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5.近衛騎士団

 幻蒼の森―――それは遥か昔、約500年前にこの地に現れた原生林。


 その広大な森にヒトが踏み込むことはなく、代わりに精霊達が獣と共に生きている。


 そう、そこはいわば、精霊にとても源泉でありこの世で唯一の憩いの場。


 ヒトにとっては、まさしく未知の世界である。


 なにゆえこの地に現れたのか、内なる場所にはなにがあるのか―――尽きぬ疑問は謎のまま、ヒトは畏怖し続けている。


 同時に、ヒトが駆使する魔術とは精霊の存在が重要。ゆえに、この森に最も近いルーラン王国は、永らくこの森を保護してきた。


 森に手を出せば天罰が下り、王国から制裁が下る。


 それを合言葉に、ヒトは森を離れた場所から眺めて生きてきたのである。


 ―――500年の後の今、まさかそんな森にヒトの子が現れたことなど、一部の者達を除いて誰も知らない。



* * *



 コンコン、と扉が叩かれて出てみれば、そこには人懐っこい笑顔を浮かべたルーラン王国第一王子が立っていた。


「なんだ、ステラじゃねえか」


「おはようございます。朝っぱらからすみません」


「いや?それよか、なんか用でもあんのか」


「用、といいますか」


「あ?」


 遅れて王子と同じように視線を下げたウィングの視界を、小柄な影が通り過ぎてゆく。


「おねーちゃん!」


「あ、王女様」


「フィオレっ。まったく、許可も無く部屋に入っては駄目だろう」


「こっちは平気だ。おはようございます、王女様?」


「フィオレ。おなまえでよんで?」


「朝っぱらから元気だな、王女サマはよ。つか、もしかして王女サマがアクアに会いたいとでも言ったか?」


「ええ、実はそうなんです。今は駄目だと言いつけたんですが、大泣きしそうだったもので…我ながら甘いとは思うんですが」


 アクアにだっこして貰えてご満悦の王女。三人は微笑ましく眺める。


「助かりましたよ。昨日、貴方達が帰ってから、今度はいつくるのかとか早く会いたいだとかそれはもうしつこくてですね。もし来られないということになっていたら、どうなっていたことか」


「ステラも大変だな」


「その意味でも、少なくともアクアがここに来たのは万々歳ってことか」


「ええ」


 昨日、一旦城を出てから諸々の事情でその日のうちに再び城へと戻ってきた三人。王も王子も快く出迎えてくれた。


 そして、ここが王城のどこの部屋かというと―――


「おーい、起きてっかぁ…って、ステラ王子。これは失礼しました」


「ここでは敬語はいらないと言っただろう、ザック」


「わかったわかった。んで、朝っぱらからこいつらになんの用だ?」


「妹がアクア殿に会いたいと駄々をこねてね。それと、今日の行動の確認だよ」


「なるほどな」


「おはようございます、王子」


「ロイ、君もまた…って、君には何度言っても駄目だったな」


「けじめですので」


「おーおー、王女様は随分とアクアに懐いてやがんな」


 部屋の外、王子の後ろに現れたのは近衛騎士団団長ザックと、副長のロイ。


 そう、ここは国王陛下直属・近衛騎士団の宿舎である。


 朝早くからの王子と王女の訪問に加え、団長と副長の集まるこの一室に、やはり起きてきた他の騎士達は興味深々といった風情。










 城に舞い戻ってきた三人は、昨夜、国王と王子、宰相、それに団長副長を交えて今後のことを話し合った。


 その結果、三人の扱いは国王の賓客及び近衛騎士団団長の補佐役ということで、一応のところ落ち着いている。三人の思惑はどうあれ、とりまく状況が結構シビアなので、牽制の意味も兼ねて国賓という最上級の扱いになったのだ。


 加えて、この国で最強とされる国王直属の騎士団。直属なだけあって信頼が置かれているザックとロイがいるし、他の騎士団よりも派閥が少なく比較的安泰。実際に命令にて闘いに出ることはないとはいえ、もし三人がへなちょこであれば団長副長以下の騎士達を説得するのは難しいだろうが、そこはクリアできている。


 三人も、ここにいるからにはただの客で終わる気は更々なかったから、これは好都合だった。


 三人の部屋を宿舎、それもザックとロイの部屋の間に据えたのも勿論牽制及び警戒を意味している。ここも王城の敷地内だが、王城そのものの中に下手に部屋を据えるより、余程効率が良い。


