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藤巴の野心家  作者: 北星
4章 千客万来 動乱引き連れ畿内から
32/105

20話 坊主と小鬼

 1563年1月 姫路

 黒田隆鳳


 さて、前線ではないが、戦時中なので挨拶は省かせてもらおう。

 東からは三好長慶が直々に軍を率いてくるという報せが届いている。規模はおそらく3万程。三好が総力を上げれば6~7万は堅いと踏んでいたが、官兵衛の工作により大分減らしたと見ていいだろう。それに加えて、阿波から増援は淡路近隣までの海域はぶきっつぁんらが暴れまわっていることにより、一度畿内に迂回してから合流という形になり、若干の足止めになっている。


 対して、播州に俺が置いている兵は約2万。内、西への警戒等の諸事情により、今回動かせるのは別所らの東側諸侯と、山名に預けた援軍合わせて7千程。敵の数を減らしたと言っても、不利には変わりようがない。それも率いてくるのが日本の副王とも言われる三好長慶。

 よく過小評価される人物だが、かの松永弾正を飼いならし、中央の政争を勝ち抜く事は並では到底できない。それに武将としての実績もある。俺と官兵衛が揃っていたとしても、主力を因幡、但馬へと分散した今の俺達では危ういだろう。


 度重なる足止めの甲斐もあり、時間はまだある。

 だが、三好が仕掛ける将軍位すげ替えも進行の手を止めていない。おそらく、松永弾正が口説き落とし、そして将軍すげ替えと共に、こちらの手の内にある足利義輝を殺してしまおうという方針に切り替えたのだろう。そう考えると時間があるというのも、ある意味では不利なのだ。

 軍事的ナンバー2だった三好実休らが死んだあとの三好長慶の晩年はかなり勢力をそがれていたはずなのだが、俺という突如として現れた外敵がそれを許さなかったと見える。

 

 「……来たか」


 目を閉じ、沈思する事数分。微かに響いてきた足音を拾い、目を開くとちょうど評議場の襖が開かれた。


 「お連れしました」


 開かれた襖から、先導するように姿を現したのは先の播磨守護にして、当家の外交役、赤松次郎。

 その後ろから近隣の英賀城より、三木掃部助。そして―――やや背の低い若い僧と、背の高いマッチョな僧形の男が二人。共に着飾った感じではなく、旅の僧と言った感じだ。彼らは、左右に並んで座る、官兵衛、おやっさん、藤兵衛ら首脳陣や、「後学の為に」と同席を許した剣豪将軍と藤孝閣下らの前を通り、俺の目の前へと座った。


 「えらい若いな……」

 「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 「せやな。若造なんはお互い様や」


 意外な事に先頭に座ったのは若い方の僧。おそらく俺と同年代か、少し上ぐらいだろうか?どこか人懐っこい笑顔を見せてから、軽く頭を下げた。


 「えらい時にすんまへんな。一向宗11世宗主 顕如光佐や」

 「黒田左近衛少将隆鳳だ。こちらこそ、わざわざ遠方より来てもらった挙句、巻き込んですまない」

 「ええねん。こっちの都合で来たんやから」


 来たよ、一向宗のボスが。しかし若いな。ゲームなんかだと厳ついおっさんだったんだが、本当に気安いアンちゃんって感じだ。現代ならば原チャで街とか走っていそう。あと、バンダナ風に手ぬぐい被って、たこ焼き屋とかでバイトしてそう。


 「それに時間が出来たおかげで、結構収穫もあったさかい。姫路はいろいろ参考になるわ」

 「そうかい」

 「……っと、えらい時やさかい、気も立ってるやろうに。こんな砕けた話し方してすんまへんな」

 「かまわねぇよ。俺も綺麗な言葉での腹の探り合いは嫌いだ」

 「ホンマに?流石、噂通りの方や」

 「早速だが、書状は読ませてもらった」


 俺が本題を切り出し、背後に控えていた小六から以前掃部殿を通じてもらった書状を差し出されると、顕如が少し息を呑んだ。


 「……ホンマに噂通りやな。ま、話が早い事はありがたいこっちゃで。まあ、その書状にも書かせてもろたんやけど、ウチらは黒田はんと仲良くしたいんや」

 「読んだときにも思ったんだけど、『仲良く』の内容によるよな?それ」


 本当にこの坊主、仲良くしたいんやと書状に書いていやがったからな。

 ざっくばらん過ぎるわ。小学生の手紙かよ。


 けど、まあ、まるで狙いすましたかのように、このタイミングでねじ込んでくれた辺り、一筋縄ではいかないなとは思う。

 ここで本願寺と手を組むことで、三好の背後を脅かすことができるからだ。そうなると、流石に三好でもこの事態は看過できない。これが、今回の三好の侵攻に対しての対抗策だ。正直、気は乗らないが、実際に身を削られるぐらいならば、苦手な外交でもなんでも利用しよう。

 問題はどういった条件で組むことになるのか、だが、しっかりと高値で売れるタイミングで顕如本人が乗り込んで来た辺り、ふっ掛けられて御破談という事も視野に入れなければならない。

 さて、どうでる―――。


 「有体に言うたら、いずれウチらもここんち子にしてくれへんか?って事や」


 今度は左右に座る官兵衛たちが息を呑む気配がした。おやっさんが唐突にむせ返る。待ち構えていたはずの俺も顕如の言葉の意味が分かって息を呑んだ。

 つまり、なんだ、それは。

 あの一向宗が―――あの本願寺が俺達に降る?どんな守護も、どんな大名も―――あの信長でさえ、10年以上戦い続けたというのに?

