9―1話 嫁取り 出陣!
長くなりそうなので分けます。
前回と比べるとちょっとシリアスに傾き過ぎたかも知れません。
1562年1月 播州姫路城 新屋敷
一年はあっという間だった。
気が付けば俺は戦国時代に生まれ変わって16年になる。この16年間、色々とあったが今年が一等早く過ぎ去ったと感じる。
この一年間、一人になる時はいつも考えていた。
俺はどうすべきなのかを。どうすれば良かったのかを。正直、答えはまだ出てこない。
無邪気に天下を臨んだと思うだろうか?そう見えるならばまだいい。
一年、決起してから我武者羅に駆けあがってきた。まだ息切れをするには早い。今年は更に激動の年になるだろう。そして次の年はそれよりも更に。
「左近将監様。皆様がお揃いです」
呼ぶ声に反応して、手元に置いてあった刀を持ち上げるとカチャリと音を立てた。いつもの野太刀では無い。俺が『左近将監』と名乗る事を知り、『同じく左近将監の銘がある』と宇喜多直家から貰った左近将監長光。長さは刀身だけで約2尺7寸(約78cm)。小柄な俺には少し長いが、それでも腰に佩けない事は無い。
宇喜多家もあまり裕福ではないというのに、刀にあまり詳しく無かった俺でさえ知っている長船長光を惜しみなく寄越すとは頭が下がる。以前、茶を共にした後、俺の佩刀が粗末だったのを見て、見立ててくれたそうだ。
でも、刃物を送るっていうのは縁を切りたい、って意味じゃ無かったか……?と率直な疑問を使者に言った後、大慌てで姫路まで弁明に来たけど、早速裏切られたのかと思った。使者が帰ってから、本人がすっ飛んで来るまで、官兵衛と二人、青ざめながら戦略を練り直そうとしたのは秘密だ。
あのどこか粗忽で愛嬌のある人は本当に歴史上で謳われる大悪党なんだろうか?戦国時代に来てからこの傾向が著しいが、周辺の武将のイメージが段々崩れている気がする。
だが、流石、という手土産もあったか。
「待たせたな」
真新しい廊下を抜け、評定の為に設けた大広間に入ると、その場にいた全員が一斉に頭を下げた。官兵衛、おやっさん、小兵衛といった姫路城のメンツと、砥堀山城から休夢の禿おやじ、御着城から友にぃ。席には加わらずに壁側に護衛として武兵衛もいる。
だが、このメンツで一人だけ上座と言うのも座りが悪い。車座に配置した席の内、空いている所に座り、一度頭を下げた。
「この度は誠に御愁傷様です。心の底よりお悔やみを―――」
「おい、馬鹿。いきなり笑わせるな」
「ホント、縁起でも無いな!?」
神妙な様子から一転、休夢の禿おやじが豪快に笑い、ツッコミ気質の友にぃが若干青ざめ、場の空気が少し緩んだ。気を取り直して、官兵衛に目配せをすると、官兵衛は一つ頷きながら座の中心に大きな地図を広げた。
「さて、馬鹿がてれ隠しをしたくなる程差し迫っている此度の婚礼だが」
「おいこら。ちょと待て」
何でお前はそうハッキリと言っちゃうんだ、官兵衛。
あと、禿、笑い過ぎ。
「なかなか諸手を挙げて祝えない情報が手に入っている」
俺の抗議の声をいなし、官兵衛が地図に短刀を3本突き立てた。
……おい、馬鹿。作ったばかりの人の家を……いま、床まで突き抜けたよな?
「ふむ、俺の砥堀山の近くは置塩城、姫路の西に龍野城。龍野の近くにある海沿いのは?英賀……じゃないな、あそこはもっとこっち寄りだ」
「室山城だね、兄上。浦上与四郎政宗の居城だ」
叔父二人の会話に官兵衛は一つ頷き、車座になった一同を見渡した。
「どうもコイツらが結託して、宇喜多とウチらの婚礼を狙おうとしているらしい」
「そりゃどうも怖い物知らずな……」
「だが、そうも言ってられんのだろう。友。小寺の旧領を奪い、成長著しい儂らと、浦上の家老が手を結ぼうと言っているんじゃ、座して待て、と言っても無理だろう」
「その浦上の人間が混じっておりますが?どうなんですかい?若様」
「浦上つっても、落ち目の兄貴の方だ、小兵衛。宇喜多の義父が仕えている方は弟で、身内とはいえ仲は最悪らしい。実際、この話を持ってきたのは先方からだ」
この話を持ってきたのは、この長光を改めて寄越してきた時だ。なんでも、浦上政宗の息子を調略したら、発覚したらしい。
……敵将の息子を調略するとか、ホント何やってんだ、アレは。鬼手を打つにも程がある。
確かに、宇喜多の領地とここを繋ぐ為には、龍野、あるいは室山を調略しないと横っ腹が危ういんだけどな。
この時代の婚礼は、嫁を迎え入れる側が嫁の実家まで迎えに行かなければならない。本来ならば俺達がやらなければいけなかった事だ。
……もっとも、この婚礼を餌にすれば、とは官兵衛との会談で織り込み済みだ。
「まだ、この計画が漏れているとは気が付いていないだろう。故に、俺達はこれを逆手に取る」
「ああ、だからその格好……おかしいとは思ったよ。姫路の皆が武装しているから、どれだけ怖い嫁が来るのかと、」
「……おい」
チョイチョイ風当たりが強くねぇか?
