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藤巴の野心家  作者: 北星
5章 鬼の国
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33話 鬼の国―伍 タネアカシ タブラカセ

今回、小早川の扱いが……ど、どうか御命だけは。

あと、予告していた大暴れは出来無かったよ……。

 1563年 石山城


 「毛利陸奥守が三男、小早川隆景と申します」


 思いのほかの大物の来襲に、微かに喉が鳴り掛ける。表向きは三村との会合という事になっているが、その実今回の本題は毛利からの申し出についてだ。


 毛利はあろう事か尼子と手を結び、黒田家を追い込もうとしている―――それだけ黒田家が脅威になりつつあるのだと納得もできるが、どう繕った所で微妙な違和感が残る事は否めない。余程頭のキレる人間でなければ注視しない程の違和感だが、そんな些細な不可解な事にはいつだって裏の話があるのだ。

 その裏の話―――歯に物が挟まった時のような違和感の正体が今ここにある。


 「早速だが話を聴こう」

 「ではお言葉に甘えて―――まずは尼子を扇動してそちらにし向けた事をお詫び致します」


 毛利の兄弟の中でも最も知恵に長ける者という評価や、丁寧な物腰からは想定できないほど顔の濃い男は再び頭を下げた。

 しかし、扇動した、か。宇喜多の読み通りだ。


 「その上で恥を忍んでお願い致す―――我らと不戦の約定を結んではくださらぬだろうか?」

 「不戦……な」


 同盟では無い。つまり、毛利の本当の狙いは―――。


 「油断してこちらに兵を出して薄くなった尼子を落とす気か」

 「その可能性はあるとだけ申し上げておきましょう」

 「断ったら?」

 「そのまま我らもこの戦に参戦するまで」


 いけしゃあしゃあとよく言う。もし敵に回ったら、この二枚舌を喧伝してやろうか。

 多分、本心を悟られないようにわざとこのような物言いをしているのだろうが、これは確かに厄介な相手だ。


 「ほう……では、博多を巡っての大友との戦は諦めるというのだな?」

 「……はて?」


 こんな厄介な相手に対応できる奴など、官兵衛か宇喜多ぐらいだろう。我慢がならなかったのか、意地が悪そうに官兵衛が横合いから口を挟むと、とぼけながらも微かに小早川の顔色が変化した。

 

 「それに対して、俺達は玉虫色の貴様らが敵に変わる事で、容赦無く、徹底的に食い散らかす事が出来る―――誰に対して言ったのかをよく考えながら、もう一度先ほどの言葉を言ってみろ」

 「……おっと、失言でしたかね」

 「むしろ、余計な気を回す必要が無くなるから、もう一度聞きたい程ありがたい言葉だったと思うがな」


 ……えっと、官兵衛さん?凄い喧嘩腰ですね……。

 しかし、小早川も少し子供っぽい。誰かさんを思わせるような子供っぽさだが、その濃い顔でこれが素なのだろうか?可愛げのあるおっさんなんて、どうしろっつーんだよ。


 「まあまあ、官兵衛君。話を戻そう。それで、毛利は私たちに何を求め、何を寄越すんだ?」

 「詳細は詰めたいと思うんだが、数年の不可侵の約定と、尼子勢の眼を少し引き付けて欲しいという事」

 「虫のいい申し出だな」


 参謀でありながらも、白か黒かハッキリした状況を好む官兵衛が噛みつきたくなる理由もわかるがな。

 しかし、この様子……毛利の本命は博多か?それとも、これを隠れ蓑にした尼子への侵攻、あるいは俺達を油断させる手筈か?腹の内が俺にはわからない……どうとでもとれる含みのある申し出だ。

 ……まあ、俺にはどだい無理な話か。


 「こればかりは私も官兵衛君に同感だね。なにせ、私たちにうまみが無い」

 「……あれ?私たちと敵対しなくて済む事が魅力にならない!?」


 すまんな。この家はそういう家じゃねぇんだ。意識的に外交を捨て、味方には多大な利益を。敵には徹底的な絶望を―――と、ハッキリとしている。この家じゃ、敵か味方かわからない奴は大抵酷い目に遭うんだ。

 力技もここまで来ると勇まし過ぎて笑いが出るぜ。


 「確かに難しい申し出だな」

 「い、いや……では、もう少し条件を、」

 「なら一つ訊こうか。不戦の誓いをするとして、お互いの傘下にある勢力に対してはどうする?」

 「……浦上の事でしょうか?」

 「まあ、な」


 うろたえる小早川に核心を告げ、一つ頷いた。


 「ハッキリ言えば、こっちは何が何でも抹殺するつもりで軍を起こし、その結果横槍を入れられた事で相当頭にキている。官兵衛じゃないが、相手を見て物を言ってんのか?オイ」

