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藤巴の野心家  作者: 北星
4章 千客万来 動乱引き連れ畿内から
30/105

18話―下 豪腕一閃

内政は力技。

外交も力技。

 1562年 姫路城

 黒田隆鳳


 「13代征夷大将軍、足利義輝である!平伏せ!下郎!」

 「うるせぇ、大人しく座れ」

 「うごぁ!?」


 思わずポロッと本音と拳が出ました。黒田隆鳳さまだよー。

 いやー……しかし、びっくりだね。将軍本人来たよ。びっくりしすぎて思わず腹パンしちゃったけど、そこそこ腹筋鍛えたような手ごたえだったところをみると、噂に聞こえた剣豪将軍本人らしい。だが、多少鍛えた所で無意味だ。水月から背中に衝撃が突き抜けるようにぶち抜いたからな。


 「き……きさまぁ」

 「将軍様本人だか、影武者だかしらねぇが、人様んちでガタガタふざけた事ぬかすようなら―――殺すぞ。小僧」

 「……す、すみませんっした」


 衝撃に蹲りながらも、反抗的なそぶりを見せたので、左手で胸倉を容赦なくつかみ、至近距離で睨み付けると、思ったより素直に白旗が上がった。ちょっとばかし剣の腕があるんだか知らないが、こちとら浴びた血の数とくぐった修羅場の数が違ぇんだよ。

 ちらりと背後を見やれば、面白そうな雰囲気に五右衛門たちが今にも刀を抜かんばかりの体勢でこちらの様子を伺っているんだが……お前らは引っ込んでろ。いいか?火の付いていない銃を持っている奴。俺諸共ぶっとばそうとするんじゃないぞ!?


 「アンタは挑まないのかい?大事な将軍様が狼藉されたんだぞ?」

 「いや……あまりにも急な事過ぎたので」


 左手に将軍をぶら下げたまま、随行の20代後半ぐらいの男に目を向けると、呆けていた彼はようやく我を取り戻したかのように言葉を紡いだ。

 QSN(急に将軍が殴られたので)ってか?俺から言わせればQSK(急に将軍が来たので)だよ。


 「同行の者が大変失礼いたしました。非礼、万死に価致しますが、何卒寛大な処置を―――」

 「兵部ーぅっ!?」

 「いいですか?あれほど言い含めたにも関わらず、いきなり身分を明かす馬鹿がどこにいます?殺されたっておかしくはないのですよ?」

 「しかし、余ならば……」

 「何もできずに一撃で沈められた御方がなにをおっしゃいますやら」


 ……なんやねん、このコント集団は。名乗りを無かった事にしようとしているのに、俺に捕まっている奴が将軍本人であるという前提で会話を始めている。

 ウチに居る沼っちこと沼田祐光といい、幕臣って忠誠心うっすいなー。

 そこで、まるでウチの殿と参謀殿みたい、と囁いた奴。というか、五右衛門。お前、あとで鍛錬場な。最近腕が鈍ってるから思う存分相手してもらうぜ。


 「すみません。取り乱しました」

 「それはお互い様だ」


 その後、またぞろわめき始めた公方様に2,3発ぶち込んでから、仕切りなおして、お互い頭を下げ合う。

 公方様?長旅の所為かちょっと体調が優れないらしく、そこで横になってもらってるよ?小一郎、しっかり介抱してやれよ。その桶丸使っていいから。


 「では、改めまして―――細川兵部大輔藤孝と申します」

 「これはどうもご丁寧に。黒田隆鳳と申します」


 やっぱりというか、予想通りというか、使者はかの子育て以外はパーフェクトな方だった。外見はパーフェクトというよりも、和服を着たエレガントなお方だけど。

 ……閣下とお呼びしてもいいですか?


