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藤巴の野心家  作者: 北星
4章 千客万来 動乱引き連れ畿内から
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18話―上 千客万来

新章のイントロのはずが思ったより長くなりそうなので、2つに分けます。


 1562年12月

 姫路 黒田隆鳳


 クリスマス?んなもんよりそろそろ新年と俺の誕生日を祝う準備をしろよ、黒田隆鳳さまだよー。


 何かと騒がしかった1年だったが、師走は色んな意味で忙しい。見よ、この贈り物(報告書)の山を。お前ら、何かと大立ち回りをしているその裏でこっそりと紙の量産体制を整えたからと言って使い過ぎなんだよ。

 経営者としてコストを気にするのは当然だぜ。


 自業自得とは言え、年末のこの時期に駆けこむように、農作物や薬草の品種改良と研究栽培を行う黒田家版「小石川御薬園」の設立プロジェクトや、中央卸売市場開設に向けてのプロジェクトをブッ込んだもんだから、年末もゆっくりと過ごす事が出来ねぇ。普通、俺のような転生者が言い出すべき事なんだろうけど、なんなんだこの黒田家のスペックと意欲の高さは。

 今の黒田家に足りない物は多分、常識だわ。

 ……頼りない前世持ちでゴメンよ、みんな……。


 まあ、今更ではあるのだが着々と歴史改変が進む中で、にわかに忙しくなってきた案件がもう一つある。

 

 「兄さん、別所大蔵さまがお待ちです」

 「おう、ご苦労、小一郎」


 五右衛門の弟、石川小六を小姓にする際、ついでの見習いに、と俺の小姓になった小一郎の声に書類から顔を挙げて応える。


 「小六は?」

 「他にも使者が来ているので、歓待がてら情報収集中です」

 「そうか。めぼしい客はいるか?」

 「英賀の三木さま。備前から宇喜多さま。あとは、幕府の使者という方と、朝廷からの使者という方が」

 「……小六に逗留所を用意させ、予定を調整して来いと言え。幕府は一番後でいい。いいか?特に幕府と朝廷の者は絶対に使者同士が会わないようにするんだぞ?」

 「宇喜多さまは忙しいと聞くと、「じゃあ、先にらーめん食べてくる」と出て行かれました。あと朝廷からの方はお酒を過ごし過ぎて寝ています」

 「自由過ぎる!!あーもうチクショウ!宇喜多の親父と朝廷後回しにしろ!先言って来い!」

 「了解です!」


 パタパタと足音を残して駆けだしていく小一郎の後ろ姿を見送り、深くため息をつく。


 この頃、忙しくなったもう一つの案件は外交だ。

 正直、俺が積極的に行った外交と言えば、英賀の三木氏との同盟と宇喜多との婚姻しか無い。何でそんな大事な事をやっていないんだと怒られそうだが、今の所、外交で凌ごうという気はなかったのだ。


 毛利や三好と結ぶか?

 冗談じゃない。一時的に背後は安定するだろうが、その内、ゴタゴタにいいように使われるに決まっている。確かに、天下獲りは容易くなるだろうが、楽した分、後々苦労が響いてくる事は目に見えている。

 ……とはいえ、毛利はちょこっとだけ魅力的だと思った。

 けど、勢力の差を鑑みれば同盟には持っていけないだろうし、同盟できる程こちらの勢力を伸ばせばぶつかるのは目に見えている。ならばいっそ最初から仮想敵として振舞った方が気が楽だ。官兵衛はともかく、俺は腹に抱えた一物を隠せるほど器用じゃ無い。


 俺たちが仕掛ける外交は、大体が中小の勢力に向けて傘下に降れという物だ。それを外交と呼べるかというと、首をかしげざるを得ない。


 ならば将軍家?

 旧弊に眼中なし。俺から手を差し伸べる事はできるだろうが、では、奴らは俺に何をしてくれる?足を引っ張るだけだろう。

 俺が欲しいのは箔ではなく金塊だ。必要以上に上っ面を飾り立てる繁栄などいらない。今回の使者も大体誰が来るか予想が付くが、内容はどうせくだらない物に違いない。


 朝廷は……少し考え所ではある。天下獲りを掲げているが、蘇我氏、藤原氏、平氏、源氏―――幾度となく現れ、そして滅びていった覇者たちすら手を伸ばさず、ただ粛々と万世一系の貴人として君臨してきた家を流石にどうこうしようという気は無い。反面、だからと言って今の所は積極的に関わろうとする気も無い。保留といった所だ。


