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藤巴の野心家  作者: 北星
6章 死神共の理想郷
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47話 黒田家夜更けのバーンアウト

ついでに作者も夜更けにバーンアウト。

ゼロヨンの速度で布団に向かいます。

 1564年 姫路

 黒田隆鳳


 赤ちゃんは泣くのは仕事。だけど、ダブルで夜泣きされたら俺だって泣いていい?新米パパの黒田隆鳳だよー。

 あやして宥めて、おむつを替えて……まあ、仕様がないとは思うけどね。8カ国を纏め上げる大名がする事じゃねーだろと言われそうだけど、普段共に居られない分一緒にいる時は率先して面倒を看るのは俺からすれば当然の事。まあ、それ以上に我が子が可愛すぎてね……面倒事も愛おしいと思える俺って親馬鹿なのかな?


 「いつもは結構聞き分けがいいのですが、今日は2人ともしぶといですね」

 「しぶとい、って小夜……」


 その妙な物言いがツボに入ってケラケラと笑いあいながら、優しく赤ちゃんたちを宥めるように手を添える。うむ、確かに今日は2人ともしぶとい。おむつも替えた。小夜が乳をやった後、きちんとゲップもさせた。看たところ体調に異常は無し。まーなんだって、機嫌が悪いんだか。


 「念のためにと交代で控えている乳母たちを呼んで意見も伺った方がいいでしょうか?」

 「いや。こんな日もあるだろ」

 「ですが、隆鳳さまは明日に障りますよ?」

 「大丈夫、大丈夫。その内泣き疲れて寝る――お、」

 「……静かになりましたね」


 息子たちは眠ってはいないが、ふと思い出したように同時に泣き止んだ。その様子に小夜がホッと微笑むが、逆に俺の表情は強張った。

 息子たちが泣き止む直前に、微かにだが確かに人の気配がしたのだ。隠そうとして気取られたとも違う。一瞬だけごく自然に俺に気配を悟らせたのだ。時刻はよくわからないが、おそらく日付は変わっている。そんな時間に俺たちの屋敷に他人の気配がするという事は、忍びの類。だが今の仕草は――。


 「……隆鳳さま?」

 「大丈夫だ――……何かあったか。五右衛門」


 息子たちに蒲団の上からポンポンと軽く叩いてあやしながら声を掛けると、殊勝にも「夜分申し訳ないわ……殿」と謝る五右衛門の声がした。案の定というか、情報方の頭領自らがここに来るという事は、あまりよくない急報のようだ。小夜もそれがわかったのか、一瞬だけ顔をこわばらせたが俺が言葉を出す前に、黙って頷いてくれた。


 「まったく……良くない報せを察知して喚いたと思ったら、いざ緊急の知らせを受けて泣き止むとは、お前たちはいい大将になるよ」

 「私たちの子ですから」

 「変な所が似る物だ。だが、まあ……変に祖父に似るよりはずっといいか」


 俺としてはどちらの祖父にも似てほしくないのだが、恐らく自分の父を思い浮かべて真顔で頷く小夜の姿に吹き出しつつも、そっと蒲団の中から出て寝間着の上から適当に羽織る。少々無頓着が過ぎるが、まあ多少は許してもらおう。

 刀は……子供が生まれるのに「童子切」じゃ縁起が悪いと公方に替えてもらった鬼丸国綱にしようか。いや……戦になる可能性もあるから、ここは「お、これは」と自ら姫路の街で掘り出した長船秀光にしよう。コイツは絶妙に斬れる。俺は人の上に立つものとしての自戒の意味を込めて、いつも佩いている長船長光では人を斬らんと心に決めているのだ。


 「小夜、悪い。少し行ってくるから先に寝ていてくれ。何かあったら乳母に頼め」

 「わかりました」


 ま、これも仕方ないと思いつつも部屋から出て歩き始めると、頭を垂れて待っていた五右衛門が後ろから早足でついてきた。目的地はとりあえず政務所だ。


 「……何があった?」

 「三好が大和の興福寺を焼いて、公方の弟君を殺したわ」

 「………………いつだ?」

 「昨夜よ」

 「嘘だろ?最近の報告ではそんな素振りなど無かったはずだ」

 「面目ない……」


 流石に予想外過ぎて思考が止まったが、すぐさま頭が切り替わった。五右衛門自らが持ってきたという事は虚偽の類ではなくきちんと裏をとった情報だろう。

 ごく僅かな側近にだけ計画を告げ、陣触れと同時に侵攻すれば確かにこちらの情報伝達速度を上回ってもおかしくは無い。五右衛門の様子を見るに、実際それをやられたのだろう。