 「早速だが……一ついいか?こんな所で油を売っていい時ではないと思うのだが?」

 「確かに……が、但馬、因幡の件がなにか琴線に触れてしまったようで」


 はぁ、と深いため息をつく藤孝閣下。エレガントの道は険しいらしい。


 「色々と伝え聞く話から、『こうなる』と忠告はしていたのですが、止められず」

 「その色々と伝え聞く話って気になるな……」

 「主に今井と沼田の愚痴のような書簡からですが……まさに公方様の天敵の様なお方だと。権威に囚われず、奔放でありながら理知的でもある英傑だと」

 「そうかい。なら、よかったら、ウチに来るか?俺の知る細川兵部殿であれば、宰相の席を用意したって惜しくない」

 「……非才の身を本気で買っていただける事は大変ありがたいのですが、まだ幕臣故に」


 藤孝閣下は情報源を公開したが、俺は情報源を公開していない。少し警戒されたかな?だが、今の言葉に含んだ『俺はお前の事も知っているぞ?』という針をしっかりと読み取る辺りは流石か。何の事はない、前世からの知識に基づいて調べさせた結果なんだけどな。

 ……しかし、察しのいい奴は打てば響く会話がいいねぇ。一層欲しくなった。


 「余計な時間を食ったゆえに、本題に入らせて頂いても?」

 「伺おう」

 「では、ありがたく―――あまり、興味は無さそうですが、この度、黒田左近将監殿を御相伴衆に任じるとの事。それにともない、朝廷に官位の斡旋を。また、薬研藤四郎吉光、大国綱を下賜するとの事です」

 「……確かに、くれるって言うなら貰う程度の話だな。で、裏の話があるんだろう?」

 「―――貴公に三好を討つ気は?」


 きたよ、予想通りの話が。今の将軍家は三好の勢力に圧迫されてしまっている。その為、何度も小競り合いを行い、都から追い払われたことも少なくない。近隣の誰かを唆して、これを討とうとする動きは当然のことである。以前は上杉が、六角が、毛利が、そして今は俺が。

 これを口実に畿内に勢力を伸ばすべきか―――それは官兵衛たちとも何度も話し合った事だ。

 けど、俺の答えは変わっていない。


 「あるな。討つ気はある。だが、将軍家の為に討つ訳じゃない」

 「それは……想定内の回答。だが、一応理由をお伺いしても?」

 「それもわかりきった話で、俺が畿内を獲ったとしても、将軍家は同じことを繰り返すだけだからだ。三好を追い払った所で、特に俺みたいな奴は、将軍家など露にも気にかけていない。ではどうするか―――」

 「他の大名を唆して、これをまた討とうとする」

 「そういう事だ。火中の栗を拾う趣味は無い。俺は俺の意志で三好を討つ」

 「我ら諸共」

 「……さて、それはどうするかな?実際討つのは簡単だからな―――生き方ぐらいは選ばせてやろうとは思うが」

 「簡単、でしょうか」

 「簡単さ。やる、という意志さえあればな」

 「成程……」


 御本人を前にこうもあけすけと言うのもアレだが、いい機会であると思う。将軍家に価値など無い。新たな騒乱の下でしかない。

 それは藤孝閣下もわかっている事だろう。俺の言葉に微かに剣豪将軍の身体がピクリと動いたが、藤孝閣下の表情は想定内だと言わんばかりに微動だにしていない。

 実際にここまでの会話はまるで事前に示し合わせていたようなスムーズさだ。俺たちはお互いの立場を超えて、ただわかりきった事をあえて口にして確認し合っているに過ぎない。

 官兵衛やおやっさん、宇喜多の義父とはまた違うやりやすさが閣下にはある。同族故なのか、それとも同類だからなのか。とにかく波長が合う事だけは確かだ。


 「まさに御し難き方。貴公は単なる野卑粗暴ではなく、全てわかった上で最初から切り捨てている分、余計に性質が悪い。まるでかつての今川治部のようだ」

 「御し易い大名がいるのか?」

 「いませんな。では……一つ伺いましょう。先程、生き方とおっしゃっいましたが、この御し難き強者が蔓延るこのご時世に、我らはいかがしたらよろしいかと思う?」

 「そうだな……まず、結論の前に現状分析からいこうか。将軍家が舐められる理由は、誰もが言う事を聞くと信じて、安直に人の力を頼ろうとする事にある。『権威がある』と『権威しかない』じゃ全然違う―――だが、それを弁えていないから舐められる」