 俺ぁ何もしてねぇぜ?むしろ当たり障りのない態度で接していただけだ。


 「流石に今すぐ北陸の連中を―――とはいかんやろけど、石山の連中ならかまへんやろ?摂津、治めてやー」

 「かまへんというか、かめへんというか……お前の兵、お前の民だろ?」

 「面倒を看とるだけやで。んー……まずそこからやな。ロクでもない話をしてもかまへんか?」

 「……ああ。聞こう」

 「ウチな、こう見えて、何年も信者を導いとるけど、正味、手綱を取るのがしんどいねん。ウチらは別に修行せんでも誰でも救う―――せやから、この戦乱で土地を追われた奴、食い詰めた奴、そんな奴らが縋ってくるんや。勿論、ウチらもそれを見捨てる訳にはいかん。せやから、どんどん人が増える。集まれば、ロクでもない上の連中に抗おうとする。するとどうなるかわかるか?」

 「一揆衆の制御が利かなくなる……か?」


 息を呑んでいた官兵衛が横から答えると、顕如は一度官兵衛に向かって大きく頷いた。

 なんだコレ……一向一揆って本願寺が煽っていたんじゃねぇのかよ。いや、多分それは確かにあるのだろう。だがすべてがそうではないという事だろうか。


 「そこの兄さんの言うとおり。まー、集まって抗おうっちゅー事は、余計目立つわな。すると結果としてまた目を付けられる。そしてまた抗う。んでまた目を付けられる―――別に虐げられて黙ってろ、っちゅー事は言わんで?せやけど、そればっかじゃアカンとウチらは思うねん。どっかで落とし所が必要なんや」


 その「落とし所」が俺の所に降るという選択か。目に見えて確約はできないが、確かに俺は良民であれば、一向衆だろうと構わないというスタンスをとる。

 ある程度の自立を残し、そして迫害されないであろう施政者の下へと集う。俺には前世の記憶、知識があるから同じ立場であれば同じ選択を取るだろうが、単独でそれを思いつく辺り、この若ハゲ坊主はやはりただ者じゃない。

 経を読み、金勘定をするだけでは到底達しえない、極めて真っ当な宗教家だ。


 「けど、言う事をきかない連中がいる、と」

 「せや。それが悩みなんや……それに、やっぱ、ウチらの教えを自分の欲望の肯定にする奴がおんねん。するとな?内部でもロクでもない事が起こるんや。一揆の中で一揆が起きるっちゅード阿呆な事態とかな。北陸なんぞ凄まじいで。ただの反乱を纏めるだけにウチらを利用しとる奴とかぎょーさんおる」


 それはまたシュールな事態だな。だが、ありえないと言い切れないのが、この戦国時代なんだが。

 崇高だったはずの教義も、使う人によっては凄まじく生臭い。それはどの宗教にも言える事だが、真面目にその大元を押さえている人間からすると、厄介以上の何物でもない、という事か。

 特に一向宗などは、その気安さ故に利用しやすい。キリスト教もそうだが、利用しやすいからこそ信者の人口が増えるし、利用しようとする奴が多いのだろう。ここまでは、馬鹿な俺でもわかる。


 「この問題はウチじゃ解決できひん。ここが坊主による自治の限界やと思う……」

 「成程、話は分かった。だが、なんで俺たちに?たとえば、甲斐の武田とか縁戚だろう?」

 「甲斐は遠いわ。それにあそこは未だに国人衆が強い。ちゅー事は今までとあんま変わらん。利用されるが関の山やろな」

 「なら、織田とかは?伊勢長島の近くだろう?」

 「ああ、今川冶部を討った……あそこは先鋭過ぎて怖い。何考えてるかよぉわからん」


 まだあまり台頭してきていないにもかかわらず、評価が怖いってどういう事よ?

