親ぐらいの差があるから、今死んでも、言うほど若死って訳でもなさそうだが。


 「赤川殿は黒田家からの使者という事ですが……失礼ですが、黒田家に赤川という者がおりましたかな?」

 「私は臣ではありません」

 「ほぉ……」

 「微妙な所ですが、臣ではありませんが使い勝手のいい男、でしょうか」


 嘘は言っていないですよ。家臣じゃねぇですよ。


 「……成程。まあ、間もなく父上たちも参るでしょうし、挨拶もそこそこにしておきましょうか」


 そう言えば、毛利元就は別の用事があると言っていたな。先ほどチラッとここに居るはずの無い見た事ある顔がいたからそれ関連だとは思うが……。


 「だけど、折角黒田家に関わる方が来たとなると、それだけでは素っ気無い――ボクと少しお話しませんか?」

 「……へ?」

 「実権は父上が握ってますが、ボクはこの家の内政を仕切らせてもらってます。黒田家の政策にはかなり興味がありまして……」


 なんだろう……下調べではこの影の薄い長男、かなり親黒田派だと聞いていたけど、想像を遥かに超えるぞ、コレ。そして、かなりいい人っぽい。親戚の優しいお兄さんって感じだ。

 ……死んで欲しくねぇなぁ、この人。


 「赤川殿はかなり詳しそうですしね」

 「いや……まあ、そうですけど。ですが、実際、話した所でこの家では実施は無理ではないかと」

 「それが問題なんですよねぇ……やはり、中央集権化が鍵ですか?」

 「それもそうですが、肝心なのは民草の生活水準の底上げによる、身分差の希薄化と実力主義化でしょうか。従来通り、民草を生かさず殺さず吸い上げるだけの政治では無理でしょうし、そこからの方向転換には既存の権益を持つ者たちからの反発が強すぎるかと。それ故の中央集権化であって、分業化であります」

 「改革の断行の為、という事ですね」


 理想を言えば、話し合って改革を進めたい所だが、戦国時代にそんな悠長な事は言ってられない。腕力でなぎ倒して、我を貫き通すしかない。それは俺が君主だから出来た事だろう。

 たとえば、俺が下剋上せずに官兵衛の下に付いたとする。官兵衛の下で同じ献策をした所で、それを全部取り入れられただろうかと考えると、それは否だ。長い付き合いもあるし、官兵衛自体かなり聡明だから俺の言葉に利益がある事は悟るだろう。

 だが、だからと言って俺の献策を全て取り入れられただろうかと言うと、それは首をかしげざるを得ない。俺一人の意見の為に、既得権益を持つ者たちを敵に回し、そして改革するかというと、それはもう一代で済む仕事では無い。社会的システムの革新とはそれほどまでに労力がいる仕事なのだ。


 例を上げるとすれば織田信長。実際に自分で第六天魔王と名乗っちゃったからというのもあるが、この時代としては革新的な人物だったからこそ、反発を喰らい、後世での扱いは少し不当な物になってしまった。必死で我を通し、改革を続けた施政者だったはずが、怖い、という印象だけが独り歩きしているのだ。

 実際に、俺だってすぐに鎮圧したからとるに足らない扱いではあるが、何度か反発故の一揆を起こされている。後世での暴君の誹りは免れぬであろう。


 前世の小説で読んだ、技術チートも然り。物語としてはかなり面白いのだが、たとえ知識があったとしても、自らが君主にでもならない限りそううまくいく訳がねぇ、と言うのが俺の見解だ。たとえその意見が革新的であっても、それを採用する側はそれがたとえどんな不条理な物であっても色んな事情を鑑み無ければならない。

 技術を伝えるのならば、結果だけを伝えるのではなく、「これはこういう事象があって、だからこういう風にすれば求むべき結果が得られる」と原理から納得させ、浸透させないと小手先で終わる。実際に、鉄砲の改良について指示を出したら、どうしてそうなるの?という所からの説明が大変だったんだ……。

 だから俺は技術チートが微妙なんだ。そんな基礎化学、原理から暗記している程頭良くねぇよ。


 「できますか?」

 「無理です」


 やけにすがすがしい顔で答えられたが、俺の様に押し通すだけの我が毛利隆元にあるとは思えない。それは性格以外にも、俺が自ら旗揚げして奪い取ってきた事に対して、毛利隆元は毛利元就という偉大な先代がいるから他ならない。