 というのも、わざわざ護衛の騎士を選抜する必要がないからだ。もう一度言うが三人の状況はシビア。これが外国の本当の意味での国賓であればまだしも、今回の場合はどこまでどの派閥の息がかかっているか判断しづらいだけに、信用できる人間を選ぶというのは骨が折れる。


その点、ザックとロイならばと国王も王子も一にも二にもなく賛成した。それならば、と三人もひとまず納得して今に至る。


「ザック、今日は早速三人を補佐につける気かい?」


「できればそうしてぇんだが、どうだ?」


「構わない。なら、終わった後に僕を呼んでくれないか?敷地内を案内したいから」


「了解」


 ちなみに、王子とザック・ロイは幼馴染みという間柄だそうだ。


 ザックとロイは、共に齢22。現代日本に比べて随分としっかりしている。











「うわ…物凄い視線」


「ま、予想通りっちゃ予想通りだがな」


「気にするな。新入りというだけでも目を引くが、あんた達の場合は容姿からして珍しい」


「これくらいなら可愛い方だし、気にしないけどな」


「それが良い」


 王子と王女と分かれて、三人はザックとロイに案内されて食堂にいた。


 謁見した時のように、一挙一動をくまなく見られている感じだ。だが、初日の昨日に強烈さを味わっただけに、この純粋な興味という視線はくすぐったいだけなので良しとする。

 

 それとなく観察してみると、ここの騎士団は若者が多いようだ。やはり、男が多い。


 そんな中――


「あら」


「「「あ」」」


「そっか。やっぱりあの話は貴方達だったようね」


 見事な金髪の女性が、食堂に入ってくるなり三人を見つけて寄ってきた。


「私はケイト=ルカ=マグダレン。話は大体訊いているわ。よろしくね」


「アクアと申します」


「ウィング」


「アレスだ」


 昨日と同じように簡潔に自己紹介すれば、にっこりと可憐な笑顔が帰ってきた。かなりの美人だが高飛車という印象はなく、むしろかなりの自然体。


 三人も大概だが、この男集団の中では目立っている。


 そうして、アクア達三人はザック達三人の向かい合わせの状態で座って食事をし始める。


「そうだ。ねえザック、この子、私の補佐にくれないかしら」


「俺…?」


「そいつは構わねえが…どうした、いきなり」


「だって、この子面白そうなんだもの。あの分じゃ、魔術強くてもなんか無自覚っぽかったし?鍛え甲斐がありそうだわ」


 アレスは指名されてぽかんとなっている。


「丁度良いのではないか。どちらにしろ、一人で三人を持つわけにもいくまいしな」


「まあな」


 なにやらよくわからないが、自分達はここで口出しすることもないだろうと食べ続けること暫し。


 ふと、アクアは小声になって目の前の三人に尋ねた。


「あの」


「どうかしたか」


「この髪と瞳の色、騎士団の中ではどこまで知れ渡ってるんだ?」


「つか、それだけじゃなくて俺らに纏わるあの名前と二派の論理が、だな」


 ウィングも話に乗り、同感だとアレスも頷く。


 すると、ザック達は少々申し訳なさそうな表情になった。


「できれば全て伏せておきたかったんだが…正直言って、もうここにも広まっちまっている。ただまぁ、ここは俺とロイが中心に育成してる騎士団だ。偏った思想の奴はそうそういねえし、なにより、三人を守るためにこの措置になったんだ。だから逆手にとって、この騎士団全体で、お前達に関する認識を統一しようかと思ってる」


 むしろ、トップ側に秘密があるのは逆に不穏分子に結びつきやすい。だから、いっそのこと最初から全て公表してしまえ、ということらしい。その上で、あの過激な二派に影響を受けないよう徹底した方が良いだろうというのがザックの考えだ。


