19話 猛獣注意 袋小路の左少将
1563年1月 姫路
黒田隆鳳
年末年越しに相撲大会という名の格闘技興行を行った所、「つまらなくなるからお前は出るな」と官兵衛に止められたので、演出の為にふんどし一丁で大太鼓を叩いてました。黒田隆鳳さまだよー。
いやー、それでも盛り上がりました。身分問わず参加者を募った予選もさることながら、「賞金+一週間の休暇」という餌に発奮して勝ち抜きの本戦に残った馬廻り連中vsぶきっつぁん秘蔵の海賊衆の団体抗争や、官兵衛vsぶきっつぁん、武兵衛vs休夢の禿親父、藤孝閣下vsマスクを被った謎の剣豪将軍の同門対決など、好カードが目白押しでした。
そして決勝はなんと衝撃の左フック一閃でぶきっつぁんを瞬殺した官兵衛vs謎のマスクマンをここぞとばかりに血祭りに上げた藤孝閣下という、歴史を俺からすると因縁バリバリの超対決。結果はwebで発表するとしても、動体視力は良いが腕っ節にはあまり自信が無いので行司をやっていた左京が疲れ果てる程の激戦だったとだけ言っておこう。
併せて食の祭典を行った事もあって、興行的にはかなりの黒字になったんだが、新年早々怪我人続出でどうすんだ……これ。決勝並に盛り上がったけどさぁ、優勝候補の武兵衛と休夢の禿が初っ端から潰し合った事が一番の原因だと思うんだ。怪我人が極力出ないよう、両肩を地面に押さえて3カウントで決着のプロレスルールでやったはずなのに、打撃戦ばかりやりやがって……。
とはいえ、怪我人続出だからと言って余所の勢力が大人しくしてくれるわけが無い。
三好だ。
「想定内の事態ですが帰れません」
「すべて計算した上で来るんだから、アンタも大したタマだよ」
「はて……?」
「大方、これで利休らとゆっくり茶でも語らえるとでも思ってんだろう?」
「何のことでしょう?姫路でのお土産など漁っておりませんよ?」
「……よく言うぜ」
と、閣下が真顔ですっとぼければ、
「大将。先手を打って対岸の水軍を焼き払ってきたぜ」
「とはいえ、少し手ごたえが無さ過ぎた気がします。阿波と言えば三好氏の本拠地のはずなのですが……」
「そりゃ、阿波の十河と実休が死んで混乱しているからだろうな。動くとしたら安宅。ま……先手はとった。海賊衆は引き続き海を警戒しておいてくれ。漁夫の利を狙って毛利も動くかもしれない―――これが一番怖い」
「「承知」」
と衝撃の敗戦を引きずる事無く出陣したぶきっつぁんと、室山城を治める関係でもう一端の海賊司令となりつつある浦上小次郎が報告し、
「東部に侵攻してきた三好の軍は別所大蔵を主将に、淡河弾正忠、神吉下野守、衣笠豊前守、後詰の山名右衛門らが撃退。敵方の摂津衆、伊丹、池田軍6000は壊走。お味方被害軽微です」
「我らにお任せを、と言う言葉は伊達じゃねぇな。摂津の精鋭を寄越してはきたが、三好一族の兵は無し……か。蓬莱峡を超えるなとだけ伝えておけ。特に山名のおっさんにだ。あのおっさん、元大名と思えないほど功績に飢えてやがるからな」
「山名はそれぐらいの方がいいだろう、が、やはり丹波衆は動かぬか」
「官兵衛と五右衛門が波多野らを煽動したのがようやく効いたみたいだな。それに丹波衆が動いたら動いたで、横っ面を竹田城の弥三郎おじさんと休夢の禿オヤジに一気に攻め込ませりゃいい」
「……防衛と言う言葉を貴様は知っているか?」
「知っているよ。引きずり込んでその隙を突くことだ」
もたらされた東からの便りに、官兵衛が深くため息をつく。
悪いな。残念ながら俺の辞書では攻撃の対義語は逆襲なんだ。
俺たちは新年早々三好からの侵攻を受けている。なんでも将軍がこっちに来た事がバレたらしく「公方様をかどわかした云々」と侵攻の大義名分を与えてしまったからだ。そう言っている割には、将軍が帰る事を裏から遮り、これ幸いにと別の将軍を立てようと工作をしている。当主の三好長慶は一貫して将軍家に融和政策を採っていた所を見ると、表だって軍を動かしているのは三好長慶とその弟の安宅冬康。裏の筋書きを描いているのはどうも三好長逸や三好政康ら一族らしい。
面白い事に俺が一番その動きを注視している松永弾正は暗躍している素振を見せていない。むしろ、動きそうなのは丹波を統括するその弟、内藤(松永)長頼だ。
……あるぇ?まさか五右衛門ら主力を送って、しくじるとも思えないし、正直コイツの動きだけは謎だわ。
「どう思う?閣下」
「……警戒されている松永弾正の動向の事ですか?彼奴ならば、おそらく家中の総論の取り纏めに躍起になってそれどころではないのではないかと」