 電撃的に行われた興福寺焼き討ち……そして、公方の弟っつーと足利義昭か?実におかしい人を亡くした……。


 「拙いな……非常に拙い」


 興福寺という厄介な仏教勢力がつぶれて、挙句、未来の足利義昭まで死んだ。実質俺からすると、直接的な関係が無い上にメリットの方が多い報せに聞こえる。だが、だからこそ拙い。

 俺には痛くもかゆくもないが、公方と朝廷とそして宗派は違えど同じ仏教勢力の本願寺にとってはとんでもない事件だ。まるで宇喜多直家や官兵衛と碁を囲んでいる時にやられる、心底憎たらしい妙手を打たれた時の心地に似ている。本当の妙手とは、関係ないだろ、と見過ごしていると後々響いてくるのだ。

 それになにより、先手を取られたという実感がある。俺が先に焼き払うならばともかく、先に焼き払われてしまうと、俺は今後同じような事が出来なくなってしまう。なぜならば、今の俺は三好長慶の行いを糾弾しなければならない立場なのだ。糾弾しておいて、同じことは出来やしない。

 幕府、朝廷、本願寺に根回しをして、極力波風を抑えたうえで史実の信長などと同じく比叡山などの腐敗した旧弊を焼き払う――そこまでは視野に入れていたというのに。


 奴が――三好長慶が手招きしている。口を三日月のように歪ませて、眼を妖しく光らせて笑って手招きしている。そんな姿が目に浮かんでくるようだ。


 「私の権限で第二種警戒令を発令したわ。主だった者たちはすぐ集まるはず」

 「いい判断だ、五右衛門。やはりお前も嫌な予感がしたか?」

 「不本意ながらね。しかも、自慢にもならないけれど外れた事無いの、このテの予感って奴は」

 

 領地が増えてからだが、黒田家の体制は整ってきている。その一つが旧来の陣触れに該当する段階を踏んだ警戒令だ。第三種、第二種、第一種とランク分けをしてあり、五右衛門が発令した第二種警戒令は各幕僚級の緊急招集及び、軍議を意味する。俺と官兵衛が発令権限を持つ第一種は全ての直轄軍の動員令だ。このことを鑑みると、第二種警戒令の発令は現状、五右衛門が出来る最大限の注意喚起だ。

 対岸の火事とは言えども、その火が飛び火しかねない程大きな物だという事を十分に表している。


 「最悪の場合は、」

 「公方と本願寺が決起する事だと私は思うわ」

 「その通りだ」


 だが、公方はまだいい。深入りさえしなければ、山城の支配を確立する事を念頭に決起するならばこちらとしては大歓迎だ。弟の敵討ちを掲げて深入りされると拙い。公方の自制心と冷静な状況判断が求められる。


 対して本願寺は問題外だ。

 攻められて自衛に徹するならば構わない。だが、「不届き者!」と声を荒げ、攻撃に回ってしまったら状況は一変する。

 本願寺は俺の庇護下にある。それなのに、「仏敵を討て」と以前と同じことを繰り返す様であらば、俺の庇護下にいる意味が無い。もし、決起でもしようものならば「ああ、本願寺は変わらない……」と周囲の人間は思う事だろう。俺としても、このまま受け入れ続けるかを判断せざるを得ない。仏寺はそれが何であれ、武力と権力を放棄する事が最も望ましい。


 果たして顕如が我慢できるかどうか……。

 特に焼かれたのが、本願寺中興の祖、蓮如修行の地、興福寺だ。まあ、一向宗の奴らはかの三好長慶の父親を攻め殺した天文の錯乱の時に、勢い余って自ら燃やしてしまって大和を出禁になっているのだが。

 だからこそ本願寺が身を乗り出す理由がある。顕如からすれば興福寺に恩を売って、一揆を抑えきれなかった父親の失態を寛恕してもらいたいと思うはずだ。なにしろ、天文の錯乱のくだりは、一揆の制御のむずかしさの一例として顕如本人から聞いた話だしな。

