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藤巴の野心家  作者: 北星
6章 死神共の理想郷
72/105

50話 野営と覚醒する将器

あれ、今月休みは一日だけ……?

 1564年


 「あかんあかんあかん、ホンマあかんコレ……喝――――――ッッ!」

 「あんたーっ!?」

 「ちゃーん!?」


 ……ああやかましい。現場の黒田隆鳳だよー。今私は、摂津で野営中であります。んで、なんでこんなにはしゃいでいるのかというと、火傷をほったらかしにしていた、顕如をはじめとする本願寺の者たちが、緊張の糸も切れた事もあって、盛大に痛み出したことに起因します。

 まあ、当然と言っちゃ当然なんだが、逃げている最中に水で冷やす事なんてできやしなかっただろうしな……。

 顕如たちは幸にして、ケロイドとまではいかず、水膨れで済んだようだが、火傷をしたらまず冷やしましょう。という事で、奴らを揃って近くを流れる川にぶち込んだのだ。その結果が闇夜を切り裂く顕如一家の悲鳴となったわけだ。イイトコロの御嬢さんの割には肝っ玉母ちゃんの嫁さんの声といい、いい安眠妨害だぜ……。


 「気持ちはわからんでもないが、咄嗟に出てきた言葉が『喝』とは、あの坊主はいつから禅宗に鞍替えしたんだろうな……」

 「気持ちがわかるならば、あえて言ってやるな、官兵衛」


 まあ、しゃーないと言い聞かせて俺達は自分で自分のメシを用意する。携行の鍋で雑炊を作り、その脇火で魚の干物を焼くといい匂いがしてきた。うん、なにはともあれ美味い飯だな。

 チャッチャチャ♪チャラチャチャッチャチャ♪チャラチャ♪タララン♪タララン♪タララン♪タララン♪タッタタタタッ♪


 「上手に焼けました」

 「……ええ声しとるやんけ、ライレーン」

 「頼廉です」


 って、お前が言うんかーい!


 「そうか、頼廉。ところでそれは俺たちのメシなんだが」

 「この一日半何も口にしていなかったので、匂いにつられてつい……」


 こう、意図しないタイミングでセリフとメシを奪いに来るとか、あいつ実は腹ペコキャラか……。

 お騒がせしました、と野営前に拾ったライリューに回収されていくし……ホンマなんなんやろ、アイツ。


 「……本願寺の奴らにメシをもうちょっと出してやって」

 「はっ!」


 とりあえず可哀想だったので指示を飛ばして、気を取り直して食事を開始する。と、同時に軽い軍議の開始だ。


 「この様子だと物資が尽きるのが早いな……」

 「一応、余裕はあるんだがな。いずれにせよ、本願寺兵を抱える以上、近いうちに補給は必須だろう」


 敵地真っ只中ではあるものの、丹念に斥候を飛ばした結果、驚くほど三好に動きは無い。しいていうならば、先に粉砕した松永長頼旗下の敗残兵がうろちょろしている事と、阿波、讃岐からこの先に控える越水城近隣に7000程が上陸して陣を張った事ぐらいだ。阿波からの軍はちょうど俺たちの帰路を妨げる形で陣を拵えているが、こちらに向かってくるような姿勢は見せていない。

 それをいい事に、余裕を見せるように俺たちは野営を始め、本願寺の敗残兵を吸収している形だ。とはいえ、多少物資には余裕を持たせてあるものの、一度補給をしなければならない事から、明日からは必然的に動かざるを得ない。


 「にしても、三好の援兵は思ったより少なかったな」

 「淡路が空になったら、村上、浦上、有馬らが即座に狙いにいく姿勢を見せているからな。淡路の安宅は動けまい。むしろ7000は多いぐらいだ」

 「かもな」


 官兵衛と意見を交わしながら、火で温めた雑炊を口に運ぶ。これからの三好との戦で最も重要となるのは淡路の取り合いだろう。それを思うと、確かに7000は多いのかもしれない。それもただの7000ではなく、実質的三好家ナンバー2、故 三好実休の家老だった篠原長房が率いる兵だ。本気ともいえるし、フリともいえる、非常に微妙な所だ。


