5話―裏 おまたせしましたスゴイ奴― 愚図(れいせい)と拙速(じょうねつ)のあいだ
官兵衛視点の短い話です
短い人生とはいえ、この三日間ほど頭を悩ませた時は無い。
常日頃から、馬鹿共と一緒にいた所為か、突拍子の無い事に対しての耐性が付いたと思いこんでいたら、とんでもない。
隆鳳の暴発については、何となく覚悟はしていた。それこそ、親父の恩人の子で孤児だと引き合わされた頃からだ。
女子のような青白い顔。だが、話せば知性はあり、天性の武芸と才気を持ち合わせ、そしてなにより、怨念にも似た何か逆らい難い強い感情が灯った瞳をしていた。
後々になって聞けば、詳細は話さなかったが実の父が死んだ後、相当酷い目に遭ったという。親父は何かを知っているらしいが、それも口を噤んだままだ。憶えているのは、初めて引き合わされた時、隆鳳から夥しい程の血の匂いがした事だけだ。
それだからなのか、城内の皆―――とくに死んだお袋から可愛がられ、俺自身も、自分にしては珍しい程に面倒を看る事になった。どこか危なっかしくて見てられなかったからだ。
そうして長い付き合いになって、義理がたい所なども知り、また、人懐っこさも増え、少し安心していた所もある。
だが、元々才気にあふれていたその器は、眼に見えて大きくなっていた。特にお袋が死んだ時、何を言われたのか知らないが、人が変わったかのように武芸に励み、書を読み始めた事が大きい。
俺が隆鳳に仕える事を肯た理由はいくつかあるが、やはり、決め手になったのは、その決起の時、昔のような暗い瞳じゃ無かった事だ。つまり、恨み辛みではなく、その器の大きさゆえの決起だった事だ。
だが、同時に早過ぎると思った―――
「ふむ……謀反な。いかがいたすか……」
……のだが、今となっては隆鳳のような拙速さが好ましいと心から思う。
この三日、頭を悩ませたのは隆鳳の事では無い。三日説いてようやく鎧を着る気になってくれた前主君、小寺政職の事だ。
隆鳳のような突拍子の無い奴も相当だが……愚図だと本当に頭が痛くなる。
それも、だ。芝居の上とはいえ、家を奪われ、家族を囚われた側近の前にて、挙兵するかどうかを悩む時点で見限られてもおかしくは無い。一体、どういう神経をしているのか、頭を断ち割ってみたい。
周りを見てみろ。誰もが俺を同情の眼で見始めたぞ?普段は『余所者』と俺を蔑む連中までもだ。
「それにしても、官兵衛。よくぞ知らせてくれた」
「は。殿と奥方には恩義がある故に」
話を逸らしたいという意図を知りつつも、甲斐甲斐しく頭を下げるフリをする。本当に恩義があるのは貴様じゃ無くて、奥方様にだがな、と心の中で添えて。
ハッキリ言えば、俺と親父はこのバカ殿の正室の方に常日頃から目を掛けてもらった恩義があったからこそ、隆鳳に命乞いをしたのだ。こいつなどオマケに過ぎない。
「して、お主の義弟とはどのような者なのだ?」
……この話題、5回目。そろそろぶっとばしていいか?
「それは―――」
「なんだ今の音は!?」
「正門の方だ!」
いい加減にしろという気持ちを抑えつつ口を開こうとした瞬間、外からドカンッという尋常ではない音が響き、辺りは騒然となった。評議の間にいた指揮官や重臣が何人も急いで走って出て行く。
その中で、俺は背中に冷たい何かが滝のように流れるのを感じた。
まずい……心当たりしか無い。
「敵襲か!?」
「はっ!姫路の手勢より襲撃を受けております!」
「……早いな」
貴様が遅いんだよ、と思いつつも、飛び込んできた伝令に何とか口を開く。
「どれぐらいの規模だ?」
「それが……」
なんて事の無い確認のはずなのに、口ごもる伝令の姿にある予感がしていた。
外からは聴き憶えのある雄叫びが聴こえている。隆鳳は確定。武兵衛もいる。雄叫びでここまで空気が震えている。奴ら本気で斬り込んできている。
「敵将、黒田隆鳳を含め二人、との事です」
「隆ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ鳳ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
瞬間、俺は叫びながら傍らの刀を引っ提げて走り出していた。
なんなんだ貴様は!?本当に天下人になっちまうのか!?
ヤハ○ェ「中間管理職の洗礼を受けよ」