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1.幻蒼の森

三人のプロフィールみたいなものも少し交えて。

「――…ふぅ」


 髪の水滴を軽く払いながら、パシャパシャと水音をたててアクアは畔へ上がった。


 ぐいっと前髪を上げ、頬を拭うその姿。本人は至ってさり気ない仕草でその仕草さえ意識していないが、少しきつめの瞳に中性的な容姿はかなり整っていて、美少年を思わせる。


 ここで、腰に剣でもさしてでもしたら剣士もしくは騎士に見えるだろう。現に、日本においてアクアは剣術を身につけている。それも、実家が200年以上も続く典型的な旧家であったため、剣道どころか本物の真剣を扱っていた。


 だが、アクアは間違いなく女である。齢18。もうすぐ高校を卒業し、大学へ進学する一歩手前の、少女から女性へ移り変わるまさにその狭間の年頃の娘。


 時折、鬱蒼と生い茂る木々の間を吹き抜ける風に、肩まで伸びた柔らかな髪がさらさらと揺れる。


 その髪色は、銀。


「なんだ、こうしてると普通に濡れてるんだな。ほんと、どうなってるんだか――」


「ぃやっほーい!!」


 アクアがぼそりとそう呟いた刹那、ざっぶーんという派手な水飛沫が盛大に上がる。


 特に驚くことなく、むしろ気付いていないかのような風情で辺りを観察しているアクアの元に、水飛沫の犯人がバシャバシャと寄ってきた。


「いつか山奥の川で派手に遊んだの思い出さねえ?」


「ああ。あれは色んな意味でヤバかったな。まさか熊と水遊びすることになるとは思わなかった」


「調子に乗って滝の上から飛び込みしまくってたら、アレスの奴が滝壺の底にハマったってのもあったな」


「あれはもう勘弁。あっちもこっちも本気で死ぬ寸前だった」


 ケラケラと笑うウィングに、苦笑するアクア。


 無論、武勇伝の語り合いなどでは断じてない。こんなもの、三人にとっては日常茶飯事すぎて武勇伝にもならないからだ。


 だたの世間話である。


 そんな二人だが、ふと、ウィングがおもむろに手を伸ばした。


「――…こう言うのは気分悪くなるかもしんねえが、この銀髪、綺麗だぜ」


「そうか?ていうか、なに気ぃ遣ってんだ。少なくとも、つば――ウィングには今更、だろ」


 さらりと髪を触りながら、珍しく前置きして言ってくるウィングに一瞬きょとんとしたアクア。今度は苦笑ではなく小さく笑みを浮かべながら、うなじで緩く髪を一纏めにする。


 旧家の出身、というだけあって、アクアは純粋な日本人。当然、髪色は艶やかな黒だったのだが、こっちで目が覚めたら銀髪になっていたのだ。


 他の二人は、特に容姿に変化は見られない。なのに、なぜ自分だけがこうなったのか。トリップしたことが原因なのか、それとも―――疑問は尽きない。


 とはいえ、アクアは別にこの変化を悲観しているわけではない。ただ純粋に、客観的な視点で何故と思っただけ。


「アクアはまだ呼び慣れないみたいだな、俺らの新しい名前。つか、アレスの奴はどこ行った?」


「さぁ。さっきはあっちの方に歩いて行くの見えたけど…って、ああ噂をすれば」


 ちなみに、“アレス”というのは“アルブレス”の略。長くて回りくどいと、ウィングが勝手に略して言っているのだ。無論、当人とて気にしてはいない。


「おーい、あっちに洞窟あったぞ。ちょっと行ってみないか」


 二人と同い年のアレス。現代日本人にしては彫りが深く肌色の濃い容姿をしていて、若干大きな瞳が目を惹く男。見た目がこの齢にしては落ち着いた風情を醸し出しているのもあって、大抵は齢上に見られがちなきらいがある。ちなみに黒髪短髪だ。