 「……至言。だが、力を持たないからこそ、今やり過ごせてる以上、」

 

 「結論。幕府は、滅ぼされる前に自ら将軍位を返上したらいい」


 「それは―――……」

 「力が蓄えられない以上、権威だけを持っていた所で利用されるだけでしかない。ならば、その権威を一度戻し、それでも頼りになる土地へと移り、力を蓄えて再び盛り返せばいい―――俺はそう思う。それが出来ないから腐る。だから俺は将軍家という名だけの連中が嫌いだ。身を切り、戦い合うこのご時世に、そんな度胸も無いくせに一人でこの国を動かせると信じきっている―――何様のつもりだ?」

 「……………………………………」

 「自分の腕に覚えがあるからこそ、余計そう振舞っているんだろうが、所詮はこの程度よ……ま、今回の事はいい薬となったんじゃねぇの?俺を従えたかったら―――自らの器量で100万騎引き連れてこい」



 御本人の前で堂々と啖呵を切った後、俺達は一度少し離れた別の会見の間に姿を現した。なんでも、公方様はお疲れらしく、寝てしまったらしい。あまり人目に触れるのもアレなので、先ほどの間をそのまま貸し付ける形にした。もしかしたらしばらく逗留するかもしれないとの事だ。

 ……拘束した訳じゃないぞ?何か思う所があったのか、閣下が言い出した事だ。大方今の内にバカ殿の教育をしようという事なのだろう。帰ってからやれよと言いたいが、閣下を口説く機会が増えたと思えば悪くない。


 しかし疲れた。別所と本願寺はまだマシだ。将軍との話……というか、閣下との話で一気に持って行かれた感がある。ちょっとばかしサービスし過ぎたかな?

 たまには頭脳的な所も見せておかないととは思う物の、慣れない事はするもんじゃない。


 挙句―――、


 「おう、隆鳳!終わったのか?」

 「ほっほー、メンコイ子じゃのう」


 目の前でこうも暢気に正午過ぎから酒盛りされると一気に何かがへし折れそうになる。聞く所によると、使者の者は昨晩、貴族の身なりながらも泥酔状態で訪れ、朝廷からの使者を名乗り、そのまま一泊。朝はしっかりと寝過ごした後、酒を所望。そして今に至るとの事だ。

 おやっさん、藤兵衛は饗応役として仕方ないとしても、ひとんち酒を当たり前の飲み干す無神経さ。一つ大きなため息をついて、配膳を行いつつ情報を収集していた五右衛門の弟、小六に声を掛けた。


 「状況は?」

 「ご覧のとおりです。美濃様は既に出来上がり、病み上がりの藤兵衛殿に至っては早々に隅で潰れています。ただ、お気を付けを。酔ったフリをしておりますが、まったく酔っておりません―――殿?」

 「そうか」


 様子が違った事に気が付いた小六の声を無視し、俺は小一郎が持っていた桶丸を瞬く間に抜くと、無邪気に手招きする野郎共のど真ん中にドンッと投げつけるように突き立てた。

 座っている人間の尻が思わず浮かび上がるその衝撃に唖然とした空気が流れる中、俺はどかりと乱暴に腰を下ろす。

 さてさて、これで流れはこっちに持って来れたかな?ペースを掴まれたままっていうのは性にあわねぇ。


 「小六。酒」

 「はっ!」


 少しピリピリした感情を察してか、小六が差し出した大杯を手にすると、そこになみなみと酒が注がれていく。2升……そんな所だろうか。


 「お、おい……?隆鳳?」


 すっかり酔いの醒めた表情でおやっさんが声を掛けるが、俺は喉を鳴らしてその大杯の酒を一気に飲み干した。実を言うと酒より甘い物の方が好きだが、どれだけ飲んでも酔った事が無い。平然と飲み干したその杯を再び掲げると、もう一度なみなみと注がれ―――そしてまた一気に飲み干した。そしてもう一杯。ようやく冷静さが戻ってくる。

