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藤巴の野心家  作者: 北星
6章 死神共の理想郷
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46話 蠢動

今回は三好家です。

なので、普段と作風が違いますが、作品名と作者名は二度見しないで大丈夫……だと思いま、す?

 1564年 大和


 「クックックック……」


 突き上げる衝動に思わず笑みが零れ出た。

 闇夜に幽玄と踊る焔のなんと美しい事か。醜き物からこんなにも美しい物が生まれるとはなんと素晴らしい事か。


 「ハハハハハ……」


 焔が強まり、空は黎明のように照らされる。

 だが、所詮は本物ではない。この焔が消えた時、再びこの世に闇の帳が降りるだろう。焔など、所詮は一時の明かりでしかないのだから。


 それが楽しくて仕方がない。

 それが嬉しくてたまらない。


 この焔が消えた時。更なる混沌が待ち受けているのだから。


 「アァーッハッハッハハッ!見よ!弾正!見よ!長逸!醜き物が燃えている!この世で最も唾棄すべき、退廃した聖域が!古きモノが縋りつく秩序の一柱が!今!」


 まだだ。まだ足りない。まだ、まだ、まだまだまだまだまだッ!

 古いだけの無意味な物を唾棄する彼の同士はここにはいない。彼の者ならばこの一事に諸手を打って喜ぶことだろう。喝采を挙げて応じる事だろう。

 だが、まだだ。まだ敵にはなりえない。我はてきを求む。我はかたきを求む。志を同じくする彼の者と戦う事で生じる諸々の事象こそ、我の最も欲す物。


 「殿。公方の弟君、一乗院門跡、覚慶を無事討ち取ったと」

 「・・・・・・無粋よのぉ、長逸。奴が燃えようが斬られようが些末事よ」

 「朝廷はおろか、公方と完全に敵対しても些末事と?」

 「動かぬよ、弾正。その背後に控えている者たちは。むしろ内心では自らの手を汚さず始末できたと喝采しているだろうな……クックック」

 「我らの手は汚れた訳ですが」

 「厭うか?」

 「いえ、まったく」


 微塵も動じない声で背後に控えた松永弾正が応えた。こやつならば当然そう答えるであろうな。

 我が求めればそれこそが当然とばかりの態度で手を染める。故に、我が傍らに置くのだが。

 

 「次なるは何処へ?」


 対して、長逸は淡々と次の展望を望む。たとえそれが意に反していたとしても、遂行するその愚直さが家内を取りまとめる者として望ましい。


 「決めておらん、長逸。だが、京には手を伸ばさん」

 「何故?京に手を伸ばせば、彼の御仁は必ず我らの目の前に現れる事でしょう」

 「汝らには打ち明けよう、弾正、長逸。理由は二つ。一つは京に手を伸ばせば、奴らは本腰を入れすぎる。我は決戦を求むのではなく、長く戦いたいのだ。奴が、黒田左少将が進むべきか、退くべきか悩む塩梅――そこにこそ我らの付け入る隙がある」

 「引き際の駆け引きこそ、我らの得意とする戦ですからな」


 退くと見せかけて城を奪った事もある。退いて、退いて、退いて、自らを殺しそのたびに我ら三好の版図は拡がってきた。故に、長逸の指摘は正しい。

 だが、それ以上に、戦乱が長引く事こそが我の本願よ。黒田左少将が躊躇っている間にどれだけの古きを破壊できるか。何度この焔を目に出来るか。彼の者と正対するその時には、古き秩序が既に何も残っていないという状況が好ましい。故に、京という最も重要な個所に手を伸ばすのは最も後が望ましい。


 「して、もう一つの理由は?」

 「つまらん理由よ、弾正。ただ単に、公方がどこまで足掻くかを見てみたい。我らのいる場所まで足を踏み入れる事が出来るのか、はたまた単に左少将に触発されただけなのか。実に興味深い」

 「我らの居る場所にまで足を踏み入れる事が出来たならば?」

 「好ましい敵が更に増える。もっとも難解で、もっとも厄介な敵だ。これよりの戦は、些末事ではなく、各々が望むべき次代を掴もうと殺し合う――そんな救いようのない戦が最も望ましい」


 嗚呼……楽しみだ。実に愉しみだ。血で血を洗う戦が、謀略が、つまらん理由で起こされるなどという無粋は止めにしたい。恨みを込めて、憎しみで満たし、欲に塗れて混沌と破壊を振り撒いて――。

