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6.出会いと交流

「ここが庭園だよ。生前の母のお気に入りだったんだ」


 騎士団との顔合わせと軽い鍛練(という名の交流だったが)を終えたアクア達三人は、約束通りステラ王子に王城内を案内して貰っていた。


 行く先々で様々な視線を浴びる……というのは、もはやしつこいので割愛することとして。


 丁寧に手入れをされている庭園には、城内よりも人が少なく寛げる。


「へぇ、水も通ってるのか。小さな川みたいで涼やかだな」


「ええ、それも母の提案なんです。というより、この庭は母が自分で設計して手入れして作り上げたものですから」


「センス良いな」


「ああ、人柄が偲ばれる」


「ありがとうございます。できれば、母にも会わせて差上げたかったんですが…」


「女王サマ、確か去年に亡くなったんだっけか」


「はい――――あそこに、母の墓がありますよ」


 ステラ王子とフィオレ王女の母である女王自ら作り上げてきたという庭園は、それこそ薔薇といった観賞植物は勿論のこと、実のなる木々や野草の類もバランスよく取り入れられていて、全体的にやさしげな風情だった。


 雰囲気としてはやはり西洋式に見えるが、それでも幾何学的すぎず理路整然とし過ぎず、アクア達は一目で気に入った。


 そしてそんな中―――奥まってひっそりとした場所に、小さな石碑があった。


「リュセ=ディ=ルーラン女王陛下……」


 石碑に刻まれたその名をアクアがぽつりと呟く。


「母は、女王にしては珍しい気質の持ち主だったようで……感覚としては、貴族というより庶民に近かったと思います。勿論、それでも女王の才覚と威厳はありましたが。僕の性格も母譲りかもしれません」


「なるほど、確かにステラも、想像したような貴族然としちゃいねぇよな」


「自分を着飾ることよりも、庭で土を弄っていたり、騎士やメイドや庶民を話をしている方が好きな人でした。父とも対等に話し、実はあの研究にも精力を注いでいたんです」


「幻蒼の姫と聖獣の、か?」


「この地の伝承や歴史をちゃんと知っておくことも大切なことだと。父や僕が中立派なのは、母の影響なんですよ。昨日話したリーフ=シルヴィル…彼は母が連れてきた研究者です」


「唯一の中立派の研究者か」


「その頃からあの二派が幅を利かせつつあったのですが、母が亡くなってからより過激になってしまいました。それまでは母が暴走を食い止めていたと言って過言ではありません」


 ステラ王子は、母親を好きなだけでなく、尊敬していた……いや、今でも尊敬しているのだろう。そして、しっかりとその身の内に何かしらを受け継いでいるのだと知れる。















「…っ…おにー…ちゃん……おねー……ちゃん…ぐすっ…」


「「「「ん?」」」」


 しばらくして、ふと聴こえてきたその声に四人は一斉に振り向いた。


 ガサリと音がして、そこに現れたのは…


「フィオレ!?」


「あれ、フィオレ……っとと、王女様」


 思わず室内と同じように呼び捨てにしそうになって、アクアは慌てて言い直す。


 ぐずっていたらしい王女は、兄とアクアの姿を見つけるなり駆け寄ってくる。


 だが、そこにはもう一人、別の人物がいた。


「リーフじゃないか。君が連れてきてくれたのかい」


「一応。なぜあちらのほうで一人だったのかは知りませんが、とにかく『おにーちゃん』を連呼していたので。『おねーちゃん』が一体誰なのかは知りませんが」


「フィオレ、この時間は文字の勉強をしているはずだろう。抜け出してきたのか」


 呆れたように溜息をつくステラ王子。その横に佇む人物を、アクア達は見つめた。


「なにか?」


「いや……もしかして、貴方がリーフ=シルヴィルか?」


「そうだが」


 肯定を受け取り、三人は内心で同じことを思った。


 年若いって――――まだ思いっきり子供だぞ!?


