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藤巴の野心家  作者: 北星
5章 鬼の国
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35話 鬼の国―漆 四路五動

 尼子の帰順はすんなりと、とは言えないが、毛利との話を纏めてきた官兵衛が追ってきたこともあり、大過なく終わった。こちとら、戦の気分で来ている身だ。さんざん脅しては宥めた所為か、当分は心変わりはされないという手ごたえだけはある。


 出雲、そして隠岐は現状のまま尼子義久の支配下に。不穏分子―――とまでは言わないが、尼子の姿勢に対して見切りをつけていた者は閣下の手引きで将軍家が雇う事で落ち着いた。腐っても将軍家。多少の実入りは少なくなっても、盟主に失望した田舎の国人にとって、公方の直参になれるという話は渡りに船だったのだろう。

 そして空いた箇所に、俺たちの息が掛かった人間を送り込むことにより、出雲、隠岐の統治を進める事が出来る。今頃、毛利はこちらの電撃作戦に卒倒しそうな程驚いている事だろう。

 なにせ、尼子を出し抜いて俺たちと和睦し、その間に尼子を陥落せしめる選択肢もあったはずが逆にしてやられたのだ。尼子が斜陽の勢力だったとはいえ、この差は大きい。


 ……あとは、まあ、やるべき事が想像以上に増えたことに目をつぶれば、ね?


 「とんだ道草だったぜ。そう思わないか?官兵衛」

 「旗揚げをすれば2人で城を奪ってきて、婚礼を挙げれば西播を奪ってきて、但馬に攻め込めばついでに因幡を奪ってきて、東播が味方になった事で三好が攻めてきたら、本願寺が降ってきて、丹波と伯州の西半分を奪ってきて、今度は浦上攻めの下準備をすれば尼子が降った?時折本気で思うんだが、本当に俺達は何やってんだろうな……」


 出雲でのアレコレをズバッと済ませて帰陣するや開口一番。官兵衛が頭を抱えるように言ってきた。尼子の件に関しては、完全に官兵衛の計算外だったようで思いのほか精神的なダメージが大きいらしい。特に対尼子の為に少なくない程の時間を費やし、頑張ってこさえた数々の策謀が、今回の件で全て水泡に帰してしまった辺りが……。


 常に有利で動く為に全力で駆けてきた結果とも言えるけど、こう改めて言われると、ほとんどが事故だよなぁ。しかも、勢力が大きくなる程、トラブルの吸引力と破壊力も半端じゃ無いほどデカくなってきている。トラブルごと吸い込んでその力を糧にするとか、俺はピンクの悪魔かよ。


 「この戦が終わったら、一度本腰入れて領地改革だなぁ……いい加減後回しにするには怖い広さになってきた」

 

 今年で俺達は旗揚げから3年になる。旗揚げ時は姫路城一つだけだったのが、今や播州、但馬、因幡、丹波、伯州の5カ国に尼子の出雲と隠岐を加えた7カ国。それに今回の戦が終われば、備前と美作も加わり計9カ国の領地を抱える事になる。

 確かに俺達は頑張ったよ?織田信長いつでもかかって来やがれ状態にする為に。でも、織田信長、まだ美濃も獲ってねぇの。どういう事よ……?かの桶狭間の起きた年に俺達も起ったから、スタートはほぼ一緒……むしろ、人材が豊富で、財力もあった織田信長の方が有利な体勢でスタートしてんだぜ?


 ……チッ、使えねぇなぁ……織田信長。

 

 とはいえ、せっかく得たこのアドバンテージ。守りに入らず、適度に力を蓄える事に費やすことも出来る。日ノ本鬼の国化計画は始まったばかりだ。おやっさんと藤兵衛にはキリキリ働いてもらうとしよう。


 だが、その前に、だ。


 「浦上の件だが」

 「……おう」

 「先日、俺が奴らの蔵を焼かせた事は知っているな?」

 「ああ」

 「奴ら、ついにわざと現場に残させた痕跡から、俺たちの仕業だと気が付いたようだ」


 暫定的に本陣を置いている備前石山城改め、岡山城。密談の為に人払いをした作戦本部の席につくなり、官兵衛が話を切り出した。

 

