39話 鬼の国―拾壱 悪鬼跳梁
微グロ描写にご注意を。
「いやいやいや、それにしても隆鳳がこんなにも早く父親になるとはなぁ」
俺がパパになって何が悪い。心はいつだって少年の如く、黒田隆鳳だよー。
いつものように駄弁りながら歩いている間、武兵衛がずっとこの調子だ。心なしか、父親になるとわかって身も心も引き締まっている俺よりも、ずっとはしゃいでいる気がする。自分の色恋沙汰については疎いのにな……俺や官兵衛ですら、お前に想いを寄せている人物の名をいくつも挙げられるぐらいなのにな。
「お前は自分のことを心配しろよ。いつか絶対後ろから刺されるぞ」
「俺が?」
「お前が」
前世でも思ったけど、いるんだよな。自分の色恋沙汰より人の恋バナが好きな奴。たとえば、顔に似合わず恋愛漫画が好きだけど、自分に置き換えると面倒くせぇと思うようなタイプ。武兵衛は典型的なそのタイプかもしれない。
あー、にへらっとしているその顔をぶっ飛ばしてぇ。
「んー……それは困るな。それに、お前や左京殿見てると結婚もいいかもな。でも、その前に官兵衛だろう?―――っと、あっぶねー、掠めてった」
「鈍ったんじゃねぇか?いや、でも官兵衛はアレだろ。無理強いすると余計反発して、ひっそりと庵とかに閉じこもりそうじゃん?」
「確かに」
建前のつもりで言った理由に武兵衛は苦笑する。
本音を言えば、俺が官兵衛にあえて縁談を薦めないのは、官兵衛の結婚は史実の相手と結ばれて欲しいと俺が思っているからだ。
実は官兵衛。史実でも、生涯妻一人だった一途な男である。ならば史実通りがベストだと俺は思う。悲惨な結婚だったらすぐ別の者を紹介してやろうとも思うんだけど、生涯妻一筋の逸話が残るほどの相手だったら、歴史が変わっても彼女と結んでやりたいと思うじゃん?歴史が変わっても君と―――なーんて、恋愛映画にありそうだろ?
武兵衛じゃないが、男という生物は野暮かロマンチストのどちらかなのだ。ダチの恋愛戦線に関しては自分が絡まない限り、がっつんがっつんキラーパスを通すスタイルだ。俺のキラーパスはスゴイぞ。スルーされたらそのままミドルシュートになるからな。
でも、問題は、宛がってやろうと思っても、名前ぐらいしか知らず、どこの誰かまではわからないと言う点だ。それとなく年頃の子を探しても、なーぜか見つからんのだよなー。左京の妹に官兵衛の嫁と同じ名前の子がいるけれど、まだ10歳ぐらいだって言うし。
「そもそもアイツ、結婚できるのかな……多分、嫁さん息が詰まって逃げるぞ」
「できるだろ。日ノ本は狭いようで広い」
俺は飛んできた矢を斬り払いながら、チラッと後方を確認する。矢の届かない範囲に馬廻りが控え、官兵衛が指揮を執る本陣はその真後ろにいるはずだ。
「それにこんな作戦を言い出すぐらいの余裕はあるから、案外アイツが一番手堅い結婚生活をするかもな」
「そう言われると……だが、コ ノ 恨 ミ 晴 ラ サ デ 置 ク ベ キ カ」
「いや、晴らさない」
「晴らせよ!なんでこんなに兵数居るのにまた2人で城に攻撃しかけてんだよ!?」
みんな、待たせたな!黒田家と言えばコレ!俺と武兵衛の2騎特攻だ。いつものように城門に向かって、駄弁りながら矢の雨の中をヘヘヘーイヘヘヘーイと進んでいる訳だけど、今回は訳が違う。なんと、官兵衛の提案だ。帰ってきて小夜の懐妊を聞くと「じゃあ、攻めるか。準備するから、その間に貴様ら2人で門をこじ開けてこい」と軽く言いやがった。
……参謀って。
本人は言わなかったけれど、多分、俺のガス抜きのつもりなんだろうな……武兵衛はそのお目付け役兼オマケ。
「しばらく囲んで思ったけど、この天神山って大軍だと逆に攻めづらいよな」
「……まあ、確かに。かなり堅牢な城だという事はわかる」
「んで、俺達は囮だ。俺たちが案の定やってきやがった、と思って城門を開いた瞬間、後ろに控えているウチの最高戦力が一気に雪崩込む。そしたら最小限の被害で詰みだ」
「成程」
こんな適当な理由で大真面目に納得すんなよ馬鹿野郎……お前に大軍は絶対預けねぇ。
まあ、『最小限の被害で城を落とせるし、いっかー』というニュアンスを含めて官兵衛が決断したことは間違いないだろうけど、その『コイツらならば大丈夫だろう』っていう謎の信頼が怖いっ!
