32話 鬼の国―肆 暗闇に躍動する
またしても主人公の出番が……。
あと気が付いたら累計PV数が100万を超えてしまいました。
半数は多分、誤字見直しの為に自分がやった物だと思いますが、それでもこれだけご覧に頂けた事は畏れ多く、申し訳なく、そしてありがたい事だと思います。
どうぞ今後とも宜しくお願い致します。
1563年4月末
宇喜多直家
先日、浦上の居城、天神山城が主君不在の間、失火騒ぎをするという報を受けた。風のない日に起きたため、数棟の蔵が焼けただけで死者等はいなかったというが、場所が場所の為、浦上は大層警戒を強めたという。特に物資までもが焼けてしまったことで到底軍の維持が出来無くなってしまったそうだ。
風聞に曰く―――犯人は松田方だと、毛利方だと、三村方だと、あるいは黒田の仕業であると、その候補は枚挙にいとまがない。だが、犯人が誰であれ、今まで流通する物資を減らされ、かなりギリギリでいた浦上にとってこの一報は足を止めるには十分すぎる理由だった。
状況的には明確な敵ではあるが、未だに敵か味方か薄闇の中に隠れている相手にこの仕打ちはかなりの決断なのでは、と思う。これは偏に、「敵であっても、味方であっても、何があっても浦上だけは殺す」という黒田方の並々ならぬ決意の表れともいえよう。この場に姿を見せない婿殿の秘めたる激情が手に取る様にわかるようだ。
初めて会った時、彼は私を「同類」と評した。あの時は心の中で笑って流したが今は違う―――彼は私よりも上を行く可能性を秘めている。
正直に言うと、私は浦上に対してそれほど強い感情を抱いているわけではない。怨んではいるが、私の心は本領を奪い返し、その対価を払った時に既に折れている。ただ、その「払った対価」が大きすぎたためにもはや止まれないからこその決起であると自分では思っている。
しかしこれ以上は望めるであろうか―――おそらくそれは無理だ。復讐者としても格が違い過ぎる。
故に私がすべき事は私情を全うする事ではなく、周囲に手を伸ばすことにある。
目下私を悩ませているのは、松田方の援軍として向かってきている尼子の動向だ。
尼子の動きは理解できる。毛利と密約でも結んだのだろう。だが、何故、伯州東部や因幡ではなく山を越えてまで備前に兵を向ける―――そこが、今回の状況の肝であると私は見る。
当主、尼子義久はまだ若く、また先代、先々代と急死している事から勢力の弱体化は否めなず、暗愚であるとも聞く。だから、ただ単純に馬鹿だからなのかもしれない。
だが、この謎の行動の裏に一つの駆け引きが隠れていたとしたら―――もし、尼子義久が暗愚では無かったとしたら話は別だ。そして私の謀略家としての直感は裏があると囁いている
尼子が毛利と密約を結ぶという前提からして状況からの推測にすぎないが、もしすべてが当たっていたとしたら、状況は一転する。試されているのは私の謀略家としての読みと器だろうか。
「浦上が退いたね、官兵衛君」
「ああ。上々の成果だ。当座の見舞金と援軍の謝礼に幾許か金を送ったが、焼け石に水だろう。金は食糧に化けるが、金そのものは喰えん」
「……いずれ取り返すことだし?」
「……フッ。想像にお任せしよう」
事態を見守るために拠点としている石山城の奥に入ると、天神山城の蔵を焼く様に指図した少年が地図を見る目を動かすことなく、1人策謀に耽っていた。聞けば婿殿とは同い年だという、驚くべき若さだ。だが、その事態を掌に乗せるが如き溢れ出る神知は側によるだけで切り裂かれそうな程の凄みを帯びている。あの婿殿が自らを抜いてこの日ノ本で最も信頼するだけの事はある。
「これで浦上は引きはがした。次は三村だが―――共に松田の領地を削り取らないかと誘いを送っている。敵が群れるのであらば、それを一枚一枚引きはがし、そして一つずつ潰していけばいい」
……ただ、惜しむらくは少々若い。目標を徹底的に追い込む事に関しては、私をはるかに超える才能だが、それ以外の駆け引きをするには少々場数が足りない様に思える。今回も、私が思い浮かんだ可能性などすべて排してただ徹底的に敵を追い込む事だけにその神知を費やしているのだろう。その鋭い瞳が暗い光を点している。
