2.予感【アクアside】
読んでいて「これはなんで?」などと感じる部分が多々あると思いますが、それはちゃんと後で書いていくのでご安心を。
* * * * *
「魔法…」
「って」
「マジで」
「あるんだな」
「うっわ、めちゃくちゃベタな展開」
「「大いに同感だ」」
「あれか?西洋風の物語に出てくる、魔法使いとか魔道士とかそういう感じか?」
「いや、もしかしたら中国もしくは日本風に陰陽師と似てるとか有り得る」
「ってことは、だ。そのどっちにしても聖獣が出てくるってことも」
「大いに有り得るな」
「一番オーソドックスなのはやっぱ竜か?西洋風だとドラゴン?」
「不死鳥も古今東西、結構共通だよな」
「んで、それらを召喚やらなんやらして呼びよせて、使役して闘うってぇ展開か?」
「駄目だ。これ以上なにも想像できない。予想すら不可能」
「まだこの世界がどうだと、あたし達の中で決まったわけじゃない。けど、超自然的な存在がいてヒトという生き物がいて互いに存在を認知していたら、どういう歴史過程を経たとしても互いにどういう関係性になったとしても、何らかの形で関わる―――関わらざるを得ないのが、世の常とも言えるな」
「ここで過ごすようになってもうすぐひと月。その間、この異次元空間や森は全部じゃないとはいえ結構探索した」
「ああ。だが、俺達にはまだ情報が少なすぎる。何を判断するにも、これから俺らがどう生きるか決めるのにも」
「この異次元空間、それに、精霊の長が住まう幻蒼の森。得られるものは大いにあった。けど、決定的に欠けている共通の要素があるな」
「質問。なら、俺らがこれから探るべき事は?」
「「この世界の“一般”社会」」
* * * * *
――――――――…と、話しあったのが昨日のこと。
「――…なぁ、今更だとは思うし他に方法がないのはわかるんだけど、やっぱ妙に目立ってる気がするのは自分だけか?」
「まぁ、確かにどこぞの海賊かって気もするな」
「ここで海賊くらいしか想像できない俺らも大概だけどな。ま、そこまで気にすることもねぇんじゃねえか。幸い、ここは開放的な土地柄みたいだしよ」
「それが救いだな」
ルーラン王国。幻蒼の森から最も近い城下町。
そこに、自分達は人知れず忍びこんでいた。
忍びこんでいる、とはいっても何もコソコソしているわけじゃない。勿論、最初はこの王国及び城下町の様子や土地柄とか一切こっきり不明だったから、慎重に物陰から観察していた。
そうして、ここがカレントリバーの中でも流通の要であり故に内外の出入りに柔軟だと知るや否や、こうして旅人を装って歩いている。
ん?自分達の恰好?
これな、ホープが手作りしてくれた服なんだ。色合いとしては、ウィングが鳶色を基調とした赤系、アレスが鶯色を基調とした緑系。似合ってる。
ああ、自分か?そうだな、藍色って言えばいいのか?この世界に藍染めがあるかは知らないが。
とにかく、動きやすい。もちろん造りとか形とか全然違うけど、例えて言うならTシャツに短パンみたいな仕様だ。少なくともスカートじゃないし、余計な飾りも無くて良い。
トリップしてきた時に来てた服は、もう処分した。その時から、ずっとこの服だ。
あと自分の場合は、そのままじゃ目立つから頭にはバンダナ巻いて左眼は黒い眼帯で隠してる。
二人曰く、面立ちが下手な男よりよっぽど整っててハンサムだから、悪党には見えずとも少々風情がお伽噺に出てくる海賊に見えなくもない…らしい。正直困る。
これだけ大勢人がいるのに、すれ違う度に9割以上の確率で視線を寄こされているのは流石に居た堪れない。ただまあ、これ以上どうしようもないから、こちらとしてはスルーして堂々としている他はないのが事実だな。
「じいさん、珍しい品扱ってんな。こいつはどこのもんだ」