 そして、その天文の錯乱を抑えたのは他でもない、幼き日の三好長慶だ。妙な縁がある。因縁と言ってもいい。


 「三好……嫌な所を突いてくれる。そう思わないか?官兵衛殿」

 「ああ、まったくだ細川兵部。幕府に対する攻撃と見せかけて、その実、当家と本願寺への巧妙な分断戦略だ。判断に誤ると全てが瓦解する」

 「とは言いつつも、本格的に三好と事を構えるには時期尚早だ。せめてあと半年……背後が固まってさえいれば」

 「故に厄介なのだ!たらればを語るでない!左京!」

 「これ、気持ちはわかるが落ち着かんか、弥三郎」


 色々と自分の中の意見を固めつつも、足早に軍議の間に着くと、既にそこでは喧々諤々と議論が行われていた。まだ未着の者も多いが、官兵衛、武兵衛、左京、山名、神吉の親父、荻野悪右衛門、細川閣下、弥三郎おじさん、赤松の爺さん、新入りの京極や一色まで。赤松次郎は現在留守中だから仕方ないとして、おやっさんと藤兵衛ら内政系の連中は激務の後だからまだか。姫路に滞在中だった武将級はほとんど揃っている。皆……俺が一番最初に報を受けただろうし、一番近いはずなのに早いな。


 「隆鳳!」

 「説明は要らんようだな」

 「ああ、聞かせてもらった。ちょうど官兵衛のところで軍略談を交わしていた所だったんでな」

 「さも自分が雄弁に語ったとばかりにしたり面しているが、武兵衛はほとんど寝ていたがな」

 「武兵衛殿はその身体で酒に弱すぎ。抜けるのも早いんだけどな」

 「うるさい!左京殿!俺が弱いんじゃなくて、お前らがおかしいんだ!特にそこの赤鬼!」

 「俺か!?」

 

 あー、つまり、軍略談と言う名の宅飲み中だったわけだ。

 つーか、この面子でって……俺除け者かよ。どうも、子供が生まれてから気ぃ利かされすぎな気がするぜ。いや、実際ありがたいんだがな。

 けど、新婚の左京と武兵衛には気は利かせないのな……お前ら。あと、あれほどウチに入る事に渋っていた丹波の赤鬼の馴染みっぷり。俺ビックリだわ。


 「気が抜けるから雑談や軽口は後にしろ、武兵衛。左京」

 「……へい」

 「すんません」


 たまたま姫路に滞在中だった弥三郎おじさん、お世話掛けます。何故か、武兵衛と左京は弥三郎おじさんには頭が上がらんのだよな。あと、言葉は発しなかったけど、確実にビクついた一色君もかな。以前は少し遠慮している所があったけれど、弥三郎おじさんも今では見事に若手に恐れられるいい親分です。


 「では、赤松殿が〆てくれたところで、本題に戻りましょう。これより議事録をとらせて頂きます」


 書記は細川兵部か。字が綺麗だしありがたいな。


 「官兵衛、まず方針を出せ」

 「ああ。まず状況確認からいこう。先日未明に三好軍が大和の興福寺を焼いた。当家にとってはむしろありがたい事のようにも見えるが、その実状況はかなり拙い所に迫っている。まず一つ目は何のためらいもなく、三好家が興福寺を焼いた事からわかる様に、畿内の情勢は一気に緊迫し、戦が増えるであろうこと」


 俺からの視線を受け、官兵衛は指を一本立てながら淡々と語り始める。その内容に全ての人間が頷いた。


 「特に三好軍の動きが全く読めないな……何を仕出かすか儂にはまったくわからん」

 「その点については、山名殿の意見に完全に同意する。だが、今回興福寺を狙った事から、直接当家を狙ってくる可能性だけは低いと俺は見積もる」

 「……じゃろうな。儂も同感じゃ。儂が三好家の人間だったとしたら、現状、当家に攻め込んで決戦に持ち込む事だけは絶対に回避させる。考えうる中で、一番勝ち筋が見えん」


 官兵衛の意見を赤松の爺さんが補足をして、皆が納得したように黙り込む。

 確かにいくら三好長慶といえども、痛い目に十分あっているというのに、わざわざこちらまで乗り込むとは思えない。俺が神戸新都計画という初期からの目標を掲げながらも、摂津より先に飛び込むことを躊躇っている理由は、摂津と播州の境に蓬莱峡という天険があるからに他ならない。護り抜くのは容易いが、これより先に進んで保持するには多大な労力が必要だ。

