79話 ハードワーク&ラブ
カクヨムにて改訂版も更新中です。
宜しければ見比べてみてください。
姫路 黒田隆鳳
まとまった休みが貰えたら行こうと思っていた場所があった。
家族旅行で温泉とか……海とか、まあそこら辺は子供がまだちっちゃいのでお預けだ。かと言って、俺が嫁と息子達を置いて一人で行く訳も無い。
行こうと思っていた場所。それは墓参り。俺の両親の眠っている場所だ。まあ、前に墓参りに来た時に「次には嫁と子供を連れてくる」と約束したしな。それに、ようやく息子たちがそこそこ外に出せるようになったというのもある。
とはいえ、息子達は数え年で2歳ちょっと。現代風ならば1歳ちょっと。やや時期尚早という感じもするが、たまには悪くないのではないかと思う。
それを可能にしたのは偏に姫路近郊の道の整備と馬車の導入があったからだ……山の下からちょっと歩いて登るけど。
「で、何でお前もいるんだ?六郎」
「ハッハッハ、殿の母上は私にとっても叔母だからね」
そこで付けられた護衛兼随行兼下僕の六郎――細川信良は気まずさを隠すように笑った。さっきからね、俺の隣で子供を抱えながら座る小夜さんの目が怪訝気味なんですよ。久し振りに家族水入らずだと思ったら余計な物が付いてきたって感じだから。
「……そう言って付いて行け、と総参謀殿に言われた。私も休暇だったのに」
「お、おう……」
急にガチトーン止めろや。
「とはいえ、細川の者として随行を望んだのは本心からだ。私の事は荷物持ちだと思ってくれ、奥方」
「あ、いえ」
小夜も恐縮しちゃってまあ……俺たちが揃って動いて誰も付いていません、という事はありえない身分になっちまったし。現にこの馬車の外には結構な人数が動員されている。一郎はこの揺れの中小夜に抱かれて大人しくすやすや寝ているが、次郎はとにかく外が珍しくてキョロキョロしてやがる。目を放すのも怖い。
「ほら、次郎」
「ん、やぁ」
ジッとしていられずに動きそうになっていた次郎を膝の上に乗せて抱きしめる。双子だが、一郎は大人しく、次郎はヤンチャと面白いように性格が割れた。特に歩くようになってからは、まあ襖などを破る事破る事。誰に似たんだか、と笑ったら全員に指差された事は絶対忘れねぇ……。
「とっとー?」
「ん。まだちょっと大人しくしてな、次郎」
「ん?」
苦笑しながら次郎の髪をクシャクシャと撫でる。まだ言葉はわからんか。でも俺の事をちゃんと父親だとわかっていてくれて嬉しいぞ。
「まだ、ちょっと早かったかな?」
「ですね」
クスクスと小夜も笑う。最近は子育ての傍ら、薬草園で品種改良と研究を始めクールさに磨きがかかってきた。もっとも書を読み、指示を出すが、現場にはあまり出れない立場だ。それでも知性の中に見せるその色香にちょっとだけクラッとくる。
……宇喜多直家の娘と薬草の組み合わせに不安を感じてはいけない。ほら、黒田家は元を辿れば薬の行商だし。
「けど、ここを逃すとまたしばらくかかりそうだし……」
「そうですね」
そう微笑んで小夜は自分のお腹を大切そうに撫でた。実は……三人目が出来たのだ。既に悪阻の時期は終わり、既に安定期に入っている。だけどここを逃すと流石に家族での移動は厳しくなってくる。かなり悩んだが、今の所大事無いとの事で心から安堵している。
「次は女の子がいいな」
「あら、そうなんです?」
「次も男の子じゃみんな大変だろ?」
ん?とこちらを仰ぎ見る次郎。賢いなお前。
「私ひとりじゃ大変ですが、乳母の方々もいらっしゃいますし、それに――隆鳳さまもいますから」
「あ……うん、まあ」
こっちを覗き込むな、次郎。お前にはまだ早い。この揺れの中スヤスヤ眠る一郎を見習え。
「本当に……何故私はここに居るのだ」
すまんな、六郎。独身なのに……しかし、嫁を宛がってやろうにもお前の史実の嫁は織田家のお犬の方。まあ、なんだ……頑張って運命の人を探せ。
◆
越水城
母里武兵衛
「オレも参加したかったなー……」
手元には姫路から届いた試し合戦の報告がある。これを読む限りではどの戦場でも中々凄い戦になったようだ。怪我人が多くて医療班を持つ顕如上人が叫んでるようだが、まあ、黒田家はこれぐらいやらないと。
しかし、オレたち東方軍は三好残党との小競り合いが続いていたから頭では参加できない事は納得していたんだが、やはり参加したかったな。同じ東方軍の義弟、山名は参加しているのに……馬廻りを除けばオレたちが最強だというのに。