 背恰好は並よりも鍛えられているのが服の上からもわかる。かといって、特別背が高いわけでも横に太いわけでもないのだが。


「お、なんか出てこねえかな♪」


「ウィングが言うとシャレにならない」


「既に予言の域に到達してると思うぞ俺は」


「確かにな」


 アレスの言葉に、真っ先に反応したのは言わずもがな、三人の中で特に好奇心旺盛なウィングである。それはもう、面白い玩具を見つけたようにテンションはウナギ登り。


 規模の大小問わず、またその内容の如何はともあれ、なにか厄介事や事態を意識的にも無意識にも招く頻度が高いのがウィングという人間だ。


 少し赤みを帯びた茶色毛の髪。肩口でざっくり荒く切られていて、それだけで奔放さ具合が窺い知れる雰囲気を纏っているウィングも、アクアと同じく齢18の女だったりする。一人称が「俺」であることからも、如何に男勝りな気質かがわかるだろう。無駄にべらんめえ口調が激しい。


 容姿も若干年下に見られる少年風情。だが、やんちゃというには破天荒すぎるウィングが、乱雑で粗放に見えて実は妙に道理は弁えてもいることを二人は知っている。


 そして、本当に無駄に、その感覚が鋭く直感がケタ外れで秀でていることも。


「けどな、俺らがこうしてここにいるからには、絶対に“何かある”はずだぜ?それは別に、俺らが“悪魔の三つ子”ってだけじゃねえ。フォレスもホープも何も言わねえが、あれは明らかに俺らに対して“何か”を求めてる。散歩行ってこいみたいな調子でこの森に行ってみろと言ってきたのも、日がな俺らにこの世界のことを教えてきてるのも、全部そうだ」


「ああ、判ってる」


「ただ、俺達がこの世界に慣れる様にって配慮だけじゃないだろうな」


「今日この森に来てもっと確信した。フォレスとホープの居るあの空間はやっぱり特殊だ。あそこの泉に潜って泳いでここに出たけど、そこまで遠くに来たつもりないのに、あの空間が見当たらない。ここが地上であそこが地下なら、上から見下ろせるかと思ったけど…」


「あの空間自体が特殊なのか、それともあそこの水が特殊なのかはよくわからねえ。この世界で俺らが知ってることなんざ、まだ微々たるもんだから確かな事は言えねえ。だが、俺らがあの空間に辿りついたってことは必ず“何か”ある。俺の直感は外れないぜ?」


「お前がそう断言するってことは、やっぱそうなんだろう。まあ、最初から平穏無事で過ごせるとは思ってない」


「なるようにしかならない」


「だな」


「とにかく、だ―――そんな俺らの最優先事項は?」


「「情報収集と確固たる事実の検証把握」」


「正解――…っと、ここが洞窟か」



* * *



 きぃん…



 ころ、ん…



 きぃん…



 くぉん…



 これは、なんの音だ



 耳の奥―――脳天まで直接響いてくる、この音色



 まるで、雫と雫がかちあい、水面を転がってゆくような



 鈴鳴りのような、澄み切った音



 身体の奥底まで震わすその音に



 意識が飛びそうになる



 瞬間、身体を貫く鋭い痛み



 ――――やっぱり、“何か”あった



* * * * *



「あー……痛みにゃ慣れてるが、ちっとキツかったぜ…二人とも、平気か?」


「……ああ」


「…なんとかな」


 珍しく疲れた顔のウィングの問いかけに、同じくぐったりと岩壁にもたれながらそう応えるアクアとアレス。


 片足を投げ出し左眼辺りを片手で覆っていたアクアは、洞窟内で感じた痛みの余韻がようやく霧散するなりそっと手を離す。


 血は、出ていない。


 アクアの左眼には、何かの刃物で斬りつけられたような痕が一本、瞼を両断するように走っていた。だが、これはこの世界でついたものではない。引き攣るような痛みもないし、眼球を傷つけられたわけではないからさして気にしてはいなかった。


