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藤巴の野心家  作者: 北星
5章 鬼の国
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34話 鬼の国―陸 尼子始末

暴れさせようとしてどうしてこうなった……。

1563年 出雲

 尼子義久


 「殿。黒田左近衛少将殿が到着致しました」


 最も信頼をし、我らの戦略を担う立原源太の声に緊張が奔る。備前に援軍として向かわせる傍ら、密使として交渉役を任せていた彼が帰投する―――それは喜ばしい事のはずだが、そこで告げられた言葉は想像外の事だ。


 毛利を出し抜いて黒田家への臣従を選ぶという最大の決断をしたのは、ほんの数日前。一つ読み間違えれば一気に滅亡へと傾くことから、血を吐きそうな程、情報に耳を傾けその裏に潜むものを沈思してきた。その結果が今ここにきている。

 我ら尼子と黒田は共に佐々木源氏の血を引く同門。故にまだマシだとは思ったが、はたしてあの時の決断は正しかったのだろうか。あるいは、新たな厄災を招いてしまったのか……。


 「大義、である。して、黒田左少将の軍勢は?」

 「数は300。少し離れた所におります」


 ざわめく重臣らの中、意を決して問い返すと、立原は毅然と答えた。

 300……本当に身の回りの人間だけで来たのか。この月山富田城は古今類を見ない堅城。その手勢で陥落せしめるという事はまず無いと言っていい。むしろ、今こちらが軍を動かせるのであらば、殺せる。

 だが、何故だろう。立原の眼が「軽挙だけは慎め」と言っている気がする。確かにそうだ。黒田左少将だけならばともかく、今回は幕府の使者も混じっている。これを巻き込むわけにはいかない。


 「もし、懸念がございますれば、この城より見ろ、と仰せつかっております」

 「ほう……念の入った事を」


 その無法な事から「鬼」と恐れられている男にしては最上級に近いであろう心づくし。少々嫌な予感はするが、悪い気はしない。

 即座に城から眺める事を決め、立原の案内で重臣諸共ぞろぞろと見える位置まで移動し―――そして、固まった。


 初めは我らが見える位置に来たことを知ってか、見えない位置に居た軍勢が動き出した。それは全てが騎馬で、ただこちらに向かってくる―――それだけで肌が粟立ったのがわかった。


 「おぉ……なんという統率」

 「あの軍を振り返ることなく率いるか」


 その光景に重臣の誰かがそっとつぶやく。

 その先頭にいるのは、長く黒い髪を模した兜を翻す男。そして彼が振り返ることなく軍を止めると、彼が馬に降りる行動に倣って、背後の兵が一糸乱れず同じ動きをしたのだ。遠目でも精強だとわかる軍を顧みることなく率いる―――噂に違わぬ男らしい。

 その男は馬から降りるとこちらにゆっくりと歩いてくる……抜き払った大太刀を引っ提げながら。その後ろには、槍を持った大柄な男と、幕府の使者であろう唯一鎧を纏っていない男、ただ2人だけが付き従ってくる。

 だが、ちょっと待ってほしい。彼らもめいめいに刀を引っ提げ、槍の鞘も取り払っている。


 そしてゆっくりと歩いてくる。まるでこれからこの城に3人で斬りこむかのように。まるで嬲る様に。


 「た、立原……?」

 「……覚悟、召されよ。あれが、黒田左近衛少将でございます」


 たった3人。それも遠くに見える程度の姿なのに、その鬼気迫る姿はまるで地獄の使者のようにしか見えなかった。怖くとも目を背ける事すら身体が許さない―――背けたら何をされるか怖過ぎてわからない。たった3人でこれならば、300が本格的に動いた時には―――。

 ふと気が付けば、近くでカチカチという音が聞こえた。

 何かと思えば、近くにいる誰か恐怖で震えて、歯の根が合わない音だ。その異様過ぎる雰囲気を感じていたのは私だけではないらしい。幸いにして粗相をした者はいないようだが……。


 「尼子―っ!来い!」

 「……お呼びですぞ。殿」

 「た、立原……?」

 「諦め下され」


 空気が震えるほどの声に、身がすくむ。だが、救いを求めようとしても、立原は妙に諦めが混じった表情でつぶやいた。

 その時の、重臣らの「ご愁傷様」とも言いたげな表情を、私は一生忘れはしないだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 黒田隆鳳