「ちょうど良かった、紹介しよう。彼が王立研究所において最年少の研究員であり、件の研究で母が推薦してきたリーフ=シルヴィルだ。リーフ、こちらは国賓であり近衛騎士団のアクア殿、ウィング殿、アレス殿だ」


 三人の名を訊いた途端、彼は僅かに瞠目し―――だが、直ぐに真顔に戻った。


「リーフ=シルヴィル。齢は12だ」


 淡々と名乗ってくる。


 それに、アクアが代表して応えた。


「自分はアクア。二人は友人のウィングとアレスという」


 背丈の差がどうしてもあるので、失礼かと思いつつアクアは片膝を地面につけてしゃがむと手を差し出す。


「…?」


「ん?あ、悪い。握手のつもりなんだけど…って、あれ?この国って握手の習慣なかったっけ?」


 本気で悩んだアクアは首を傾げて後ろを振り返る。「いや、あったと思うぜ?」「王とも王子ともやったしな」という反応に「だよな」と頷く。


 そうして顔を元の位置に戻そうとした刹那、ようやく差し出した手にぬくもりを感じた。


「よろしくな」


「……よろしく、頼む」


 若干、目が逸らされている気がした。


「王子、俺はまだ仕事があるのでこれで失礼します」


「ああ、ごくろう。フィオレのこと、礼を言う」


「いえ。では」


 挨拶を済ませるなり、彼――リーフは手荷物を持って王城内へと足を向けた。


 その時…


「きしさま~、またねー」


 元気な声が聞こえ、思わずといったようにぎょっとしてリーフが顔だけ振り返ってくる。


 ステラ王子の腕の上、フィオレ王女がリーフに向かって満面の笑みで手を振っていた。













「フラグ、立ったか?」


「かもな」


「どうだろうな」


「にしても、始終仏頂面かと思ってたから、最後のあの表情は面白かったぜ」


「年相応っていうのか?ぽかんとしてたな」


「まあ、いきなり『きしさま』って言われればな」


「でも、王女様にとってはそう見えたんじゃないか?」


「白馬の王子様じゃなくて騎士ってところがミソだな」


「ていうか、初対面に対して遊んでる自分達ってどうなんだろ」


「いいんじゃね?鉄壁に見えた仮面が剥がれた時ほど面白ぇことねぇよ」


 三人共々言いたい放題言っていると、ステラ王子もしみじみと呟いてくる。


「彼があんな顔もできることは知りませんでした。それに…アクア殿に続いてリーフか。フィオレも少しづつ人慣れしてきましたかね」


「もっと別の意味かもしんねえぜ?」


「はい?」


「いや、これこっちの勝手な妄想だから」


「だが…リーフというのは、いつもあんななのか?」


 こちらを見てきた、深緑色の瞳を思い出す。


「彼は非常に優秀で、そこらへんの大人にも劣らぬ頭脳の持ち主です。早くから研究者として名が知られていて、母はそれを知ってか知らずか彼のことは気にかけていて。ただまあ…本人は無視していますが、周りの大人から見れば気に入らないんでしょうね。彼はいつも独りです」


 三人の疑問を的確に読み取り応えるステラ王子は、リーフが去って行った方角へ目を向けながら僅かに眉をしかめていた。


 若干端折っているが、行間を読むのに長けている三人にとってはリーフの境遇を把握するのに時間はかからなかった。


「おねーちゃん、“りーふ”ってなぁに?」


「王女様を連れてきてくれた、さっきの男の子の名前ですよ」


「りーふ?」


「はい」














「ところでよ、王子サマ」


 その後、一緒に行くと言って訊かない王女も連れて敷地内を散策している最中、ふとウィングが切り出す。


「その喋り方、やめることはできねえのか?」


「え?」


「いや、王子が物腰丁寧な性格なのは知ってるが、俺らはこの通りタメ口だろうが。気付いてなかったんかもしんねえが、王子だって俺らにはもっと砕けて良いんだぜ?」


「ていうか、そのほうがいいよな」


「全くだ」


「つか、ザックとかにはそうしてたしな王子サマ」


 暫しきょとんとしていたステラ王子は苦笑する。


「そういえば……いや、特別構えていたわけじゃないんだが。ただまあ、どこか客だっていう意識があったからな。こんな喋り方でいいならこうするが」


「それでいい」


「頼む」


「もちろん」


「わかった。なら、“殿”もつけないで呼び捨てにしよう」


「むしろ、こういう人目のある場所ではこっちが自重したほうがいいよな、一応。なんか今更だけど」


「一応“王子”ってつけてるけどな」


 思えば王城内だろうがどこだろうが、王子にはタメ口しか利いていない。身分関係を気にする性質ではないが、やっかみを買って面倒になる前に直した方が良いかもしれない。













「そういえば、ステラ王子は自分達に構っていて良いのか……じゃなくて、良いんですか?王子も仕事とか色々あるだ……あるでしょうし」


「アクア、無理して敬語にならなくて良い。いや、これも僕の役目だから気にするな。君達と話しているのは楽しいし、それに―――――僕や妹が傍に居れば、牽制になる。手は出させないさ」


