36話 鬼の国―捌 道
お久しぶりです……。
大分遅くなりまして申し訳ございません。
備前
黒田隆鳳
「方針を変えるべきだと思うよ?」
アヤメの頃なんてとっくに過ぎちまったよ。もうYO!SAY!と宇喜多の義父殿が踊りだす時期だよ。黒田隆鳳さまだよー。
根競べを初めて2か月近く。その間に宇喜多の義父殿が本格的に浦上と絶縁宣言をして、俺達の傘下に入ったり、備前経済の要所、福岡に手を伸ばしたりと、あの手この手で誘い出そうとしてきたが、浦上は動く様子を一向だに見せない。散々隙を見せても、経済的に縛りあげても、だ。たとえ宇喜多が謀反しても、俺達に対しても文面での抗議で済ませ、かつ同盟破棄の申し出は絶対にしないという徹底ぶり。
まるで決して割れない貝をあの手この手で必死で割ろうとしているラッコの気分に似ているかもしれない。
そうして迎えた何度目かの軍議でついに宇喜多の義父殿から最終通告ともとれる言葉を喰らい、俺と官兵衛はガックリと項垂れていた。
「最初から懐疑的だったけど、流石に言わせてもらうよ?確かに今後の事を考えるならば、腰を据えて持久戦に持ち込む事は良策なのだろうけど、今回に限っては視野が狭いとしか言いようがないと思うよ?」
「しかしだ、和泉守殿……」
「わかるよ?毛利、三好と停戦中の好機だっていう事は。けどね、君たちはそれを素直に信じ過ぎている。停戦の約定なんて結んだ側からすれば、機を見て攻め込む為の時間稼ぎでしか無いというのに。官兵衛君、君は上手くやり込めたと思って安心していないかな?今、私たちがここで手をこまねいている状況は、毛利、三好にとって好機だとは思わないのかな?むしろ、今まで良くもった方だと私は思う」
「それは……」
痛い所を突かれて、官兵衛が言葉を失う。当然の事ながら、毛利や三好が約定を破棄した時の対策は考えていたのだが、無理があった事は否めないと思ったらしい。
義父殿のその言葉に俺も思わない所が無い訳ではない。
これはゲームでは無い。約定を結んだら絶対、なんて事は確かにありえないのだ。言葉上では、毛利も浦上から手を引くとは言っていたが、それも守られるかわかった物では無い。なにせ、俺達が先に約定を逆手にとって仕掛けた後なのだ。
……少し認識が甘すぎたかな。
「この展開が読めなかった事は恥じる事じゃない。なにせ、奴らは自らを捨て石にこちらを一泡吹かせようと企んでいる。まっとうに潰し合いを想定して策を立てていれば、そんなもの予測のしようがない」
「奴らは……既に戦況を捨てていると?」
「『ザマアミロ』―――そんな声が聴こえてこないかい?」
……ただそれを言う為だけに、耐えがたきを耐えているのか、奴らは。それだけしかできないというのだろうか。
ならば、俺達は奴らを追い込み過ぎたのかもしれない。
「奴らがあえて静観している理由がわからないかい?婿殿たちが時折見せる、その甘い所を上手く突かれているのだよ?この程度の揺さぶりに動じてどうするんだい?」
「「……はい」」
完全に傘下に降ると決まってからか、義父殿の意見が容赦ねぇっす。ありがたいお言葉に俺達はぐうの音も出ず、素直に頷いた。認識不足だと―――視野が狭いと指摘された事がやけに身に染み入る。
「この2人を正論でここまで丸め込むとは凄いな……そう思わないか?藤兵衛」
「うむ。正直私には止められる気がしない」
「その言葉で、何となく弥三郎おじさんと藤兵衛の中での俺の評価が見える気がするな」
俺達の説教部屋と化した軍議にいたもう一人の保護者とそれに同意する古株の言葉に更に俺の気分は急降下していった。それフォローちゃう、介錯や。
「で、どうする?和泉守。同盟破りの悪名を被ってでも攻め込むか?我としてはむしろ望む所ではあるが」
「私としてはそうしたい所だよ。赤松下野守殿。この程度の清濁は呑み込んで欲しいとは思うけどね。それでもまだ持久戦に持ち込もうというのであれば、中途半端に足を止めないで、姫路まで退くという所まで視野に入れて欲しいと思う」
人生経験豊富な「戦国武将」たちに目を向けられ、ジッとしたプレッシャーに何とか堪える。2人……いや、藤兵衛だって生き残る為に殺し合い、裏切る為に手を結んでは騙し合う世界で1つの勢力を抱えて来たのだ。よく、の綺麗事に文句ひとつ言わず付き合ってくれた物だと思う。
それと比べると俺は潔癖過ぎたのだろうか……挙句、戦国最強の軍師が軍略を狭めてしまったのであらば、それは俺の責任だ。
―――らしくないで。
裏目に出る事が続いて、今更ながらに出陣前に聞いたダチの言葉が響いてくる。俺は怯えていたんだろうか?