 

 蠱毒の先に何が生まれるのかを我は知りたい。



 1564年4月――大和興福寺、三好軍の侵攻により燃ゆ。

 同日。興福寺一乗院門跡覚慶こと足利義昭。死亡。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 1564年 興福寺焼き討ち前

 松永弾正


 「止められぬか……弾正」


 目の前で悄然と三好長逸様が呟き、それに応じるようにただ黙ってうなずいた。

 私が殿に目を掛けられたのは、他にはない理があったからだと自分では思っている。そして、先ほど殿から申し付けられた内容を反芻してみると、理は確かにある。故に、感情に任せて押しとどめる訳にもいかない。押し止める役は、この家の理を司ってきた私の役目では無いのだ。


 「興福寺、焼き討ち――確かに大和を完全に掌中にするには、手っ取り早くはある」

 「だがな!弾正!」


 事の起こりは、我が殿、三好長慶が発した陣触れである。


 旧弊の刷新――意義を失い堕落した坊主どもに掣肘を加えよ。

 それ即ち、大和興福寺の焼き討ちである、と。


 私が与えられていた大和の国は守護という者が置かれていなかった。なぜならば、この地には興福寺を始めとする大寺院の荘園が多すぎたからだ。この地を任されて、その面倒くささは身を以って知っている。焼き討ちをしろと言われたら喜んで先陣を切る者も多いだろう。


 「殿は……殿は敵を作る事が怖くなくなってしまったのか」

 「おそらくは」


 だが、権威は腐っても権威。小競り合いならばまだ「不幸な事故だった」と弁明し、外交で収める事も出来るだろうが、これはもはや戦である。悪名の謗りや、これを機に敵対の意志を明確にする者も多数あろう。

 興福寺は藤原氏の氏寺。朝廷は敵にまわろう。それに、一乗院の門跡は公方の弟だ。幕府も明確な敵となる。それだけならば――そこまでやるならば、彼奴らが敵にまわっても殿は気にはされないだろう。

 だが、現在の幕府にはかの黒田家が控えている。宗派は違えど、仏寺を焼くという事は本願寺も身を乗り出して我らに戦いを挑んでくるであろう。そうでなくとも、本願寺は黒田家が動けば自ずと動く。同じく黒田家が動けば、幕府に近い家もこぞって三好を目の敵にするであろう。まさに、殿が望む「混沌」である。


 故に、長逸殿が心を痛ませている理由も良く分かる。


 「殿は今まで細川京兆、公方と自らの意志を殺さずしては生き残れない相手と争ってきた。混乱の奥底で、水面が揺蕩えど冷徹に耐えてきた。敵は望まずとも居た。それこそ、望む望まないに限らず、泥のような敵を身に纏っていた、といってもいい」

 「言いえて妙だ。確かに奴らは当たり前のような顔で我らに纏わりついていた」

 「今、殿は自らの意志で敵を求めている。作ろうとしている。自らの意志で戦いを求めている……その行きつく先が私にはわからずとも、それだけはわかる。故に、我が殿、三好長慶は敵を作る事を恐れていない、と」

 「……止められぬか、弾正」


 しばらくの沈黙の後で、先ほどと同じ言葉に同じように頷く。三好家の戦略方針は今までのそれとは打って変わってしまったのだ。油断ならぬ相手との駆け引きを交わし、上手く立ち回って利を得る戦から、自ら奪いに行く戦へと。今、まさに三好家はこの戦国時代の大名として産声を上げたのだ。

 故に、今、まさにこの家は過渡期である。


 「……逆にこれから生じる混乱を凌ぎ、家中の混乱も治まったその時は――」

 「何?」

 

 その時はおそらく、かの黒田家に比肩する家となろう。

 願わくば、この推察。殿のそれと交叉してくれる事のみだが――。


 「破滅を望む者ではない――今はそう信じるのみかと」

 「信じるのみか……下の者にもそう言い聞かせよう」


 自分がそうだと信じていたいから。

その頃の黒田家


「っ!?」

「どうした隆鳳」

「俺、悟ったわ……官兵衛。息子たちが揃いも揃って小夜と同じ寝相で寝ている姿の破壊力はヤバい」

「それは昨日も聞いた。いいから仕事しろ、ド阿呆」


今回の本編とのあまりの温度差にグッピー死にそう。

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