世継ぎ様(暫定)が出来た事で俺の命が軽くなった気がするぜ……。
「でもさあ、敵さんがすんなりと出てくるか?もうすぐ城門だぞ?」
長い槍だと面倒になってきたのか、高速で向かってくる矢を手で払いながら、武兵衛が坂の上を仰ぎ見る。天神山の面倒な所は完全なる山城だという所だ。三方を崖に囲まれ、唯一の出入り口は何と本丸よりも高い尾根に設けられている。敵が坂を上がってくる間に潰すという、実に基本に忠実な籠城戦だ。
「出てきてはいるみたいだが」
一閃、二閃、岩融を振り回すと、味方の矢の雨を被弾覚悟で俺達の側面を突こうと忍び寄っていた伏兵が血煙をまき散らした。咄嗟に汚れるのも厭わず、出来たばかりの首なし死体を盾代わりに担ぎあげる。どんどんと構わず矢が突き立っていく死体の身なりはいい。多分……雑兵なんかじゃ無い。
「死兵たぁ厄介だな、隆鳳」
「独断、だろうな。数が少ないし門が開いた様子もねぇ。このまま破るか」
「わかった。けど、もっと綺麗に殺せよ。矢は已んだけど紅い雨漏りがひでぇ!」
「だったら、大人しく矢の雨に打たれてろよ!」
「お断りだっ!」
普段の俺だったら泣いて断りたいぐらい酷い状況だが、気分は悪くない。
殺す。殺す。コロス―――ただそれだけを繰り返してきたおかげで、考えるより先に身体が動く。
なんともまあ、単純で楽な事か。
「征くぞ―――武兵衛」
「応ッ!駆けるぜ!」
牛若の被衣に見立て、死体を掲げながら俺達は猛然と坂を駆け昇り始めた。万が一、という事もあるからゆっくり見極めながら進んでいたが、盾があるならば一気にぶち抜く。守兵のやけにヒステリックな悲鳴が大きく聞こえた。化物、と呼ぶ声がする。
「門はお前が斬る?」
「鉄製だ。そのまま蹴ろう」
「乗った」
駆けながら一言やり取りを終えると、俺達は同時に掲げていた死体を、門の両脇に思いっきり投げ込んだ。ゴシャァッと目を瞑りたい轟音がする。
矢の雨が已んだ。
その隙を見逃さずに、俺と武兵衛はほぼ同時に鉄城門に駆けよってその勢いのまま跳び蹴りを放った。ドゴン、ゴンッと続けざまに鐘をたたき割るような音がする。クソッ、やや俺が遅れたのは足の長さの所為か……。
身の丈をはるかに超える強靭な門そのものは流石にぶち破れなかったが、門を繋ぐ金具の部分と門の後ろの閂が耐えきれなかったのか、俺達の着地と同時にゆっくりと後ろへと傾き、そして土煙を立てて地面の上に何度かバウンドして転がった。
「ごめんください!」
「どちら様ですか!」
「黒田の隆鳳と母里武兵衛です!」
「お入りください」
「ありがとう!」
……決まったぜ。何の打ち合わせもしていなかったけれど、武兵衛も憶えていたらしく合いの手を入れてくれた。何なんだろうな……この連帯感は。
『叫べ!鬨を挙げよ!門は拓かれた!総員!吶喊せよ!』
『応ッ!!』
一瞬の空白を経て、官兵衛の怒声の様な指示が飛び、馬廻りを先頭に俺の兵が一斉に叫びながら駆け始めた。流石に馬廻りは瞬時に動き、その後ろから遅れまいと赤松弥三郎、赤松古右京、宇喜多直家、左京率いる鉄砲隊がうねるように駆け始める。それ以外の部隊は、人一人すら逃さぬよう完全に囲うべく動き始めていた。
先頭を駆ける馬廻りのそのまた前には、誰も乗っていない空馬が2頭。門の周りで敵兵を掃除しながら、確保していた俺と武兵衛は、やがてそれらが横を駆け抜ける瞬間に各々その手綱を取って、勢いを殺す事無く飛び乗った。その後ろを雪崩れ込むように馬廻りが飛び込んで一己の獣のように、郭の内部を食い荒らし始める。
元々調略で落とすつもりだった為、宇喜多直家が話を付けている者たちは目印を付け、この郭に集まっている。他の死兵とは違い、助かるとわかっているからこそ、皆一様にとてもじゃないが戦うフリすら出来ないほど怯えていた。
そうして僅かな時間―――後発の部隊が到着する頃には、天神山城の本丸が一望できる郭は落ちていた。
「っし、こんなもんだぜ」
「……また派手にやったな。貴様ら」
左京達と共にやって来ていた官兵衛は一度、周りの惨状を見渡してため息をひとつ。俺も武兵衛ももう血で真黒だ。武兵衛なんぞは血で黒く汚れた顔なのに白い歯を見せながら呆れたように苦笑いしてやがる。3分の1はテメェがやったんだよ。
「鬼の気は晴れたか」
「ああ」
「なら、いいな?」
「殺っちまえ」
短くやり取りをすると、官兵衛は采配を振るった。天神山の本丸が見える方角に向かって、左京の鉄砲隊と、投擲用の槍を構えた膂力自慢の部隊、そして強弓を構えた部隊ががずらっと並んでいる。
矢ならば余程でない限り届かない距離だ。だが、絶対ではない。
「放てッ!」
官兵衛の号令を受け、ありとあらゆる攻撃が一斉に天神山の本丸に降り注いだ。
2騎特攻を提案した後の官兵衛さんと宇喜多さん。
「本当にやりやがった……彼奴ら」
「出来る事を言っちゃ駄目だね、官兵衛くん」
今月前半は少し時間ができたので、投稿出来ましたが、これから死にそうなスケジュールなので、もしかしたら藤巴は年内最後だと思います。
初心を思い出させてくれる程全然評価の伸びない新作も可愛く思えてきたのが悪いんや……。
皆さまよいお年を。