 「……想像以上に恐ろしい国だ、ここは。わかりました、毛利は浦上から手を引きましょう―――その代わり、傘下の勢力を含めたこちら側に穏便な対応をお願いしたい。無論、そちらの傘下の勢力への手出しも控えましょう」

 「……だとよ、官兵衛」

 「足りんな。美作も俺達が貰う。それで手打ちだ」

 「……ぐっ、い、いいでしょう。その条件で呑みます」


 そこまで今のウチと戦いたくないか。確かに、黒田家は謀略を力技で粉砕して我が道をいく家だから、毛利とはとことん相性がいいんだろうが……うん。

 それにしても、官兵衛と宇喜多の顔の嬉しそうな事。我が事成れり、って顔だな。悪夢に出そうだぜ。



 その後はすんなりと書状の交換と捺印も終わり、無事不戦の条約が結ばれたあと、小早川が帰った後で、再び三人で俺達は笑った。


 「……案外気がつかねぇものだな。俺と隆鳳・・ってそんなに似ているか?」

 「知っている人間からすれば似ていないとは思うけど……まあ、振る舞いはそっくりだし、笑いをこらえるのが大変だったよ」


 奴より俺の方が少し年上なんだけどな―――っと、自己紹介がまだだったな。代理の有馬源次郎則頼だ。新参だが、俺は黒田隆鳳の従兄弟でな。兄妹と言われる程、背格好だけは似てるんだわ。

 小早川さんよ、ゴメンな。影武者なんだ、俺。

 もっとも、まあ……あっちの方が数段幼いし、少し小さいし、無邪気だし―――そしてべらぼうに強いから、宇喜多の言う通り、初対面の相手以外には通用しないけどな。


 「あの馬鹿が成長したらこんなんだろうな、ぐらいの違いだ」

 「よかった。隆鳳はもう成長しないだろうから、ずっと似る事は無いわ。たとえ成長したとしても、こき使われてるから俺の方が先にどんどん老けていくわ」


 つーかさ、俺、これだけの為に赤穂からここまで呼び出される事は無かったんじゃね?移ったばかりで大変なんだぜ?

 ……まあ、痛快ではあったけど。おもしれぇ、っつーのは、この俺にとって―――そして多分隆鳳にとって最も大事な価値観だ。


 「しかし、バッチし読み通りだったか」

 「ああ、これで毛利は尼子に手を出せなくなった。尼子……というより、その当主の尼子義久の外交勝ちだ」


 今、俺がここで代理を務めるのには当然の事ながら訳がある。

 すぐに判明するだろうから秘密と呼べるほどの物ではないが、この毛利との密談の前に既に尼子は幕府を介して黒田家に降っている。それは勢力揃って、という物では無くほぼ尼子義久とその与党の仕業だ。


 当主が続いて若くして死んだ事で、尼子は内部でかなりのゴタゴタが起きている。そのほとんどが毛利の扇動による物なのだが……そこで、尼子義久は決断する。

 君主でありながら、勢力を売って、家中の統制に踏み切ったのだ。そこで利用したのが、毛利が呼びかけた黒田包囲網であり、その裏に潜んでいるであろう、毛利の思惑だ。

 毛利は裏切る―――それを知って尚手を結び、幕府を介し、毛利より先に黒田家に接触を試みたのだ。


 結果として、この毛利のもちかけた不戦の条約により、黒田家に降っている尼子は毛利からの圧力を一気に消し去った。俺達は体よく利用された形だが、尼子義久の鮮やかな外交の手並みは感嘆したくもなる。

 それでなぜ、隆鳳が不在になるのかというと―――。


 「出雲……今頃滅びていねぇだろうな」

 「婿殿は尼子の外交の手並みに感嘆し、価値を見出したからこそ受けいれたが、浦上征伐に横槍を入れられた事にいい加減頭にキていたし、同行している幕府の名代も細川兵部だしね……」


 隆鳳は今、密約が交わされるや否や、電撃的に―――そして隠密裏に出雲入りして、上辺だけでは無い尼子の従属化を敢行している。尚、今回備前に出てきている連中はほぼ、親黒田派なのだそうだ。あとは尼子義久との連携になるが……どう考えても粛清に次ぐ粛清で血風が吹き荒れているとしか思えない。


 尼子義久も流石にこればかりは読み切れなかっただろうな……御愁傷様。

 そしていらっしゃい。黒田家へ。辛いだろうけど、頑張ろうな。


一度はやってみたかった叙述トリック。


有馬源次郎と黒田隆鳳

「よぉ、元気か妹」

「女じゃねぇ!」

大体こんな感じの2人。

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