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藤巴の野心家  作者: 北星
6章 死神共の理想郷
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41話 Reload&Lock-on!

 大人しくしているのもたまには悪くないと思う。


 偽物じゃ無いよ。黒田隆鳳だよー。


 もちろん、俺たちがただただおとなしくしているという訳ではなく、やるべき事は戦以外にも沢山ある。特に俺たちは急激に勢力を拡大しすぎた所為で、手が回らなくなってきたという切実な理由がある。必死で人材を育てようとしても、間に合わないのだ。この慢性的な人手不足は黒田家の永遠の課題だわ……。

 夏に備前と美作と伯耆と隠岐と……姫路に戻って昼は政務と、夕方からは小夜と一緒にまったりと私生活を再開させ、冷静になってみれば流石に頭おかしいと思うわ、自分で。

 浦上抹殺しようとして、尼子道連れとか一夏の過ちってレベルじゃねーぞ。


 流石に口に出して言ったら「貴様が愚図愚図して時間かけるから被害が拡大するんだ」と頼りの参謀から言われそうだから、絶対に言わないけれど。時間かかるほど被害域が広くなるとか、俺は台風かっつーの。


 とにかく、本当に尼子は余計だったとつくづく思う。備前、美作は宇喜多の義父と七条赤松の爺どもが張り切ってくれているうえに、本拠の播州と但馬、因幡、丹波は予定より早く完全掌握が進んでいるだけまだマシだとは思うけれど。正直、この状態で毛利が停戦を破棄して侵攻を開始したら、最悪伯耆は捨てざるを得ないかもしれない。予想される被害に対して、実入りが全くと言ってもいい程無いのだ。

 とはいっても、いざとなったらまず捨てないだろう、というのが俺たちの悪い癖だが。だって、再奪還とかそれ以上に面倒だし。


 とにかく、どちらにしても俺たちには体力が必要だ。特に未来から転生してきているはずの俺が、まったくと言ってもいいほど役に立ってねぇから、そのためには余計に時間が掛かる。

 ……なんで特産品とか思い浮かばねぇんだよ。

 従来からあった鉄製品、紙などの日用品は安定しているけれど、劇的という訳ではない。工芸品などは単価は高いけれど、このご時世じゃまだ顧客が限られる。従兄弟の有馬源次郎を通じた赤穂の塩などの、塩の専売はまだ初期投資額の回収に忙しい。作物の品種改良?1年や2年そこらで結果が出れば苦労はしねーよ。

 挙句の果てが自分が食わないのに、但馬牛改良とかなにやってんねん、って感じだ。馬廻りとか身体作りが必要な連中は必然的に食べるようになったけれど、肉食に忌避感が残る戦国時代なのにニッチ過ぎる。地産地消って身内で消費するって意味じゃねーぞ。


 と、まあ、良くも悪くも、俺たちの経済政策は領内の銭の循環だけで完結してしまっているのだ。その循環振りは余所からしたら、既に別の国扱いされるほどらしい。

 引きこもり過ぎてガラパゴスだか、イースター島だか言われる現代日本だってもっと外貨稼いでるだろーよ。日常生活じゃあまり気にしなかったが、世界屈指の交易国家だったはずだぜ?


 仕方ないので、外貨云々に関しては、堺を筆頭とする各地銭所への経済戦争を解禁しました。主要産業は盗賊、海賊、ハゲタカ。相手が反発するどころか、泣きが入って俺が宥める程、黒田ファンドは絶好調です。

 ……戦国時代ですよー。


 あとは、国の根幹に関わる税収についての改革か。今年は播州の一部を利用して中央市場の試験運用を行いました。農民らが穀物を直接納める税制ではなく、中央市場を通じた売上げ一部を税収とする現金納付型の税制だ。

