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プロローグ

なんだか物騒な描写から始まります。そこが三人のある意味で源泉。

 はぁ……はぁ……は――――


「――…り…流……っあと、少しだ……―――っく…っ!」


「翼…っ!くそ、血が……っ」


 聞こえるのは、互いの苦しげな息遣い。


 耳朶を叩く激しい雨音さえも、まるで遠くに聞こえる。


「――――……ばさ……い、つき……」


 血が流れる。


 体温が奪われてゆく。


 ただ、互いの存在だけが寄り代。


「…ごめ……な、さ……」


「黙れっ!謝るなっ!!流、今度言ったらブッ飛ばす…っ!」


「俺達が望んだ。俺達が、決めたんだ……―――さぁ、着いたぞ」


 直ぐ眼前の断崖絶壁。


 遥か真下の滝壺。


 それは、待ち望んだ安寧への道。


 あるかもしれない、自分達の次の出逢いへ繋がる、夢。





 ――――そう、願わくば





 また、この傍らの大切な友と、新たに巡り合うことを。




* * * * *




 ――――…とか祈りながら、三人諸共、飛び降りたはずなんだけどな。




「――…っと。アクア?なにボケっとしてんだっつーの」


「ん…?ああ、悪い。にしても、ほんと身軽だな。真面目に羽根でも生えてるんじゃないのか」


「別に、これくれぇの木から飛び降りるのくらい、アクアもアレスも普通だろうが」


「まあ、そうだけど」


「つか、体重でいったら絶対ぇアクアが一番軽い。それよか」


「?」


「まぁた、しょうもねえこと考えてんじゃねぇだろうな」


「いや」


「アクアのそれはアテになんねぇよ。ったく…」


 ごろりと隣に寝そべる“心友”に、アクアはもう一度「悪い」と言いつつ苦笑する。


 そして、一緒になってごろりと寝そべり、頭上を流れ揺らめく景色を眺めた。


「いいか?俺達は“死んだ”んだ。確実にあっちの世界では死んで、この世界に生まれた。つか、辿りついた。もういい加減忘れちまえ」


 言い含める様にそう断言してくる心友。


 だが、そこには自戒も込められていることをアクアは知っている。


 ただ一言、「ああ」と返すだけ。


 それだけで、この二人の意思疎通は過不足なく成立していた。


「アクア、ウィング」


 暫くして、互い以外の者の声に、二人は僅かに身じろぎする。


 そして、直ぐに真上に落とされた影に目線だけで問うた。


「ホープとフォレスが呼んでるぞ」


「「りょーかい」」


 身を起こした二人は、少しばかりの気だるさを感じながら、もう一人の心友と連れだって歩いた。



* * *



 青と緑の透明な世界――――これが、三人が最初に抱いた印象だった。


 そして、今自分達がいるこの場の特殊性というか、不思議で神秘的な現実に、ようやく慣れつつある。


「あ、このスープ美味い」


「味噌味のおじやって感じだな。アクア、今のうち作り方習っとけ」


「もちろん」


「焼き釜でパンとか、俺ら結構贅沢してんなぁ。野菜はうめぇし、果物盛りだくさんだしよ」


「ここで暮らしたら生活習慣病とか無縁だな」


「「同感だ」」


 あれやこれやと話しながら、食べる口を休むことなく動かす三人。


 食欲旺盛なそんな様子を、にこにこと見守っているのが二人いる。


「それだけ食べられれば、回復も早かろう。なに、一安心だ。なぁ婆さんや」


「そうですね、フォレス。それになにより、やっぱり、ここの“聖水”と相性がいいことも大きいと思うわ」


「なぁ、ホープ、フォレス」


「なんだい、アルブレス」


「二人は、ここにいつから暮らしてんだ?」


「――さぁてねえ…一体いつからだったか」


 目を細めて答える優しげな眼差し。それは、どこか遠くを見つめるような光を宿していて。


 結局そのまま詳しい回答は得られなかったものの、さして気にすることなくアルブレスも残る二人も満足いくまで食事をした。


「――さて…昨日はどこまで話したかな」


 食後のお茶をのんびり飲みつつフォレスがそう切り出せば、三人もまた、のんびりお茶を飲みながら、内心は少し構えて話を聞く態勢に入った。


 フォレスとホープ


 三人にとって、今のところこの二人はさしずめ保護者といったところか。


 そう、文字通りなんの変色もなく「保護」者であることは間違いない。


 とはいえ、見た目として齢80は軽く超えているだろう。ゆえに、傍から見れば孫と祖父母である。