 たとえそれが画期的であっても、毛利家をでかくした偉大な謀神のやり方とまったく違うやり方を二代目が提示して他の者が受け入れるかというと、それは無理だろうという事だ。


 「やるとしたらかなりの人間を地道に説かねば……」

 「――あるいは、毛利陸奥守に反旗を掲げ下剋上するか」

 「っ!?」

 「――面白い」


 丁度いいタイミングでスッと襖が開かれて、老人が姿を現した。続くように、日本人かよ、と疑いたくなるほど顔の彫が深いおっさんがあきれ顔で姿を現す。それと同時に毛利隆元の顔が面白いように青褪めていった。

 ……ずっとそこに居たのは気配でわかってたんだけどな。そんなに親父が怖いか。


 「客人。毛利陸奥守じゃ」

 「お初に。小早川左衛門佐隆景でございます」

 「黒田隆鳳さまだよー」

 「ぶっ!?あ、赤川と名乗らなくていいのですか!?」

 「……あれぇ?」


 赤川?誰ですか?ウチにそんな奴はいませんねぇ。さあ、雑談は終わり。戦闘態勢だ。小早川は何を首捻ってるのかなぁ?以前会ったのはそっくりさんですよー。


 「太郎」

 「は、はは、はいっ!」

 「迂闊」


 あらら、隆元さん。当主なのにガチガチと震えてるじゃねぇか……気概が足らんよ、気概が。俺なんて、おやっさんに何度ぶん殴られようが我を通すべき時は通すぜ?今回ここに来ると決めた時みたいにな!

 ……今回は弥三郎おじさんとツープラトンで仕掛けられたけどな。


 「三好との会談は終わったのかい、御隠居」

 「不首尾にて」

 「ふぅん……」


 隠す事もせず、か。この程度だと揺さぶりにもならなかったな。

 しかし、三好との同盟を拒むとは、どれだけふっ掛けられたって言うんだ?あの混沌狂いの完璧親父の事だからあり得ない話ではないだろうが……。


 「……しかし、豪胆ですな。君主が自らとは無謀と言ってもいい」

 「?」

 「そう『何言ってんだコイツ』って風に首を傾げないでください。貴方の行動は常軌を逸している」

 「……ああ、少数で敵地に来た事?」

 「そうですよ!」


 小早川はちょっと小うるさい。官兵衛を常識人にしたみたいな感じだ。以前の会談では官兵衛と口げんかをしたと聞いたが、実は似た者同士なんじゃないだろうか。


 「逆を言えば豪胆だよな、そちらも」

 「何がです!?」

 「――俺の前に雁首揃えてんだろ」


 まだ、傍らの脇差には手を掛けていないが、ざわり、と部屋の周囲で気配が蠢いた。まあ、当然護衛ぐらいは置くわな。


 「今ここで首を三つ落として逃げのびるなんて訳ねぇぞ」

 「……金吾」

 「は、出過ぎた真似を致しました」


 言葉少ないけど存在感は抜群だなぁ。だけど、書状は長いという話も聞くし、筆談だと雄弁になるタイプなのかもな。


 「客人。穏便に」

 「そうだな。さっきまでみたいな穏便な話が良い」

 「謀反を唆すような話が穏便でしょうか……?」

 「いや、そうは言うけれど、大膳殿(隆元)。実際な?そうじゃねぇと、黒田家ウチの政策の模倣なんて出来やしねぇから。そこの御隠居を討ち破って旧き者たちを一掃してからじゃねぇと無理だって」

 「だ か ら!」


 大変。毛利家が崩壊しそう。ついでに隆元どのの胃も崩壊しそう。


 「わかってるって。出来やしねぇとは思ってるよ。だから考えたんだ。もう一つの方法を」

 「……降れと言わないでしょうな」

 「言わないよ。それはそれで厄介だから。でも、その方法の為に俺はわざわざ来たんだ」


 ジロリ、と毛利元就の視線が俺を舐めるように動く。その視線には多分に敵意が含まれていた。謀神と謳われし最強格の戦国大名だ。俺達との関係が帰結する所などとっくにわかっているのだろう。