 最後を少し強調してみせた王子がちらりと周囲へ向けた視線の意味を、三人は的確に把握する。


「―――王子、あのさ」


「騎士達に言ったことと同じことを言うつもりなら、もう言う必要はない」


「訊いてたのか」


「まあ、そうだな。言っておくけど、僕は君達のことを義務とか責任とか、そういうことだけでこうして接してるわけじゃない。気にしなくても、僕も上位の魔法は使えるし剣も扱える。自分の身は自分で守れるさ」


「そこは、まあ良いんだけど―――ひとつ、訊いても?」


「なんだ?」


「こういうのは失礼かもしれないけど……まだ出逢って二日しか経ってないのに、王子も騎士達も、どうしてそこまで良くしてくれる?」


「ほんとだぜ。少しは疑念があってもおかしくねえのに、王子にも騎士達にもその片鱗が見えないし、隠してもいない。驚くくれぇ、真っすぐだ」


「それも、ただのお人好しとか素直とか純粋だからとか、そういうレベルじゃない。むしろ、王子も騎士達も容易く他人に心を許す人間じゃない。それを自覚してもいるだろう。だが、その上で皆は俺達をいとも容易く受け入れた」


「それが、ちょっと怖いというか…なんていうか、シビアな中で信じられないほどに恵まれているのが、都合の良い夢じゃないかと思ってしまうんだ」


 上手く言えない。だが、ずっと燻っている疑問を吐露すれば、ステラ王子は軽く肩を竦めて見せた。


「さぁ、なんだろうな……確かに、君達の言う通りだ。僕も近衛騎士団の奴らも、立場や仕事柄、よほどの信頼関係を築いていなければ完全に心を許すことはないと言って良い。それは、たとえ仲間となっても同じこと」


 けれど、と王子は更に続ける。


「だからこそ、僕や騎士達は物事の本質を見極めるのに並以上には長けている。それが、理由の一つじゃないかと思う」


「?つまり、なんだ?」


 三者三様に首を傾げるアクア達に、「ザックにでも訊いてみたらどうだ?」と言いながら王子は苦笑していた。



* * *



「私はノイン=キースと申します。これからよろしくお願いします」


「俺様はシン=サミア=ハルカだ。第一部隊隊長をやってる。にしても、お前らの名前って短ぇなぁ」


「チャス=トーワってんだ!チャスで良いぜっ」


「第三部隊隊長、ケイス=アイン=ブルノアと言います。むさ苦しいところですが、よしなにして下さいね」


 次から次へと浴びせかけられる自己紹介の荒波に、流石の三人も内心で少々うろたえていた。決して不快ではないが、名前を一気に覚えられる気がしない。


 なにせ、この近衛騎士団は数ある騎士団の中でも精鋭が集まった最大規模を誇る騎士団。部隊は主に十部隊に分かれているらしい。一部隊につき、だいたい10人の騎士が揃っている。単純計算で100人以上だ。


 今は夜。ちょうど夕飯時のこの日、誰かが宣言した通り食堂においてパーティーが開かれて三人はその中心でもみくちゃにされている。


 まあつまるところ、新参の三人の歓迎会―――なのだが、ロイ曰く「ただ呑みたいだけだろう」とバッサリ。そして確かに、その感が否めなくも無い。








「おいっ、お前ぇら酒飲めるか酒っ!!」


「…まだ未成年だけど良いのか」


「みせいねん、だ?なんだアクア、その変な単語は」


「この国には飲酒は何歳からって決まりがないのか」


「んなもんはねえっ!というわけで飲め!!」


「無駄にテンションたけぇな、おい」


「ウィング、アレス!お前ぇらもだ!!」


「潰す気満々だろ。まあ負けないが」


 しょっぱなから酒を豪快に勧めてくる、やたら勢いのあるこの男はシン=サミア=ハルカ。伝承や歴史はぶっちゃけどうでもいい、と豪語した張本人である。とにかく気風の良い兄貴、という風情だ。


 ザック曰く、「実家は名門の貴族のくせに“お貴族”大嫌いな社交界の風雲児」らしい。肩下まで伸びている臙脂色の髪を無造作に束ねているシンは、20歳だという。














「おいシンっ、最初っから飲ませたら料理食えなくなるじゃん!ほい、これやるよ。すっげー美味ぇんだぜ」


「ん?これはどうやって食べるんだ」


「あ、そっか。待ってろ、今見本みせてやるから――――うぎゃっ」


「あーあー、別に慌てなくても俺達逃げないって」


「わ、わりぃアレス」


「なんだ、こいつ。仔犬か?」


「ウィング、それはちょっと――」


「俺は仔犬じゃねえ!!」


「おら、噛みついてきた」


「ノイン隊長~、シンがもう一人増えた…」


 こちらは小柄なまさしく少年。ウィングに仔犬と言われてムキになっている辺り、どうも日頃からそう言われているらしいが頷ける。このチャス=トーワ、これでも三人と同じ18歳。


