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藤巴の野心家  作者: 北星
4章 千客万来 動乱引き連れ畿内から
38/105

26話 鳳の名は

 「話にならんな」


 官兵衛がバッサリと切り捨て、俺は思わずクックと笑い声をあげた。

 三好勢を撃退して間もなく、こちらの目論み通り朝廷による仲介が入った。当然、和解条件の話し合いが始まっている。開催場所は姫路だ。

 とはいえ、俺は交渉の席に着いたとしても、表立って意見を述べる訳でもなく、その交渉は官兵衛に丸投げしている。俺達の意見のすり合わせは概ね終わっているからだ。

 ……あと、俺が出張るとロクでもない事になりそうだと、総動員で止められたから。コイツらは人をなんだと……あ、駄目だ。反論できそうにねぇや。

 それはともかく、表向きの交渉役を買って出た官兵衛の普段見せない振る舞いに思わず笑いそうになってしまう。まだ10代の俺達にいいようにやられている三好の奴らの不憫さと合わせると、中々の破壊力だ。


 「お忍びでとはいえ、公方様直々の遊行。それを当家がかどわかしたと言いがかりをつけ、侵攻。挙句その裏では、公方様の帰還を阻止し、その間に退位を迫ろうなどという不遜な動き。貴様らは当家を舐めているのか?」

 「遊行というが、」

 「年末には、幕臣の細川兵部殿と共に、民と交じり合って相撲にも参加されている。これを遊行と言わずになんと言う?」


 ……もー駄目。お腹痛い。官兵衛、お前役者にでもなれよ。ハムレットとか似合うぜ。


 「面従腹背の輩が―――……少し待て」


 お、なんだ官兵衛。決め台詞の途中で俺を睨み付けやがって。あ?やんのかこのハムが。


 「貴様はっ!もう少し!シャンと出来んのか!?」

 「殴んな馬鹿!」


 かく言う俺もまあ、咄嗟に拳を被せたわけだが。嫌な条件反射だ。何2人揃って三好の使者と朝廷からの使者である山科卿の前で頬を押さえて蹲らなければならねぇんだ。


 「お前らは揃いも揃ってよそ様の前で何をやってるんだ!このバカ息子共!」


 そこにバカ息子(官兵衛)に業を煮やしたおやっさんによる制裁が、ガツン、ガツンと……うん、まあ俺もだよね。後頭部は響くぜ……。

 それと藤兵衛。「あ。いつもの事なんでお気になさらず」という言葉はフォローじゃない。フォローになって無い。


 「相変わらず愉快な子らじゃのぉ……清々しいほどに馬鹿じゃ」

 「今回、山科卿は酒が要らないらしい」

 「失礼した。今の言葉は撤回しよう」

 

 呆気にとられる三好勢とは違い、ある程度耐性のあった山科卿が笑い声をあげるが、一瞬で真顔に戻った。そこまで酒が好きか。


 「して、話しを戻そう。黒田羽林はどのような条件で和睦を望むのじゃ?」

 「官兵衛」

 「まず、公方様の京への帰還と身の安全の保証」


 話しを強引に本筋に戻され、俺が官兵衛に短く声を掛けると、後頭部を摩りながら官兵衛が短く告げた。


 「それはまあ……そういう話じゃからな」

 「摂津。あるいは丹波の分割」

 「…………それはちと儂から見ても無理があるぞい」


 当然の事ながら、ふっ掛けてみた所で、それが通るとは俺達も思ってはいない。

 さて、場も暖まった事だろうし、そろそろ真面目に行くとするかね。


 「逆に、三好はどういう条件でウチと手を打とうとしているんだっけか?なあ―――松永弾正」


 翻弄されていた使者団の中で、筆頭として座りながらも、未だに言葉を挟まなかった男がピクリと眉を上げた。

 皆大好き爆弾正こと。松永弾正久秀。外様ながら弟共々、三好長慶に見出され、そして史実では長慶死後に公方を殺し、東大寺を焼き払い、織田信長に降り、そして再び反乱して爆死したまさに下剋上の代名詞のような男。

