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藤巴の野心家  作者: 北星
5章 鬼の国
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40話 鬼の国 終 さよならリグレット

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 一歩。また一歩と地面を踏みしめて進む。その道の周りには幾多もの人間が倒れていた。

 まだ辛うじて息がある者。

 息絶えた者。

 未だに抵抗を試みようと鋭い視線を投げてくる者。

 諦めてすべてをゆだねた者。


 その様相は様々だ。この落城の光景こそ、この戦国の世の縮図を現しているのではないかとふと思った。


 「戦は終いだ。救える者は救え。その後、生きるか死ぬかは本人に選ばせてやれ」

 「はっ!」


 ゆっくりと進む俺を追い越していく配下たちに声を掛け、そしてその行く先を委ねて構わず進んでいく。

 この程度の事――とうの昔に覚悟していた事だ。それ以上の憐憫の情は身を滅ぼす元だと理解している。

 配下たちも、官兵衛の指揮が行き届いているからか乱暴狼藉を働く輩は存在しない。ただ、粛々と兵としての戦後の処理に勤しんでいる。この様子ならば、俺も余計な事を言ったのかもしれない。


 「官兵衛」

 「なんだ?」

 「この後の事はどうなっている?」

 「仔細ぬかりはない」


 つまり、今この時に毛利が停戦を破棄して出雲やこの備前に侵攻して来ようが、三好が丹波や播州東部に侵攻してこようが、空から女の子が降ってこようが平気だという事だ。当然俺も指示を飛ばしているが、それ以上に実務を担っている官兵衛のその手腕は流石と言うべきだ。

 特に備前で宇喜多の義父殿と働き、更に磨きがかかってきたのか、最近官兵衛と話していると、背中に目があるような、そんな気分になってくる。

 

 「だが、出来ればこういう類の手筈は無駄になって欲しいものだ。今から再び戦、となると平穏に年を越せなくなる」

 「そうだな。あと半年近くあるが、どうせならば『今年の年越し相撲は誰を特別参加枠に招待しようか』とか、そんな悩みで終わりたいもんだ」

 「ま た や る 気 か」


 ガチで島津さんとかにお手紙出そうかな……あ、伝統(?)の公方特別招待枠は今年は山中鹿之助だな。

 俺は参加拒否されているから、大人しくらーめんの屋台でも出すべーか。

 がんばれ官兵衛……おまえがナンバー1だ。


 「何か不満か?官兵衛」

 「催しそのものは別に構わん。去年の事で収益が出る事もわかった。だがな、今年の事を思い出せ。下手すると翌日の新年の挨拶(飲み会)で死人が出るぞ」

 

 官兵衛の言葉に新年の様子を思い出す。新年一発目には君主である俺が主だった者を集めて挨拶&酒肴を振舞うのだが、いかんせん夜通し戦いぬいた者たちには流石にキツかったらしい。俺達は騒ぐ時は騒ぐから、その後遺症で何人イッただろうか……。

 

 「考えてみれば、二日酔いだとかで機能不全に陥った所を三好に襲われたのだから、今年の始まり方って凄まじいよな……」


 平然と。落城の惨状の最中を俺達はなんて事の無いように笑いながら歩いていく。俺も官兵衛も、随行する宇喜多の義父や赤松の爺さんズ、左京ら側近も皆そうだ。人でなし、と罵られそうだが、悪い傾向では無い。


 「さて、待たせたな」


 それからもなんだかんだとくだらない事を喋りながら歩き、そして半壊した建物の中に入って進んでいくと、大きな広間へと躍り出た。おそらくここが評定の場なのだろう。そこには先行して突入をしていた武兵衛を筆頭に馬廻りが何人かの男達を捕縛して待ち構えていた。後ろ手で縛られ、神妙に座りこむその男達を軽く見渡してから、俺は抜き払った岩融を肩に担いでその場で立ち止まった。えっと……敵の大将は多分、武兵衛が自ら見ているアイツか。


 「浦上遠州か」

 「いかにも。赤松聡明丸殿とお見受けする」


 皮肉のつもりだろうか。俺が声をかけると、その男は堂々と俺に挑発を返してきた。謀略家、という言葉がしっくりとくる優男だがその雰囲気は昏い。表情に張り付いた皮肉めいた笑みがやけにしっくりときた。

 

 「何か言い残す事はあるか?」

 「…………ない」


 一度だけ深く瞑目する様に目を閉じ、それから再び俺を真っ直ぐ見据えた。色々言いたい事はあるんだろうが、それを呑みこんだと言った感じだ。それは俺も同じで、言いたい事もあるけれど、今はそれで良い気がした。

 何故、なんで――そんな事を問いただしてどうする?