 「奴らは動くか?」

 「積極的には動かんだろうな。あの三好長慶の命を受けての行動ならば、むしろ俺たちに越水城を取らせたいと思うはずだ」

 「何?」

 「今までの傾向を見れば簡単な話だ。越水城は淡路、四国との重要な窓口だ。ここを渋るふりをして、俺達に取らせた所を総攻撃を掛けた方が勝率は高い」

 「成程なぁ……」


 官兵衛の読み通りに事が運ぶとすれば、非常に厄介な奴らだ。俺たちが攻勢に出れば三好の軍をぶち抜く事も難しくは無い。だが、巧く引き込まれて守勢に回されてしまうと、確かに苦戦は必至だ。俺たちを振り回すために摂津半分を丸々と空にした事といい、どうも奴らは後の先を狙う節がある。引き込み、是を叩く――理にかなった殲滅戦術だ。

 

 「伊丹は――……そういえば落ちたんだっけか」

 「ああ。淡河弾正の戦上手はかなりのものだな」


 野営の前だったが、伊丹の押えに回っていた別所、淡河から陥落したという報を受けている。三好分隊が上陸し、俺たちが孤立した事を受け、伊丹が攻勢に回ったらしいのだが、それを巧く引き込んで殲滅したという三好のお家芸を奪う完勝振りだ。采配を握った淡河弾正に秘策として釣り野伏を教えたのは実は俺なんだがな……と言っても官兵衛は信じねぇだろうなぁ。

 ちゃうねん。御着城の時はちゃんと兵を伏せておいたし、ちゃんと引き込むつもりだったんや。


 ……今思えば、あの戦いが黒田家の今後の戦い方を左右した分水嶺だったよな。


 「池田はどうだ?」

 「池田は三田のハゲ叔父貴が押さえているが、内紛の仕込みは十分だ。これも間もなく転ぶだろう」

 「内紛の仕込み、な。何をやった?」

 「何のことは無い。池田内の三好派の荒木を秘かにこちら側に寝返らせた。反黒田として踊っているのは池田知正だけだ……荒木の煽動でな」

 「わーぉ……」


 おい、どうした官兵衛!?お前、宇喜多の義父みたいだぞ!?

 しかも、裏切ってこっちについたのが、史実では官兵衛と因縁浅からぬ荒木村重とかもうね……。


 「荒木信濃守か……最高に高値の状態で売りつけてきやがったな」

 「家格は低いが梟雄の器在りだな。三好が戦略的理由とは言え、一時的に摂津西部を捨てた事を機と見て、仕掛けたら即座に反応しやがった。要領がよく、機を見る事に敏と言えるが、俺としてもまだ最初から乗り気だった池田勝正、徹底して三好派の池田知正の方が人として好ましいとは思うな」


 ああ、でも、あまり評価は高くないのね。友人だからと説きに行って捕まるようなことは無さそうで一安心だ。


 「裏切らせた、という事はエサを撒いたんだろう?何をエサにした」

 「主家、池田家からの独立。および、池田知正の身柄の安堵」

 「意外と安いな」


 まあ、多分、池田知正の身柄云々は裏切りに際して俺たちに余計な目を向けられたくないという、保身からだろう。それと池田家からの独立というのも、元々三好派として主君の池田勝正と対立していた手前、家中にはいられないという思いもあるのだろう。それを思えば安いと言えば安い。


 「かつては商家でもあった黒田家の眼で見れば安い程厄介な物は無いがな。明確な土地を口にすることは無く、こちらに任せたという事は、こちらがどれだけ自分を買っているのかを計っているとも言える。そういう辺りが梟雄臭い」

 「んだな……んー、ちと考えがある。その件については俺に預からせてくれ」

 「わかった」


 このまま引き込んでも、信長みたいに裏切られるのが関の山だろう。そうならない様に先手を打つ必要がある。とりあえず近くの者に書くものを用意させ、五右衛門らに池田勝正と接触し、その書状を届けるように指示を飛ばした。