「ほぉ、目が高いの、若いの。あんたは…はて、あまり見慣れない容姿をしとる」
「長旅でな。俺の故郷はずっと遠くだ。あんた、それだけ上等なもん扱ってんならこの王国のことも諸外国のことも詳しいんじゃねぇか?俺はちっと勉強不足でな。ちょっくら教えてくれるとありがてぇんだが」
「き、貴様なにを…っ部外者が邪魔すんじゃねえっ!!」
「まあ確かに部外者だが……二度とこういうことができないように、手足の骨砕いてやろうか?」
「――っ!お、覚えてろっ!!」
「……お決まりの台詞すぎてツッコミようがないな」
「君っ!大丈夫かっ」
「俺より民のほうを気にしてくれ。それより、あんたら騎士か?この城下町で一番情報集まりやすい場所を教えてくれ」
分散しながらも互いの気配を感じられる程度の距離を保ちながら、あたし達は三者三様のやり方で人々に話を聞いてゆく。
ウィングはああやって道すがらナチュラルに人に話を聞くのが上手い。相手を商人にしたところも、やっぱり目のつけどころが高い。あれなら諸外国のこととか色々聴きだせるはず。
アレスは体躯が良いし、顔だけじゃなくて全体的なオーラが平凡な大人よりよっぽど大人で、大抵のことは大騒動になる前に片づけられる上に世渡り上手。それも無意識にな。脅してるわけじゃない、と本人はいつも文句言ってるけど。
「ぼく、泣くな。平気だ、きっとお母さん見つかるから」
「…ひ…っく……ぐす…」
「坊やっ!」
「ほら見つかった」
「申し訳ありません。ウチの子がご迷惑を。何かお礼をできれば――」
「気にしないでください。あ、でも教えて欲しいことが」
あたしは迷子になってる子を見つけてあやして、二人からギリギリ離れないようにお母さん捜し。良かった、この恰好で怪しまれるかと思ったけど平気だ。お陰で、男の子のお母さんから話を聞けた。
さて、大体の概要は掴めた。
カレントリバーの中でも、その政治的立場や財力、兵力、領土の規模などトータルで見て、間違いなく大国と言える国。それがここ、ルーラン王国。
あらゆる産業を満遍なく網羅していて、領土全体の豊かさは上々。確かに、城下町も栄えている様子だし、城壁外の農村も少なくとも目に見えて疲弊している感じではなかった。
そんな国の統率者である国王は、第15代目の壮年であるという。なかなか歴史も深い国のようだ。領土内の民は勿論のこと、諸外国からも評価も高いらしい。
城下町の中心に聳え立つひと際大きな建物、そこが城であることは一目でわかった。
今、あたし達はアレスの情報を元に、その城の直下にあるとある場所へと足を向けている。
「大会?」
「なんでも、ちょうど今日はあそこに見える競技場で何かの試合があるんだと。常駐騎士達に話を聞いたら、いろんな人間が集まってくるから情報収集にはもってこいなんじゃないかと懇切丁寧に教えてくれた」
「ここの人間どもは随分と人が良いんだな」
「ああ、正直驚いた。逆に不安だ」
「どういう意味で」
「よくわからん」
「なんだそりゃ」
辿りついた競技場は、イメージとしては甲子園球場のような感じだ。丸い円状の石造りになっていて、中心が試合を行うフィールド、そこより高い位置に、観客が座れるようになっている。
試合は午後かららしく、とはいえ既に大勢の人々がひしめき合っていた。そして、確かにこういう場所には、様々な意味で色々な人間が来るんだろうな。
「どういう対決なんだろうな」
「見てみりゃわかるだろ。折角だから観戦していこうぜ」
「だな。国民性がわかる。それに、まだ一度も見てないけど」
「もしかしたら、魔法とやらが見られる」
「当たり」
観客席の一角を陣取って、目立たぬよう注意しつつ辺りを観察する。
王族がいる、ということは貴族がいて平民がいて…というように階級制度でも設けられているはずだ。現に、観客席は一見して貴族席と平民席に綺麗に分かれている。