 目の前に居るその男は確かにふてぶてしい感じだが、どことなく官兵衛に似ている。姿形では無く、怜悧で頑固な佇まいと、常に2手先を読まれているような感覚まで似ている。

 つまりだ、通常ならば強敵なんだろうが、コイツは俺にとってカモの気配だ。


 「三田の分譲よ」

 「ああ、そうだったな……んで、こちらの提案については?」

 「呑む訳無かろう」

 「だろうな……ま、別にいいんだけどよ。今回の戦で確信したが、消耗した摂津なんていつでも獲れる」

 「丹波もこちらの合図一つで大多数が蜂起する。丹波を統括する貴様の弟はさぞや苦労するだろうな」

 「つーことで、丹波で手を打て。俺達が実効支配していない摂津は今回諦めてやるから」

 「……チッ、少し待て」


 実際の所、摂津まで前線を伸ばした所で守りきれるとは思えないからな……その分、丹波ならばまだ天嶮を利用する事が出来る。ようやく念願の丹波に王手だ。

 あと、戦略を考えると摂津、阿波、淡路か。次は本願寺とのルートだ。


 「そういえば、三田を寄越すと言ったが、有馬の本家はそっちに付いたが、それごと寄越すのか?」

 「いるか?」

 「いらん」「いらねぇな」


 分家の方は俺の数少ない身内だ。それに会ってみた感じ「モノ」になりそうな感じだ。けど、この期に及んで風見鶏を続ける輩など必要無い。

 勿論、付いてくるのであればそれなりの優遇はしたであろうが、どうも実力主義のウチに恐れを成したらしい。優遇、待遇にはそれに見合った責任を求めるからな。


 「奴らにはまだ使い道がある。我らが貰う」

 「はたして、あのテの奴らを本拠から離して使い道があるのかねぇ」


 俺が揶揄するように言うと、松永弾正の眉毛が再びピクリと反応した。コレでも精一杯譲歩しているって感じだな。


 「少し、訊いてもいいか?」

 「ああ」

 「何故、公方を生かした?」

 「殺して欲しかったか?」

 「否。貴公ならば殺すと踏んでいたからだ。結果としてはそれが一番の誤算よ」


 少しマナー違反ではあるが、別にさらけ出しても構わないような案件か。さりげなく官兵衛に目配せをすると奴も少しだけ頷いて応えた。精々脅しかけるとしよう。


 「公方な……まあ、難しい所ではあるが、いっそ腹を割って話そうか。俺達が殺さなかった理由は、花道ぐらい用意してやろうと思ったからよ」

 「花道、だと?」

 「俺は公方に足利家が将軍位を返上する事を勧めたよ。誰かの意志じゃ無くてテメェの意志で幕を引けと言った。言った以上、花道ぐらいは用意してやろうと思っただけだ」

 「何……!?」


 流石の松永弾正も驚いたように眼を剥いて言葉を詰まらせる。古い権力を利用し、そこに付きまとう連中からすればこれ以上無い鬼手だからだ。


 たとえば、将軍を殺すとする。ただ殺しただけでは足利将軍家は滅びたとは言わないだろう。また誰かがその係累を―――今回の場合は足利義秋か、奴を将軍に据えて同じ事を繰り返す。

 では、足利義輝が足利家から将軍位を返上したとする。はたして、足利義秋を次の将軍に据える事はできるだろうか?俺はできないと思う。江戸時代の大政奉還を今、室町幕府で行おうとしているのだ。

 そして徳川慶喜が(敵前逃亡だ何だかんだあったけど)名君であったように、俺は足利義輝には(コイツも大概だけど)その器があると思う。


 「もっとも、あの馬鹿がすんなり返上するかどうかは知らんけどな」

 「そんな事したら……どうなるかわかっているのか!?」

 「ああ」


 俺の代わりに官兵衛が悠然と頷いて、俺に視線を寄越す。それにしても、いい笑顔だ、官兵衛。実に悪辣で、実に自信に満ち溢れている。多分、俺もそんな顔をしているのだろう。


 「幕府という秩序の消失により、乱世は更に加速する。次代を担おうと更に闘争は激化し、古きに胡坐をかく旧弊は淘汰されていく」

 「だが、その混沌の先にある物こそ俺達の本願。技術は闘争の中で革新し、誰もがこの時代を変えようともがき始め、時代への反逆は烽火を上げる。混沌の業火の中で、この国は再び蘇る―――蘇らせる!テメェらの、権勢がどうだ、見栄がどうだ、領土がどうだ、なんて些細な都合やちっぽけな野心なんて知ったこっちゃねぇ。なるべく民が死なぬよう、俺達には混沌を早く収める必要がある」