 内容は……まあ、こんなものだろ。官兵衛が梟雄と評価するならばその鼻をへし折っておかないとな。


 「池田、伊丹が落ちるか……んで、京は順調、と。そうなってくると、いよいよ越水城をどうするかって話になってくるな」

 「難しいな……」

 「その話なんだが、」


 メシを終わらせ、俺と官兵衛が焚火の前で頭を悩ませていると、俺が書状を書いている間に本願寺勢の引率からちょうど帰ってきた武兵衛が珍しく真剣な面持ちで口を挟んできた。


 「隆鳳。越水城を俺にくれ」

 「「……何?」」


 あまりにも意外過ぎて思わず官兵衛と同じ反応をしちまったじゃねぇか。


 「馬鹿なりに考えたんだが……あの城が要地だという事は俺にもわかる。あの城を取りたい理由も、取ってはいけない理由もなんとなくだが、わかる」

 「だったら何故、」

 「気に食わねぇんだ、官兵衛。戦略だからと土地と民を捨てるその性根が。引きずり出す為に全てを焼き払うその性根が気に食わねぇんだ。ここが勝負どころだと思うし、なにより三好に勝つにはこれだけは退けない所だと俺は思う」

 「成程な……お前のその意見はよくわかる」 


 意外と言えば意外だが、共に戦場を駆け抜けてきた武兵衛は頭は確かに悪いが嗅覚は悪いわけではない。特に騎馬隊とは、突撃する事こそ華だが、ただ単に突撃しただけでは返り討ちを喰らうのが関の山だ。だからこそ、騎馬隊は敵の弱い所を読み取り、最適なタイミングで最適な場所に突撃を仕掛ける事こそ要となる。

 突撃前の崩しこそ、騎馬隊の奥義なのだ。その騎馬隊を率いる武兵衛が勝負どころを間違えるわけが無い。最低でもそれ以上の信頼は武兵衛に預けているつもりだ。


 「だが、感情論だけで越水城を寄越せ、というならば俺は却下するぞ、武兵衛。そもそも、お前には手勢がねぇだろうが」


 だから、越水城をあえて取りにいけという意見には耳を傾ける価値はある。だが、何故武兵衛がそれを率いるのか、となるとそれはまた別の話だ。

 

 「考えならばあるさ」

 「聞かせてもらおうか」

 「勘だが、三好は俺達に越水城を取ってもらいたいんだと思う。そうすれば攻撃がしやすいからな」

 「そうだろうな」


 ……ったく、一番死にやすい所に居て生き延びている奴のこの勘って奴が馬鹿にならねぇんだ。しっかりと三好の狙いを読んでいやがる。


 「だからこそ、あえてあの城を取って、かつ耐え抜けば奴らの戦略は根本から崩れる。この城を狙っている間に淡路を取りに行くこともできるだろう。逆に海を渡って讃岐、阿波を脅かすことも、本願寺奪還を狙う事も出来るだろう。あるいは京の公方と二方面から三好の地を脅かす事も考えられる」

 「……どう思う?官兵衛」

 「間違ってはいない……それに、降したばかりの池田や伊丹を最前線にするのは危険すぎるとも思ってはいた。だが、越水を最前線に定めたとしたら、今度は逆に池田が裏切って孤立しかねないという新たな危険も孕んでいる。いずれにせよ、立ち回りは尋常ではない」


 伊丹と池田を落とした以上、摂津に食い込む事は必須だ。だが、ここまで振り回された手前、どこに最前線を定めてもリスクは付き物になる。官兵衛が悩むのは当然のことだ。だが、武兵衛はあえて踏み込めという。状況がわかっていない上で言われたら断る所だが、今、武兵衛は見事に今後の流れを読んだ上で踏み込めと言った。一笑に付する話ではない。


