42話 不倶戴天
一休みしようと思ったら、夢で攻●立ちした黒田家メンバーを見たので、早めに仕上げなと思って久方ぶりに短めスパンでの投稿です。
多分、誰かが秘かに書いてくれている物をキャッチしたんでしょうかね(催促)……シレッと混ざっていた藤兵衛からにじみ出る猛者感に「お前そんなキャラちゃうやろ!」とツッコんで目が覚めました。
1563年11月
摂津 黒田隆鳳
黒田隆鳳ですだよー。
公方からのお誘いに受けると返事をしてから、正式な依頼を経て話はとんとんと進んだ。一番のネックと思われた三好も俺が京を訪ねる事を快諾。というのも、同行する人員がカンキチを筆頭に馬廻り10名程、実は関白の娘婿と京にかなり縁のある赤鬼、荻野悪右衛門やウチの外交役の赤松次郎らと、かなりの少人数だからだろう。ただの10数名と甘く見たらすごーく痛い目をみると思うけどね。それぞれ一騎当千なうえに、畿内には一向宗や黒田諜報部隊がわんさかといるのだ。
無論、三好もそれが分かっているのだろうとは思う。その支配権に入ってからという物の、本当に大人しい。俺になにかあったら、その時点で各地でエンドレスゲリラ戦&留守番官兵衛率いる本隊による侵攻戦が勃発するのだ。俺ならば絶対に手を出さないね。
ちなみに、先日山名の娘と祝言をあげた武兵衛は途中、嫁と共に有馬に置いてきた。俺からの結婚祝いのつもりだ。何も言っていなかったから、突如として現れた嫁の姿に狼狽える武兵衛の姿は傑作だった。
尚、山名のおっさんも肩の荷が下りたのか、ちょうど休暇をとった小兵衛やおやっさんらと「親父会」と称して城崎に向かったらしい。ついでに城崎の開発についての視察もお願いしたけど、どいつもこいつも……寒くなったから温泉なんてたまんねーな。
俺も小夜と温泉旅行に行きたいけど……うん、まあ、それは子供が生まれて落ち着いたらって事で。予定は未定とか言うなよ?絶対行くからな!
む……?そういえば、お土産に湯の花を貰おうかな―と今思ったんだが、もしかしたら上手くいけば硫酸作れる?温泉の成分つったら硫黄と硫化水素が主だ。これを化学反応させりゃ硫酸だった……はず。色々使い道はあるけど、硝酸と合わせれば確かダイナマイトの原材料、ニトロセルロースの元にもなったはず。肝心のニトログロセリンの作り方がわかんねぇけど……。
とりあえず化学反応については全然わかんねぇから武兵衛は爆発したらいいんじゃねぇかな?
そんなこんなで新婚野郎を生温い目で見送って別れた後、俺はまっすぐ京には向かわず、石山本願寺に立ち寄って顕如をピックアップ。その後、一人、芥川城近くのとある寺を訪れていた。
阿呆みたいにでかい石山本願寺程じゃなかったが、三好が保護しているためかかなりの規模の寺だ。そのとある区画にある珍妙な石の前で手を合わせていた。傍らには三好方の案内役として現れた松永爆弾正も神妙な顔で目を伏せている。
今年の夏頃亡くなった、三好長慶の嫡男、三好義興の墓だ。
官兵衛は「絶妙な揺さぶり」と言っていたが、こればかりは敵味方の損得勘定じゃない。会った事も無ければ、別段親交があったわけでもない。ただ、将来を嘱望されつつも若くして亡くなった彼への追悼と、これから親になる身として若くして息子を亡くした三好長慶を慮るぐらいの礼儀は示したかったのだ。
「左少将。礼を言う」
俺に対しての反感と、感謝が入り混じった沈痛な表情で松永弾正が軽く頭を下げた。なんでも、この死んでしまった嫡男の補佐をしてきたのはほかでもない、この松永弾正だという。
生みの親より育ての親――『じいや』として日々接してきた分、三好長慶よりも松永弾正の方が、その情は篤いのかもしれない。現世に居た頃、松永弾正による毒殺、なんて説も聞いた事があったが、それは正確には違う。
自ら腹を切る事すら出来なくなっていた三好義興の最後の願いを受けて松永弾正はよく眠れる薬を処方した――それが黒田諜報部隊が掴んだ全ての情報だ。
その凄絶な最後は五右衛門が報告に来た時に「私には出来ない」と言っていたほどだ。続けざまに「だってウチの殿は殺しても死なないし」とオチを付けてくれたが、この報告が俺の足をここ向ける事になった大きな要因なのは間違いない。
「我からもひとまず礼を言おう」
松永弾正からの礼の言葉に上手く声に出して返す事ができずに黙って頭を下げると、また違う声が少し遠くから聴こえた。顔を上げると、40過ぎの男がこちらに向かって歩いてきていた。その姿を見て何故か一気に総毛立つ。
男は細身で髪は長め。優男といってもいい。だが、眼は虚ろで狂気染みた光を帯び、歩く度に挙動不審気味に微かに揺れる。口は三日月を思わせるように大きく歪み――精神を病んでるとかそういうレベルじゃ無い。もっと……なんというんだろう。理性染みた雰囲気も残っている分余計イッちゃってる。