ワっと観客席が湧く。皆が一斉に一つの方向を見上げて歓声を上げているその一点に、自分達も目を向けた。
「なるほどな」
「競技場がこの場所っていうのは、そういう意味か」
城の直下にある、その意味するところはどうやら国王をはじめとした王族も観賞できるようにという配慮らしい。
見上げた先には、まさに国王らしき壮年の男が城の中から踊り場に姿を見せ、民に応えていた。直接会場まで来ないのは、危険を想定してことだろうことは容易に察しがついた。
試合が始まる。
そして、自分達の期待はものの数分で叶えられた。
「マジで魔法だな」
「普通の剣術や体術に加えて魔法の駆使、か…つまり、これがこの世界における闘い方ってわけだ」
試合がどういうルールでどういう段取りなのかは不明だが、とりあえず、“これがこの世界なのだ”と、ようやく腑に落ちた感覚を味わう。
知らないことはまだ多くある。けど、これでこの世界をこの世界為し得ている根幹をようやく垣間見た気がしていた。
アレスに教えてくれた騎士に感謝だな。
* * *
自分達がこの世界で初めて触れたのは、フォレスとホープのいるあの摩訶不思議な空間。そして、次には精霊の住まう幻蒼の森。
フォレスとホープは三人が異世界の人間であることを知ってもさほど驚かなかった。だから、もしかしたらこの世界にとって自分達のような存在は普通かもしれないと最初は思った。
そんな自分達が最初に降り立った場所が、やはりその存在を認知されているかどうか甚だ不明の空間であったことは、偶然の幸いなのかそれとも必然だったのか、それはわからない。
怪我もあったし、異世界ということもあって、自分達はかれこれひと月はあの場所に籠っていたわけだ。
けれど今日初めて、この世界の“一般”あるいは“常識”に触れた。
そして、自分達が間違いなく“非常識”で“特殊”で“異常”な存在であることを、ようやく理屈としても感覚としても納得できた。
“非常識”で“特殊”で“異常”な事に関しては、特になんの感慨も浮かばない。今迄いた世界、地球上の日本でもそうだったから。
けれど、そう思えるのは相対的な物事を一通り把握した上で成り立つもの。何もなければ自分達がこの世界において一体どんな存在なのか、どういう立ち位置にいるのかわからない。
それは、非常に動きにくい。物事を判断し難い。だから、自分達は比較せずとも本能で特殊だと感じ取っていた場所から飛び出してここにきて
そして今、納得した。
これで、ある程度は自分達がどう動くべきか、どう動きたいか、何をどう判断して良いかが明確になった。
それが、ある種の安心感をようやくもたらしている。
* * *
「見た感じじゃ、あの魔法とやらは日常生活で使うというよりも戦闘時に重宝してるって感じがするぜ」
「魔法がどれだけどの範疇で駆使できるかは別として、確かにそういう感じだな。なんでも魔法漬けの魔法の世界ってだけじゃなさそうだ」
「いうなれば、人間の能力の一つとしての術、か?ただ、まだ魔法がどれだけ重要な位置にあるのかまではわからないな」
「一部の人間しか使えないのか、万人に使えるのか、そして魔法の力自体に上下があるのか……」
魔法に関しては、まだまだ奥が深そうだと頷き合う。
フォレスとホープのいるあの空間は確かに特殊すぎるが、けれどあの二人が魔法を使うところは見たことがない。そも、二人の存在自体が未だに謎なんだけど。
あの二人が今迄教えてきてくれたことは、いわばこの世界の根源も根源の部分。つまり、この世界がどういう風にしてできたのか、いわば神話や伝承。ルーラン王国のことや他の国のこととか、そういうことは話されてこなかった。
それは、話すより実際に見て肌で感じなければ意味がないとの配慮だろうと思う。あの二人は何も言わないが、なんとなくそう感じる。この世界の“一般”社会を見たいと切り出した時、満足したような笑みを浮かべていたから。
