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4.決断【アレスside】


 暗く湿った空気の漂うあの洞窟で、俺達はいくばかりも足を踏み込まないうちに目眩に襲われた。


 あの時聴こえた鈴なりの音、あの痛みは、一体なんだったのか。


 アクアの左眼は蒼銀色に変わり、ウィングの右腕には孔雀の羽根を思わせる朱の文様が刻まれて。そして俺は、左腕に巻きつく様に刺青のような文様が刻まれた。


 あの時から、俺達は少し変わった。


 アクアは精霊が見える様になったというし、三人共々、元いた世界では在り得ないほどに身体が軽く、総じて身体能力が向上している。


 元々スペックは才能と努力である程度高いことに自負はあるが、これはそういう次元の問題ではない気がする。


 俺達は、この新しい世界で何を目的にどう生きるのか、わからないし決めていない。


 けれど、どうも決める前に、大きな波乱に巻き込まれつつある…というのは、なにも俺だけの認識ではないだろう。



* * *



「そなたらには、できればこの王城に留まって貰いたいのだが」


「それは……」


「遠慮は無用。私、国王の客としていれば良い。とはいえ、そなたらにも今迄の暮らしがあろう。今の今まで噂もなにも伝わってこなかったが、やはり幻蒼の森に住んでいたのか」


 王子と王女と他愛ない会話をしているところに、部屋を訪れてきた王が俺達に尋ねてきた。


 ただ、返答には困った。何をどこまで、どう言ったらベストなのか判断がつかない。


 まさか異世界から来たなど容易く言えることではないし、ましてやフォレスとホープのいる空間についてはこっちもよくわかっていない。


 とりあえず、幻蒼の森は認知されているようだから、曖昧に頷く。


 昨日からバタバタしていて気を失ってもいたから失念していたけど、そういえばあの二人には無断で泊りになってしまった。


 王城に来るにしてもなんにしても、一旦二人の下へ帰った方が良いだろう。俺達はそう結論付けて、「ひとまず帰ってから」と返事をした。










 そうして今、王と王子・王女に付き添われて城の門に向かって歩いているんだが……四方八方から遠慮なく飛んで来る好奇の視線と敵意・殺気。


 正直、この中で暮らすのは御免被りたいところだ。今も、直接なにもされず何も言われないのは、一緒に王や王子がいるからに過ぎない。


 門まで来た時、こっちに近づいてくる二つの気配がした……と思っていたら、なんかウィングが少し不機嫌になる。


 ――ああ、なるほど。


「陛下、この者達はどうするのですか」


「近衛騎士団団長と副長か。うむ、この者達は一旦帰すことになった」


「…一旦、ということは、近いうちに登城するということでしょうか」


「そうだ。今後どうするかも、そこで話し合おうと思う」


「しかし…帰してしまえば、姿をくらます可能性もありますが」


 やってきたのは、昨日俺達が競技場で対峙した三人のうちの男二人。つまり、ウィングとしてはこの紅髪の奴が気に食わないのか。


「そうだな。では、近衛騎士団団長ザック=オーレ=ハインド、近衛騎士団副長ロイ=シルク=ランベリン。この三人の護衛を兼ねて、説得してみせよ」


「「――――――は…?」」


 王の言葉に思わずと言ったように間抜けな声を出した二人は、慌てて口をつぐみ真意を問うように王を見る。


「任せたぞ。ではな」


「大丈夫ですよ。二人は凄腕の騎士ですから危険はないでしょうし、なかなか気さくな方達ですので。それでは、またお会いしましょう」


「おねーちゃん、ばいばい。またね」


 終始笑顔の王子はまだ良いとして、踵を返す間際の王が僅かに口端を上げていた気がするのは俺だけだろうか。













 とりあえず、人目を引くことこの上ない。


 俺達だけでも妙に目立つのに、有名だろうこの二人がついてきているとなれば当然だろう。


 しかも、俺達五人はさっきから一言も喋っていない。ある意味で物々しい。


 それでも、気まずい、とは少し違う。少々不機嫌なのはウィングだけで、アクアと俺は別におしゃべりという性質でもないから普通だし、それなりに慣れない土地を見回して観察している。護衛の二人も、特に気負っているようには見えない。


