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藤巴の野心家  作者: 北星
5章 鬼の国
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38話 鬼の国―拾 過去現在未来進行形

 1563年 天神山近隣

 黒田隆鳳


 殺した相手の事なんていちいち覚えていないけれど、初めて人を殺した時の事は未だに鮮明に憶えている。殺したい、殺されたくない―――限りなくシンプルな感情に任せて前世の倫理観を捨てた瞬間だ。

 それまで「人を殺したくないから」という理由で、歴史改変を求めず、農民というサバイバルスローライフに身を任せていた阿呆は、その所為で誰も救えずに、結局「殺したい」という衝動に負けて目を覚ましてしまったのだ。初めから倫理観を捨てなかった事は恥とは思わないけれど、悔いだけが残っている。


 一度倫理観を捨てて人を殺してしまえばあとはもう葛藤などなかった。しいて言うならば血の匂いや臓物などのビジュアルが気持ち悪いと思う程度と、罪悪感からせめて自らの手で殺してやろうと思うようになった事ぐらいだろうか。俺が先陣を切りたがる理由は「殺したい」からじゃ無く、殺し殺されの運命から逃れられないならば「せめて自らの手で殺してやりたい」と思うからだ。


 そう思うようになったのは、他でも無い、両親が死んだ後の事だ。

 だが、その元凶となった浦上を囲んでいる今の状況は何もかもが違う。相手よりも多い人数で囲み、俺は後ろに鎮座し、その成り行きを見守っているだけだ。軍を率いる将としては正しいと言える。


 正しいのが、問題なんだ。


 お陰で個人的な感傷と、君主としてのあり方の間で、非常に心苦しい葛藤を続ける羽目になっている。考え無しの脳筋と思われがちだけど、意外とちょっとは考えているのだ。


 「まだ余裕はありそうだな」


 天神山を包囲し、官兵衛の策で水の手を断って数日が経つが、目の前の堅城は未だに動じる様子が無い。沈黙を破って催促するように放った俺の率直な感想に隣に座っていた官兵衛が鷹揚に頷いた。


 「むしろそれぐらいの方が狙い目だ。なにせ、まだ城から打って出てくるだけの余力はある」

 「ノッてくるかねぇ?」

 「さてな……五分、いや、奴らならば三分ぐらいと見ておいた方が良さそうだが」

 「さっさと片を付けたいねぇ……いつものように攻め込むか?」

 「考えどころだな。さて、俺は少し次の指示を飛ばしてくる」

 「いってらー」


 参謀の割には大雑把な予測を立てながらも、官兵衛が立ち上がり、陣幕から出ていく。その背中をだらーんとだらけながら軽く手を振って見送った。

 ……うん、まあ、俺は暇なんだ。止まったら死ぬ回遊魚ライフをずっと続けてきたから、人任せっていうのがどうしてもなぁ。加減がわからん。

 それでも陣幕の外では「はっ!」と気合いに満ちた返事が響いては、鎧武者がせわしなく行き来する活気あふれる音で満ちている。それでもここが戦場なのだと―――仇討ちの最中なのだという事をふと忘れそうになる。


 「つまらねぇ―――そんな顔してるよ」

 「つまらなくはねぇさ、義父殿」


 つらつらと余計な事を考えながら欠伸をかみ殺していると、官兵衛と入れ違いで入ってきた宇喜多直家が開口一番鋭く切り込んできた。天神山までは先陣を任せていたが、俺達と合流してからは工作に専念させる為に比較的俺達本隊の近くまで下げている。それだからなのか、使者を寄越せば済む話でも本人自らがひょいひょいとやってくるのだ。

 本当にこの若づくりのおっさんは腰が軽い……。


 「んで、何の用―――」


 呆れながらも、応対しようとすると、宇喜多の義父の後ろから入ってきたもう一人の人間の姿を看て、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。何故か一瞬親父の姿が被って見えたのだ。

 入ってきた男の年の頃は50~60代。親父よりも遥かに年上だ。

 背丈はこの時代にしては高い方で、綺麗に整えた白髪交じりの髭とピンと伸びた姿勢が歴戦の軍人を思わせる。身に纏った鎧を看るに身分は高い。歳と身に纏った物以外は親父に驚くほど似ている。

 あー……会った事無かったけど、誰だか一発でわかっちまったよ。

 

 「婿殿、西播磨殿だ。つい先ほど到着された」

 「黒田殿か。七条赤松、赤松政元じゃ」


 宇喜多が紹介すると、その人物は鋭い視線をやや不敵に歪めて笑みを浮かべた。


 「主の祖父、らしい」


 おじーちゃーん。渋っ!硬っ!怖っ!