 ちゃんとあとで紹介してやる、そこに関しては任せろと安心させるようにザックは笑ってきた。











 だが、騎士団の訓練が始まる前にひと悶着が起きてしまう。











 案内された訓練場、そこは王城の敷地内であるが競技場以上に広大だった。


 そこで、騎士団は元々いくつかの隊に分かれているので隊ごとに訓練するわけだ。


 ただ、今日はその前に話があると言って団長であるザックの指示の下、一か所に騎士達が集まっている。その視線はやはり、三人へ。


 ちなみに、ケイトは一つの隊の隊長らしい。


 ザックとロイが、急遽呼びだされて少し場を離れた時だった。


 周囲からぶわりと物凄い数の殺気が膨れ上がり、そう思った次の瞬間には無数の刃という刃、魔法弾という魔法弾がアクア達に向かって一斉に放たれる。


 予想外な展開に集まっていた騎士達も咄嗟に反応できず、ただ瞠目するだけ。


 唯一、ケイトがザックとロイの名を思わず呼んだが、時既に遅し。


 バババババババっという凄まじい音と土煙りと共に三人の姿は見えなくなり、戻ってきたザックとロイはあまりの光景に絶句するしかなく。




 ところが




「な…っ!?」


 それは、誰の声だったか。


 轟音の余韻と土煙りが収まった途端、皆は、今度は別の意味で絶句した。


「――――ずーいぶんと、豪勢なお出迎えじゃねえか」


 笑みを含んだ、けれど冷徹な声音が、さして大声でもないのに辺りに響く。


「いーこと、教えてやろうか?売った喧嘩は――――」






      「「「返却不可!!」」」













 タンっと軽く跳躍する音が三つ聴こえた。


 かと思った次の瞬間、ドガァンという派手な音がそれまた三つ、別々の場所から響いた。


 崩れはしないものの石造りの塀がズゥンと揺れ、いくつかの破壊音及び破裂音の中に微かに人の悲鳴が聞こえる。

 砂埃が絶え間なく湧き立ち、炸裂音が耳をつんざく。


 僅か数秒。


 その間に、一体どれだけのことが起きたのかなどわからぬほど、凄まじかった。


 本当に、たった数瞬の出来事だった。誰も彼もが突然のことに瞠目して、動きようも無かった。


 けれど、聴こえていた。


 明らかに破壊音のほうが大きいのに、驚くほどはっきり聴こえた。





『来たれ (あま)翔ける(かける)緋の刃  来たりて応えよ我が友よ』

『来たれ 夜闇に寄り添いし星霜  来たりて応えよ我が友よ』

『来たれ 天地駆ける風の刃  来たりて応えよ我が友よ』






 こんな激しい戦闘にそぐわぬ、凛として澄んだ声に、思わず聴き惚れた





『これは氷炎  対なる力は互いに相生す』

『蒼き銀河  月の光は守りの加護』

『これは水流  万物の根源  全ての導き』





 それは、まるで歌だった





『目覚めよ』

『降りそそげ』

『湧きあがれ』






 身体の深淵が、震えた






『氷華炎雷』   『牙月』   『風迅招来』







 光が、弾けた―――

























 しん、と静まり返った訓練場



 威風堂々と皆の目の前にいるのは、三人。




 一人は、その右腕に羽根文様を緋色に煌めかせ、その手には氷結晶の如き槍を



 一人は、蒼銀の髪をなびかせその瞳は澄み、月光の粒を纏わせた真剣を



 一人は、その左腕に青緑の文様を刻み、その手には竜の鱗で出来た弓を。




 そして彼らは、その身に宿る力を陽炎として纏わせて、そこいた。



* * *



「―――…っ、刺客を捕えろっ!!」


 その声に、一人、また一人と我に帰る。


 流石は日頃の訓練の賜物か、頭の理解が追い付いていないのに、打って変わって驚くほど騎士たちは迅速に動き、倒れている怪しい人影を次々捕縛していった。


「あれ、バンダナと眼帯がどっかいったな」


「とりあえず、全員沈めたか」


「ったく、こんなことが毎日起きるかと思うと流石に気が滅入るぜ」


 のんびりとしたその声に、未だ少し混乱していたザック達ははっと振り向く。


「ザック、ロイ。悪い、しょっぱなから迷惑かけた」


「いや…謝るのはこっちだ。俺達に話があると言ってきた奴がそもそもあっちの一味だったらしい。怪我はねえか」


「見りゃわかんだろ。問題ねえ」


「とはいえ、あんな大歓迎がここで来るとは流石に予想外だったな。認識が甘かった」


 さっそくお出ましの刺客に、もはや苦笑するしかない。


 アクア達が纏っていた陽炎は、いつの間にか消えていた。だが、手の中のモノは健在。


「つーかよ、これ、いきなり顕現しやがったな」


「多分、ウィングとアレスのは鳳凰と青竜の力じゃないか?」


「んなら、アクアのはファンザリア?」


「よくわからん」


「まぁでも、わざわざ得物調達する手間が省けたぜ」


「ていうか、実物の矢がなくても弦を引くだけで魔術ぶっ放せるとか便利すぎだ」


「聖獣だしな」


「それもそうか」









 訊かずとも判り切っていたが、あの刺客達はやはり、「否定派」の一味だった。


 とりあえず牢屋にでもぶち込み尋問は後にするとして、ザックが三人を騎士たちに紹介する。


 そして、昨今の王城で話題になっている伝承のことを改めて確認し、そこに過激な二大勢力があること、そしてその二派が自分勝手に三人がどういう存在かを決めつけ利用しようとしていること、それを阻止しなければ国自体が危ぶまれることを滔々と説く。