 一般民間人に、昨日のアレを見られてないことが幸いだろう。とはいっても、決勝後に試合申し込まれた俺達を見た人間は大勢いるから、その意味でもさっきから視線が凄い。


「あ、あの…っ!」


 一人の若い婦人が、思いきった様に声をかけてきた。俺達は足を止め、周りはざわりと反応を示して成り行きを見守ってくる。


「その…昨日は、息子を助けて下さってありがとうございました」


 主にアクアに向かって頭を下げてくる。どうやら、昨日転げ落ちた幼子の母親のようだ。


「いえ。息子さんはお怪我はありませんでしたか?」


「軽いかすり傷だけです。あのままでしたら命がありませんでした、本当に何と言って良いか…」


 礼だと言って、アクアが遠慮しても果物やパンを持たせてくる。最後まで、頭をさげっぱなしだった。


「なんというか…ほんと大したことしてないんだけど、こんなに貰ったら逆に恐縮だな」


「まぁいいじゃねぇか。好意は受け取っとけよ」


 少し困り顔のアクアにウィングが応じた。


 これで益々視線が多くなったが、こうなったら気にしないに限る。


 そして、それを皮切りに近衛騎士団団長だという彼が話しかけてきた。


「―――悪かったな」


「「「は?」」」


「昨日。危ない目に遭わせちまってよ。こっちの落ち度だ。刺客がくることは想定してただけに…すまねえ」


 いきなり謝罪された俺達は、なにを言われたのか咄嗟にわからず素っ頓狂な声を出す。


 表情から、単に上辺のおべっかではないことは知れた。というか、本気で悔しそうな感じだ。


 普段から並以上に鍛練しているんだろう。背の高さに鍛えられた体躯がバランスよく、担いでいる大槍の似合う男。


 気にするな、と俺が言うより先に、ウィングが口を開いた。


「こちとら謝られる義理はねぇな。あれでたとえ死んでいても、その責任はこっちにある。妙な義理立てしたらブッ飛ばすぜ」


 暗に、馬鹿かてめえは、と言っているのが判ってアクアと俺は思わず吹き出しそうになった。そう、こいつはそういうやつだ。ああいう場面があった後に謝られることを良しとしない。それは別に相手を庇っているわけじゃなく、むしろ調子に乗るなと足蹴にしているわけだが。


 それがわかったのかどうかは知らないけど、暫くウィングを見つめていた彼は途端に笑いだす。


「なあ、お前ら俺達の騎士団に入団しねえか?」


「はぁ?」


「正直言って、昨日見たあの腕前もその度胸も大したもんだ。途中で邪魔が入ったのが残念でならねえよ。ロイ、そっちの嬢ちゃんはどうだった?」


「…太刀筋が良い。まさか魔法弾が斬られるとは思わなかった」


「斬ったのか!?」


「…ああ、斬っていた。それも、ひと薙ぎで」


「よっぽどじゃねえか。ケイトも、そっちの奴のこと要注意危険人物とか言ってたぞ」


「俺?」


「弓の弦を引っ張って無自覚に魔法ぶっ放すからだとよ。おい、お前らマジで自分が魔法使えねえとか思ってんのか?」


 思うも何も、魔法なんて言葉と見聞でしか知らない。


「お前ら、昨日闘っている間ずっと武器に魔術込めてたじゃねえか」


「…そうなのか?」


「さぁ?」


「知るか」


「おいおい…ったく、なんなんだよ」


「それも、それなりに上位の魔術だ。ゆえにこそ、あんたは俺の魔法弾を斬れた。他の二人も同様。身のこなしが素早いだけでなく、その身に宿る闘気がバリアとしても作用していた」


「しかもお前、ウィングっつったか?俺が最初に、不意打ちで放ったやつを素手で叩き割っただろうが。あれで魔法が使えねえと言われても説得力ねえぞ」


 一応褒められてるっぽいのはわかるが、いかんせん自覚がないから「誰の話だ?」という感覚だ。


「昨日は思い至らなかったが…あんた達は、己が魔法を使えるという自覚がないのだな?」


「まあ、そうなるな」


「今までどう生きてきたのだ。少なくとも、普通に暮らしているのであれば誰でも身の内に宿る力を認識するはずだ。それに気付かなかったとは、よほど世離れした場所と環境にいたとしか思えん」