 「あー……婿殿。この方、真面目に喜んでいるから」

 「知ってる。親父も笑うのが下手糞だったから。こんな不敵な笑い方はどうやら血らしい」


 普段は努めて快活に笑おうとする俺も、あえて今は同じように不敵に笑い返してみた。お互いが好戦的ともとれる笑みを浮かべたこの様子は、おそらく商人同士の取引現場でもこうも緊迫じみた絵面にはならないだろう。


 「お初にお目に掛かる。聡明丸―――今は黒田隆鳳と名乗っている。アンタの孫、らしい」

 「フッ。そのようだな」


 宇喜多の義父殿がおろおろとしている様子をしり目に、流石に座って迎え入れる訳にもいかず、一度立ち上がって近くの席を促すと、爺さんはドカッと椅子に腰かけた。


 「早速だが、爺さん」

 「うむ」

 「爺さんがここにいるって事は、美作は陥落したか」

 「ほぼな」


 こった肩を解すように軽く回して、爺さんは相変わらず不敵に笑う。百戦錬磨という言葉が相応しいいでたちだが、実は七条赤松家は凋落した本家とは違い、『西播磨殿』と称されるほど戦い抜いてきた武闘派の家だ。とはいえ、ここまでの大軍での攻略には慣れていなかっただろうに、事も無げに言い放つ辺りは俺に対する見栄か、あるいはさすがの貫録か。


 「やるねぇ……」

 「ふん。単なる火消よ。むしろ厄介なのはこれからの統治じゃろう」

 「だってよ、義父殿」

 「弱ったなぁ……備前、美作の二国、全然割に合わない」


 これから山陽道の最前線となるこの二国は先の約定通り、宇喜多にくれてやるつもりでいる。史実を見ればこれに備中を加えて三カ国を抱えていたはずの宇喜多家も、未だ下剋上が済んだばかりでは流石に荷が重いと見ているのだろう。割と本気で義父殿の顔が苦々しく歪んだ。

 なにせ、俺たちの国の規格は既存の物とは全く違う。従来の方法に則っていた旧勢力から、様々な反発を喰らう未来がハッキリと見えたのだろう。


 俺にはその反発する勢力をどんどん駆逐していく、宇喜多式恐怖政治体制が敷かれる未来しか見えていないけどな!


 「西播磨様。美作いりませんか?」

 「……隠居先としてなら考えておこう」


 まるで茶菓子を薦めるように……こやつめ。

 まあ、それもありっちゃありかもなーとは思うけど。なにせ、美作は但馬と同じく、そこ果てしない程地味だけど、山陽と山陰を繋ぐ要所だ。宇喜多にくれてやるにしろ、爺さんにやるにしろ、「身内」という信頼がおける相手に任せたい。

 ……身内だから、筆頭過労だからと、おやっさんたちを播州から外して美作なんかをくれてやったら、おやっさんはおろか、俺まで過労で死ぬから。君主なのに。

 ……過労で。


 山陰は友にぃでオッケーだけど、某ハゲは三好戦で活躍しているから東の押えにしたいし。となると、あー、戦後の事を考えな……。


 「それにしても、婿殿。念願の対面なのに、思ったよりも蛋白なんだね」

 「一応は戦時中だからな」


 どう振る舞ったらいいかいまいち自分でもわかっていないというか……うん。爺さんの武将としての佇まいに、俺の戦闘民族のルーツを見た気がするし。

 

 「それに、俺が思いのほか成り上がっちまった事で、爺さんもどう声を掛けていいかわからんだろうしな」

 「……まあ、確かに」


 宇喜多が上月城を攻め、それに降った後、爺さんは宇喜多の与力という立場だ。この対面後は黒田家では無い、俺個人の親族衆として、共に立つ事になるのだろうが、今はまだ陪臣という身分にある。そしてその家中の頂点に居るのが俺。礼を失することなく親愛の情を示せと言われても、おそらく無理だ。だから、俺としても感動の再会になるとはあまり期待していない。


 「宇喜多の義父殿からすれば、微妙な距離感だけど、ま、いいんだ。距離感があろうと、身分の差があろうと、今まであった事が無かろうと、死に別れようとも、俺の親父は赤松正満で、爺さんは赤松政元だ。それだけは絶対に変わらないのだから、それでいい。それだけあれば―――変わらない物がここに確かにあるっていうならば、俺はどこにだって行けるし、誰とだって戦える」


 俺の本性は実は保守的な人間なのだろうと思う。自分の為の利益を追求できず、不条理な感情に任せて行動する。その核となる物は人によっては切り捨てる対象にもなる「家族」だ。一度しか手に入らないはずの物を何度も失ってきたからこそ、それでも失わなかった記憶と事実を大切にする。