 一応、考えた上で外交を後回しにしてきたのだ。

 だが、勢力が伸びてくるとそうも言ってられなくなる。別所が降った辺りから近隣の動きが活発化してきたのだ。


 「言付けてきました」

 「おう、ご苦労さん。んで、最初は別所か。そういえば、降伏の使者は来たが別所の当主本人が来るのは初めてか……何か用件は言っていなかったか?」

 「えっと……あいさつとお願いと贈り物です」

 「……お願い、ねぇ」


 大体予想が付く。別所本人の挨拶が遅れたのは、俺達の傘下に入るに先んじて、統治体制を俺達の規格に合わせるべく改革を行っていたからだ。おそらく、お願いとはそれに関しての事だろう。なにせ、今俺を苦しめている中央卸市場の例を挙げるべくもなく、黒田家は色んな意味で時代の先頭を暴走しているからだ。

導入するとなると、どうしても専門家が必要になってくる。

 ちなみにだが、俺の下から行賞で領主となった者たちは、「領主講座」なる、俺や官兵衛、おやっさんなどといった超一流?の講師陣による講座を受講してからそれぞれ任地へと向かっている。元地侍や農民など、領主経験の無い者も多いという事も理由の一つだが、逆を言えばそれほど特殊な規格で俺達は領地運営をしているのだ。

 ……どうしてこうなった!と叫んでいいですか?


 「贈り物はコレです。今ついでに持って来ました」

 「刀……だよな。刀貰ったってなぁ」


 そうして差し出された長い包みを前に、俺は困ったように頭を掻いてから受け取った。長さは俺の長光と同じくらいだろうから、太刀か。小一郎もコレを平気で持てるようになったんだなぁ……育つ弟に兄貴複雑。つっても、小一郎は既に俺が何度か稽古をつけているけど。


 しかし、俺の腰に何本差せばいいやら。三刀流でもやってみるか?あるいは六爪流か?普段は長光で。戦場では、最近赤松の爺さんから「伝 弁慶の長刀」という衝撃の事実を聞かされた野太刀で十分なんだけど。

 ……推定100万石の大名が先陣切るのもおかしな話だけどさ。こう、采配とか……無理だな。かかれーっ!と叫びながら飛び込んでいくのが俺の仕事です。

 

 「別所氏が預っていた、赤松氏重代の宝刀、鬼神太夫行平“桶丸”だそうです」

 「とんでもねぇもの持って来やがった!?」


 確かに俺は赤松氏の血を引いているが、何で俺に寄越すのさ。本家があるだろう、本家が。


 「えっと……言い辛いんですが、実は他の方も刀を。将軍家から赤松氏所縁の左近将監国綱“光鬼”大国綱と、兄さんが好きだという藤四郎の短刀の2振りを。あ、藤四郎は薬研通と言う名物らしいです」

 「…………………………………」


 ……俺はいつから刀剣愛好家になったんだろう?いや、確かに好きだけどね?高い金をかけて集めたいと言うほどではないわけですよ。

 特に将軍家からは「コイツにはとりあえず刀贈っておけば喜ぶだろう」って下心がスケスケで逆にどう反応したらいいやら困るなぁ。藤四郎に至っては思い入れこそはある物の、好きだと公言した事もねぇよ。

 いい刀を大量に貰ったって手入れが大変なだけじゃないか。それに配下にくれてやるにしても、赤松の血縁だからと渡された宝刀をくれてやってもいいものなのか……赤松の爺さんに後で相談しよう。あるいは押しつける事も出来るかもしれない。


 「……兄さん?」

 「ま、なんだ。ここで考えたって仕方がねぇ。とりあえず行くとするか」


 ようやくといった感じで、俺は桶丸を小一郎に渡し、そのまま自分の執務室から出た。ここは俺の屋敷では無く、政務をとり行う為に造られた館だ。俺専用の執務室や、官兵衛専用の執務室、おやっさん専用の執務室、各部門専用の小会議室などで埋められている。評定や軍議、使者への歓待も大体がこの館だ。

 ちなみに俺の執務室は板張りの部屋だ。姫路の家具職人に相談して特注した執務用の机と椅子もある。官兵衛辺りは訝しげな顔をしていたのだが、導入後、今、この館では秘かに机派と座卓派の抗争が進んでいるらしい。

 時折響いてくる怒号じみた声や、悲鳴を聞きながら、足早に廊下を抜けて会見用の小さな座敷に姿を現すと、別所安治が3人程の重臣と共に頭を下げた。


 「久しいな、大蔵殿。待たせてすまん」

 「は……ご挨拶が遅れ、申し訳―――」

 「あー、それについては別にいい。後回しで良いって言ったのはこっちだしな」


 俺は軽く手を振り、腰を降ろし、その脇に小一郎が桶丸を抱えながら控えた。言っても仕方が無い事だが、どうもこのテの堅苦しい席は苦手だ。特に今日は俺と交代で官兵衛が休暇をとっていて不在だし、おやっさんと藤兵衛も所要で外しているから、余計に気を配らないとな。