 今までは天険を飛び越えて勢力を伸ばしてきたじゃないかと言われそうだが、今までの場合はこちらから天険を飛び越えても、その先にまた天険があったため、護りやすかったのだ。だが今回の場合は、蓬莱峡さえ飛び越えてしまえばあとはまた攻められやすい地形が続く。この違いはかなり大きい。


 「だがこの一連の流れは間違いなくこの家を念頭に置いて行動している。誘い……だろうか」

 「いい読みだ、一色。乗らざるを得ないが、乗りすぎたら疲弊する、絶妙な力加減の誘いだ」


 だからこその誘いなのだ、という事は十分わかる。それはこの場にいる全ての人間が理解している事だろう。


 「だが、幕府、及び、本願寺をここまで刺激しては、我々が率先して動かざるを得ない」

 「だろうな。それは俺でもわかるぜ」

 「問題は落とし所ですな」


 意外と言っては失礼だが、しっかりと軍議についてくる京極から、指示を待つような視線を受けて俺は一つ頷く。

 

 「まずは、まだ対応が易い幕府だ」

 「ああ。丹波の明智に後詰の為、京へ入ってもらう。それで保てばいいが……」

 「いや、まだそれでも甘い。荻野、山名両名も丹波経由で急ぎ京へ迎え。数は各1500。総指揮は十兵衛だ」

 「はっ!」

 「……了解だ」


 俺から指名された二人は即座に平伏したが、官兵衛は若干意外そうな顔つきをしている。まあ、お前は京の現状を見ていないからな……現地に鹿之助が居て、尼子の各将が控えているとは言っても、多めに見積もっても足りないぐらいだと思う。


 「京極は急ぎ公方の下へ使者として行ってくれ」

 「内容は?」

 「やるとしても山城だけにしろ、と。あと、今後の為に大和から流れてくる牢人を巧く取り込め、と。今はまだその時ではない。その時の為の戦略をとれと」

 「まさかこんなに早く戻る事になるとは……ま、そういう立ち位置だからのぅ。承知致しました~」


 悲壮感たっぷりだな、おっさん。まあ、大丈夫だろう……大丈夫だよな?都だぁつって、古都奈良に向かって捕まるなよ?伝言忘れるなよ?まあ、閣下がせっせと書状をしたため始めたからすぐ渡すけどさ。


 「問題は……本願寺か」

 「顕如が抑えてくれるならばいい。だが、だからこそ、その場合は上に立つものとして俺たちが代わりに動かないとならん。そうでないと、それこそ当家の下に降った本願寺との信頼問題に発展する」

 「だが、アレは冷徹に見えて相当な激情家だぞ。頭に血が昇っていなければいいが……」

 「時間の問題だろうな」


 官兵衛と武兵衛はそれなりに顕如と交流があったからか、思わず言葉を交わしてため息をついた。うん、俺も同感だ。あいつは苦労性でかつ利に敏いが、カッカすると暴発する性質だと思う。冷めるのも早いだろうけど、一度暴発してしまえば取り返しがつかん。

 

 「殿はどうお考えで?」

 「蓬莱峡飛び越えて、本願寺までぶち抜くしかねぇと思う。神吉下野守、どうだ?」

 「同感っすね。じゃないと、取り返しがつかない事になりそうっす」

 「その摂津が曲者なんだ……今まで俺がしてきた工作等が全て……」


 池田家懐柔とかな。官兵衛が色々工作しているのはもちろん知っていたが、またも実らずかよ。

 だが、時間が掛かったのは仕方ないと俺は一応弁護しておく。摂津は、三好長慶が畿内において最初に本拠と構えた事から、かなり地盤がしっかりしている。それでも付け入る隙を見出したのは、先の防衛戦があったからだろう。あの戦で先陣を切っていた摂津衆は黒田武士の強さを嫌という程見てきている。

 それでも、田舎武士とは違い、今世においての最新鋭の武装で固めた者たちを相手にしようというのは、容易ではない。是が非でもその筆頭の池田家は抜いておきたかったんだが……。


 「嘆いていても仕方がない。策を言え、官兵衛」

 「策?時間が無いのに策など決まっておろう」


 「「電撃戦だ」」


 俺と官兵衛の言葉が重なるや否、全員が一斉に刀を打ち鳴らし、戦支度の為に即座に散会した。

残された人たち


「うぁああああっ!またか!?また戦なのかー!?」

「……三好ぶっ潰す」

「美濃?目が据わってるぞ?美濃!?」


デスマーチ確定という事で一つ……。

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