浦上を討てないとなると、許さなければならなくなる。それはどう頑張ってもあり得ない。奴らが味方に堕ちたとしても、俺は絶対に赦さないだろう。
だが、まともに討とうとすれば悪名を被らなければならない。だからこその、挑発であり、持久戦のつもりだった。それを時勢が赦さず、こちらの意図を完璧に読み抜かれた上で、挑発にも一切乗って来ないとなると―――。
誰がどう見ても千日手、だ。そしてこれからも均衡を保とうと俺達が舵を切ると、奴らは外交と策謀を駆使して俺の背中を荒らしてくるに違いない。宇喜多の義父が速戦を推す理由は、そうなるとかなりの苦戦を強いられる事が予想されるからだ。毛利が攻めてくるか、三好が攻めてくるか―――あるいは三好は俺達を直接狙わず将軍家を狙ってくるかもしれない。現状、対応できる兵力は残っているが、積極的に受けて立つ義理も無いのだ。
俺達は自分たちの都合だけで勝手に話を進め、土俵で勝負している気でいて、実は一人で勝手に相撲を取っていただけだった。
その事に気が付くと、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「……すまん、隆鳳。俺の見通しが甘かった」
「いや、俺の所為だ」
官兵衛の謝罪を手で制し、俺は深く息を吐く。
「俺らしくねぇ、か。らしくねぇよな……」
「決まったかい?」
「ああ。決まった」
ガシガシと頭をかじり、立ち上がると、それに倣ってその場にいた全員が立ち上がった。
「では、我と和泉守が露払いを努めよう―――藤兵衛」
「短気を起こすな、弥三郎。物資などとうにいつでも動かせるようにしてあるんだから」
散々待たされたからか、俺の号令などいらんらしい。弥三郎おじさんと藤兵衛の会話をきっかけに、既に組んであった段取りを確認するように各所から声が上がる。配置の確認。侵攻経路の確認、物資の手配―――まるで俺の目の前に道が一気に現れたかのような遣り取りだ。
……宇喜多の義父の根回しじゃねぇな、これ。
まさかとは思うが―――。
「失策はしたが、俺が手をこまねいているとでも思ったか?」
「……んにゃ。流石だよ、官兵衛」
この男が自らの失策に気が付いていない訳が無いのだ。むしろ、もっと早くからこの状況は拙いと危機感を募らせ、根回しと準備を進めていたのかもしれない。必要だったのは俺の決断だけだったか。
ひとしきり確認の言葉が飛び交い、静まり返った頃、俺の視線に気が付き、官兵衛が口を開いた。
「たまには道を用意されるのも悪くなかろう」
「たまにはな」
「貴様が切り拓き、そして大きくなっていった俺達の勢力は、貴様の歩む道を用意できる程までになっていたのだ。その成果をゆるりと見ていよ」
小憎たらしいが悪くない。悪名が付き纏う道だったとしても、皆が創った道だ。ただ真っ直ぐ、余計な事を考える事無く、標的の首まで届く道だ。歩むのをためらう理由など何も無い。
「皆、待たせたな―――さあ、征くとしよう」
「「「ハッ!」」」
1563年夏―――黒田勢、浦上との同盟を破棄。侵攻を開始する。
その頃の小夜さん
「小夜さま、胡瓜で何を作ってるんです?」
「早く帰ってきますようにと、馬を」
「……殿ってあの世に逝ってんだっけ?」
あの世から戻ってきた系の人間(転生済み)なのであながち間違いではない。