5話―表 おまたせしましたスゴイ奴
「よっしゃ、出陣るぞ!武兵衛」
「あれ?!お前、こっちからは攻め込まないって言って無かったっけ?!」
「大丈夫、大丈夫。偵察だけだから」
「鉄砲抱えて偵察って何を見る気だ!?」
「んー……官兵衛の顔?」
「見なくても、驚いている事だけは予想が付くわ……」
という訳で、出陣しました50名。
我慢?一週間って言ったけど、一刻ももたなかったわ。
この世には威力偵察という素晴らしい言葉があるのだよ、武兵衛君。
「この辺りかな……」
「なにがや?」
姫路城と御着城の距離は大体一駅ぐらい。ハッキリ言って凄く近い。
……つーか、この時代に来て初めて姫路きたけど、この近辺ってえらい城多いな。
大きなものだけでも、姫路城を中心に、少し東に行くと御着城。南にいくと英賀城。北に行くと守護の赤松家が持つ置塩城。西に行くと龍野赤松家の龍野城。その更に西にいくと大都会岡山。
史実で黒田家が伸びなかった理由は、主君小寺家に義理を立てた以外にも、この群雄割拠の地勢も影響しているのではないかと思う。
飛び抜けた勢力があれば、まだ戦略も立てやすいと思うのだが……と思いつつも、こまめに斥候しつつ、俺達は姫路城と御着城の間にある適当な森にて、進軍を止めていた。
「武兵衛。正直に答えてくれ。俺達が出た事を御着城は気が付いていると思う?」
「斥候からの報せでは別段動きは無いそうだが……」
ホントのんきだよな。官兵衛ぇ……苦労してるな。
だって、城と城の間は森ばかり、というわけでもなく、城下町みたいなものもあるんだぜ?
こっそり出てきたとはいえ、何で気が付かないのさ。そもそも、敵方の渦中にいる官兵衛と情報交換が出来ている時点で、警戒心ゼロだろ。
舐めくさりおって……だからおやっさんから見限られるんだよ。
まあ、都合が良いと言えばそれまでだが。
「んじゃ、兵の大半をここに伏せるか。ここから先進むのは、俺と武兵衛と他10名。俺と武兵衛以外は鉄砲抱えて行くぞ」
「おびき寄せるのか?」
「おう、釣り野伏っつーんだ。挑発して引いて、おびき寄せて殲滅する」
鉄砲があるという前提だけど、寡兵で戦う上で最強戦術だと個人的には思う。いずれ島津家久さんに会ったら是非戦術談義をしてみたいものだ……多分、同い年ぐらいだし。
「伏せる兵は20名づつ、2隊に分ける。鉄砲は各隊30づつ。射手12名。残りの8名は弾薬の管理と弾込め。弾薬に糸目は付けねぇから、順序良くやれよ?配置はこの道を挟んで向かい合わせの形だ。各隊を率いるのは……」
「どうした?」
……やべぇ。鉄砲隊率いる将を連れてくるの忘れた。見つかったらお小言喰らいそう、というか全力で引き留められるだろうからこっそり出て来たのが仇になったか。
さて、どうしたものだろう――――。
「隆鳳ーっ!」
「若様ーっ!」
「あ、親父と井出様だ」
「……アイツらでいいか」
声に振り返ると、俺達が来た方角から血相変えて2頭の馬が駆けてきた。先頭に、おやっさんの弟にして官兵衛の叔父―――とはいっても、それほど歳の差もない兄貴分、井出友氏こと友にぃ。そしてもう一人、爽やか系の息子とは似ても似つかない、○暴面のヒゲ親父、武兵衛の親父、母里小兵衛。
慌てて駆け寄ってくる二人のお目付け役に向かってナイスタイミング、と素敵な笑顔でサムズアップした。
「戦う前から息切れしてるけど、大丈夫かよ?」
「「誰の所為だと!?」」
「うるさい、声がでかい」
「理不尽!」「若様っ!?」
合流してから早速色々と言われた気がするけど、結局の所、武装してやる気満々な姿で言われた所であまり心に響かない。要領を二人に全て伝え、押しつけた後、俺と武兵衛は進軍を開始した。
あの二人ならば、安心して兵を任せられる。
「早速苦労してんな……親父」
「言ってやるな。間違いなくお前も小兵衛の心労の元凶だ」
とはいっても、本当にいきなりの謀反に関わらず、相変わらずの態度で接してくれる事に心の底から感謝している。いずれ報いてやらにゃぁな……。
「そうこうしている内に、御着城が見えてきたな。どうやって伏兵の場所まで引きずりこむ?」
「伏兵の位置的に正面から仕掛ける。俺と武兵衛で斬り込んで、適当に暴れた後、撤退。鉄砲はその時に一斉射撃をかまして俺達の退却の掩護。その後、全員で指定の位置まで退却だ」
「……………………………」
ん?なぜか、武兵衛が固まったけど、何かおかしい事言ったか?