まるで、自分達が自ら動くことを待ち望んでいたかのように。
魔法のことも、つい昨日その存在を知ったばかり。あれこれと想像しうる限りのことを想像して妄想して……思った通りそれだけでは限界だった。それまでも幻蒼の森以外の外を見たい欲求はあったけど、このネタでふんきりがついたという気もするな。
時間にしてみれば、およそ二時間といったところか。
どうも様子を察するに、最終試合の決着がついたようだな。つまり、今フィールドにいる勝者が、この度の大会の優勝者となるんだろ。
といっても、どうもこの大会はチーム戦のよう。だからまあ、つまりはあそこにいる三人グループが優勝メンバーになるんだろうけど―――そこは、正直どうでもいい。
魔法を間近で観察できて、試合中も他の観客からそれとなく情報を得た。それで満足。
そもそも、たった一日だけで終わらせる気はない。続きは明日以降で問題ない。
終わるはずだった生きる時間は、たっぷりある。
そうして自分達は腰を上げた。
その時、会場が一層騒がしくなり少し妙な雰囲気を感じなくもなかったけど、それを無視して退場するために踵を返す。
その刹那
「「「!?」」」
殆ど無意識だった。
脊髄反射で振り返るなり、ウィングが真っ先に右手を横に軽く薙ぎ払う。
瞬間、目の前で何かが霧散した。
「――――…あ?」
ウィングは間抜けな声を出し、自分達はさらさらと舞い落ちていく何かの光の粒をぽかんとして見つめた。
なんだ、これは。
いつの間にか会場が静まり返り、ついでになぜか視線が痛いほどに集まってきている。
状況が意味不明だ。
その時、声が聞こえた。
「そこの三人っ!逃げねえで勝負しろ!!」
1秒・・・5秒・・・10秒・・・・・・20秒・・・・・――――――
「「「――――――は?」」」
姿はよく見えない。だが、明らかに自分達に向けられた呼びかけ。
とりあえず、ツッコんで良いか?
「――なんだ、この状況」
「一つ訊きたいんだが、俺達は一体何から逃げてた?」
「いや…なにからもどこからも逃げてない」
「だよな。つか……なんで喧嘩売られなきゃいけないんだ」
「いや、一応勝負と言ってる」
「まあ、あっちとしてはそのつもりなんだろうが―――おい、憶測でしかねえが、今さっき確実に」
「真っ向から魔法ぶっ放されたな」
ぼそぼそとあれやこれやと言っているうちに、静まり返っていた会場が再び騒がしくなる。
けど、こちらに集中する視線は変わらない。というか、なんか色々言われている気がする。
「おい、優勝者に試合申し込まれたぞ、あの三人」
「なんでだ?」
「そりゃ、強そうだからに決まってるだろ」
「そんなことどうやってわかるんだよ」
「上級者――あの三人だぞ?見ただけで相手の力量くらい察せるさ」
「じゃあ、よっぽどじゃないか?こんな時に、しかもあの三人に指名されるなんて」
「あいつらは一体何者だ?」
「見ない顔だな」
「というか、恰好とかが妙だ」
あることないこと言われ、憶測が憶測を呼んで何を言われているのやら。
とりあえず、この好奇の目線をどうにかしたい。
と、そこに何人かの騎士がやってきた。嫌な予感…というか確信を抱いて反射的に足を引くも、あっという間に取り囲まれる。
「おいっ!!どこ連れていく気だ離しやがれ!!」
そうして、なぜかほぼ問答無用で連行される。
ウィングがさんざ暴れてるけど、四方八方囲まれ逃げる隙は見当たらない。暴れはしていないが、突然の事態にアレスも自分も流石に困惑する。
殺気も悪気も感じないからとりあえず身の危険はない…と思う、多分。というのも、先ほどの呼びかけから推測したこの後の展開を考えれば、ある意味で厄介な事になりそうだからな。
はぁ…さすがは“悪魔の三つ子”か?