 とはいえ、洞窟内で痛みが突如生じたのは事実。念のため、二人に見て貰おうと声をかけた。


 だが、途端にウィングとアレスの顔に驚愕の表情が浮かび上がる。


「ど、どうしたんだ」


「――…アクア、見えてる景色に何も異常ないか?」


「――…違和感があるとか」


「いや、特にないけど」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「おい?」


「―――…いや、アクアが異常を感じねえなら救急じゃないんだろうが……」


「……アクア、左の瞳の色、変わってる」


「――――――――――――――は!?」



* * *



「なんつーの?こういうの、オッドアイとかいうんだっけか」


「まぁ、原因は明らかに違いすぎるが」


「やっぱ水鏡じゃよく見えないか……なぁ、一体何色になってんだ?」


 三人共々驚愕したのも束の間、やはり流石というかなんというか、当の本人も至極冷静に先ほどの泉の畔まで戻って話し合っている。


「何色、か…難しいな、この色」


「言葉好き勝手組み合わせて良いなら、強いて言えば蒼銀色?みたいな」


「ん…?そうか、アクアの髪色とよく似てる。ていうか、全く同じかもしれないぞ」


「髪……ああ、確かにこれ、単純に銀髪っていうより蒼みがかった銀色だな。なるほど」


 なぜこうなったのか…という議論は今は不毛と判断し、とりあえず何色に変わってしまったか判って納得するアクア。


 右眼は変わらず黒色。対する左眼は蒼銀色。


 傍から見たら第一印象は十中八九“変”だろう。だが、アクアは元々外見を気にする方ではないので特に騒がない。


「それより、二人は平気なのか?どこか異常とか」


「あー…痛みはもう消えてるが、アクアがそうなら無きにしも非ずだ。なあウィング」


「生憎と身体に包帯ぐるぐる巻きだから、帰って全裸にでもならねえとなんとも言えねえな」


 だが、やはりここでも直感は働いていた。


 絶対、何かある、と。



* * *



 流石にぎょっとした。


 いつか山奥の沢で熊と至近距離で鉢合わせした時と同等もしくはそれ以上に、肝が冷えた。


 人間相手なら、どんなに強面で屈強だろうが卑劣だろうがなんだろうが、決して動じない自信はある。そんな、余計な事を腹の底で考えるヒトの形をした生き物がこの世で一番“怖ろしい”存在ではあるが


けれど、別の意味で容赦のない野獣は純粋に畏怖すべき存在。


 ゆっくりゆっくり近づいてくるそれは、記憶に間違いがなく地球とこの世界の生き物の認識が一致しているのならば―――狼。


 三人は冷静だった。


 童話や伝承に度々冷酷無慈悲と唱えられる野獣を目の前にして、喚くことも騒ぐこともしない。ただ黙って、こちらに向けられる鋭い双眸を見つめ返し、じっとしているのは決して蛇に睨まれた蛙だからではない。


 無論、どんなに豪傑でも三人とてヒトの子。内心はいつもより動悸が激しいし冷や汗も出てはいる。もしもの時のため、どう闘おうかあるいは回避しようかと算段を巡らせてもいる。


 が、しかし、である。


 そんな考えなど脳裏のほんの片隅でしかない。


(―――どう思う?)


(とりあえず、まだ様子見)


(つか、やっぱこいつも“何か”の一つだろうぜ)


((同感))


 とうとう手の届く直ぐ目の前にやってきた狼―――その双眸は相変わらず鋭くて


 けれど、三人は“何か”を感じ取っていた。


 ゆえにこそ、動じず騒がず、視線のみで会話する。


 今日は“何か”を察することが格別に多い。そして、その“何かある”と直感し現実になると断言してきているのは、ただ傲慢だからでも己を過信しているからでもなく


 これまでの人生経験が、そうさせているだけだ。


 ザザァっと風が吹き抜ける。


 それになびいた狼のたてがみは、驚くほど純粋な、まさに金剛石を思わせる銀色で。


 こっちの世界の狼の平均体躯は知れないが、通常の狼より数倍大きなこの狼に、三人の胸中から驚愕の念はとうに消えうせ、代わりに圧倒的なまでの厳かな気配にただ息を飲むばかり。


 暫くの間、軽い睨み合いのような雰囲気が続いた。


 その膠着状態を解いたのは、ふっと眼を僅かに細めた銀狼のほうで。


 更にずいっと顔を近づけ、目の前のアクアに迫る。


 そして、後ずさることなく、それでも疑問符は一杯に浮かべて真っすぐ見つめているアクアの左眼を、ぺろりと優しく舐めたのであった。


<  異世界から来たしヒトの子よ  >


 厳かな声がアクアの耳の深淵に届く。


<  我が名はファンザリア  その身に宿りし幻蒼の混沌  しかと見た  >


<  ゆえに 我ら精霊は力を貸そう  その心に宿る祈りと願い  強くあれ  >



* * *



 激しい目眩と動悸に一気に襲われ一人ではまともに立ち上がれないアクアを連れて、ウィングとアレスは再びあの空間へ舞い戻った。


 そして、やはり


 “何か”あった――――


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