アレは間違いなくヤバい。何が、と言われると上手く言葉にできないが――怖い。戦の恐怖とはまた違う、一目見てわかる程の狂気が恐ろしい。禍々しいのだ。
「黒田左少将」
「三好、修理大夫か」
「礼を言おう。黒田左少将。我は今、最も楽しい」
「た、楽しい……?」
拙い、と内心舌打ちをした。大抵の相手ならば引き掻きまわして自分のペースに持って来れる自信があるが、最も相性が悪い。この手合いは何があっても動じない。本能的に俺はそれを理解した。
「我は今が最も楽しい。そなたは何のためらいも無く『器』を割り、混沌を生み出した。お陰で我は今初めて全てを傾ける事が出来る。駆ける事が、欺く事が、謀る事が――全てが今」
狂人の言う事だ。言葉の意味を読みとろうとして諦める。何が何だか分からん。それでも焦点を合わせる事無く光が震える瞳が語り出す。
「管領も、公方もすべてこの手のひらに躍らせてきた。楽しみ過ぎたかと思ったが違う。奴らがいなくなり、そなたが現れた事でもっと楽しくなった。権威など歯牙に掛けず、貪欲にこの世を引っかき回してくれた。その結果が今だ。息子も喪い……最後の懸念も無くなってしまった事で、我は存分に楽しむことが出来る――んん?妙な顔をしておるな。そなたもこの混沌を楽しむ者だろう?」
「……テメーの言う事はわからねぇが、俺は混沌の先を望む者のつもりだよ」
「ハハハ、それもまた好し」
機嫌が良さそうに哄笑を上げながら、その男は身体を揺らめかせる。
死にたいと願ってくれた方がまだマシだ。
コイツは多分、全身全霊でこの戦国時代の業を突き詰めようとしている。生き汚く、欺き、誑かし、唆し、名誉は求めず、ただただ死にゆくその時まで本能と享楽の為に戦国時代を遊び場に生きる――そういう方向に吹っ切った人間だ。
管領家、将軍家、それらと抗い続けるという目的を失い、家を継ぐ息子を失い、怨念の様に残った戦国の業が人の容をした様なものだと思った。
「精々、楽しもう――黒田左少将。いずれまた……」
ぶっ壊れてる。素直にそう思った。混沌とか暗黒とか中二病かよ、と笑い飛ばしてやろうと思ったが、それ以上に乱世を渡り歩き、手を染めてきた凄味が笑う事を許さない。
あわよくば、手を組めないかと甘く見込んでいた事は否めない。
だが、駄目だ。コイツとは相容れねぇわ。想像上の信長よりも魔王然としていやがる。
「……殿が失礼した。若君を亡くした事が堪えたのか、最近、少々平静を欠いている」
「いや……」
耳障りな哄笑を響かせながらお付きの者に連れられ、その男が姿を消してから暫し、松永弾正が苦しげなフォローを入れた。だが、あの様子じゃどんなフォローを入れても虚しいだけだ。当主がアレで果たして人は付いていくのだろうか――多分、今までの実績がそうさせるのだろう。
「左少将。今はあまり刺激してくれるな――敵に言うべき言葉ではないが、頼む。公方様にも伝えてくれ。何が起きても……」
その先の言葉は言わなかったが、「おかしくは無い」という言葉が続いたのであろうと確かに俺の所まで届いた。
三好家の総意としては今は波風を立てるべき時でないという事なのだろう。確かに俺が仮に三好長慶の配下だったとしても、今は軽挙妄動を諌めるだろうと思う。
肝心の三好長慶の挙動があまりにも不安定過ぎる。たとえ、ある日突然京を焼け野原にしても、おかしくは無い。平気な顔で何でもやってのけるだろう。
だからこそ、致命的になる事までやりかねない――たとえば、史実通りならば唯一残った弟、安宅淡路の抹殺など、味方を味方と思わない事でもやりかねない。
それこそ、軍事的失敗よりも恐ろしい失敗だろう。松永弾正ら三好家の面々の心労が計り知れる。
「……弾正。あまり手の内を明かしたくは無いが、こちらも今は領土を広げすぎて忙しい。いずれ『その時』は来るだろうが……今は双方にとって『その時』ではあるまい」
「まさに」
既に壊れかけの心が完全に壊れて奴が先に死ぬか――あるいは戦国の業ごと混沌に紛れて散るか。それは奴次第だ。
今まで、俺は対織田信長の事を考え過ぎて、三好長慶には生きて欲しいと願った。
けど、今、初めて思う――さっさとくたばりやがれ、と。
奴が歩いてきたその道が、やけにドス黒く汚れている気がした。
三好長慶の設定
・実は別作品、蠱毒の王と同じ世界線
・スーパーなロボットが沢山出るゲームの完璧親父のテーマをBGMに書いていたらいつの間にかあんな感じに……。
隆「Dだとラスボスだし、OG2だとラスボスより強ぇーじゃねぇかよ!」
設定と言いつつも、その他別に何も決まっていないという投げっぱなし振り。