 「さーて、今週の隆鳳君はー?」

 「毛利を出し抜け、出雲急襲、さらば尼子の平穏な日々……ってなんですか?急に」


 そうは言っても、元ネタ知らないはずなのにしっかりと合わせてくれるじゃねぇか、閣下。

 あ、どうも。黒田隆鳳だよー。いやぁ、大都会のはずが飛んで出雲ンプールとは驚きだ。だが、まあ書類仕事で凝り固まった身体にはちょうどいいウォーミングアップだったと思えば、苦でもないだろう。


 「しかし、大丈夫かよ?大将。目一杯脅しつけて、呼び出したはいいけど、軍を率いて出て来られたら本当に面倒な事になるぞ?」

 「出てきてくれるんなら、ぶっ飛ばせばいいだけの話だ。むしろ籠られたら」

 「籠られたら?」

 「寝釣りの計だな」

 「おまっ!?それは官兵衛と美濃様に封じられただろう!?またやらかす気か!?」


 懐かしい響きだろう?武兵衛君。しかも、今度は御着城なんてもんじゃねぇぜ。目の前にそびえたつは名高い月山富田城……これはもう、ウズッと来ない方がおかしいだろう。

 

 ……まあ、実際にやるかはともかく、それぐらいの気迫でいなきゃ、尼子なんて面倒な相手を臣従させる事なんてできねぇってこった。


 「寝釣りの計ってなんです?」

 「思い出したくない俺の初陣の話だよ……細川さん」

 「へぇ。今や人類筆頭とまで言われる武兵衛殿が思い出したくない話ですかぁ」

 「「おい」」


 ちと待て、閣下。武兵衛が人類筆頭って、俺とか官兵衛とか休夢の禿オヤジとか、武兵衛に勝てそうな連中が完全に人外扱いやんけ。


 「どんな計ですか?左少将殿」

 「あー……うん。このまま3人で斬り込んで、後ろの仲間たちが寝ている間に城を陥落させるって計だ」

 「………………せ、せめて、やるなら今から鎧着込んできていいですかね?」

 「「それでいいんだ!?」」


 パねぇぜ、それでこそ閣下だ。酔狂さが武兵衛なんかと桁が違う。出来る出来ないはともかくとして、やっぱ俺と同類だわ、この人。


 「では、生き延びたら報酬は丹後でいいか?閣下」

 「一色さんどこ行きましたか?」


 そういえば俺の土地じゃなかったか。そろそろ沼っちに言って仕掛けんべーか。尼子も来るとなると、鳥取だけじゃ需要が増えるであろう海上交易を捌き切れんだろうしなぁ。それに、日本海側の北航路の開発もいい加減せんと……いかんいかん。これから戦かもしれないというのに政治面ダークサイドに堕ちるところだった。


 「それよりも左少将殿。尼子の内、何人か見どころのありそうな者を送ってくれませんかね?」

 「うん?」

 「いやぁ、京で兵を集うのは難しくてですね……」

 「……だから、この話に乗ったのか」


 確かになぁ。京の人間が「公方様ノタメニー」と一肌脱ぐとは思えねぇし、各地から兵を募って直属軍を作ろうって思っても不思議じゃないよな。だから俺だって京には触れたくねぇんだ。奴ら守られて当然って顔をした都会のもやしっ子だからな。

 しかし、あのクソ公方も頑張ってんだな、一応。


 「……武兵衛。俺達に服従しそうにない奴らのいい島流し先が見つかったな」

 「都に島流しっていうのもすげー話だと思うけど」


 服従しない奴らは京へ島流しか、殺されるか選ばさせる。そう決まった辺りで、月山富田城からドタバタと平服を纏った連中が飛び出してくる姿が見えた。


 あーあ。寝釣りはお預けだ。

鹿君の憂鬱


「黒田包囲網に賛同した毛利寄りの人間の内、同意した者の所領を没収し、京の公方様の下に送る事になった。鹿之助、お主その監督をせい」

「叔父上!?」


作中出てきた立原源太こと、立原源太兵衛尉久綱は山中鹿之助の叔父。

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