「あっ、そういう評価なんや……」
意外や意外。この時期の奴は忠臣でござったか。家老ならぬ過労さまかな?ウチで言うおやっさんみたいだ。
それにしても、主語抜きで「どう思う?」で話が完璧に通じるから閣下は凄いよなぁ。
「彼奴は確かに油断は出来ぬ。が、三筑(三好長慶)には忌々しいほど忠実よ。家中の者らが意に沿わぬ動きを見せていることが気にくわぬのだろう」
「なら、長慶に『家中の流れに乗れ』と口説いていると見た方が良さそうだな」
「何故!?」
「いや、実際な?こうして懲りずに何度も他家を唆しに動くような奴を戴くよりも、当面は意のままに動く奴を据えた方がいいと思うだろう?」
「我ながら、確かにと思うてしまったが、三筑はそれを出来るかどうか……」
「この黒田左少将殿ならば、間違いなくやりますけどね」
「うむ。間違いない」
当たり前のように口を挟む元凶主従の言葉に苦々しく思うが、否定は出来ん。それとなく、自分で将軍位を降りろとは伝えたが、聞かなかった場合、俺ならば史実で信長がやったように無理矢理落とすだろうから。
……あっ、今更ですが、幕府が先に手を回していたらしく、開戦前に正式に任官が下りまして、正五位下左近衛少将となりました。俺としては結構どうでもいい話なんだけどな。正五位という事は、山科卿の申し出を拒否しなくとも、これ以上の官位は流石に貰えないんじゃないかな?これ以上って相当だぜ?
ちなみに、左少将をわざと小少将という女の名前と間違えた官兵衛と武兵衛はきっちりとシメておきました。
「……で、このクソ厄介なお荷物をどうするんだ?隆鳳」
「京までお届けに―――って訳には」
「そんな真似をしたら、西で綱渡りをしている宇喜多殿に殺されるぞ。それと因幡の押えに回った井出の叔父上も、だ。貴様二人を敵に回して……勝てるか?」
「だよなぁ……」
心底厄介に思っているのだろう。御本人を前に凄まじい罵りの言葉を混ぜた官兵衛の意見に俺、そして背後で黙って控えていた武兵衛と左京が頷いた。今俺が動くと、間違いなく浦上、そして毛利が動く姿勢を見せているからだ。
そうなると、アヤメの頃を目指して水面下で策謀を整えている宇喜多の義父殿と、因幡の押えに回ってもらった友にぃが大変な事になる。策謀家の計画をおじゃんにした後の恐ろしさは、官兵衛とのやり取りでいい加減堪えている。
侵攻されても俺自身が姫路を動かず、山名のおっさんに兵を預けて後詰にとどまらせた理由もそこにある。東にしろ西にしろ本腰を入れる事が出来ないのだ。
座して待つか。
それとも三好を叩いて、いっそ本腰を入れて畿内に介入するのか。
いくら俺たちの行軍速度が異常だと言っても、流石に鉄砲など最新鋭の装備を揃えた相手に速戦速攻を仕掛けても、被害が大きくなりすぎる。
今のように引き込んで叩くか。
馬鹿言うな。いくら新参だと言っても、続けざまに引き込んだら自領が荒れてとんでもないことになるわ。
テが無いわけではない。
「官兵衛。三好は本腰を入れてくるか?」
「ありうる、とだけ」
「今回追い払った摂津衆への調略は?」
「摂津に限らず、進めている。今回、不戦に応じた有馬をはじめ、今回戦った池田、伊丹。丹波は波多野、荻野、赤井、荒木―――今回の戦勝で間違いなくいくつかは転ぶ。浦上に対しては宇喜多殿に専任。因幡は当家を頼ってきた南条氏を伯州の楔に、叔父上と明智殿が手を打っている。調略、足止め、工作はどれも遅延なく進んでいる」
迂遠な手段ではあるが効果的ではある。
だが、それで三好の足が止まるのだろうか?あるいは下手に摂津衆が降ると、今度はそれが標的となる。そうなると今度は防衛線が伸びてしまう。六甲の麓、蓬莱峡という天険を利用する事も難しくなってしまう。
そうなると、やはりこれしかないんだが……気が乗らねぇなぁ。
「とりあえず、将軍は殴る」
「何故っ!?」
決まってんだろう。テメェが来ずともいずれ戦端はひらかれていただろうから、テメェの所為だとは言わねぇ。
だがな。人に戦わせてばかりで、俺自身が出られない事にすっごく腹が立ってんだよ。
前に、コイツに言った事がずぶりと俺に返ってきやがる。
「駄目だ、コイツじゃ憂さ晴らしにならねぇ。武兵衛!」
「よっしゃ!一番取るか!行司を頼む、左京殿」
「……すっごくウズウズしてる。この人たち……」
「この馬鹿どもは、後方で人の活躍を聞くことに慣れていないんだ。左京殿」
現在、評議の間 猛獣注意。