 多分、官兵衛の奴は今頃屋敷でガー寝してる。少し恨めしいが仕方が無い。


 「大丈夫か?以前よりちょっと痩せたんじゃないか?」

 「ははは……何分ここの所、政務で忙しくて」

 「姫路の連中にも言える事なんだが、特に大蔵殿は子供もまだ小さいんだから、身体には気を使えよ。なんなら、お土産にウチで採れた野菜でも持ってくか?」

 「忝し」


 ほんの少しだけ儚げに笑って、別所安治はもう一度頭を下げた。痩せてはいるものの、声に気力はあるから大丈夫だろう。

 さて、さっくりと用件を済ますとしよう。


 「しかし、何か凄い刀を寄越してくれたようですまんな」

 「桶丸の事ですか?元々は守護家がさる所に預けていた物を、ウチで預ったまま忘れられていたようで、この度、父の遺品を整理したら出てきまして……守護としての赤松氏は滅びてしまいましたが、その直系の血を引く殿にお返しすべきだろうと思いまして」

 

 ……すげーしょうもない理由。思わずそう口から出しかけた言葉を呑んだ俺を褒めて欲しい。赤松氏伝来の宝刀なんてそんな扱いなんや……赤松の爺さんに許可貰ったら、小一郎にでもくれてやるとするか。


 「そ、そういう事なら……ありがたく頂こう」

 「いえいえ。しかし、聞きしに勝る賑わい振りですな、姫路の街は」

 「どうしてこうなったのか俺も完全に予想外なんだけどな……まあ、不便を取り除き、合理的に事を進めた結果とも言えるんだが。お願いっていうのはその「理」だろ?」

 「はい。ここに控える3人を含め、何人か姫路で学ばせて頂きたく」

 「ああ、いいよ。それと姫路に土地やるから屋敷を造っておきな。近いとは言え、姫路に拠点が無いと何かと不便だろう?」

 「忝し」


 後は、今後の戦略面についてほんの少しかいつまんだ話をした程度で、恙無く会談は終了。ま、別所さんはこんなもんだな。


 続いて、三木さん―――もとい、本願寺いってみよー。


 「お待たせしました。掃部殿」

 「いや……忙しい所すまぬ、黒田殿」


 会見の場に通された三木掃部助通秋は少し恐縮したように頭を下げた。確かこの人はまだ20代だったはず。どこか言葉の端々に激情を秘めたような人で、随分と年上にも見える。おやっさんとは仲が良かったようで、何度か顔を合わせたことがある人だ。


 「なにやら朝廷からの使者も来てると聞いたので、日を改めようかと思ったのだが……」

 「なに、構わないですよ。掃部殿には今まで随分と助けられてきたのだから、こちらとしては朝廷などよりも優先すべき相手だ」

 「そう言ってもらえるとありがたいが、何もしていないが……?」

 「良き隣人でいてくれるのであれば、それに勝る物は無いな。もっとも、我らが良き隣人と言えるかは……微妙なところですが」

 「いや、贔屓目にみても良くやっていると感心する。武名だけかと思いきや、門徒らも暮らしやすくなったと感謝しているぐらいだ」


 一向宗の門徒はその余計な戒律が無い教義や、性質上、民衆が多い。民衆レベルからの生活改善を行ってきた俺たちとの相性は良かったはずだ。実のところを言うと、一部の坊主が腐敗している点を除けば、俺は一向宗に対してそれほど否定的な感情は持っていない。


 しかし、昔から知っている人とこういう話をすると、どうしても言葉のチョイスに困るな。敬語にした方がいいのやら、悪いのやら。


 「その隣人殿に顕如上人様から書状をお持ちした」

 「……抗議半分って所かな?」

 「上人様も色々と煮え湯を飲まされている以上、恨み言ぐらいは載っているかもしれないが……こうして親書の体をとっている以上、お互いにとって悪い話では無いはず」


 苦笑しながら差し出された文を小一郎が代わりに受け取り、俺の手元へとやってくる。ついに来たかというべきなのか……はたまた、急に兵を起こされるよりはマシかと思うべきか。


 「確かに承った。返事は急ぎで?」

 「いや……いずれでいい。上人様ももしかしたら直接下向するかもしれん。その時にでも構わないとおっしゃっていた」

 「何でまた……」

 「それほど興味を示されておる―――そういう事だ」


 そうどこか人の悪い笑みを浮かべ、掃部殿は立ち上がった。


 「願わくば、それまで余計なすれ違いなど起きて欲しくない物だ」

 「そりゃどういう意味だ」

 「貴公は良き隣人ではあるが、それと同時に予測が出来ない御仁であるという意味だ。故に上人様も直に会いたいと思ってらっしゃるのだろう。深い意味はない」


 一筋縄ではいかねぇなぁ……宗教は。

 つーか……ロックオンされた?

相変わらずウチの宇喜多とーちゃんはフリーダム。

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