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藤巴の野心家  作者: 北星
2章 嫁取り話
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9-3話 嫁取り 戦線拡大

今回は一転して官兵衛視点です。

恋愛戦線の拡大が遠い。

 「む……しまった。寝てしまったか」


 微睡んでいると、外から光が差してきていた。昼夜問わず詰めていた所為で、どうやらいつのまにか寝ていたらしい。太陽の位置から中天は過ぎている。辺りには書きかけの書状と播州各地に予め伏せておいた物見からの報告書や私物の軍法書、そして床には寝ている間に落としたのか筆と墨が散らばっている。くそっ、墨で駄目になった物もある。


 そろそろ隆鳳たちも向こうを出た頃だろうか。

 彼奴が所帯を持つとは、やはり動乱の前触れか。抜身のように見る者を惹きつけ、引き込む反面、弱い所と危うい所を併せ持つ彼奴も、嫁という『鞘』を得て少しは落ち着くのだろうか。

 俺が自ら率先して話を進めたのだから、良い方向に転がってほしいものだが……今の彼奴はいい加減危なっかしくて仕方がない。


 その為にも、俺がしくじる訳には行かない。


 事態は既に動き始めている。先手を打ったが、この先どの様に転ぶかは不明だ。

 だが、どのような事態も想定してある。特にこういった時には、予想だにしない方向へと事態が転がりやすいことを隆鳳から、嫌という程学んでいる。

 たとえ……たとえ、隆鳳と武兵衛が衝動的に何処かの城を陥落させたとしても、


 「官兵衛殿!急報だ!浦上氏の室山城が攻撃されている!」

 「…………………………」


 ……滅多な事は言うものでは無いな。


 「……左京殿。想定内だ」

 「そ、そうか」


 舌打ちしたい気分を押し殺し、何とか平静を保つと、何人かの伝令を引き連れ、情報をもたらしてくれた同僚の櫛橋左京進政伊は一、二歩下がった。


 彼は隆鳳と武兵衛がやらかした御着城陥落事件―――通称『御着崩れ』の後に帰順してきた志方城主、櫛橋左京亮伊定の嫡子で、俺とは小寺の小姓時代からの仲だ。もっとも、小寺に勤めていた頃は最悪と言ってもいいほどの仲だったが、あの騒動の折に、たった二人で斬りこみ、味方を斬り刻む馬鹿どもの姿を見て心が折れたのか、すんなりとこちらに帰順し、挙句、父親まで引っ張ってきた。隆鳳とも話し合ったが、今の彼の様子ならば、まず裏切ることは無いだろう。

 だが、父親は……正直、疑っている。隆鳳が「武兵衛を連れて一度挨拶に行くか」と息子の返還を説きに来た使者に言った事が決め手となり、血相を変えて帰順してきた事には大いに笑わせてもらったが。


 人と言うものもわからんものだ。


 さて……感慨に耽って少し落ち着いたか。

 室山城襲撃か。やったのはどいつだ?隆鳳と武兵衛では無いだろう。本来ならば真っ先に疑うべき彼奴らだが、もしやったとするとなると一日早いか、一日遅いかのどちらかだ。

 宇喜多……謀殺ならば最右翼。だが、城攻めとなると隆鳳と同じく現実的ではない。

 浦上の弟……彼奴の居城、天神山城から進軍して、その襲撃を事前に察知できないというのはありえない。

 ならば、地理的にも、状況的にも考えるまでも無い。

 そもそもこの連合を聞いておかしいとは思っていたのだ。


 「龍野……赤松下野守か」

 「どうもそのようだ。浦上政宗とその嫡子は既に殺された、とも」

 「城主死亡……その後に、城攻め。周到だな。謀られたか」


 室山城主、浦上政宗。彼奴は置塩の守護赤松家の政争に一枚噛んでいる。先代当主を追い出し、傀儡の若造を当主に仕立てたばかりだ。そのため、追放した先代を保護した龍野城の赤松下野守とは対立をしていた。俺たちを出汁にして和睦を見せかけ、仇敵を誘殺。その後に、その勢力圏の併合を狙った軍事行動。縁戚で主家に取り入り勢力を拡大し、奇襲とだまし討ちで名を挙げた播州の奸物、赤松下野守らしい。


 「左京殿」

 「な、なんだ?」

 「こちらに通じている浦上の二男は?」

 「今、防戦の指揮を執っているはず。だが、戦況は……」

 「拙いな……」


 赤松下野守に室山城、およびその近隣、室津を抑えられると、宇喜多と繋ぐ道が遮断されてしまう。それ故に、俺と隆鳳はこの事態を警戒はしていた。


 問題はそれだけでは無い。


 室津浦上の二男、浦上清宗……といったか。彼奴はこちらで押さえたい。押さえておけば、後々、浦上氏の勢力圏に進出する口実になるからだ。

 隆鳳はそういう事を気にしない性質だが、それでも「もしこの事態になったら」という話し合いの中で「浦上の二男はこちらで救い、宇喜多ではなく天神山の浦上でもなく、こちらに引き入れたい」と言っていた。今回は兵数などの現実面から宇喜多に任せるつもりだったが、本音では、海に面した天然の海の要塞である室山城、および室津を手元に置きたかったのだろう。彼奴の目は更に先の毛利との戦を見据えている。