 それでも、当然の事のように酔いは無い。だから、多分俺は甘い物の方が好きなんだろうと思う。天下を獲った暁には、サトウキビの為に琉球、台湾。甜菜の為に北海道、和三盆の為に四国に絶対外征してやる。


 「これで駆け付け3杯だな。黒田隆鳳だ」

 「これは……少し浮かれ過ぎて出方を間違ぅたか。内蔵頭 山科言継と申す」

 「そうか。山科卿……すまん、楽にしてくれ」


 俺がそう声を掛けると、逆に山科言継は姿勢を少し正した。歳の頃は50代半ば。貴族だけあって品が良い佇まいだが、こうして酒を酌み交わしながら間近で見ると親しみやすい感じではある。確か、戦国時代を代表する酒豪だったな。実際に戦国時代で会った連中はどこかキャラが崩壊していたが、この人に限っては後世の評価に違わぬ方らしい。

 ……あっ、元々ぶっ飛んだ人だから崩壊していないのか。


 「何か……遭ったのか?隆鳳」

 「あん?何がだ?おやっさん」

 「いや……お前らしからぬ荒れ方だからさ」


 あー……そりゃ、刀を突き刺したらそう思うわな。俺としてはただ単に一度非常識な事をやらかして場の空気を一気にこっちに持ってこようと思っただけなんだけど。

 別にコイツらに腹は立っていないけど、まだ少し将軍をぶん殴った時の余熱が残っているのかもしれない。いくら非常識が相手だからと言っても非常識過ぎたかな?


 「あー……うん。腹が立ったから将軍をぶん殴ってきた」

 「しょ……っ!?それはちょっとじゃないぞ!?いや、それよりお越しになられているのか!?」

 「らしい。第一声が『ひれ伏せ、下郎』だったよ。瞬間ぶん殴っていたけどな」


 取り乱し、青ざめるおやっさんを余所に、あえて山科卿を見ながら言うと、彼は堪え切れないとばかりに身体を震わせ、そしてついに声を挙げて笑い始めた。


 「くっくっく、あのクソ公方をぶん殴ったと!酒が旨いわ!ハッハ―ッ!」

 「面白いか」

 「ああ、面白い!かつて儂は、所領を奪われた事もある故になぁ!」


 なんかあの様子じゃ、朝廷からも嫌われてそうだしなぁ……。

 最初は気を遣って、幕府と朝廷と互いに使者が来ている事を知らないようにしていたが、もう知らん。どっちにしろ、俺に駆け引きなんて無理なんだから。


 「留飲が下がった所で、そちらの用件を窺っても?」

 「ふむ……意外と真面目じゃのう。では先に済ますとするか。非常に言い辛い事でもかまわんか?」

 「聴くだけなら」

 「面白い子じゃ。では……申し訳ない事なのじゃが、この度は、御料所の回復のお願いに来たのじゃ」


 急遽真面目な話に切り替わったが、それでも酒を片手に会談は始まる。朝廷のお願いというと、大抵がこのような話だという事ぐらいは調査済みだ。

 全国各地にあった、御料所―――つまりは皇室の直轄領。それを返せと言ってきたとの事だ。本当に勢力が大きくなるとそのテの奴が多くて困る。


 「場所は?」

 「播州下揖保庄、松井庄、細川庄、都多庄、安田郷―――以上じゃな。勿論、謝礼に官位を―――」

 「いらねぇ」

 「用意―――え?」

 「官位は要らない、つったらどうするんだ?」

 「それは……じゃな……」

 「……その程度の価値しか、官位を認める程度の価値しか無い朝廷に土地を差しだせと?アンタ達貴族は、土地に見合うだけの働きが出来るのか?いくらの利益を出す?いくらの利益が民に向かう?ただ差し出せという事は簡単だ。けどな、ガキの使いじゃねぇんだ。どういう段取りで、どういう利益があって、どういう方針でその土地を運営するのか提案ぐらいしろよ」