強行突破でもしようかと考えたが、それを実行する前にあっという間に引きずり出されたのは、やっぱりさっきまで観戦していたフィールドだった。
会場のど真ん中。
観客はやはり騒がしいが、そんな声より目線より何より気になる三人組が目の前にいる。
「悪いな、無理矢理引っ張ってきて。だが、逃げようとしたそっちが悪い」
「そいつぁどういう言い分だ。前提から間違ってるが、俺らは誰からも逃げてなんかねえ」
「背を向けた。それは敵前逃亡だろう」
「誰が、誰の、敵だって?」
「お前達が、俺達の、だ。まあ、正確には勝負相手だが」
優勝者グループの面子。
超絶不機嫌なウィングが、己が目の前の男を睨みつける。騎士なのか?陽によく映える紅髪で、身長はおそらく180センチ以上。かなり好戦的な笑みを浮かべてる。得物は槍らしい。
彼が先ほどの声の主だな。確信はやっぱり的中。ほんと、なんでこうなったか神にでも聞きたいところだ。
自分も、直ぐ目の前にいる男に尋ねた。
「状況がよくわからないんだけど……どうして連れてこられたか、そもそも何故勝負を吹っ掛けられているのか、教えてもらっても?」
「……シャバのルールを知らないのか?」
「ああ」
「……幼児でも知っていることなのだがな」
なんだか呆れられた。だが、知らないのだから仕方がない。
長めの黒髪に紫紺色の瞳。表情も口調も声音もオーラも何もかもが、落ち着いたもの静かな人柄だと物語ってる。やっぱり、こちらも騎士なのか。腰に剣をさしてるのがよく似合ってるな。
それにしても、この世界の人間……少なくともルーラン王国の人間は、髪色といい瞳の色といい、色彩豊からしい。まあ、自分のはそれでも目立つけど。
彼は自分の問いかけに大いに呆れているようだが見下してきている様子はなく、簡単に説明してくる。
「シャバの優勝者は、優勝者の証を貰う前に会場内にいる誰かに試合を申し込むことができる。なぜなら、シャバとは参加すると意思表明し大会ごとに登録した者同士のみでしか闘うことができず、つまり、優勝者より強い者がいてもその者が登録していない場合もある、ということ。だが、俺達のように闘うことで己の腕を磨きたい者は、より高みを目指すためにより強き者との手合わせを望むもの。ゆえに、優勝してもそこで満足できないと思ったら、観客含めてこの会場に居る者の中から見定めた者を指名する。そして、指名された者に拒否権はない」
「……無茶ぶりだな」
「この会場にいる、ということはそのルールも承知の上で来ていることの意思表明。知らなかったとはいえ、あんた達に闘う以外に逃げ場はない」
どういうルールだ、と盛大に溜息をつくものの、まあこれがこちらの常識ならば仕方がないか。
よりにもよって、なぜ自分達。三人グループ対抗戦らしいから、人数的に丁度良かったのかもしれないけど
―――――ん?
「――…ルールはわかった。けど、なんでそこで自分達が指名される?」
「…どういう意味だ」
「貴方達三人は大会の優勝者。そして、さっきのルールを適用して更に腕を磨きたいことも判る」
「そうだ。ゆえに、我らはお前達に手合わせを申し込む」
「そこ」
「?」
「だから、そこでなんで自分達が出てくるんだ。少なくとも、強い人間なら他にいるだろ」
当然の疑問。黙っているけど、ウィングもアレスも同感だという雰囲気を伝えてくる。
と思った時、急に目の前の温度が下がった気がして改めて彼を見つめた。
――――…待て、なんで不機嫌なんだ。
優勝メンバーの残る二人は、ぽかんと呆けた表情。解せない。
「――…馬鹿にしているのか」
「――…は?」
「馬鹿にしているのかと聞いている」
物凄い勢いで睨まれている。どうやら、本気も本気で怒っているようだ。けれど、なぜ?