「爺さんと対面出来て嬉しくねぇ訳がねぇ。ただ、だからこそ、それ以上の事は求めないんだ」

「致命的なまでに情に厚い奴だな」


 努めて平坦な口調で言い放った俺の言葉に、爺さんは今までの不敵な笑みとは違う―――ほんの少しだけ肩の力が抜けた笑みを浮かべた。


 「馬鹿者。そういう言葉は心の内にしまっておけ。言われんでもわかっとるわ。それとついでに言わせてもらうが―――」


 爺さんが立ち上がり、その瞳が鋭くなったかと思うと、ガスッと頬に衝撃が奔った。殴られるとはわかっていたので無様に吹き飛ばされはしなかったが、かなり強烈だった。


 「西播磨殿!?」

 「喝じゃ。案の定、優しさ故に世を儚んだ親父の悪い所もしっかりと受け継いでおる。お前はいつまで後ろ向きでいるつもりだ?立ち上がったのならば、甘ったれておらんでさっさと前に進まんか!」

 「いってー……」


 「お前はそうやって今日この日まで生きて来たのだろう?なら、賢くなど振舞うな」


 本当に拳も言葉も強烈だ。

 気を使った俺が馬鹿だと思うぐらいに、俺の事を見通していやがる。将としては俺の振る舞いは間違っていないのだけど、あくまでも俺個人の事を見通して言ってくれているとわかる。

 復讐したいという醜い気持ちを隠したくて賢く見えるように振る舞い、挙句勝負が付いているのにも関わらず決着を引き延ばしているのは俺の弱さだ。要するに俺は発破を掛けられているのだ。

 久し振りかな、こうやって怒られたのも。


 「言われんでもとっととケリをつけるわ、ジジイ!」

 「おう、言ったな?その意気じゃ」

 「……はぁ、まったく。ややこしい家族ですね、ここは。はいはい、双方それまで、それまで」


 なまじっか身分があると、どうしてもややこしくなる。日の本ややこしい父親選手権で間違いなく上位の宇喜多直家の引きとめに応じて鼻息だけをわざと荒くして鳴らす。武兵衛を始め、馬廻りもここにはいるのだが、予定調和だとわかっているのか誰も引きとめやしねぇ。

 見ていない振りしてくれてありがとよ。


 「あー……至急の報せだったんだけど、取り込み中だった?」

 「いや、大丈夫だ。五右衛門。いつものアレだ」


 前言撤回。新たな客への応対の為にようやく口を開いたはいいけれど、「いつもの」ってなんですかねぇ?武兵衛。お前、もしかしなくとも、俺が本気で命狙われても「いつもの」で済ます気だろ?

 護衛……ってなんだっけ?


 「ま、いい……で、至急の報せだと?おやっさんからか?それとも、君主代行に置いてきた小一郎からか?」

 「小夜様からよ。悪い報せと良い報せとあるけど、どっちからにする?」

 

 小夜から?悪い報せって……。

 あと、落ち付け義父殿。娘の名前を聞いただけでそわそわしだすな。


 「重要な方から寄越せ」

 「わかったわ。まず、悪い報せ。もう大分回復されているのだけど、小夜様はここの所、体調を崩されていたわ」

 「……おう。初耳なんだが」


 こう見えて手紙のやり取りは結構やっているんだ。それでもその手紙の中ではそんな事なんて一切書かれていなかった。小夜らしいと言えば小夜らしいんだが、夫としては複雑だ。


 「で、いい方の報せ」


 五右衛門から差し出された小夜からの手紙らしき書状を受け取り、開き―――。


 「ん?何が……私にかい?」


 そのまま宇喜多直家に渡し、宇喜多直家がそれを読むと、陣の隅っこの方でちょこんと膝を抱えて座り込んだ。その肩がふるえているから、おそらく泣いているのだろう。

 まあ、泣きたくなる気持ちはわかるよ。俺は……なんだろうな。感慨ぶかくて逆に涙が出てこねぇ。


 「もしかして、もしかしなくとも、おめでた、か?隆鳳」

 「おう。ありがとよ、武兵衛。大体来年の2月頃だってさ」


 瞬間。

 陣内から歓喜の声が響き上がり、何故か俺は武兵衛とジジイから激しく背中を叩かれた。願わくば、子供達が俺のような、情けない葛藤や後悔をしないような世界であらん事をーーー神よ、仏よ、泉下の両親よ、親友よ、昔の俺よ、愛刀よ。チートはいらねぇ。只々、もう、子供には戻れない俺に、未来の子供達を護り抜き、その道を切り拓く為の力を与えたまへ。

その後、官兵衛さんと左京さん


「貴様ら夫婦が子供の作り方を知っていた事に割と本気で驚いているんだが……」

「少なくともあと3,4年はかかるものだと」

「貴様らぁあっ!!表出ろや!」


年内もう一回投稿できるかどうか……。


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