 そしてこのチャスが、まっさきにパーティーやろうと言い出した張本人。この世界の料理に食べ慣れていない三人に、一生懸命いろいろと教えてくれている。ちなみに酒は弱いそうだ。


 またノインとは、訓練場で頭を下げたアクアに最初に話しかけてきた男である。第二部隊の隊長で、どうやらチャスは彼の指揮下に属しているようだ。














「団長からお聞きしていますが、貴方達は魔術に関しては素人なのですか」


「そうですね」


「ふむ…確かに、それであれだけの威力があるとなると、制御出来た方がよろしいでしょう。ちなみに、昼間の刺客を返り討ちにした時は、どうしていたのですか」


「あー…いや、なんか身体が勝手に動いてたというか」


「俺らもよくわかってねえんだよ。槍だって急に出てきたし、身体は軽いしでただ暴れただけっつーかよ」


「そうですか。できれば、後ほどその武器を見せて頂きたい。何かわかるかもしれません」


 打って変わって物腰やわらかな年長の彼はケイス=アイン=ブルノア。ザックやロイよりも年上で現在は24歳。柔和な声音にも関わらず、その腕と才能は騎士団の中でもずば抜けているようだ。

 

 少々掴みどころのないケイスは、実技だけでなく頭脳派としてもその才覚を買われていて、ザックとロイの信頼も厚い。参謀、という役職名があれば彼以上に似合う人物はいないかもしれない。

















 …と、そんなこんなで言葉通り大歓迎を受けること暫し。


「あ、あのさ…」

 

 一人の騎士が、渦中にいるアクアにおずおずと声をかけてきた。


「ん?どうした」


「えっと、さ…」


「ん?」


「……」


「?」


 既に最初からタメ口(というか、そうしろと強制された)でいるのだが、なかなか切り出してこない。思い切って話しかけたは良いが、なにか躊躇っているようだ。


「ったく、じれってぇなぁ、おい。なら俺様が代表して言ってやる」


 見かねたシンが大げさにそう宣言するなり、ビシっとアクアを指差してきた。


「こいつの髪と瞳の色を、近くで見てみてぇんだろ?お前ぇだけじゃなくて全員。違うか」


 図星、というように、最初に話しかけてきた騎士だけでなく周りが反応を示す。


「けど、こいつにはなぁんか臭ぇ噂が付きまとってるし、こいつ自身がどこまで気にしているかわからねえから、見せてくれと言い出せなかった。そうなんだろ」


 また図星らしい。


「だ、だってよぉ」


 チャスが口を開く。


「王城ん中歩いてっとさ、どこ行ってもアクアの陰口ばっかなんだぜ?俺、休憩のとき見えたけど、王子に案内してもらってる三人のことすっげー嫌な目線で監視してるしさ」


 チャスに同意するように、何人もの騎士が頷く。


 まさかあそこまで過激二派の影響が及んでいるとは思わなかった、というのが正直な感想らしい。


 アクアは、出歩く時は常に髪にバンダナを巻き、左眼を眼帯で覆うようにしている。もう噂がここまで広がった以上、そう言う意味では隠してもさほど意味はないのだが、それでも刺激しない方が良いと考えてのこと。


 だから、今もその髪と瞳は覆い隠されている。


「確かに、そんな時に『髪と瞳を見せてくれ』というのは、随分不躾なことでしょうね」


 ケイスがグサリとそう言えば、気まずそうに視線が逸らされる。


 それに、アクアは慌てた。


「や、ちょっと待って。あ、あのさ、その……―――すまない」


 出てきたのは、途方に暮れたような謝罪の言葉。


「気を遣わせたくなくて隠してるつもりだったんだけど、隠したら隠したで、やっぱ駄目―――」


「いや、それは違ぇぞ」


「……は?」


 シンがアクアの言葉を素早く遮る。


「こいつら…っていうか俺らは、アクアのその髪と瞳を近くで見てみたいってぇ好奇心があるだけだ。話が横道に逸れたが、要はそれだけ。ただの興味。それ以上でもそれ以下でもねぇの。納得?」