「……おい、武兵衛?」
「あー……いや、うん、成程な。二人で真正面から斬り込むか……お前バカじゃねぇの!?」
「官兵衛が言うには鉄砲は無いらしいぞ。矢なら叩き落とせるだろ?」
「何でそう限界に挑戦したいんだお前……大将だろ?」
本人としては、より小柄な俺に負け越しているから自覚は無いだろうが、この世界の平均を考えると大概な腕をしている。少なくとも、俺がチートボディになってから失神したのは、風呂に入ろうとしてこけた時と、武兵衛からノーザンライトボムを喰らった時だけだ。
……戦国時代ですよー。
「なんだ、ビビってんのか?武兵衛」
「……んだと?」
「忘れたのか?偵察だぜ?偵察ついでに挑発してやろうってだけなんだぜ?先駆けがこの程度でビビっていいのかよ?」
「……上等じゃねぇか」
よーし、釣れた釣れた。
その後は話は簡単に済み、10名は門扉が見える辺りで待機。
槍を担いだ武兵衛の隣、俺は刃渡りが約120cmぐらいの野太刀を抜き払い、それを無造作に肩に担いで、ゆっくりと御着の城の前へと立った。流石に武装した二人ゆっくりと近寄ると、のんき極まりなかった大手門周辺がにわかに騒ぎ始め、中にははやまったのか何本か矢が飛んできた。
「ちっとばっか矢が煩いな」
「まあ、大丈夫だろう?」
俺達は徐々に増えてくる矢を、まるで小枝でも払うかのように、刀と槍で叩き落としながら進んでいく。
それがまた混乱を呼ぶらしい。慌てる声が増えて行く。
「外は堀と土塁。こっちも丘って言うか山を利用した平山城か。やっぱ、近くで見ると堅牢そうだな。落とすとなると、骨だこりゃ」
「力押しは難しいか?」
「犠牲が多くなる。大筒でもあれば話は別なんだが……」
「成程……で、どうする?」
「ちっと、門の内側も見てみたいな」
「どうやって?」
俺は武兵衛の言葉には答えず、矢の雨の中を駆け、そして門扉に向かって思いっきり一閃を浴びせた。
門の中央、境目の隙間を精確に狙い、こじ開け、その奥にある太い閂を断ち切る。そして刀を振り下ろした勢いのまま1回転、飛びあがりながらソバットではね上げると、勢い余ったのか、がらんがらんと音を立てて扉が外れて飛んでいった。
「一丁上がり」
「無茶苦茶するなぁ……」
言葉では呆れつつも、躊躇いもなく空いた門の中飛び込み、3、4人と槍で突き殺した武兵衛と背中合わせ。一瞬で正門が突破された事で、ようやく何人かの兵が俺達を囲み始めた。
おっと、挨拶をしなくちゃな。
「ごめんください、どなたですか!黒田隆鳳が参りました!入りください、ありがとう!」
「……酷い挨拶を見た」
そこはずっこけるのがお約束って奴だぜ。俺の名前を聴いていきり立った男の首を正確に斬り飛ばし、横からの一撃を避けつつ蹴り飛ばし、再び武兵衛と背中合わせになる。
「とりあえず官兵衛と会ったら帰ろう、武兵衛」
「いつになる事やら」
「なに、城が落ちるよりは早いだろ」
「確かに」
死ぬなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
冗談で笑いあった後、俺と武兵衛は、腹の底から雄叫びを挙げ、敵の中へとそれぞれ突っ込んでいった。
余談 森の中にて
「儂らの出番ありますかな……」
「ないと思う」