 「尚、貴様らが公方を害した時には、なりふり構わず我らは貴様らを潰す。そしてそのまま次代は立てずに簒奪の汚名を被ってでも、我らの道を往かせてもらう」

 「……度し難い。度し難い、実に度し難い!すべてを破壊して蘇ると本気で信じているのかっ!?貴様らの野心!ただそれだけの為に!」


 俺と官兵衛の宣言に驚きつつも、どこか興味を持ったような表情を見せる辺りは流石の松永弾正か。


 「松永弾正。肝に銘じておけ―――半端な野心は身を焦がすだけだ、と」

 「……ま、そういうことだ。官兵衛も言ったが、テメェらも精々焼き尽くされないように用心するんだな」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「また随分と煽ったもんだな、官兵衛。アレじゃ俺達が悪党だ」

 「少し考えればわかる事だが、将軍家が無くなった所でこれ以上時勢が悪化する訳ではない。今と変わらんか、悪くなったとしても、多少小競り合いが増える程度だろう」

 「気が付くかな……?」

 「さあな。どちらにしても俺達がやる事は変わる訳でも無い」


 松永弾正ら三好氏の使者たちとの会見も終わり、俺達は姫路城内に新たに設けた茶室で茶を囲んでいた。千宗易にコーディネートを依頼し、建てた小さな茶室には、俺、官兵衛そして茶頭に任じた千宗易のみだ。

 ……何で茶室かっつーと、山科卿とおやっさんらの酒宴から逃げてきたっていうのが一番の理由なんだが。

 それで天下の茶人が点てる茶を呑めるのだから、下剋上万々歳だ。


 「その結果が、敵の家中の結束を固くする事になるとはな。皮肉な物だ」

 「貴様が描いた図面だぞ?」


 今、俺達は本腰を入れて三好と事を荒立てるつもりはない。むしろ、こちらに近い美味しい所だけ貰った後は、いずれ来るであろう織田信長に対しての時間稼ぎとして利用するつもりだ。


 正確な年号は覚えていないが、五右衛門らが三好長慶の息子が重病により、とある神社に祈願をしたという情報を拾ってきた。そろそろ三好家の内部分裂が始まる。だが、今回の件で俺に対して強烈な印象を持たせる事により、三好長慶が死んだとしても、即座に分裂は始まらないであろうと思ったのだ。

 少なくとも、今回の件で当事者であった松永弾正と三好長逸―――犬猿と思われていたこの二人の距離は近くなるはずだ。それこそが今回の最大の収穫だろうと俺は思う。


 「敵家中の勢力争いさえ手のひらに載せるか……」

 「敵の誰がどういう立場で、どういう状況なのか―――それさえ把握していれば、どのような事態に陥っても搦め手から操作する事が出来る。そうだろう?官兵衛」

 「そうだな」


 まだ見ぬ三好長慶。そして松永弾正。この2人は今俺が接している中で最大の敵だ。特に松永弾正はいずれ最強の敵になるかもしれない。

 ほんの少し言葉を交わしただけでもわかる三好長慶への圧倒的な忠誠心。そしてその心を貫く実力と、我の強さ。どれもこれも、前世の知識と言う色眼鏡で見ていたら痛い目を見そうなものばかりだ。


 「ともあれ、これで東はいったん目途が立ったな、隆鳳」

 「次は西、か。本願寺の件と三好と朝廷と幕府と―――東進しなかったのは心底正解だ」


 しみじみと考え込む俺の前にコトリ、と茶が置かれた。


 「すまんな、宗易」

 「いえ。さ、どうぞ」


 最近だが、激務が続く合間に俺も多少は茶を嗜むようになった。千宗易、今井宗久、津田宗及ら茶人が集まっていてそれを利用しないのはもったいないと思ったからだ。もっとも、茶器に金をかける茶には相変わらず興味が湧いてこない。それでも、不思議な事に宗易らは姫路に好印象を持っているらしかった。


 「そういえば、宗易殿は最近は市井でも茶を教えているそうだな」

 「ええ。楽しいものですよ」

 「茶が楽しめる程余裕が出てきたか……いい傾向だな」

 「ええ。まさに」


 恐ろしく高い背にヒョロっとした体格。細い目を更ににっこりと細くさせると、本当に朗らかな印象になる。彼に促されて茶を一服。ほろ苦い味わいが口の中に広がる。

 

 最終的に旨みはあったが、今回の件はこの茶の様に本当にほろ苦い。そう思えばこれが今回の勝利の味だろうか。

 だが、多分、このほろ苦さは悪くない苦さのはずだ。

休夢から一言


「茶を呑むなら俺も呼べ!!」


茶室で乱闘しそうな展開しか思いつかなかったのでカット。


あと済みません。以前活動報告で提案した件についてまだまだ皆様からのご意見を伺いたいと思っています。お手隙の時でいいので、どうぞ宜しくお願い致します。

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