「―――…つまり?」


「つまり、アクアが見せたくないならそれで良い。見せてくれんなら嬉しい。以上」


 気負うことなくサックリ纏めたシンを見つめ、そうして視線はそのままで皆の雰囲気を窺った。














 数秒後





 沈黙の中、蒼銀の髪がさらりと揺れ、その瞳が露わになった。





 この世界を覆う天空の夜闇に煌めく銀河の如き色彩を宿すアクアに、思わず全員が呆けた。





 アクアが元々颯爽として端整な容姿であるだけに、尚更である。
















「ええっと……一応、こんなだけど」


 バンダナと眼帯を取り除いたアクアは、皆の反応に困ったように微笑を浮かべる。


 次の瞬間、ワっと一斉に周囲が湧いた。


「ほう、近くで見ると見事なもんだな」


「すげー!めっちゃくちゃ綺麗じゃん!!」


 シンが瞠目しながらも面白そうにそう呟き、チャスが手放しでベタ褒め。


 まさかの反応におっかなびっくりしているアクアに向けて皆が皆、賞賛の言葉を口にしてゆく。


「馬ぁ鹿、おいてめえら、褒めんのは良いが加減を覚えろ加減を。びっくりしちまってんじゃねえか」


「まったく…こういうところはいつまで経っても変わらんな」


 ザックとロイが呆れたようにそう言うも、なかなか収まらない。


 ばしばし背中を叩かれたり更に色々話しかけられたりするアクア。


 ―――その内心では、言い知れぬ混乱と困惑が渦巻いている。


 それでもそれを表に出さないように振る舞っているのを知っているのは、ウィングとアレスの二人だけだった。
















 そろそろパーティーをお開きにしようという時だった。


「なぁなあ、ザック団長。こいつらに風呂の場所教えに行っても良いか?」


「あ?ああ、そうだな。確か昨日は王子が城の中のを使わせてたから、場所は知らねえか。うっし、じゃチャスに、あとは何人かも宿舎のこと色々教えてやれ。昨日の夜に飛び入りしたから詳しいこと知らないと思うしな」


「あ、でも片づけが」


「いーっていーって。今日はお前らがもてなされる側なんだからよ。俺とロイで仕切って片しとくっから」


 そうして三人がチャスを含めた何人かと一緒に食堂を出ようとした刹那。後ろから声がかかった。


「あ、ちょっと待ちなさい、あんた達」


「へ?」


 呼びとめてきたのはケイト。チャスが素っ頓狂な声を出す。


「あんた達、なんか絶対、重要なこと勘違いしてそうだから惨事にならないうちに教えてあげるわ」


 そうして一旦言葉を切ったケイト。


 アクアとウィングを交互に指差しながら、はっきりと言った。


「その二人、女の子よ」















 一分後















 王城の敷地全てを揺るがすかと思うほどの大絶叫が、月明かりの下で響き渡った。




* * *



「あんなに驚かれるとは…というか、まさかザックとロイまで勘違いしてたとは思わなかった」


「アクアは一人称『自分』だし、ウィングに至っては『俺』だからな。しかもアクアは顔も声も中性的、こいつはまるっきり少年だ。俺はむしろ、ケイトは女だからまだ良いとして、シンとケイスとノインが見抜いてたことの方が驚きだ」


「そういうものか?」


「そういうものだ」


「ま、んなもん今更だけどよ。つーか、あの絶叫はマジで耳が痛ぇ」


 風呂上がり。宛がわれた部屋にて雑談する三人。


 宿舎の中でも比較的大きいこの部屋にベッドを三つ入れ、日用品を寄こしてくれたのは、元は別の場所が自室だったのにわざわざ両サイドの部屋に移ってきてくれたザックとロイ。


 窓からは月も星も見えて、日本では滅多に見られない石造りの部屋だが居心地はよかった。


「魔術、本当に使えるんだな」


「まだよく実感がねえけどな。もう認めるしかないだろ、こうなったら」


「スペックが随分高くなってないか、俺達。いくらなんでも、普通あんなに跳躍できないし、あそこまで俊敏に動けないだろ」


 昼間、刺客に返り討ちした時のことを思い出す。


 真剣を振るい、槍で薙ぎ、弓の弦を引っ張るだけで敵をなし崩しにした。


 その手に力を込めるだけで、どう動けばどうなるかが自然とわかった。


 あの詠唱だって、考えもしていないのに自然と口をついで出た。


 身体は驚くほど軽く、今迄鍛練してきた体術の技は凄まじい威力を発揮した。

 

 昨日よりも今日、今日よりも明日…この身に宿る摩訶不思議な力を現実のものとして実感してゆくのだろう。そうして、いつかは“普通”と感じる様になるのかもしれない。





















「――――家族、か……」




 ぽつりと、落とされた小さな呟き。




 ウィングとアレスは、聴こえなかった振りをして、窓から見える夜空を見上げた。




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