自分の発言の一体何に対してそうされているのか、皆目不明でしかない。
「どうやら、勘違いしているようだからはっきり言おう」
見かねたアレスが口を開いてきた。
「すまないが、俺達はあんた達とは闘えない。というか、闘いたくても相手してあげたくても、それができない」
「なぜ?」
アレスに対峙する格好でそう尋ねてきたのは、淡い金髪でストレートショートカットの女性。彼女も騎士のようだな。彼女の獲物も剣か。美人で凛々しい。
「見てわかるだろ。俺達は丸腰で、純粋な身体能力はあるつもりだけどあんた達に太刀打ちできるかわからない、そしてなにより、一番の欠点は魔法なんか一切使えない。以上」
「だから、腕を磨きたいという貴方達の希望には沿えないんだ。すまないけど」
アレスに続いて自分も言い募り、眼前の男を睨んでいたウィングも、同意する様に踵を返した。
そして、顔だけちらりと振り返って「アクア、アレス、行くぞ」と言ってさっさと歩きだす。
何故かまた呆けている風情の三人組に会釈して、ウィングに続いた。
観客席が騒がしいけど、闘えない以上どうしようもない。何より、今の優先事項はこれではない。
ところが
「「「!!」」」」
場外へと続く出入り口に差し掛かった時、自分達は反射的に飛びのいた。同時に、爆発音と共にガラガラと何かが崩れる音。
拍子に生じた煙が収まって見てみれば、今さっきくぐろうとしていた出入り口が崩れ落ちて塞がっている。
「武器がねえなら貸してやる」
後ろから怒気の籠った声が投げられる。紅髪の彼だ。
「逃げることは許さねえ」
「――俺らは闘う気はないと言ったはずだぜ」
「んなもん、ここにゃ……俺達にゃ通用しねえんだよ」
「―――」
いつの間にか現れた騎士達が、近くにいくつかの武器を置いて去ってゆくのを尻目に、ウィングと赤髪の男が睨みあう。
ウィングの纏う空気が、氷点下になるのをアレスも自分も察した。
―――――キレたな。
「アクア、アレス」
「ん?」「なんだ」
怖ろしく低い声音で問われて、アレスと自分はちらりと視線を交わして次に来るだろう言葉を待った。
「売られた喧嘩は?」
「「高値買い取り」」
「へっ、上等!!」
それが、ひと月以上ぶりの、喧嘩開始の大号令。
* * *
とはいうものの、自分は一体どうするか…。
目にも止まらぬ速さで数ある武器の中から一本の槍を抜き取るなり、紅髪の男に挑んでいったウィング。
がきぃん、という金属音が場内に響き渡る。どちらもがちんこ勝負なのが伝わってくる。
心配?ない、といえば嘘になる。魔法って不確定要素があるからな。
けど、ウィングは平気だという妙な確信はあるんだ。日本にいたときから、いつもそう。直感だけど、それでもそう言えるのは今迄の経験があるから。盲信じゃない。
「貴方は?どうするの」
「あー…俺がまともに使えるモンって言ったらこれしかないんだけど」
一方で、アレスがあの女性と話しているのが聞こえる。アレスが手に取ったのは、十中八九、弓矢だな。
なんか、若干ヤケになってきた。アレスも多分、同じ気持ちだろうな、声音から察するに。
「…あんたは、何を得手とするのだ」
紫紺の瞳の彼が同じように話しかけてくる。その目は、絶対に逃がさないとでも言っているよう―――いや、実際に言っているんだろ。
すっと数ある武器の束を見つめ、迷いなく手に取ったのは、いわゆる日本刀と酷似した真剣。長さは、若干不釣り合いでも仕方ない。予備なんだろうけど、ちゃんと手入れしてあるみたいだ。
自分達三人は、家の事情もあって武術を身につけている。
ウィングは槍術と空手、アレスは弓矢と柔道、自分は剣術と合気道。あとは総じて小武道も。つまり、手に取る得物は迷うまでもなく必然的に定まってくる。
と、その時、離れたところでドゥンと爆発音が響いた。
ん?なんか壁が一部崩れてる。
「貴方は観客に怪我でもさせる気?」
「なんで俺なんだよ」
「今のは貴方のせいでしょう」
「いや、なにもしてないだろうが」
「……本気で言っているの?」
あの女性とアレスの押し問答を、状況がよくわからず思わず見つめていれば声がかかった。
「武器を選んだのだろう。時間は大分過ぎている。構えろ」
「…できれば、魔法は使わないでもらえるか」
こんな凄腕の人間の魔法など、食らいたくはない。間近で見たとはいえやっぱりどういうものかちゃんとわかっていないから、逃げるにしても対処のしようがない。
失礼な物言いなのかもしれないが、こんなところで怪我など御免だからな。
けれど、やっぱり怒らせてしまったようだ。
「…この期に及んでまだ言うか。ならば―――力づくでも引き出すまでっ!」
彼が素早く何事か詠唱すると、なにやら不思議な光が膨れ上がる。次の瞬間には、それが一直線に飛んできて眼前に迫った。
それを紙一重で避ければ間髪いれずに再び襲いかかってくる。どうも、今日は長年鍛練してきた武術の勘をよく使う。
魔法であれば避けるしかない。と思っていれば、今度は彼自身が刃を閃かせて突進してきた。滅多にお目にかかれない…というより、初めて見る類の俊足に流石に驚く。やっぱり身体能力も高いんだな。
きぃん、ガチィンと彼と自分の刃がかち合う。今日ほど真剣を鍛練してきて良かったと思った日はない。
一旦飛びのいて距離をとり、今度はこっちから仕掛ける。
彼の口元が微妙に動いていたので用心していれば、案の定、どこからともなく魔法攻撃。四方八方から襲いかかってきていて、先までのように容易く避けられなさそうだ。
―――…魔法って、斬れるのか?