 中央市場を通じ、俺たち行政が一度買い上げ、認可を受けた商人に卸すなり、軍備の一部に使っている。

 この税制のメリットは


 商取引での納付の為、隠し田の摘発の調査と手間が省けるという点。

 いずれ起きるであろう冷害、飢饉による農村全滅のリスクを低下させる点。

 一度行政が入る事により、物価と物流のコントロールがしやすくなり、状況を見た安定供給が従来よりも望める点。

 搾取されるだけではなく、売れば売るほど利益が上がる為(反面、販売額に応じて税率も若干上がるが)、農民らの生産力が向上する点。

 銭による税収の方が俺たちの政策と相性がいい点。

 米だけに指定していないため、幅広い作物に対しての汎用が利き、また農家の多様化にも繋がっている点。

 上記の理由から、農民だけでなく、漁師などその他一次産業の徴収にも応用が利く点。

 銭が得られるため、品種改良した作物の種などが、実際に作る農民までいきわたりやすくなった点。


 などが挙げられる。反面、人件費が膨大にかかる上に、俺たちの実入りが石高制よりも遥かに落ちる事になる。前者は改良が必要だが、後者はぶっちゃけ軍事行動さえしていなければ、普段それほど銭に執着があるわけでもないので問題は少ない。

 とはいえ、現在はまだ試験段階であり、仮に導入が本決まりとなったとしても、領土全土に適用させるには10年単位の改革、改良が必要となってくる見通しだ。今回の試験運用だけで、担当している小寺藤兵衛が一気に老けた気もするけれど……。


 他にも色々とあるわけだけど、まあなんだ……動けねぇんだ。少なくとも年内は。


 「じゃ、行ってくる」

 「行ってらっしゃいませ」


 そんなこんなで、今日も執務を取る為、朝から見送りに出てきてくれた小夜の頬に軽くキスをする。動くに動けないのは心苦しいが、子供が出来てようやくだけど夫婦らしくなってきたこの日常は悪くないと思う。


 「……もっと」


 頬から唇が離れ、囁く様におねだりされてもう一度キスをする。最近だけど、ウチの嫁の可愛さがホント半端ねぇんだが。

 そりゃまあ、子供が出来たと言っても、俺達まだ10代。元々クール系の彼女だけど、日に日に大人の雰囲気を纏っていっているような気がする。甘えてくるところは相変わらずだけど、それでも取り繕ったような顔で囁いてくれる辺りはピンクっていうよりはライトブルーの印象。毎日目が覚める度に彼女に恋をしている――そんな日常が溺れてしまいたいほどに愛しい。

 反面、だからこそどこでも誰とでも戦い抜けるという、冷徹な覚悟が再確認できるのも事実だ。その覚悟がある限り実際には溺れてはいない。


 限られた時間しかないのならば、大人しくしているのも悪くないと思う。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「早いな、官兵衛」

 「少し動きがあったものでな」


 小夜との僅かな別れを惜しみつつも、自らの執務室に入ると既に官兵衛が書類を手にしながら待ち構えていた。今日の正午過ぎには今後の戦略をすり合わせる軍議が予定されている。その為の事前摺合せもあるから、官兵衛が来訪してもおかしくは無いのだが、奴のその言い方に少し引っ掛かりを憶えた。


 「西と東どっちだ」

 「東……いや、三好というより公方だ」


 まーた余計な事が起きそうだと眉をひそめつつも、椅子へと腰を下ろす。プライベートは純和風でも仕事中は基本椅子と机派だ。


 「俺たちが丹後に狙いを定めた事が気にくわねぇってか」

 「いや。逆だ。珍しい事にいい仕事しやがった」


 次、俺たちがどこを狙うかというと、三好でも毛利でもなく、丹後の一色氏だ。正直、それ以降については未だに紛糾しているのだが、それだけは確定している。


 丹後の一色と言えば、赤松、細川、山名に並ぶ室町幕府の名門中の名門。だが、その実態は例にも漏れず国内の取りまとめすら出来ず没落の一途をたどっている。要は食いやすい獲物なのだ。それでいて、若狭湾に面した丹後は北方との交易窓口になりうる為、利益も大きい。これを逃す訳が無い。

 問題は、俺が幕府のケツ持ちをしている以上、京にいるクソ公方がまた色々と難癖付けてこないかという点だ。だが、この官兵衛の言い方では特には問題は起きなかったらしい。

 散々ぶん殴った甲斐もあったかな。


 「なんつってきた?」

 「年が明けたら、丹後の諍いの調停をお願いする――だとよ。正式な書状では無く、あくまでも貴様への私信を装った根回しだが、事実上の丹後侵攻の黙認だ」

 「幕府の名を借りた丹後への介入か……いい話か?下手すりゃ骨折り損で終わる話だぞ?」

 「最悪、一色から丹後の剥奪も視野に入れている――とすれば?」

 「流石にあの空気の読めないアホでも大っぴらには言えねぇんじゃねぇの?それ」

 「だから私信を装っているのだろう」


 守護を決めたのは他でもない幕府であり、公方だ。俺達外野の連中が力を持って否定するならばともかく、公方自らが剥奪してもかまわん、と言ってくるのは公方による幕府の自己否定に等しい。それでも、官兵衛から手渡された書状に目を通すと直接的な表現は避けられていたが、確かにそのような事が書かれていた。