「いいか、勘違いのないようにもう一度言う。伝承は確かにあるが、だがそれはあくまで伝承であり過去の出来事、過去の存在にすぎねえ。つまり、いくらこの三人が関係ある様に思えても明確な事が判っていない以上、こいつらが何たるかは決まってねえってことだ。俺達の使命は、この三人を二派から守り良い様に利用されるのを阻止することだ。それが国王陛下、ひいてはルーラン王国を守ることになると心得ろ!!」


 おう、と騎士たちが応えた。


 そして、ザックの直ぐ隣に控えていたロイも口を開く。


「この者達の実力は、偶然とはいえ先ほど見た通りだ。身体能力が高く、魔術に関しても高度なものを駆使できることは団長と俺が確認している。その点でも、この者達が騎士団に身を置くのはお前達にとっても国にとってもメリットがある。更に鍛練を疎かにするな」


 アクア達は驚いた。


 目の前の騎士たちは、ザックとロイの言葉に信じられないほど素直に頷き応えている。おそらく、それほどザックとロイに信頼を置いているのだろうが、三人の目には異常にさえ見えた。


 彼らが悪いと言っているわけでも、その真っすぐな瞳を疑っているわけではない。ただ言いなりになっているのではなく、ちゃんと自分の頭で考えてそうしていることもわかる。


 ただ、三人は現代日本において、これほど真っすぐな人間に出逢ってはこなかった。周りに居たのは―――自分達を都合よく利用しようとする大人達。腹に何かを隠し、嘘に嘘を塗り固めた言葉と表情しか思い出せない。


 その経験が、目の前の彼らに対して恐怖さえ覚えるのだ。


 けれど、だからこそ……彼らのその瞳や姿勢が、嘘偽りではないこともわかるのだ。


「お前達から、なんか言うことあるか?」


 一通り説明が終わり、ある程度の認識統一をしたところでザックが話しかけてくる。


 すっと前に進み出たのは、アクアだった。












 腰から直角に身体を折り曲げて礼をするアクア。だが、何秒経っても顔を上げない様子に、騎士達もザックやロイも違和感を抱く。


 どうしたのかと、ザックが声をかけようとした時、ようやく声が聴こえた。


 だが、紡がれた言葉は思いもよらないものだった。


「―――ひとつだけ、お願いしたいことがある」


 表情はわからない。だが、その声音から何かを押し殺しているような、そんな苦しげな雰囲気が伝わってきて更に困惑した。


「ザックやロイが言ってくれたことを、無下にするつもりじゃない。皆が、誠実に本心から、応えてくれたのもわかってる。けど、だからこそ、言わせて欲しい


                  ――――自分を、守らないでくれ」


 尚も身体を折り曲げたまま、アクアは言い募る。






「自分は、どうしてか“幻蒼の姫”だと言われている。けど、自分はそんな実感なんてないし、それがどういうものなのかもわからない。


 けど、その名が意思とは関係なく被されていても、そうである限り自分の周りにはさっきみたいなことが起き続ける。


 できるだけ迷惑をかけないようにする、なんて無責任なことは言えない。それが言えるほど生ぬるい状況じゃない。


 だけど、騒動の元凶の自分はここを去ることもできない。そんなことに、ごめんって謝っても無意味なくらい、状況はシビアだ。


 自分がここにいるだけで、皆に火の粉が降りかかる。


 もしかしたら、自分がここにいることで皆だけじゃなくて皆の家族や大切なものが狙われるかもしれない。


 だから


―――もしそんなことが起きたら、お願いだ、自分のことなんか捨て置いて、皆は自分の命や家族を全力で守ってくれ…っ!!」





 困惑でざわめいていた騎士たちが、再び静まりかえった。


「――おいおい、アクア。さっきから自分自分って連発してるが、俺らのこと忘れてんじゃねえだろうな」


「まあ、アクアらしいが」


 アクアの横にウィングとアレスが進みでる。アクアの代わりに、騎士達を真っすぐ見据えた。


「頼みごとをする柄じゃねえんだが……俺からも頼むぜ。てめえら全員、俺らのことを庇うな、守るな。全力でてめえの命と家族を守れ」


「正直、俺達の存在がこれからどうなるのかわからない。場合によっては、本当に俺達はこの国この世界にとって在ってはならないものになるのかもしれない。そんな不穏分子を、皆が命掛けてまで守らないで良い。確かに皆が尊敬する国王陛下の指示でもあるし、皆はちゃんとした騎士道を持ち合わせているんだろうけど