一瞬、そんな馬鹿みたいなことを思い浮かべる。
自分でも何を馬鹿なと思ったが、身体は素直に動いていた。
彼に対しては切り変えて足技をかまして牽制すると同時に、抜刀術の要領で左から右へ、真剣を一閃した。
「―――…あんたは……」
唖然として彼が見つめてくる。だが、自分にはその意味がよくわからない。
とりあえず、魔法をどうにか対処できたようで少し安心した。
彼から距離を取っていると、ウィングに向かって二つの大きな魔法が急速に放たれるのが見えた。
三人対三人。つまり、一人が一人を相手するだけではない。今のは、紅髪の彼と金髪の彼女の二人が申し合わせて一斉にウィングに攻撃をかましたんだろうな。
こういうバトルに対処していくのがこの大会なんだろうけど、生憎こっちはそんなこと咄嗟にできない。なんといっても、物理的な距離が離れすぎている。
流石に冷や汗が出た。
けれど、それは杞憂に終わった。
ウィングが槍を一閃しついでにその勢いのままぐるりと一回転。回し蹴りの要領で軽く跳躍して踵を叩きこんで、あの二人の攻撃は霧散する。
それに、なぜか唖然としている彼と彼女。その隙を狙って挑むウィングとアレスに倣い、自分も再び地を蹴った。
* * *
突然、自分達は動きを一斉に止めた。それは、相手の彼らも同じだった。
その次の瞬間、観客席から悲鳴が上がる。
何かから逃げまどっている。でも、こちらからはその原因が見えない。
秩序が崩れた観客席から、小さな影が落ちてくるのが見えた瞬間、無意識に足が動いていた。
「く……っ」
ずざざざ、と地面を滑って壁に激突する。
はっと上を見れば、石造りが崩れ落ちてくるのが見えた。それを間一髪で避けて、ごろごろと受け身を取りながら壁際から離れる。
腕の中でなきじゃくる幼子を抱いてばっと観客席を見た瞬間、視界に飛び込んできたのは、今日一日でどこにも見られなかった恰好と風情の複数の男達。
「くそっ、やっぱ仕掛けてきやがったか…っ」
既に試合中止は明白で、紅髪の彼が悔しそうにしているのが聞こえた。
なんだかよくわからないが、良くない事態になっていて、そして彼らにとって突如現れた男達が敵であることだけは知れた。
幼子を抱いてフィールドの中央へ。ウィングとアレスも寄ってきた。
「…逃げないのか」
「この状況で場外出ても、混乱極めた人だかりに押し潰される。ここで静観している方が対処しやすいし効率が良い」
「………」
思ったことを言えば、紫紺の瞳の彼が目を一瞬だけ細めて見つめてきた。これは、ウィングとアレスも同じ考えのはず。
こういう事態を想定していたのか、ルーラン王国側の騎士達が応戦しつつ乱入者と闘い退けているのが見える。
その間に観客は逃げ、もう既に一般人はまばら。よく訓練されているみたいだ。
殺気―――というより、悪寒を感じた。
本能がヤバいと警告する。
殆ど無意識に、腕の中の幼子を地面に下ろして突き飛ばす。突き飛ばして少し怪我をしたほうが、まだマシだと察したから。
ズ、ン―――・・・
「「「!!?」」」
幼子を突き飛ばした次の瞬間、三人諸共地面に突っ伏する。
「――……っ…」
「う…ぐ……っ」
「…っかは………っ」
身体の真上には何もないはず。なのに、背骨や肋骨がミシミシと嫌な音を立てるほど、何かが自分達を地面に押さえつけ、それだけじゃなくてめり込ませようと圧力をかけてくる。
息もまともにできない。
なんとか周りを見ようと目線を動かすと、自分達の突っ伏する地面を中心に半径3メートルほどまで円状に何かが浮かび上がって見えた。
何かの模様…?文様……?文字………?――――もしかして、魔法陣というやつか…?