ああ、遊撃と攪乱のために又七郎たちを別行動させていたのは失策だった。私一人で彼を口説かなければいけないのか……。
「次の件だが……官兵衛君。少し頼みがある。軍を起こすのは今しばし待ってもらえないか?いや、軍を進めて対峙までは構わない。だが、降着までにとどめてくれないか?」
「今回、俺は援軍であり主将は貴公だし、理由があるならやぶさかではないが……何かあったか?」
「その『何か』があるかどうかを確かめたいんだ。だから時間を少しくれ」
「決定的な開戦になると、確認する間もなくなってしまう事か……ふむ。どれぐらいかかる?」
「それほどはかからないと思う」
もし私の読みが正しければ、だが。
しかし、こうして会話をしているだけで徐々に切り裂かれているような心地。どうせならば、油断していると吹き飛ばされそうな心地の婿殿の方が幾分かマシだ。
どちらにしても、私に「味方になれば有利」と思わせるよりも「敵に回したくない」と心底思わさせるあたりは才能だと思うが。
「あと、婿殿に人を飛ばして呼んでほしい。官兵衛君の才覚が云々ではなく、私たち宇喜多の方針が云々ではなく、黒田家の当主としての―――『私たちの主』としての彼が必要になりそうなんだ」
「……少々、聞き流してはいけない言葉もあった気がするが、まあいい。早急に手配をしよう」
部屋の外に顔を出し、人を呼ぶよう手配した後、彼は再び私を鋭く見据えて言う。
「だが、あの馬鹿が来る前に詳細を話してもらうぞ」
「はっはっは、官兵衛君。では、君がまだ知らない境地の策謀を教えるとしよう」
策謀とはね。確かに相手を追い込み、有利に事を進めるために進めるためのものだけどね。窮地を切り抜けるためにも行う物なのだよ―――官兵衛君。
戯言でもなんでもなく、私のように勢力を維持するためにあくせくとしていたわけでもなく、婿殿と共に空を駆けるが如く道を行く君にはおそらく無縁だった形の物だ。
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数日後 石山城
呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。黒田隆鳳ダヨー?
いやー、大変な事になってるじゃありませんか。毛利と尼子が手を結ぶだなんて、片手で握手してもう片手でぶん殴りあっている姿しか思い浮かばねぇけど。
さて、詳細は宇喜多と官兵衛から聞いた。逐次、報告は受けていたが、随分と複雑な事になっていやがる。
「何とか間に合ったね……」
「宇喜多殿の読み勝ちだ」
「官兵衛君の奇策のおかげだよ」
しかし、この複雑怪奇な状況を正確に読み取り、即座に対応策を立てるなど、この二人の頭は一体全体どうなってやがる。一見すると単純に黒田家が包囲されただけにも見える、この状況も、毛利と尼子のそれぞれの思惑が絡み合って生み出されたものだ。
俺ならば、このことに気が付くことも無いだろうし、もし気が付いたところで「コイツら怖い……なんなんコイツら」で終わっていただろうと思う。その点、今回は「まー恵まれてるなぁー」と感謝する事にしよう。
俺と共に着陣した赤松弥三郎らの軍も合流したことで兵力が膨れ上がり、緊張感高まる拠点の一室でその仕上げの時を待っていると、廊下を数名が歩いてくる音がした。
さて―――正念場だ。
「毛利からの使者がお越しになられました」
「通せ」
外からの声に短く応えると、正面の襖が開かれ、数名が戦時の姿ではない―――平服で姿を現した。そして、甲冑に身を包んだみんなの前を通り、俺の前に座ると深く頭を下げた。
「毛利陸奥守が三男、小早川隆景と申します」
では、はじめようか。くだらなくも、飽きる事のない道化役を。
隆鳳 官兵衛 武兵衛 同い年三人衆
「俺の出番!」
「武兵衛ー、この馬鹿が余計な事を言わない様に押さえておけ」
「……なにやってんだか」
次回は大暴れの予定?