 「んで、あいつらの反応は?」

 「秘かに物資をかき集めて、ここと姫路を分断するように動き始めている」

 「……ようやく釣れた、と言いたい所だが、こちらが動くには少し弱いな」

 「ああ。余程用心しているのかわからんが、とにかく短絡的ではないな。奴は自らの分をよく弁えている」

 「弁えている奴が下剋上を目指すかよ」


 俺が吐き捨てる様に言うと、官兵衛はその言葉に込められた感情を読みとろうとしているかのように押し黙った。

 半ば自棄になっての行動にも見えるが、まだ尻尾を掴ませないか。宇喜多の義父が言うに「掴み所がない人」との事だが、この静けさはどうも一波乱を孕んでいる気がしてならない。


 「最善手は、」

 「浦上の件だけを見るならば、暗殺―――しかる後に強襲だろうな」


 暗殺、か。頭の片隅にはその選択肢も考えてはいたが、やはり少し戸惑うな。俺の心情云々的な所はともかく、現状を俯瞰してみるとあまり良策とも言い難いからだ。


 内情はともかく、今、俺達は浦上と一応のつながりがある。それをこちらから反故し、更に当主を暗殺してその領地を奪う真似などしたら、他の繋がりのある者たちの不信を招くことになる。あるいは、これから先、尼子のようにこちらに降ろうという人間がいなくなるかもしれない。信義とは大国であればあるほど大切だ。

 特に俺たちは駆け上がる様に大国への道を進んできた。これを疎かにすれば、いずれは史実の織田信長のように裏切られては戦い、足元を掬われるという事態も起こりうるのだ。あるいは、暗殺を繰り返した史実の宇喜多直家のように誰からも信頼されずに、勢力の伸長が頭打ちになるという事も起こりうる。


 だからこそ、松田攻略という名分の下、備前入りして目の前で挑発を繰り返しつつ、浦上から裏切りやすいよう機会を作ったのだ。

 暗殺とは難敵相手には確かに最善手ではあるが、捨てるものが大きすぎる。だから俺はたとえ血が流れても―――愚直であっても、天下統一後の為に極力戦で事を片付けたいのだ。

 要領悪く、あえて犠牲が多大の道を選び、次代の為に自ら先陣を切り、味方を死地に追いやって謗られようとも、敵を完膚なきまでに叩き潰す―――それが、今の俺の、大名という「鬼」としての覚悟だ。

 

 当然、暗殺という手が現状にどの様な影響を及ぼすのか、官兵衛もわかっているのだろう。言葉に出さずとも、深く考え込む俺を見て一つ頷いた。


 「貴様の心情が赦すのであれば、その方がいいと俺も思う」

 「余計な気は回すな―――と言いたい所だが、ありがとうな。官兵衛」

 「なに、構わん。それで次策だが―――孫子には、四路五動、という言葉がある」

 「4つ道があった時、5つの動きがあるって奴か」

 「上の道を行くか、下の道を行くか、右の道を行くか、左の道を行くか、あるいは」

 「その場に佇む事も出来る―――つまり」

 「この石山……否、岡山に滞在して、どちらが痺れを切らすか根競べだ」


 俺達は要領よく出来ない。官兵衛だってそうだ。でも、だからこそ、得る物もある。


 ここからが黒田家の兵站能力の真骨頂だ。

隆鳳が一曲歌いたいそうです。


「戦略的には異論はないが、今の心情を歌で表すとしよう―――では、聴いてくれ。『大迷惑』」


根競べは、多分3年2ヶ月もかからない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

あとご連絡、というか広告?

三好長慶というクソ難しい課題に、いろんな方がヒーヒー喘いでいる歴史カテゴリ交流企画に新しい勇者が参戦しました。零戦さんという方です。

もちろん、他の方々も難題と夏の疲れで細い息ですが、辛うじて息を繋ぎながら楽しんで(苦しんで)おります。

作品参加受け付けも今月までですが、まだまだ勇者募集中です。

のりこめー。

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