 世離れ、か。まあ確かに、この世界じゃない場所で生きてきたし、トリップした後はまさしくそんな場所にいたしな。間違いじゃない。


「しっかし、もったいねえな。そんだけの力があって、今迄認識してこなかったってぇのは」


「昨日から散々言ってきてるが、俺達はそこまで強いもんを持ってるのか?」


「ザックで良いって。そっちのはロイな」


 ザックの説明によると、魔法は元々生まれつき全員が潜在的に持っている力で、あとは生来の才能と後生の努力や鍛練を合わせたスペックで、使える魔術の力量が変わってくるという。


 といっても、やっぱり予想通り、魔術は日常生活よりも戦闘に使うのが主流らしい。魔法で物質を生成するというのもできることはできるが、特殊な場合を除きそれもあまり使われない術だとか。


 なんでも魔法漬けという、俺達の感覚としてぶっ飛んだ世界じゃなくて良かった。


 細かい区分わけは特に定められてないらしいが、俺達のそれは上級に属するという。


「なんたって、なんも詠唱しないで武器振るうだけであれだけの魔術が出るんだ。なかなかいないぜ?騎士団の強化のためにも、喉から手が出るほど欲しい人材だよ、お前らは」


 そう言いながら、強制する気はなさそうなザック。確かに、話し始めたらこっちは随分気さくだとわかった。


 アクアと闘ったロイという男は、どうやら元来仏頂面で淡々とした声音みたいだが。


 ふと、アクアが何かに気付いたように彼に話しかける。


「もしかして…」


「なんだ」


「自分はまだ自分の力の程度を自覚出来てないけど……昨日怒ってたのって、あの発言が貴方の真剣な態度に対して不真面目だと思ったからか?」


「…そうだ。明らかに他の観客よりずば抜けて秀でた力を持っているにも関わらず、もっと強い者が他にいる、という発言は俺達に対しても観客に対しても驕りだと思わざるをえなかった。力ある者は、相手はおろか己の力量について自覚しているのが普通だからな。だが、自覚がなかったのなら頷ける」


「すみません」


「いや、事情はわかったから謝る必要はない」


 誤解は解けたようだ。


 そして俺達も、歩きながらザックとロイの身の上を簡単に聞くことができた。













「―――なあ、お前ら、王城に来いよ」


 ザックが急に真剣な顔で若干声を潜めて、改まって切り出してきた。


「そういえば、さっき王サマが説得とかなんとか、言ってやがったな」


「まあ、それもあるんだけどよ。といっても、俺は正直、研究者や臣下の奴らが熱心なあの研究についてはあまり興味ねえ。あいつら、騎士までも派閥に取りこもうとして気に食わねえしよ。だがな、さっきの謁見の最中の様子を見て思った。お前らが俺達の与り知らないどっかに住まわせるより、王城に居た方が良いとな」


「早い話が、否定派はアクア、あんたの命を狙ってくるだろう」


「振り向くなよ。既に今も付けられてるぜ」


「やっぱりそうか…」


「あんた達の力量を見れば、己の魔術に無自覚とはいえ簡単にやられることはないだろう。だが、あんた達以上に厄介なのは、あの二派の行動と言える。今後、あんた達がどこにいようが、良くも悪くも手を出してくるのは必須。過激派なだけに、いくらこちらが注意していても暴走する危険がある」


「「「たしかに」」」


 想像に難くない。


「目の届かない場所でやつらの好き勝手させるわけにはいかねえ。そんなことになったら、関係ねえ人間が巻き込まれるし、いくらお前らが強いと言っても何が起こるかわからねえ。王城に居れば俺もロイもいるし陛下の目もある。何か起きても最小限の被害で防げる」


 二人の言うことは尤もだ。否定する要素はどこにもない。


 それにな、とザックは今度は笑みを浮かべて俺達を見てきた。


「王城にいれば、俺とロイもお前達に魔術のコントロールとか教えてやれるしよ。無自覚ってのは、力が強いだけにやっぱ本人にもあぶねえんだ。ちゃんと意識して使える様になった方が良いと思うぜ?」