 「父上は?」

 「美濃守様は今、急ぎ情報収集の差配を。兵は官兵衛殿の指示でいつでも出られる」

 「……では、先に伝令を」

 「伝令……御着城か?」

 「砥堀山だ。『状況一転。置塩の監視は放棄。東に注視されたし。急ぎ後詰の用意を』と」

 「別所か?」

 「変な動きがあるとは報告が入っている。既に御着城の叔父上と母里殿には動いてもらっている」


 即座に駆けていく伝令の背中を見送り、俺は素直にうなずいた。左京殿もまた、部隊を率いて戦働きをしてもらわなければならない立場だ。戦場の流れは説明しなければならない。


 「それに加え、注視しなければならないのは、志方城をはじめとする東部の離反。下野守ならばそこまで手を回す」

 「……悔しいがその可能性は否定できん」


 父親の反乱の可能性を示唆されても自らの感情を抑え、嫌っていた俺の言を肯定するとは、ここに来てからこの男もだいぶ変わった。


 置塩城の守護赤松は後ろ盾を攻められ、共には動かない。では、自由になった俺たちを放置するか―――それはありえない。手を回すとしたら、播州で未だ静観する三木城の別所氏。あるいは小寺の時代から別所と誼もあった志方城の櫛橋左京亮。俺たちの勢力圏の切取を餌に、西に意識が傾いた俺たちの背中を刺そうとするだろう。

 

 「そうなると西以上に東の戦線が拡大するな。それで、官兵衛殿はどうするのだ?まさか捨てるのか?」

 「否、海上交易路の確保は黒田家の戦略支柱。一度捨てた土地を再び手に入れ、販路の確保まで手掛ける難しさを考えるとそれはありえない。今は俺たちが『東に目を向けている』と誇示し、機先を制す」

 「もし、それでだめだった場合は、二方面作戦になるのか?」

 「帰路の遮断の為、隆鳳が戻れず、となると難しい。別所に東の国人衆が付けば最低でも5000はいく。こちらは総数で4500。東が落ちればさらに減る上に重要な拠点が前線に晒される。そうなると兵が足りない上に、そこまで戦線が拡大する以上、その一方面の総指揮を担える人材がいない。しいて挙げるならば、父上と先に出た御着の叔父上だが、抑えるのが精一杯だ。単純な統率だけならば砥堀山の叔父上だが、彼は部隊を率いてこそ機能する」

 

 このような事態になると、隆鳳が推して宇喜多を取り入れようとしている理由がよくわかる。

 この地方は赤松氏の没落から長い間、小競り合いばかりを続けてきた。その為、統治に苦心し、今回の事態のような食い合いが生じる。小勢力同士ならばともかく、今回のような、ある程度の大きさの勢力同士の混戦が始まると、その小競り合いに慣れてしまった将では到底捌き切れない。ある程度大局を見極められる人材でないと無理だ。


 隆鳳はそれを見越して、資金難を推してでも常備の馬廻りの設立など、将を育てようとしていたが、結果として間に合わずだ。同時に外部に人材を求めているのがその証左。

 その隆鳳が見込んだ宇喜多にも、播州諸侯と同じことが言えるが、隆鳳は宇喜多直家から『何か』を感じ取ったのだろう。実際、俺自身も何度か彼奴と話を重ね、隆鳳と同じ『頼るに値する』という結論に達していた。


 そのこれからという時に……下野守ごときが、やってくれる。


 「話は聞かせてもらった。私が手勢を率いて出よう」

 「却下だ。藤兵衛殿には無理だ」

 「小寺様は大人しく物資の管理をお願いします。この先は物資が大事になってきます」

 「うぐ……汚名返上の好機がぁー……」

 「……というより、いつから居たんですか」

 

 ……まったくだと思うが、触れてやるな、左京殿。


 しかし、隆鳳と何度も話し合ったが……やはりこれしかないか。

 人事尽くして天命を待つ―――俺が嫌いな言葉だ。天命などいらん。骨の髄まで人事を尽くす。だが、今は隆鳳の帰還と、東部戦線の沈静化という運の左右に頼らざるを得ない。


 「左京殿。城内に陣触れを。敵は赤松下野守」


 それでも人事を尽く続ける。天命はいらん。貴様を待つ。

 頼む。隆鳳。

ちなみに官兵衛さん16歳。

隆鳳も武兵衛も16歳。

左京さんは史実では生年不詳ですが、18ぐらいと考えてます。

黒田家は戦国時代という事を抜いても結構平均年齢低め?

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