「おいっ、逃げろ!!お前らほどの力なら抜け出せるはずだ!!」
姿を視界に入れることはできない。けれど、声から察するに紅髪の彼だ。
「だ……から……使え、ね………っ…」
「ここまできてまだ言うのか!?死ぬぞ!!」
黙っているのは癪だといわんばかりにウィングが声を絞り出すが、苦しそうだ。
どうしてこうなった?
いや、それよりどうすればいい?
自分達を捕えているのが魔法であることはわかる。だからこそ、どうしたらいいのかわからない。
「くくくく……どうだね、自国の民が苦しむ様は」
色んな意味でふざけた声が聞こえた。
人を初対面で全て判断してはいけないというが、けれど経験から自分達はわかる。
おそらく、突如聞こえてきたこの声の主が元凶。そしてその人物は、間違いなく下衆だと。
「さぁ、もっともっと苦しむがいい」
男の声に伴って、自分達に更なる圧迫感が加わる。ずん、と地面が陥没して尚、その圧力は変わらない。
意識が朦朧としてくる。
対峙していた三人が何か言っているけど、それももうよく聞こえない。
ウィング アレス
こんなところで、共々死にたくなんかない。
ふざけるな。
自分達は、これから“生きる”
瞬間、三人の脳裏に何かの光景が走馬灯のように浮かび上がった。
元いた世界の日本ではない。
それは、青と緑の透明な風景。
深い森 瑠璃色の泉 暗闇
無意識に、声なき声を、言葉なき言葉を、叫ぶようにして、紡いでいた。
* * *
「―――――――……?」
突然、一気に身体が軽くなった。
次の瞬間には、ふわりとした浮遊感。けど、それも直ぐに落ち着いた。
気付けば地面を離れていて、ようやくはっきりしてきた意識と目で辺りを見回す。
絶句した。
「……ファンザ、リア…?」
< いかにも >
なんとかその名を紡いだけど、あとは言葉にならない。
そして、珍しく狼狽している二人の声が上から聞こえてきた。
「……な…な、んだ、これ……」
「…………ゆ、めか…?」
そして、今度は二つの厳かな声が響いてきた。
< これ、とは失礼な >
<――夢には既に姿を晒したはずなのだが――>
大きな―――とてつもなく大きな、摩訶不思議なものが、ウィングとアレスを乗せてそこにいた。
不死鳥…?いや、鳳凰か……?
あれは、どう見ても竜、だよな……?
銀狼であり幻蒼の森に住まう精霊王のファンザリアの背の上で、唖然としながら見つめた。
< まあ良い。精霊王よ、我らはどこまで力を振るえば良いか? >
< 我が主達に自覚はない。ゆえに、なにもする必要はない >
<――なるほど。では、次の機会を待つか――>
彼らが話していることの意味など、全くわからない。
彼らがどういう存在なのかも
なぜ、今こういうことになっているのかも。
先ほどまでの騒ぎなど、自分達は綺麗さっぱり忘れ去っていた。
強く吹いた一迅の風のせいでバンダナと眼帯が取れ、銀髪と蒼銀の瞳が露わになったのも気づかなかった。
ただ、一つわかるのは
これから先、自分達には、とてつもなく大きな“何か”が待ちうけているという
予感だけだ。