 「この軍の一部と――それと、下間頼廉旗下、本願寺の鉄砲隊を俺に預けてくれ」

 「貴様、そう来たか……」

 「弾薬が尽きたら終わりだぞ?武兵衛。それに本願寺みたいに焼き討ちされたら終わりだ」

 「もちろん補給はしてもらいたいんだが……まあ、お前らなら、尽きる前に来るだろ。それぐらいの信頼をしているから俺がいいんだと思う」


 確かにな。内実はともかく、母里家は外から見れば黒田家の譜代中の譜代、というより親族だ。その影響力たるや、本人らが思っている以上だと思う。外へのアピール的な意味でも、また、共に残されるライレーンたちに対しても、これ以上ない人選ではあると思う。


 「んで、お前が抜けて誰が馬廻りを率いるんだ?」

 「カンキチ……と言いたい所だが、あいつは一緒に引っ張っていきたい。久野四兵衛、益田与助も捨てがたいが、八代六郎だろうか」

 「六郎か……」


 俺たち三人の一つ下で、母親が官兵衛の乳母だった事から付き合いも長い。ちょっと地味な所はあるが仕事は確実で、そしてなにより、俺の馬廻りとして決起直後から共に激戦を駆け抜けていたにも関わらず、一度たりとも負傷した事が無いという神がかり的な実績を持った弟分だ。武兵衛たちと戦ったら力負けするだろうが、戦場での立ち回りは馬廻り随一だろう。

 尚、共に名前が挙がった久野四兵衛は割と新参だが、度胸ならば随一で常にカンキチと共に前に出たがる特攻隊のような男。益田与助はかつて俺の婚礼の時に敵中突破して伝令してきた元農民の叩き上げだ。どれも共に甲乙つけがたいが、官兵衛の乳兄弟という古参の立ち位置もあり、確かにバランスは取れている。


 「あるいは、山中鹿之助。あれは馬廻りではないが、手元に呼び戻せばかなり化けるぞ」

 「……うん。そうだろうな」


 史実を知っている俺からすれば、そりゃそーだと言いたい。最終的に負けはするものの、敗残兵を纏め上げて、毛利を追い詰めて行った奴だ。化けるなんてもんじゃないだろう。しかし、武兵衛はよく見てるな……ホント意外だよ。


 「……どう思う?隆鳳」

 「あー……うん。悪くない……悪くない気はしてきた。正直気が滅入っていたが勝てる気がしてきた」


 何をやるにしたってリスクは付き物だ。それを怖がってばかりだと本当に大事な物を見落とす事がある。一番リスクを背負って、かつ一番のリターンを狙う。そんな博打を張ってもいい気がしてきた。あろう事かあの武兵衛が理詰めで説いてきたのだ。それだけに逆に並々ならぬ気迫を感じる。

 ……おもしれぇなぁ。こういう、一天地六の不安定極まりない事態が。


 「――いいだろう。俺はテメェに全てを張ってやる。ただ、一つ言わせてもらうぞ」

 「……おう!」

 「死ぬなよ、武兵衛。限界だと思ったら固執せずに退け。もし死んだら――テメェ、俺が絶対殺しに行くから覚悟しろ」


 死んだら殺す、という不条理に官兵衛はすさまじく微妙な表情をしていたが、武兵衛は深く目を閉じ、大きく息を吐いた。


 「――わかった。その命令、謹んで承ろう」


 言葉と同時にどちらともなく、手を掲げ、これを叩き付け合うとパンッと心地いい音が響き渡った。武兵衛は同じく手を掲げた官兵衛とも手を叩き付け合う。


 「でもまあ、その前に、越水城を奪う必要があるな。なあ、官兵衛」

 「それは俺に任せておけ」

 「頼むぜ。俺はここから百万石を目指すんだから」

 「「まだ言うか」」


 冗談ともつかない軽口を叩きあいながらも、託し、叩き付けた手は未だ凄まじく痺れていた。

 だが悪くない――悪くない。

今回のオチ


顕如「えっ、それ火酒やん。消毒?あかんて、これあかんて……・破――――ッッ!」

隆、官、武「「「いい加減うるせぇ!!クソ坊主!!」」


作中書かれていませんでしたが、この話中ずっと顕如の悲鳴がBGMになってました。

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