29話 鬼の国―序 おかしな2人
お久しぶりです。
本編なのに官兵衛&宇喜多回。
1563年4月末
備前石山城近隣 黒田官兵衛
人の縁とはつくづく不思議な物だ。
昨年―――否、一昨年頃より宇喜多は我らと婚姻関係を結んだ。その頃の宇喜多と言えば、浦上の手先として、その敵である松田氏との戦に明け暮れていた頃である。戦っては和睦、そしてまた破っては戦い―――おたがいが徐々に消耗していく、そんな状況である。
聞いた話では、宇喜多は和睦の際に婚姻関係を結ぶ事も考えていたという。そんな中で、隆鳳と宇喜多は突如縁を結んだ。
消耗しあう宿敵と和睦するのではなく、隣の国の未知数の新興の家と結ぶなど、通常、悪手である。だが、それでも断行した辺りが宇喜多直家の器なのだろう。
策謀を得意とするが、相手の思惑を無視し、むしろそれごと蹂躙する策を立てる俺とは手法が違う。
人を裏切らせる名手である彼は良く人を見る。正対する相手の器はどれほどなのだろうか、相手は何を求めているのだろうか、どのような思惑を描いているのだろうか―――人の心を視る。故に、宇喜多直家はあの砥掘山の会談で、悪手を即決断行できたのだろう。
まだ、戦略、戦局、戦場にて事を決しようとする俺としては学ぶべき物が多い。
誰がどう見ても悪手であったにもかかわらず、宇喜多直家の賭けは、俺達の躍進というとんでもない妙手に変わり、松田との戦局―――そして、浦上との関係をがらりと塗り替えてしまったのだから。
「小さいが良い城だな……川に囲まれた三つの丘の上とは厄介極まりない」
「そうだね。北と東は旭川が天然の堀となり、南と西の防備を固めれば落とすのは難儀だ」
「宇喜多殿。この城を獲った暁には、この城を拠点とする事をおすすめする。備前を治める上で利便性が高い」
「悪くない提案だね。その際は姫路を手本とさせてもらおうか」
婚礼の集大成として始まった松田攻めの序盤。俺の率いてきた黒田家の精鋭3000と宇喜多の手勢4000に囲まれた城を眺め、俺と宇喜多直家が他人事のように呟く。
こうも難儀な城だと、どのように崩していくか、策が思い浮かんでは消え、思い浮かんでは目の前の川に流れていくが、大人しく囲むに止める。俺たちらしくない戦い方だが、次を見越して少々時間を使って落としていきたいのだ。
「……動きがあるまでどの位と見ていますか?」
「さて……誰から動くかねぇ。君はどう読む?官兵衛殿」
「案外誰も動かない気が、」
「……偶然だねぇ。私もそんな気がするよ」
時間を掛けて松田氏と対峙し、備前の不穏分子をあぶり出し、一網打尽にする―――そうなればいいとは思うが、辺りは酷く静かだ。深く深く諜報の根を張っても、なにも掴んでくる様子が無い。虎視眈々とこの土地を狙う備中の三村は警戒に止め、本命である浦上は表向きは当然のようにこちらの後詰を出してきている。出汁にされた当の松田は抗戦の為にせわしなく動いているが、想定の範囲外から出る様な動きは一切ない。
むしろこちらの一挙手一投足を見られている―――そんな感じだ。
「婿殿ならば何を仕出かすかわからないから、相手も慌ててボロを出すだろうけど……官兵衛殿に対しての出方としてはこれが正解だろうね。静かに見極めないと絡め取られる」
「そんなに警戒されるほど名を挙げた覚えは無いんだが……」
「婿殿を置いてきた時点で『何かある』と警戒されてしかるべきだろう」
「……置いてきた、というより、あの馬鹿はただ単に動けないだけなんだが」
しかし……それでも、今まで俺達がやってきた事を思えば警戒されてしかるべきか。
今、この軍に隆鳳の姿は無い。奴は姫路だ。理由はいくつかあり、4月を仕事の切り目としている当家ではどうしてもこの時期、決済に迫られる事が多い。特に前の年に馬鹿みたいに版図を拡げた事もあって、隆鳳の裁可が必要な事項が山積みなのだ。
それに加えて、この後宇喜多が起こす反乱に対して、俺が先に現地入りして下地を整えたいという思惑が合致した結果が今回の俺の遠征だ。
隆鳳の馬鹿は散々渋ったが、大体この時期までに仕事を終わらせなかった彼奴が悪い。終わらせたら終わらせたで、むかつくからぶん殴りたくなる仕事量だが。
「それを考えると、よく官兵衛殿を寄越してきた物だね。最初は『おや?』と思ったけど、理由を聞けば休夢殿辺りでもおかしくない」
「叔父上はあれで領地の経営があるから色々と忙しい。その点、俺の役目はほぼ決まっているから、それほどでもない」
「へぇ?」
「敵をあぶり出し、潰す算段をとる―――俺の役割はいつだってそうだ。それだけならば、先に現地入りした方が都合が良い」
「……ずっと不思議に思っていたんだけど、官兵衛殿が領地を持たないわけだ」
「流石に馬廻りは隆鳳だけの物だが、死の訓練を乗り越えた直轄の黒田武士の指揮権は俺の物でもある。兵を養う必要が無いのであれば……領地はいらぬだろう。俺達は2人で1つだ」
隆鳳が兵を養っているから、俺が自由に使う事が出来る。常備兵とは金がかかる分、将を将たらしめるに十分な制度だ。その恩恵、存分に使わせてもらう。
それに、今回の俺の遠征は様々な試験的な事を導入している。
たとえば、今、俺達は宇喜多と共に居るとはいえ、敵地の真ん中に居るに等しい。その中で、どれだけ途切れることなく兵站を維持できるか、という事もその一つだ。
今回の場合は海を使った絶える事の無い物資の補給を行っている。この状態のままでたとえ何年に渡る遠征になろうと常に最適な状態に保てる事が理想だ。身軽な状態から現地で奪う事も一つの方策だが、常に動じることなくこの状態を維持される事がどれだけ厄介か、それは対峙している敵が一番思い知る事だろう。
この時代の常識を覆す常備兵だからこそ可能な、行軍と同時に行われる最適かつ複数の兵站線の確保と維持―――軍務を預かる俺からすればこの備前入りは願っても無い実戦試験の機会だ。この方式が確立できれば、たとえば三好の阿波、あるいは毛利の安芸へと一気に楔を打つ手も考えられる。
軍務に専念する将兵、そして他の家に無い兵站こそが俺達黒田の最強たる所以とならん。
「恐ろしく金がかかるね……その有効性を理解はできても、私には出来ない」
「理解出来るだけでも凄いと俺は思う」
「婿殿は本当に恵まれている」
「貴公のような舅がいるからな」
さて、そろそろ雑談も切り上げて今後の方策を話すとしよう。
「で、宇喜多殿。誰がこちらに靡きそうだ?」
「主な所では松田方では虎臥の伊賀、浦上では明石……あと面白い所では三村に城を追われた美作の三浦、」
どれだけ手を伸ばしているんだか……この人は。
「あとは黒田の隆鳳君かな」
「あの馬鹿を籠絡してどうすんだ」
「ははは、冗談はともかく、頼りにしているよ」
気になるのは、親の仇を打つ算段をしているにもかかわらず、あの馬鹿があっさりと俺に譲った所か。
まあいい。いつ彼奴が飛び込んできてもいいように下地を整える。それが俺の役目だ。
オマケ:もし隆鳳が仕事を終わらせていたら
「何で終わってんだよ」
「理不尽ッ!!」