それはともかく、俺達は友にぃが言ったように武装している。友にぃと禿おやじ、二人は持ち城からこっそりと呼んだので平服だが、俺と官兵衛、おやっさん、小兵衛、武兵衛、ついでにこの席には出席せずに勤務真っ最中の小寺政職らといった姫路城の面々は目出たい日の正装ではなく、完全にこれから一戦、といった風体でいる。かくいう俺も新調したばかりの鎧に身を包んでいる。
「まず、置塩城の手勢。奴らは隙を窺ってくるはず。砥堀山城で派手に引き付けてくれ」
「うむ。打って出ずとも?」
「砥堀山城に来ない場合は横っ腹を叩け。但し深入りは禁物だ」
「……ふむ、成程。あいわかった」
俺からの下知を受け、禿おやじがドンッと床を拳で叩く。
止めてくれよ、だから。嫁さんが来る前に新築の家がボコボコになっていく。
「小兵衛は夜になったら、姫路城の手勢300名を率いて御着城の手勢1000と合流。友にぃと二人、戦況に応じて遊撃を。砥掘山で挟んでも良し、龍野に備えても良し、あるいは東が動くかもしれん。うまく立ち回ってくれ」
「承知」
「……難しい立ち位置だな」
現状だとやはり御着城が要だからな。本当ならば官兵衛も御着にやりたい所だが、致し方ない。
「官兵衛」
「わかってる。室山城に関しては宇喜多が引き受けるそうだ。故に、基本、俺達は両赤松に備える。姫路城の守りは父上に。俺は300を率いて別動隊として出て、龍野赤松を相手取る」
「……で、隆鳳は?」
「あ?俺?」
んなもん決まってらぁな、おやっさん、と口を開こうとした瞬間、戸板の向こうから声がかかり、背後に控えていた武兵衛が俺の前で膝をついた。
「馬廻り50騎、出立の用意が整いました。左近将監さま」
「嫌らしい言い方すんなよ、武兵衛」
「女の為に戦場に向かおうっていう友へのはなむけだ、そう一々目くじら立てんなよ」
「……あっそ」
武兵衛の軽口をいなしつつ、俺は小寺政職に頼んで買い付けてもらった、鮮やかな朱の南蛮しつらえのマントを羽織り、『鬼と噂される将監様に是非』と献上された、鬼のような小さな金の角が付いた腰の上まで届く白毛の乱髪兜を被り、皆を改めて睥睨する。
武将としては初めての武者姿、か。
「各々手筈通りに。官兵衛」
「わかってる。既に狩り場は割り出してある」
「頼んだぜ」
「ああ」
散々軍略については話しあった。あとは、俺達が正しい事を証明するだけだ。
相手の手勢は総勢でも3000。油断していると見せかけ、それを分散させ、各個撃破する事は容易い。
一網打尽とは言わない。
ただ、誰に手を出そうとしたのかだけはわからせてやる。
「おやっさん。背後は頼む」
「……だと思ったわい。行って来い。受け入れの準備をして待っていてやる」
「……応」
一度軽く頭を下げると、それぞれが立ちあがり、揃って頷きあった。
戸が、開かれる。
気が付けば、俺と官兵衛と武兵衛、出陣組は並んで歩いていた。
「また少し忙しくなるな」
「御着の時と比べればまだ大丈夫だろ、官兵衛。何しろ、一番の懸念材料が所帯持ちになる」
「そうか。ならば、嫁さんにそこら辺きっちりお願いしとかないとな……」
「お前ら絶対楽しんでるだろ!?なぁ!?」
……多分、大丈夫。一年経っても、変わらない物もある。
さて、それじゃ血路を拓いて嫁さん迎えに行くとするかね。美人だと聞くが……まあ、父親があんな貴公子然とした人間じゃそうか。そう言えば初顔合わせだな。
とんでもない始まり方かもしれないが―――せめて、これから過ごす時間は激動であっても、満ち足りた時間であってほしい物だ。
「お前ら頼むからお行儀よくな!」
「「「「お前が言うな!」」」」
実は堺辺りでは、黒田家は明るくて自由闊達な気風です、という文言が売りの求人広告があるとか無いとか……。