 「これは……ちと予想外の回答じゃな。否、この楽園の主ならば当然と言えば当然か。ふむ……根っからの施政者じゃな」

 「コレ以下の施政者がいるのかよ?だが、それでも人の生活を背負っている以上当たり前の事だろう?」

 「その当たり前が出来ん奴が多いのじゃよ。人の事は言えんが」


 山科卿は困った表情をしながらも、杯を口に向ける事を止めず、少し考えた後、俺の杯へと酒を注いだ。


 「故にそう言われると、難しいのぅ……じゃが、それだからこそ我らも貧乏でな。では、こういうのはどうじゃ?」

 「聴こう」

 「ご覧の通り、儂らにはそれらの土地を発展させる力などない。じゃから、その力がある者に、その権限―――まあ、つまり官位などじゃな、それを与えて、運営をしてもらう。報酬はその土地の税収の一部。年に一回、それらを差し引いた額を寄越してくれればよい。その役目をおぬしにお願いしようと思うのじゃが、どうじゃろうか?」

 「ふむ……」


 詭弁というべきなのか。ほぼ同じ内容でありながら、まったく別の印象を受けるその物言いに、俺は内心舌を巻いた。貴族にしておくにはもったいない程頭の回転が速い。説客とはまさにこういう人の事を言うんだろうな。ウチのなんちゃって外交官の赤松バカボンとは格が違う。

 ……ああ、でもアレはアレで結構優秀か。見事に別所を口説き落としてきたしな。


 「俺を推す理由は?」

 「まず、対象地域を実効支配している事。次に、姫路の街じゃな。様々な地方を飛び回っておるが、ここほど民が活気を持っている国は無い。実際に話を聞いても、どれもこれもが今日をどう生きぬくか、ではなく、明日を目指しておる。2年足らずでここまで発展させたその領主こそ、この役目に相応しいと思うたのじゃ」


 すらすらとよくアドリブが出来るものだ……酒を飲みながら。

 面倒だからと、ここから更に逃げようとしても勝てそうに無いかな。落とし所はここかもしれない。

 しかしまあ、執念だな。皇室も相当帳簿が焦げ付いていると見て間違いなさそうだ。


 「おやっさん」

 「ん……そうだな、いくつか進行中の計画を遅らせれば、今すぐでも捻出可能だ。ただ、細川庄は別所の管轄だからな……少し調整が必要かもしれん」

 「んじゃ、それで手配しておいてくれ」


 頷くおやっさんの様子を一瞥し、俺は降参だと両手を挙げながら山科卿と向き合った。


 「これでいいんだろ、これで」

 「ほっほっほ、感謝感謝。では、飲み直そうかの」


 まだ正午ぐらいなんだけど……まあ、いいか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 「おやおや……出遅れたかな?」

 「遅ぇよ、義父オヤジ殿」


 酒宴が始まってどれぐらい経っただろうか。まだ日も暮れていない所を見ると、宴もたけなわもいい所だが、小夜や春ちゃん虎ちゃんぬいさん、ついでにようやく目覚めたらしき官兵衛といった身内。藤兵衛の様子を見がてらついでに参戦する事となった藤兵衛の奥さん。ちゃっかり混じる五右衛門や丁度帰ってきた左京、まだ滞在予定の別所と閣下など多彩なメンツが揃うカオスな場にようやく宇喜多直家と又七郎殿が顔をのぞかせた。


 なんつーか、疲れたよ本当に。おやっさんは大リバースするし、藤兵衛は死んでは生き返り、死んでは奥さんには叩かれているし、官兵衛は俺をぶん殴ってくるし、山科卿は踊り出すし、五右衛門は俺が作った鴨のコンフィ(試作品)など秘蔵の品をちょろまかしてくるし。

