37話 鬼の国―玖 臨む兵 戦う者 皆陣列べて前を行く
今回は早かった(当社比)
1563年
黒田隆鳳
そういえば、じっくりと味方の活躍を味わった事が無かったかもしれない。
ただ、絶え間なく飛び込んでくる戦勝の報を聞きながら何となく思っていた。肉を斬り、骨を断つ感触も無ければ血の匂いもしない。駆けあがってめくれた土の匂いもしなければ、風を切る矢の音もしない。自らが動かずに、兵を率いながら感じる勝利の瞬間とは本当に他人事のようだと思っていた。
だが今は違う。
なんというか……「俺が何とかしなきゃ」という焦燥感が湧いてこない。俺の復讐なのにな。次々と届く戦勝の報告は「落ちつけよ」「まあ見てろよ」と大人達から言われている様な気がするんだ。
個人的な理由も相まって、攻め込む事を躊躇っていたが、ふたを開けてみれば何の事は無い。驚くほど順調である。
まず兵の数が違う。寡兵を覆してきた俺達が言うべき言葉では無いかもしれないが、兵の多寡とは戦をする上で最も重要な要素だ。浦上を討つついでに美作侵攻へと兵を割く事も可能にしている俺達と、数か月の猶予の間に逃げたい者は逃げている浦上とは戦力が違う。
残った者がほぼ死兵なれど、東備前及び美作の一部総勢で4000に満たない浦上勢に対し、その死兵が籠った支城を堅実かつ迅速に処理していく先陣、赤松弥三郎政秀と宇喜多和泉守直家―――そして赤松古左京晴政。
美作は宇喜多家より花房又七郎正幸と長船又三郎貞親の重鎮2人。旧尼子家より猛将、江見下総守久盛。播州上月城より俺の実の叔父、赤松蔵人大輔政範ら連合軍が包囲。旧尼子勢力の反乱と毛利に備えて友にぃら山陰勢は参加できなかったが、各方面からの攻撃に美作はほぼ手中にある。
俺達の侵攻に合わせ、播州より櫛橋左京を大将に神吉下野守と荻野悪右衛門らが侵攻を開始。おやっさんは物資の差配があり、山名はまだ負傷が癒えていない事から、若輩の左京になったが、こちらの期待に応えて一気に備前を横断し陸の兵站路を確保。海と陸の兵站が揃った事で物資も充実に揃っている。
様々な要因が絡んで、備前で残すは浦上の本拠、天神山周辺のみ、という状況が出来あがっていたが、そのほとんどは弥三郎おじさんと宇喜多の義父上、赤松の爺さんを組ませた時の想像以上の破壊力によるものだ。
規律と愚直な前進で敵を弾き飛ばす弥三郎おじさん。
的確に敵の心理、そして人の盲点を突く宇喜多。
敗残の挙句に隠居していたとは思えない爺さんの老獪な働き。
敵は弱兵ではなく死兵。誰かが読み違えたら大敗するであろう綱渡りを完璧にこなし、休む間もなく殲滅し続けた3人の背中は俺にとって何よりも頼もしい。
「……浦上は敵を作り過ぎたな」
「に、しても爺さんすげぇな。本当に没落していたのかよ……」
「確かに、と言いたい所だが、大物崩れの際に浦上の先代を葬ったのも赤松様の奇襲だ。隠居の間に在りし日の姿を取り戻したのだろう。狡猾なだけだと笑う奴もいるだろうが、その狡猾さは見習うべきだと俺は思う」
そう言えば、隠居したはずの爺さんが時折身分の垣根を超えて若手らと戦術についての論戦を行っていたと聞いた事もある。机上の戦いはそこそこだと言うが……勝負所を嗅ぎわける嗅覚は経験による物か。
「だが、貴様は赤松下野守の愚直さを少しは見習ったらどうだ?」
「テメェこそ、義父殿見習ってその詰め過ぎて遊びのねぇアタマをどうにかしたらどうなんだ?」
「「…………………………………………」」
途中、半日ほど殴り合って激論を交わした日もあったが、先陣らが活躍する中、沼城を拠点に移していた俺達はほぼ滞る事無く天神山まで辿りついていた。先陣らはただ敵陣をぶち抜くだけでは無く、キチンと地ならしまでやってくれたらしい。
ただ、流石に死臭は漂ってきたな。夏だから遺体の腐敗も早いだろうな。
3人が設けた陣地へと向かう道。俺達の姿を認めると、赤松、宇喜多の兵が一斉に道を作った。
よくファンタジーであるような騎士隊が道の両脇を固めているような構図だが、両脇に並ぶ兵は決して煌びやかな格好をしていない。手傷を負っていない者など一切いない。顔が汚れていない者など一切いない。鎧が傷付いていない者など一切いない。だが、腑抜けた顔をしている者など一切いない。笑みなど一切ない、味方を出迎えるにはそぐわない武骨な気迫がやけにガツンと胸に来た。
「味な真似をしやがる」
「武兵衛、」
「総員―――下馬」
俺が小さく呟きながら軽く手を挙げると、その意味を察した官兵衛と武兵衛が号令を掛け、馬に乗っていた者は道を開いた兵士たちに敬意を捧げるべく、一斉に馬から降りた。そして開かれた道をそのまま俺を先頭に進んでいく。一人ひとり声でも掛けてやろうかと思ったが、無粋か。足軽、侍大将、身分入り混じる列を目で追いながらも進んでいくと、帷幕手前の列の最後尾に弥三郎おじさんと宇喜多の義父殿、赤松の爺さんたちが待っていた。
そして弥三郎おじさんと宇喜多の義父殿の二人手自ら帷幕を黙って持ち上げ、中へと俺達を誘うと、俺もあえて声を掛ける事無く奥に用意されていた床几へと腰を掛けた。