 だが、もちろん三人と二人が実際にそういう間柄かといえばそうではない。血のつながりは可能性として一滴たりとも有り得ない。


 そう断言できるのは、ひとえに、今いるこの場所―――この世界が、三人が生まれた世界では断じて有り得ないからだ。



* * *



 カレントリバー―――この妙な名前が、この世界の通称である。


 現代日本ではない。過去のどこかの日本でもない。もっといえば地球という惑星のどこかにある土地でも領土でも国でも何でもない。


 回りくどいことは面倒なので、結論を言おう。


 アクア、ウィング、アルブレス―――月代つきしろ りゅう神氷かんごおり つばさ竜音寺りゅうおんじ いつき・・・の三人は、現代日本からこの世界へトリップしてきた。それが、数日前のこと。


 この世界へ来た時、三人は大怪我をして気を失った状態で「保護」された。「保護」したのが、つまりはフォレスとホープという二人の老人なわけで。


 怪我を薬草などで治療してくれたのもこの二人。三人が目を覚ましたのは話を聞くに、「保護」されてから優に三日後らしい。


 それ以降も数日は絶対安静と、老人ながら容赦のない二人に、三人は大人しく寝ていた―――…というより、動かなかった理由はもっと別にあるのだが。


「幻蒼の森?」


「そう。そこは、遥か太古より連綿と存在する、いわば霊森。そこに、今日は行ってみると良い。もうある程度動いても、身体は大丈夫だろう」


「そこにはね、草木や獣の他に、人ならざるモノが暮らしている場所でもあるのよ」


「人ならざるモノ…」


「つまり、精霊とかアヤカシとかそういう類のものか?」


「アクアの言う通り、その大半は精霊だ。『あやかし』は聞いたことはないがの」


「ってことは、もしかして神とかそういうのもいるのか?」


「なんつーか、日本とやっぱちょっくら似てるよな。森に対する観念とか、そういうところも」


「そうだな。まあ、馴染みやすいから助かるけど」


「で、そこに行って何をしろと」


「だた行くだけで良いのよ。行き方も帰り方も教えてあげるわ」


 ところで、もう察しているだろうが、『アクア』『ウィング』『アルブレス』とはこの世界における三人の名である。これも、フォレスとホープが授けてくれた。


 やはり、この世界に漢字など存在しない。とはいえ、文字や言葉に関して三人が困るということは不思議となかった。


 最初から自然に読めるし、どうやら話せて伝わっているようなのだ。その原理は不明だし、これから先も解明はされないだろう。


 こっちがこの世界の文字や言葉を勝手に脳内変換できているのか、それともあっちがこっちの言葉や文字をそうしているのか……これは永遠の謎だ。


 しかも、どうも現代語というのもごく自然にこの世界にもあるらしい。その言い方は些かおかしいが、とにかく、現代人三人組がたった50年前の日本では通用しない語彙を多用しようが和製英語を使おうが、特に問題がないときた。


 なんだか、非常に便利なトリップである。


 まあ、深く考えたところでそれこそ神のみぞ知るだから、三人は特に詮索もしていない。



* * *



 三人が一緒に生活させてもらっているフォレスとホープの家。「美味しいお菓子作って待ってるから」と言われて送り出された三人は、連れだってとある方向へ足を向けていた。


「なんか、見れば見るほど、中世ヨーロッパの石造りって感じだな」


「けど、この苔むして蔦も樹木も無秩序に絡まっている感じは、アンコールワットとかそういう古代遺跡さながら」


「だな。古代文明の名残ってか?」


「どっちにしても、地球で言えば大陸系の建造物だな。全部とは言わないけど、日本は基本的に木の文化だし」


「石造りなんぞ、そうそう沢山あったら地震で一発でアウトだもんな」


「でも、四季はあるみたいだ。今は…秋って風情か?話聞く限りじゃ日本より変化が緩やかっぽいけど」


「ま、これから暮らしてきゃ嫌でもわかる。そのうち探検でもなんでもしてみようぜ」


「「賛成」」


 左右に聳え立つのは、どうやら千年以上昔の建造物らしい。今歩いている場所は、広場か大通りとして使われていたのかもしれない。


 印象としては三人が言い合った通りで、造りとしては左右対称に、柄も統一されていてなかなか壮大だ。


 城の一部なのか、それとも城壁か、あるいは一般市民も行き来し出入りしていたものなのか……とにかく、千年という途方もない年月を一見して納得させられる風情が漂っているのは間違いない。