 「我ら黒田家はこの時を以て毛利家との停戦を破棄し――そして、同時に毛利家に宣戦を布告する」

 「受諾する」


 目を見開く隆元どの。言葉を失ってパクパクと口を動かす小早川殿。だが、毛利元就だけは即座に俺の布告に応じて視線を絡ませた。見方によってはぼんやりと、見方によっては読み切れないほど深かった瞳の奥に激情の影がちらついていた。

 

 「大膳どの――貴方が出来ないならば俺が背負おう。貴方の父君に挑ませて頂く」

 「黒……田どの、」

 「小早川殿。貴方がたに恨みつらみは無けれども、目指すべき理想の為に我を貫かせていただく」

 「これも武家の倣い。致し方なし。いざ、尋常に」

 「毛利のご隠居……貴方にも我が夢を見ていただきたい。それまでお身体自愛を」

 「……ふむ」


 戦国時代に何を甘っちょろい事を、と言うかもしれないが隠す事の無い本音だ。夢の実現の為に、戦国最強の武将に挑む――どうあってもお互い退く事が出来ないのならば、包み隠さずぶつかり合うべきだろう。

 三好とぶつかってる最中じゃねぇか、って?馬鹿言え。膠着中に敵か味方かわからない奴が背中に居る方が怖いわ。

 官兵衛の策もある。むしろ、毛利には今までと同じように日和られる方が困る。いつまでも姫路で待っていなきゃいけない俺も困る。宇喜多の義父は既に開発を防衛寄りにシフトして対応を始めた。


 ……それに、三村が降ってきた事もわかるように、黒田家のやり方――というより、それを導入した結果を見て個々別々に降ってくる者も多く、毛利家は崩壊しかかっている。それを止める事が出来なかったのは、毛利本家も俺達のやり方を研究し、その結果を目の当たりにしているからだろう。いくら大大名だからと言って旗下の者が幸せになる事を禁止する訳にはいかない。

 だが、毛利家は今までのやり方で家を纏めてきた事もあって、今更方向転換が出来る訳が無い。ならばどうするか――それはウチと戦い、打ち破るしかない。


 毛利との関係は既に回避できない所まで来ていた。毛利と俺は敵同士であり――かつ旧弊共から見れば共犯者だ。


 「若者。負けると思わぬか」

 「負ければすべてが終わる。だから勝つしかないと覚悟している」

 「真理じゃ。だが、わざわざ儂らが負けた後、儂らの身柄を安堵するような事を提示した上で自らを背水に置くか……優しい子じゃ」


 長い言葉がよほど珍しかったのだろうか、息子達が宣戦布告時以上に目を見開いたんだが……。


 「誰かの為に戦っているといずれ身を滅ぼすぞ、若者よ」

 「それでもやると決めた。だから、御老体は自らの身を案じておけばいいのさ」

 「ふっ……」


 毛利元就は少しだけ笑みを浮かべてから、小早川に視線を向けた。


 「金吾。三好の使者に」

 「はっ!」

 「それと四郎を」


 わざわざ俺の前で三好と同盟を組むと宣言した上で、毛利元就は手元にあった紙にサラサラと何やら書状を書いた。そして差し出された書状には、


 ――帰る際に我が四男を連れていけ。


 と書かれていた。思わず声に出かかったが辛うじて質問を呑み込む。そうしている内に、毛利元就はその書状を丸めて懐に納めた。

 人質のつもりか?あるいは……返礼か。帰りの道中の保証のつもりだろう。


 「誠意には誠意で返そう」

 「そうか……でも、四男ってどっちだ?身籠っている最中に家臣にくれてやった側室の子か、一般的な四男か」

 「…………四男じゃ」


 まずは一勝、かな。

使者に行く前のツープラトンの様子


 行くなつってんだろうが!

         ∩

      _弥_||

     /( y ) /

     |ム六ム'

     /::∧::\

     L__| |__」


  (((;゜Д゜))ガクガク

   /隆 つ つ

   し(_)


  行くなつってんだろうが!

,__、      _、

/ ソ/゛゛゛'丶  (ン )

| || 6」=r'  | |

| ⌒/;;゛ ̄>⌒ヽ-' /

`ー/親父1号\__ー″

 /二二二二ノ_ーー、

 |   /  、、、、|

 |\__∠__ー|;;;;|

 |   |  |;;;;|

`|、、、、、|  |;;;;;|

`/;;;;;;/  /;;;/゛ヽ

/;_;;;/  ゛゛゛ー―'

/==/|、/

|==|/゛

`ー″


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