 それに先鋭という点においてはウチも負けていない気がするぜ。ただ、何を考えているかがわからないのではなく、何が起きるのかがわからないだけだ。

 

 「将軍家はどうだ?」

 「冗談。せやったら、まだ甲斐に行った方がマシや」

 「確かに」

 「放せ!兵部!」

 「返り討ちになるだけですから、大人しくしてください」

 「……なんで公方さんおるん?ふっつーに言うてしもた」

 「気にするな」


 というか、今気が付いたのか。

 

 「なんや……まあ、一向宗、というだけで構える奴もぎょーさんおるさかい。まあウチらの行き届きが出来とらんかったツケなんやろけど、難しい」


 とはいえ、顕如は若い。ほぼ俺と同じぐらいの年で、長年のツケの清算を引き継がなければならない辺りは同情する。


 「せやけど、姫路は別や。黒田はんが台頭してから、ここでは一揆すら起きとらん。せやけど、信者の数が減ったんともちゃう。みんな何がしかの職にありついて、『日常の中での信仰』が出来とるんや。勿論、こまい不満なんかはあるんやろうけど、ウチはこの光景に信仰の未来があると思った」

 「……そうかい」

 「三木はんから聞いた、流民の采配とかホレボレすんで。石山からも結構流れとるはずや」

 「確かに畿内から流れてきた奴が多いな」

 「せやろ。結構な人数流したからな」

 「「「お前が仕掛け人か!?」」」


 衝撃の告白に、俺、おやっさん、藤兵衛の叫び声が一斉にかぶった。

 そうだよな。誰かが意図的に流さないと姫路の人口が激増するなんて現象ありえねぇよな……一応気になっていたので、間者がいないか五右衛門に洗ってもらっていたのだが、まさかそういう理由か。

 このテの工作と相性が最悪の民主主義だったら即死だった……近代社会が政教分離を採用している理由を身を持って知ったわ。


 「仕掛け人っちゅーほど積極的やないが、まあ……試させてもろた。流民をどう采配するかで、ウチらが加われるのかどうかっちゅー事を」

 「それで、満を持して挨拶しに来たって事か」


 コクリと顕如は頷いて、終始笑顔だった表情を一転して引き締めた。目が細くなるだけでにじみ出る人の良さそうな印象が消える。


 「せやから、黒田はんが声かけてくれたら喜んで手を貸すで。ウチの下間頼廉率いる『本願寺』の精兵や」

 「まいったな……」


 単なる同盟ならば即座に乗る気でいた。けど、話がこうも予想以上の段階まで踏み込んでしまえば別だ。

 顕如は喜んで手を貸すという。交換条件を出している訳でも無い。信じられないほどの好機だ。

 だが、それは絶対に呑んではいけない話であると思う。

 自分たちが苦しいからと言って、頼りにしてきた奴の手を借りようと思うだろうか?

 それは頼られるとは言わないと思うし、たとえ申し出が善意だとしても、いいように利用されていると取られてしまったら、その時点で終わりだ。

 ここは意地でも利用はしてはならない。


 「何を悩む?黒田左少将。予は願ってもいない程の好条件だと思うが」

 「色々あんだよ、人を率いるっていう事にはな」


 将軍の疑問に答えつつ、ちらりと官兵衛に視線を向けると、俺の視線に気が付いた奴は一度苦笑いした後首を横に振った。ただ軍事を行うだけの人間では出来ない判断だと思う。それでも官兵衛は首を横に振った。

 

 「どうやろか?」

 「気持ちはありがたいが大丈夫だ。年内に攝津を取りに行けるか怪しい所だからな。俺達が向かうその時まで自衛に努めてくれ」

 「さよか……おおきに」


 俺が断った瞬間、顕如は一瞬だが確かに笑って頷いた。

 この坊主……最後の最後に俺の器を試しやがったな。俺の器なんて無いよ。あったら余計な社会の仕組みなど作らずに俺の器量のみで纏め上げてらぁな。


 「と、いう事になりそうだ。官兵衛」

 「まあ及第点だな―――何とか作戦と方針を修正しよう」

 「修正っつーより、決裂した時とほぼ同じ流れでいい」

 「成程……その方が負担は大きいが、無理はない、か。了解だ」


 いつもの事だが、どのような事態になってもいいように官兵衛とは徹底的に話し合っている。酷く短いやり取りで今後の軍事方針の一部が変更された。

 あとは、


 「おやっさん。藤兵衛」

 「……今の内に寝溜めさせてもらっていいか?」

 「できれば私も……」

 「はははっ、別に構わねぇぜ……苦労を掛けるな」


 どちらかというと軽い冗談の比率が強い言葉に大丈夫だと確信する。死にかける毎に強くなる、某戦闘民族のようなウチの連中の特性に賭けよう。


 「公方。閣下」

 「では、名残惜しいですが、そろそろ我らも京へ帰る頃ですかね……」

 「……そうだな。予には、いい加減帰って手を付けなければならない事がある」

 「いざという時の仕官先は確保できたのでどうぞ存分にやってください」

 「兵部!?」


 ……余裕そうだな、お前ら。

 さて。


 「領民が増えるんじゃ、少し頑張っていかないとな。ボチボチやるか」


 当初の目論見とは違った形になったが、仕方が無い。長期的に見ると、援軍などとは比べ物にならない程の成果だ。


 一撃で決める。文句があるならかかって来やがれ、三好共。

「んじゃ、ウチは戦が終わるまで邪魔するでー」

「邪魔すんやったら帰ってんかー」


次回は久々の無双回の予定。

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