しかも、義弟は負けたというから、戻ったらまた鍛えてやらないと。尤も、そのまま姫路で毛利殿に指揮を学ぶと聞いているから、しばらくは来ないだろうが……。
アイツ、毛利殿に見込まれたのか。スゲェな。まったく、負けないようにオレもまた鍛えないとな。
しかし、問題は報告書と同時に届いた官兵衛の作戦書だ。どうも今年中に芥川山城は攻略したいようだ。となると、また少し戦火が広がる。
力技で突破してきたが、やはり三好長逸と松永弾正はしたたかで手ごわい。隆鳳から「罠があったら罠ごと真っ直ぐぶち破れ」と攻略法を教わっていなければやられていたかもしれない。
とはいえ、あの2人と戦った事でオレも将としては少し学べた気がする。ここが正念場だろう。
「となれば、少し身体を動かしておくか……」
「アンタは結局それかい」
「居たのか、左近」
「呼んだのはアンタだ、大将」
あはは、とごまかすように笑い声を上げて、官兵衛からの作戦書を渡す。ジッと、島左近はその書の裏側にある物を読みとるように目を通し、
「……西に行くんじゃないのか?」
「その前に眼の前の島が目障りなんだろ」
「俺が?」
「あ、いや、すまん。言い方が悪かった。淡路と四国が目障りなんだろ」
「ああ、成程。ややこしい」
あっぶねー。怒るとすげー怖いから、左近。
「でも、淡路と四国狙うなら芥川山を第一目標にはしねぇよ。本当に欲しいなら、海戦仕掛けて直接行くぜ」
「そう言われりゃそうだな……」
「京との繋がりを強くしたいのか……頼廉殿はどう思う?」
「頼廉?」
「頼廉です」
「うわっ!?居た」
体格のいい左近に隠れて丁度見えなかった。本当に本人には驚かす気が無いんだろうけど、なんだろうな……この人は。
「大方は島殿の言う通り、京との繋がりを本格化させたいのかと」
「京は背後に明智殿が詰めているが……繋がりを本格化と言うと?」
「朝廷工作」
……ふむ、よくわからん。隆鳳も官兵衛も全然外交しねぇから。もっとも、隆鳳に言わせれば「戦は政治の一部であり、外交手段の一部」らしいが。
「……大殿は全国に喧嘩を売る気か」
「今更かと。あるいは、北陸への道を開いて上杉との繋がりを強くしたいのかもしれません」
「そりゃ……」
元本願寺の宿願だろ、と言おうと思ったが、その可能性も否定できないので止めた。上杉殿も関東やら信州やらで全然こちらに目を向ける事が出来ないとは聞いている。
……そして、ウチから火酒が中々届かないと嘆いていると。
「思惑はともかく、私たちとしてはやるしかないかと」
「そうだな。幸い命令は芥川山城だけだ。いつ声がかかってもいいように準備しておくか……」
「手伝います。本田弥八郎殿にも物資の手配をお願いしておきましょう」
お、おう。流石この2人が居ると話が早い。オレは結局戦いが本業だから……。
「じゃあ、オレは少し鍛えてくるか」
「ほどほどにしておけよ。精を出し過ぎていざって時疲れ果ててるのは困るぜ」
肩越しに手を振って、早々に外へと向かう。本丸を抜けて練兵場がある三の丸まで。既に野外に出た時点で聴き慣れた声が聞こえてきた。
「仕上がってるねー。キレてるよ!」
「……何をやってんだ、巴」
「暇だから見学!」
暑苦しい奴らがひしめく中、姿を現すと、オレの嫁が野郎どもに向けて両手の親指を立てて声をかけていた。まだ見学ならいいか……弟とは違って身体を動かす事が好きで、以前は時折訓練に混じっていたからだ。動く割にはバッキバキの身体では無く、全体的にしなやかで後ろ姿も艶めかしい。
「……見るなとは言わないけど、頼むから参加はするなよ」
「少しならいい?」
「止めとけ。子供に障る」
そんな彼女が訓練に参加できない理由だが、まあ、なんだ。子供を授かったからだ。そういえば隆鳳の所も三人目が授かったと聞くが……頼むから、勇み足で縁談とかこの時点で持ちかけんじゃねぇ、親父。隆鳳も流石に困ったと書状で言ってたぞ。
「心配性だねー」
「オレ自身の事なら力技でなんとかするんだがな……」
「まあね。折角の赤ちゃん、護ってあげないと」
わかってんならいいよ、と思いつつ差し出された槍を手に取る。戦場で使っているモノより鉄を入れた槍はかなりずっしりとくる。
だが、嫁が見ているんじゃ気合を入れ直さないと。
オレが黒田家最強の先駆けである為にも。
その頃の姫路
おやっさん(はよ嫁とれ嫁とれ嫁とれ……)
官兵衛「……無言の圧かけてくるのを止めてくれませんかね?」