「…と言いながら、ザック。お前は三人を騎士団の鍛練に借り出すつもりだろう」


「良いじゃねえか。下手なやつよりよっぽど強ぇし、こいつらだって鍛練になるだろうがよ。というか、お前もそれを思いつくってことは多少考えてんだろ?それに、こいつら気に入った」


 もし登城すれば、問答無用で借り出されそうなのは気のせいではないな。











 城下町をぐるりと囲んでいる塀の門をくぐり堀を越えたところで、そういえばこの二人はどこまでついてくるのかと疑問に思った時だった。


 突然、びゅぅっと風が吹いたと思ったら、気付けば俺達は何かの背に乗っていた。


「ファンザリア!?」


 あの銀狼だった。俺達三人だけじゃなくて、ザックもロイも一気に乗せている。


 状況が飲み込めないままファンザリアは疾走していき、人気のない場所まで来ると俺達をさっさと降ろした。


「ど、どうしたんだ、いきなり――――え!?なんで―――じゃ、もうあそこには……え、違う?―――そっか、ありがとう―――これを、持っていっていいんだな?―――・・・」


 ファンザリアが何か言っているようだが、アクア以外の俺達には聴こえなかった。


 そうしてひとつ頷くと、ファンザリアはまた風となって去って行った。


「アクア…?」


「ごめん、ここまで来てなんだけど、今は幻蒼の森に……元いた場所には、戻れない。というより、しばらく戻るなって」


「じゃ、フォレスとホープには」


「会えない。でも、二人はこっちの事情を知ってるみたい」


「…流石。で、それは?」


「持っていけだって。中身はわからないけど、でもあまり人に見せるなってさ」


「もしかして、森に行くなってのは、やっぱ今の俺らの状況から考えて迂闊に近づくとヤバいからか?」


「ああ。森には人間は滅多に近づいてこないけど、こうなった以上、自分達があそこにいたら過激派が森に何をするかわからない。ファンザリアが、しばらく森を封印……結界を張るって言ってた」


「余計な手出しをされないように、ってか」


「―――“幻蒼の姫”と言われても、自分はよくわからないけど、問題はこっちの自覚云々じゃなくて、一人歩きしてる名前だろうから。封印してしまえば、自分達も外へ出ることはできなくなる。だから」


「なるほど。俺らがつけられてんのもわかってたんだろうな」


「多分」


 ファンザリアが突然現れて、アクアに何かを託して伝えていった理由をある程度飲みこんだ俺達は、ザックとロイに、今迄居たのは幻蒼の森の奥深くで、だが事情が事情で帰ることが出来なくなった理由を伝えた。


「幻蒼の森って、あの、精霊達の源泉だろ?んなとこにいたんかよ」


「なるほどな…確かに、過激派が何をやらかすかわからん。あそこに近づかないのは精霊と森自体を畏怖して尚且つ大切にするためなのだが、あやつらがそれを慎重に考えるとは思えんな」


「じゃ、お前達どうすんだ?城に戻るか、それとも時間が欲しいか。そも王城に来る気はねぇのか」


 俺達は顔を見合わせる。


 森と言うより、正確には泉で繋がるあの空間だが、そこには帰れない。


 そして俺達は、まだこの世界で何を目的に生きるか決めていない。この世界のこと自体、全部わかってはいない。


 “幻蒼の姫”とか“氷炎の鳳凰”“風地の青竜”のことも気になる。過激派の言い草はどうでも良いけど、けれどこれは俺達にとっても重要な事柄だというのは、なんだかんだで感覚として悟っている。


 それに、あの過激派を野放しにして事が起きても面倒だし、最悪たくさんの命が失われるのも可能性として十分ある。ここで無視することは心境としてできない。


 この場合、考えるより動け、か。


 関わっているうちに、何か見えてくるかもしれない。





 俺達は、目線で互いの考えを共有し頷き合った。




 答えを待っているザックとロイを振りむく。





「「「王城へ」」」




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