 ……小夜?彼女あまり酒が強くないんだけど、まあボチボチと……あの、いい加減俺の膝の上を空けてもらえませんかねぇ?別にいいよ?膝の上に座る事は。でも、今はこの状態で、童らの面倒をみなきゃいけないんだから、さ。小一郎と小六がいるとはいえ、唯一まともなぬいさんに保護者役をまかせっきりなのも悪いと思う訳ですよ。

 あと、普通に別所と閣下と官兵衛と左京の話に混じりたい。奴ら余計な気を利かせて、俺からかなり距離取っていやがるし。

 

 「御無沙汰をしております」

 「又七郎殿。お疲れ様です」

 「先の戦勝、ご祝着に」

 「ありがとう。まあ、とんでもない所だが、座ってくれ」

 「……小夜さま。ご安心を、流石に左近将監殿の膝の上には座らない故に」


 一瞬警戒心を強めた小夜が俺の首に手を回してきたが、親の前でそれをしますか。むしろ俺の方がいたたまれないんですが。俺が視線で助けを求めようとも、苦笑いしか返ってこない。

 でも、義父よ、少し笑顔が引きつっていないかい?長く距離を置いていた娘相手にまだ罪の意識が抜けないのか、それとも娘の乱行に親として複雑な心境なのか。

 

 「いやしかし、因幡の件は驚きましたよ。私ら、何とか上月城を獲った頃でしたからね」

 「俺も驚いたよ。実は気が付いたら奪ってた感じで……」

 「婿殿にとって、城攻めはそれほど簡単ですか?」

 「宇喜多嬢に比べれば簡単、かな?これでも中々心を開いてくれない所もあって」

 「成程。それは確かに大変だ」


 酒を注いでやりながら、口頭ではわからないジョークを飛ばすと、一拍置いてようやく言葉の意味がわかったのか、二人は呆れながらも笑ってくれた。いや、でも、割と本当かもしれない。何しろ、俺が今の言葉を口にした瞬間に、思いっきり抓られたから。

 しかし、義父の言葉には実感が籠っていたな。


 「そちらも大分進んでいるようだな」

 「お陰さまでね。ああ、そうそう。上月城の赤松殿は無事こちらに味方してくれるようになったよ。君のおじい様、叔父上も無事だ」

 「……爺さんって生きてんのか」

 「そりゃもう元気で……ま、身内に対して触れかたがわからないって事は往々にしてあるから、今はいいにしても、その内会ってやりなよ」

 「それなら、気を遣わず、今日連れてくればよかったのに」


 ちょっと家族に対して臆病だぜ、義父殿。まあ、気持ちはわからんでも無いけど。


 「余裕があれば連れてくる予定だったのですが、予定があわずでして……」

 「って事は、余裕が無いって事か。又七郎殿」

 「……そろそろかな、とは思うね。ある意味袋小路だ」

 「とはいえ、予定通りですかな」


 小夜がいるので要点はぼかされた上に、語り口こそ軽いが、二人の言葉にそうだろうな、という感想が思い浮かぶ。

 宇喜多の領地から西に進めば、松田氏の領地。だが、その先には毛利の尖兵、三村が待ち構えている。そして北と東は浦上だ。積極的に、かつ順調に進んでいるのであれば、そろそろ勢力が伸び悩む頃合いだろう。

 つまり、それが意味する所は。


 「……必要だったらいつでも声かけてくれな」

 「ありがとう。予想ではアヤメの頃かな」

 「『殺めの頃』か。気に留めておこう」

 「ま、来年もいい年になるといいねぇ……そろそろ孫の顔も期待できそうだし」


 最後の失言で、暴れそうかけた小夜を制止する事に必死だったとだけ伝えておこう。


 本当に……来年もこんな感じのいい年になればいいな。

その頃の山名くん

「俺に一撃入れたら、今日の訓練終わり」

「終わらせる気が無い様に聞こえるんですが!武兵衛さん!?」

「もう一本追加」

「あっ……」


口答えは一品追加。

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