それに倣うように官兵衛たち俺と共にやってきた者が座り、武兵衛だけが起立して俺の背後に控える。しばらくすると、先に合流していたらしい左京たちも集まり始めた。
ごく当たり前のように五右衛門もどこからか現れて混じる。俺は忍者という道具を使わない。情報方の頭領ならば武将と同じ待遇だから軍議に出席するのは当然だ。
さて、始めるとするか。
「状況……は説明してもらうまでもねぇな」
「前回婿殿が備前に来た時には、ゆっくりこの国の様子を見てもらう余裕も無かったからね。少しだけ張り切ったよ」
義父殿。俺が小夜を迎えに来た時に、敵だった方々が苦虫をかみつぶしたような顔をしているんですがそれは……。
でも、そうか。前回俺が備前に来た時、弥三郎おじさん達は敵だったのか。そして、浦上を潰すと決めたのもその直後だった。
そう考えると奇縁だな。随分と前の様にも感じるが……。
「それで、婿殿は何かいい物でも見つけたかい?備前はいい刀とか一杯あるよ」
「んにゃ……この命を預ける奴は差し慣れた奴が一番だってつくづく思ったな。たまに予想以上に斬れる事はあっても、予想以下の斬れ味を見せる事はまず無い」
刀に擬えてここにいる者たちを称賛すると、官兵衛と武兵衛以外の奴らが揃って頭を下げた。
「それで、天神山の件だが。頼りになるお前たちの意見は?」
「流石に力押しは骨が折れそうよ」
水を向けると天神山の情報を誰よりも掴んでいる五右衛門が真っ先に声を挙げた。その声に同調するように赤松の爺さんら数名が頷く。
「正攻法だとものすごく攻め辛いわ。どう攻め辛いかとわかりやすく言えば、三方が断崖絶壁。唯一攻めやすい尾根伝いも出丸が作られていて―――って有様。力押しすると間違いなく被害が出るわ」
「大将。少数で斬り込むか?」
難攻不落と聞いて、武兵衛が背後から声を掛けてきた。馬廻りを動かすか?という事だろう。確かにこれは馬廻り向きの案件だ。
だが、俺は少し手を挙げて少し待てと無言で制する。もう少し他の意見も聞いてみたいのだ。
「内応する者がいるのであれば、我は正攻法で攻めてもいいと思うが?何名かいるのだろう?和泉守」
「そうなんだけど、ここまで来るとアテにはなりそうにないなぁ。明石、服部、日笠、延原、大田原、岡本の宿将の何名かも、いい返事だけは寄越しているけど、実際の所見限る様子なんて無いからね」
「こちらに付くには不都合な、やましい所がある奴だけが残っているという訳か」
ふん、と大きく鼻息を鳴らしながら、弥三郎おじさんが俺に視線を寄越す。やましい所というのは、俺の親父を嵌めた事を加えた、赤松守護家に対しての工作全般の事だろう。
この旧悪を俺が赦せば味方に転ぶ可能性は高いが―――。
「当主のみ処断。ただし、一族の身柄はすべて安堵するという条件はどうじゃろうか?」
「確かに、それなら可能性はありそうですね。私は赤松様の意見に賛成です」
左京が赤松の爺さんの意見に賛同すると、同じように賛同を示す声がちらほらと挙がった。確かに多少なりとも緩めてやれば意地を張っていた連中も喰いつくかもしれない。問題は生かしてやった一族が俺に対して復讐してこないかという所だが―――まあいい。
連座制も主義じゃ無ければ、「かもしれない」で余計な虐殺をするのも俺の主義じゃ無い。
「条件はそれで行くとして、保証はどうする?」
「貴様の一筆で十分だろう。信じなければ一族諸共死んでもらうだけだ」
厳しいね、官兵衛。まあ確かに、こちらからすれば内応を待たずとも勝てるからな。ただ被害が少なくなるってだけで、こちらが妥協する必要など何もない。最悪、城を落としてから生き残った一族に恩赦をくれてやればいいだけの話だし。
「じゃあ、婿殿。それで―――」
「任せる。五右衛門と話を詰めて進めてくれ」
まずは一手。折衝役を請け負っている宇喜多の義父殿が頷く。
「他に策は?」
「俺から一つ。五右衛門。交渉と並行して城の水の手を断てるか?」
「派手にやっていいなら、別に構わないわよ。参謀殿」
官兵衛の短い意見に、思わず「あっ……」と声が漏れそうになったが何とか喉の奥へと言葉を蹴り込む。
コイツが何を狙っているか、今の言葉で十分にわかったわ。
天神山に食料は少ない。それはジワジワと時間を掛けて物流を細めていたからだ。それに加えて、官兵衛は先日天神山の食糧庫を焼き払っている。
そして今度は水の手とくれば……他の者も察しが付いたのか、弥三郎おじさんなんかは俯きながら物凄い苦笑を浮かべている。
「奴らが餓死するか、撃って出てくるか―――見物だな。隆鳳」
「城を落とせよ、城を」
「……なんか、私の交渉が成就するより先に終わりそうな気がする」
ああ、そんな気がするぜ。義父殿。
謎の男と官兵衛
「9話でオチまでもっていけなかった……」
「何が問題だ」
「タイトルの凝った数字を九頭○閃を参考にしていたからさ。9以上の数字が……」
「貴様は一度色んな方面へ土下座して来い」
orz