 惜別の時だ。


 「武兵衛。奴の縄を解け」

 「いいのか?」

 「ああ」


 俺の視線に何かを感じたのか、何も言わず武兵衛が縄を斬ると、浦上遠州はゆっくりと立ち上がった。縄を解かれた事を驚いている、という感じはしない。


 「最後だ。せめて俺と闘って雄々しく死ね――野心家」

 「っ!」 


 無造作に腰から外した長船長光を投げ渡し、浦上遠州がそれを受け取り、咄嗟に抜き払おうとした瞬間に俺は一足で飛び込んだ。振り下ろした渾身の太刀は、抜き切っていない長光で受けようとした浦上遠州の手首を斬り落とし、そのままその身体を袈裟から両断した。

 一拍置いて舞う血飛沫。ゆっくりと、ゆっくりと身体が崩れていく中、ふと交わった瞳が深く、黒く、その恨みの深さを湛えている気がした。

 性根から俺の家族に手を出した訳ではない事ぐらいわかっている。俺だって戦国大名だ。生きる為に、生き延びる為に、繁栄の為に。

 付け込まれる程、落ちぶれていた赤松家が悪い。だから、俺はコイツの所業のほとんどを恨まないだろう。

 俺の家族さえ殺しさえしなければ。

 だが、俺が恨んだ所で、無力だったらこの結果はありえなかっただろう。恨んでも、恨んでも、力が無ければ刃は届かなかったはずだ。

 だから俺を恨むのはお門違いだ。


 「テメェも戦国大名ならば、テメェの弱さを呪え」


 その恨みを弾き返すよう、返す刀がその首を刎ね飛ばした。血塗れになりながらその回転のままキンッと鍔を鳴らしながら刀を納めると背後でドサッと音が響いた。

 それと同時に馬廻りたちが一斉に、その場に囚われていた重臣らの首を刎ね飛ばした。噴き上がった血が河のように流れ出す。

 これが、俺の通ってきた道だ。噎せ返る様な匂いの中、納刀の体勢のまましばらく瞑目し、そして高ぶる気持ちを落ち着かせてからようやく立ち上がった。


 「終わったか」

 「終わったな」

 「………………………ああ」


 達成感と自責の念、自己嫌悪――その光景を何とも言えない気持で眺めていると、両肩にガシッと衝撃が走った。気が付くと、血塗れにも関わらず両脇から官兵衛と武兵衛が肩を組んでいる。

 昔っからなんでそんなにおせっかいなんだよ、お前らは。


 ったく、とおせっかいな親友たちの厚意に甘えて俺は静かに涙を流した。

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 姫路よりやや北。休夢の禿親父が所有する砥堀山城近く増井山の外れに俺の両親は眠っている。

 この山にある随願寺は禿が僧だった頃に所属していた寺で、その縁から改葬してもらったのだ。元々、生前天台宗に帰依していた人たちだったので、天台宗の寺で良かったのだろうと思う。同じく姫路近くには俺の持つ岩融の所縁の地『西の比叡山』書写山があるが、あそこは女人禁制なのでお袋を弔えなかったのだ。

 後始末は官兵衛に任せ、馬廻りたちも砥堀山城に置いて、俺は一人でその墓の前に来ていた。一応、仇を討った事の報告と、そして父親になるという報告の為だ。

 ひっそりと静まったこの場所に来るのは小夜との結婚報告以来なので実に久しぶりだ。いつもこの場所に来る時は一人になると決めているので、小夜も来た事が無い。


 戦国時代という異世界に来て初めて出来た家族だけの場所だ。


 2人が生きていた頃のように騒々さとは無縁の場所だけど嫌いじゃ無い。綺麗に辺りを清掃して、それから仲良く並ぶ墓に声をかける事無く、ただ花を手向けて目を閉じて手を合わせる。声にならない想いは色々とあるけれど、ただそれだけでいいと思っていたんだ。

 瞼の奥で2人が笑って手を振っている。手を伸ばしたい気持ちを押し殺して、サヨナラと声を掛ける。瞳を開けると涙が流れていた。哀しいとは思うけれど、それ以上に言いたい言葉がある。


 「ありがとう――貴方達が生きていた頃、いつもそう言いたかったんだ」


 自然と口から毀れた言葉がしんとした雰囲気の中へと溶け込んでいく。聴いてくれただろうか?聴こえただろうか?わからない。

 けど、俺が2人の息子だという事だけは確かだ。俺に前世の知識があろうとも、2人が死のうともそれは変わらない。共に過ごした時がそうだと教えてくれる。その日々が俺にとって何よりの宝物だ。

 今はそれ以外にも同じくらいの宝がある。

 

 「また来るよ。今度は……今度からは嫁と貴方たちの孫連れてくる」

 

 涙を拭って、立ち上がりながらもう一度声を掛ける。それから立ち去ろうとした瞬間、また2人が手を振っている気がした。

黒田ブラザーズ


隆鳳「長かった……」

官兵衛「俺は後始末でもう少しかかりそうなんだから、まだいいだろ」

小一郎「感慨に耽っていないで早く帰ってきてください。2人不在で元服していないボクが君主代行ってなんですか!?」


次回からは閑話を挟んで……挟めるのか?とにかくラブ米が書きたい。

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