 あの野郎もいい感じに開き直り始めて来たか……。

 それにしても、丹後への工作は沼田に一任しているが、公方すら愛想を尽かすとは相当荒らしているようだな。


 「調停を任され、裏では黙認されたとしても、奪ったりしたら問題になるか?」

 「そのあたりはこちらで調整を入れよう。時間をかければ問題は無い」

 「……神輿があるのか?」

 「現当主は馬鹿だが、息子は賢明だそうだ――沼田が言うにはな」


 沼田が『賢明』と評価するって事は、既にこっちに与している訳か。いつぞや浦上小次郎を調略した宇喜多の義父といい、敵大将の息子を調略するのは文化なのだろうか……?

 それはともかく、傀儡に出来る様な神輿がいるのであらば、多少強引ではない手法で丹後を傘下に収める事が出来るか。


 「戦はあるか?」

 「多分無いな。あったとしても、沼田と与四郎、塩冶山賊衆と奈佐海賊衆――十分だろう」

 「……わかった。詳細を詰めておいてくれ」


 但馬の山賊衆と海賊衆がいるならば、むしろ沼田と与四郎はいらねぇんじゃねぇかと思うんだが……まあいい。大体、ゲリラ部隊染みた連中を投入する時点でどんな作戦か想像がつく。

 

 「それと、もう一つ公方から報せがある」

 「なんや?」

 「公方が冬に入る前に京に来いと言っている。会わせたい人物がいるそうだ」


 そりゃまた変な話だ。助けてーと呼ばれる訳じゃ無くて、俺に恩を売りに来てやがる。

 しかし、会わせたい人物なぁ。三好長慶じゃねぇだろうな?


 「官兵衛。そいつはお前の目から見ても利益になる人物か」

 「なるな。特に丹後を押さえた後は」

 「へぇ……」


 丹後を押さえた後……つまり、日本海交易に関わりがある?ふむ……?

 そして幕府の仲介か………………ああ、心当たりが一人いるな。


 幕府に忠実で日本海に面した地域を支配する人物。

 俺が唯一敬愛して已まない戦国最強の軍神。


 「上杉弾正少弼……」

 「ああ。上杉との顔合わせは悪くない話だと思う。それこそ、あの公方からの提案だと思うと、気が利きすぎる程に」


 ひでぇ感想だ。だけど、上杉謙信かー。会いたいなー。サイン欲しいな~。戦国時代で一番好きな武将だし、上手くいけば強固な同盟へと持っていく事だって出来そうだ。なにせ、俺は上杉家の邪魔をする一向一揆の首根っこを掴んでいる。

 冬までに来いって事は、越後に帰る道が雪で閉ざされてしまう前に来いって事か。

 あのクソ公方はいつから縁結びの神様を始めたんだか。


 「問題は、」

 「京に行くって事は三好の支配圏に向かうって事だ。まあ、貴様と馬廻りが居れば下手な事は出来まい」

 「……お前、俺を囮にする気か」

 

 俺が指摘をすると官兵衛が明後日の方に視線をくれて知らん顔をした。やけに乗り気だと思ったらやはりそんな所か。この様子ならば、全面戦争はしないだろうが、どこか三好の領地をかすめ取るぐらいは目論んでいそうだな。


 毛利は?って。アイツらの領地取ったって鉱山ぐらいしか旨みがねぇだろうが。

 瀬戸内海上交易は淡路、そして対岸が揃ってこそその真価を発揮する。だから優先すべきは三好の一部をかすめ取る事だ。おいしい所だけ貰って織田信長への盾としてキリキリ働いてもらうかね、って感じなんだけど……。


 その前に俺がキリキリ働かされる事になりそうだ!



その後の官兵衛と隆鳳


官「それと明日の事忘れんなよ」

隆「武兵衛の結婚式だろ?あいつ、三々九度で酔い潰れねぇかな……」

官「水にするってさ」


行間にて武兵衛陥落!

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