                ―――俺達だけは例外にしてくれ。この通りだ」













 なんなのだろう、この人達は。


 それが、騎士全員の素直な感想だった。


 先ほど、突如襲いかかってきた刺客達を殲滅したその姿は、まさしく聖獣かと思うほどに猛々しく、威厳さえ感じたのに


 今、自分達の目の前で頭を下げ続け、あるいはこちらを真っすぐ見据えてくる三人は、




 驚くほど弱々しい。




 それは、弱っているとか、小さく見えるとか、そういう意味ではない。むしろ、その声や瞳には力強さ、確固たる意思や覚悟が感じられる。










 それでも。彼らは。










 その力強さの奥底、その深淵に―――今の彼らの強さを形成する“きっかけ”になっただろう、その根源にあるある種の弱さを、感じた。


 苦労、だなど生易しい。それ以上に、乗り越えてきた過去が、今の彼らを彼ら為し得ているのだと。




 勇者でも、天才でも、英雄でもなんでもない。




 彼らが口にしてきた言葉は、自分達を見下した傲慢なものではなく、真実、本心からのものなのだ。苦難から這い上がり、あるいは乗り越えてきた、もしくはその途中の者だからこその、あの言葉なのだと。


 あれほどの力を見せつけられて、普通だったら自分達を侮っていると思っただろう。


 だが、彼らは実は弱いのだ。だからこそ、強いのだ。
















「―――顔を上げて下さい、アクア殿」


 正面から聴こえた声に、アクアはゆっくりと身体を起こす。


 年若い、それでもこの中では年上の男が、皆を代表するように口を開く。


「私どもは騎士です。国王陛下近衛の騎士団。陛下の命は絶対、そして団長が決めたことが我らの総意。守るな、と仰いましたが、それは無理なお話です」


 彼の背後に居る騎士達からも、同意する様な雰囲気が伝わってくる。彼はアクア達の後ろに、ちらりと視線を投げて再び三人を見据えた。


 そして、その表情を少し和らげてから、更に言い募る。


「しかし、こうも応えましょう―――


 貴方達が、今迄どのような人生を送り、またこの度王城にてどのような存在として議論されてゆくのか、それは私どもの与り知るところではない。


 他の騎士団はどうか知りませんが、少なくとも、我々ザック団長率いる近衛騎士団とは“過去”や“伝承”ではなく“目の前にある現実”を見据え、守ると決めたものを守ります。


 時に命を投げ打つことも必要でしょうが、守るのはまず己の命、その上での大切な家族、友人、国王陛下、国を全力で守る

 

 ――――ですから、我々を真実慮ってくれた貴方達に言いましょう。


 アクア殿、ウィング殿、アレス殿。貴方達は我々の家族であり友人、すなわち守るべきものです、と」


 ぽかん、としている三人に、更に別の声がかかる。


「俺らはなぁ、ぶっちゃけ伝承とか歴史とかどうでもいいんだ。今、目の前にある事実の方がよっぽど面白ぇ。幻蒼の姫?鳳凰?竜?はっ、だからどうしたってんだ。俺様の今の最大の興味を教えてやろうか。お前ぇらがどれだけ強ぇのか、どれだけ笑わせてくれるのか。それだけなんだよ、わかったか」


 更に更に、別の声がかかった。


「そうですねえ。伝承なんて御託では、腹も膨れないことですし。確かに、過去を振り返るのはより良い未来を作るために必要な事でしょう。ですが、歴史的事実とは始まりから終わりまであくまで客観的であるべき事。そこに、妄想が入るのは愚の骨頂としか言いようがありませんね」


「あーもう、難しいことナシナシ!!もういーじゃん、自己紹介終わったんだし、早く練習しようぜ!なあ、ザック団長っ、今日の夜は勿論パーティーだよな!!」


 ぎゃぁぎゃぁと次から次へと畳みこむように、騎士たちが好き勝手喋り出した。


 それを静めようとするザックもとロイは、結構大変そうだ。


 一体、なんの話をしていたのか。


 それがわからなくなるくらい、この大騒ぎは続いた。


 そしてそんな様子を、こっそり様子を見に来ていた王子。くすくすと笑いながら、ほっと一安心していたのであった。





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