亡霊屋敷
荒れ野に建つその屋敷は、一個の魂をもっていた。
十六夜の晩に近くをゆく者は、決まってここへ迷いこみ、二度と出られぬという。
明治の半ばに書生が一人、篤志家の叔父を頼んでこの地方へ来たが、慣れぬ田舎に惑い夜になる。月明かり進んでいくと、たどり着いたは件の屋敷。
数寄屋造りの屋内は、怪しくも蒼白く光り、誘われるようにして近くの部屋へ入り込んだ。
板張りの床は物置であるらしく、すぐに転がり寝入らんとした。
と、頭上でふと音がする。床に何か落ちたようで、見れば黒白の小石が無数。上を見ても暗い天井ばかりで、最後に一個の賽がふいに現れて落下し、この怪異が止むと、ハハァと彼は合点した。
昔叔父より少女の霊が出るという屋敷怪談を聞いたことがある。叔父さんの土地にはそんなものがいますか、なかなかロマンチックですね、などと笑ったものだが、実際となるとやはり少々寒気もしてくる。
しかし眼前の玩具に興をひかれ、放漫者に特有の奇妙な大胆さを発揮すると、起きあがっては側に双六盤も見つける。書生などといいつ元来放蕩の血濃き者であったので、このような古の遊びも座敷でよく学んでいた。
黒白の石がふうと浮き、ほこり被った盤へと並ぶ。
「そうか」と、賽をつかんで投げやり黒石を操った。すると今度は見えぬ手が賽と白石をいじくる。こうして奇妙な双六の応酬が続いていく。
その内に熱が入り、乾いた口で咳払いをする。と、暗闇より鼠が三匹走り来た。背には水入りの柄杓がなんとも器用に乗っている。とって喉を潤すと、なるほどこの屋敷自体がいまは亡霊の肉体の如きで、さしあたってあの鼠らは手足の役目を任されているものであろう、などと呑気に構えた。
実際、彼の予想は当たっていて、かつて来た者らも皆遊び相手をさせられたのだが、近頃では古い遊戯に通じる者もおらず、怯えるばかりの来訪者をついには鼠にかじらせ退屈をしのいでいた。が、これは知らぬが仏であろう。なんにせよ、鼠達の主にしても、この遊び相手には喜んだにちがいない。
明くる日の昼には、書生は叔父宅を訪ねていた。浴衣着で肘掛椅子へ浅く座り、だらしない格好で読書していた叔父へ挨拶を済ますと、昔に聞いた怪談の詳細を乞うてみる。
依れば安土桃山の古く、かの屋敷には竹阿弥の遠縁にあたる夜楽姫なる人物が居たらしい。齢十四の時に親の政争に巻き込まれ、寝屋にて凶刃を受けたが、奇怪なことに、少女の霊魂は昇天せず屋敷へ留まったという。十六夜月の不思議であろう、と結ぶ。
「して、貸して頂ける離れの日当たりは?」と青年が訊くと「悪い」との回答。
「そりゃ結構です。何、連れが嫌がるものでして」と、盤を包んだ風呂敷をかかげる。
すると其の一瞬、少女の白い顔が青年の横に見えた気がし、叔父はぶるっと身を震わせた。