 今は水も枯れた噴水の脇を通り過ぎ、三人が辿りついたのは最奥。


 そこに、瑠璃色に煌めく泉があった。


 湧き水のようで、澄んだ水面の中をじっと覗くと、深淵にこんこんと清浄な水が絶え間なく湧き出ている様子が見える


 ―――…と、まあ、これはこれで特になんの変哲もないのだが。


「つーかよ」


「ああ」


「うん」


「泉の中で泉が湧き出てるって、マジでどういう原理だっつの」


「「さぁ?」」


 ウィングの問いかけに、至極真っ当な疑問だとアクアもアルブレスも頷いて応えた。


 三人は泉の畔で、おもむろにその瞳を頭上へと向ける。


 差し込んでくる陽の光は柔らかく、細かに反射して降り注いできていて、自分達がいるこの場所全ての景色を素直に美しいと感じた。


 廃墟と化した一つの文明が、幾星霜の時を経て森へと還ってゆくその様。美しさとは、時に哀愁を漂わせるものである。無論、三人に言葉以上の他意はないが。


 だが、美しいと感じたのはそれだけが理由ではない。


 ここは、三人が見聞により知っている遺跡とは決定的に違うことが一つ在った。


「水に沈んだヒトの軌跡、か」


「それ、今の地球じゃマジでシャレにならないぜ。どこぞの島が海に沈むだとか、どこぞの村がダムに沈んだとか、日本列島沈没とかいろいろ」


「ま、だとしても関係ねぇけどな。それより、俺らの眼前の疑問は、だ」


「なんでここが水の中なのに、あたし達が普通に呼吸して生きて過ごせているのか」


「だな」


 そう、疑問はまさしくただそれ一つ。


 頭上数十メートルほどで穏やかに揺らめいて見えるのは、つまるところ水面であった。


 イメージとしては、古代遺跡が水に沈んでいるところを想像すれば手っ取り早い。というか、そうとしか言いようがない。


 この空気と思っていた虚空全てが水であること、ここが水に満たされていることを三人に教えたのもやはり彼の二人なわけだが、トリップという怪奇現象をあっさり受け入れた三人も、流石にそれを信じるまで時間がかかった。


 濡れていない、呼吸ができる、息による水泡もできない、火も熾せるし煙も出る、なにより重力もあって身体が浮かび上がらない…云々


 これのどこを「水」だと信じれば良い。


 それを問いただせば案の定、「貴方達三人が、聖水と相性が良いからよ」なんてあっさりとした回答が返ってきたわけだが、そんなこと言われたところで理解などできるはずもなく。


 とはいえ、度々話の端々に出てくる“聖水”というのがどうやらキーらしいことはわかった。


「ま、言ったってこれも考えたってしょうがねえな」


「時がくればいずれ、か……?これも巡り合わせだと納得する他ないな、今は」


 理解はしていない。これもおそらく、永遠の謎。


 だが、理解と納得は少々違う。


 今の三人の状況は、ひとまずは後者であった。


 理屈や理論では理解していないし納得していない。だが、感覚として納得している、という感じだ。


 まだ短い付き合いだが、殊にホープは言葉も纏う雰囲気もどこか不思議な人物。言葉も見つめてくる眼差しもどこか謎めいていて不思議で、理屈や理論など超越した風情を醸し出している。


 それは、フォレスも一緒。だから三人は、疑問に思ったことは遠慮なく尋ねるものの、「あ、これ以上は言葉では教えてくれない」と察した時点で質問を諦める術を身につけた。


 まるで、あの二人自身が精霊のような存在だ。当人達はただの人間だというが、そこには多大なツッコミを入れたい。


 ここに居る時点で“ただの人間”じゃないと。


「俺達はトリップって怪奇現象があるから無理矢理にでも納得できるとして……あの二人、マジであとから妖精だとか言わないよな。それとも、俺らみたく昔トリップしてきた人種か?」


「ただ齢食って人生や世の中達観してるってだけじゃなさそうだもんな、あれ」


「聞いたところで答えねえだろうよ。ま、良いんじゃね?なんせ“俺達”だ。この先何が起きたって全部受け流せる自信がある」


「『悪魔の三つ子』の通り名は伊達じゃないからな」


「『最強・最凶・無敵の三獣士』ってのもあったな」


「その“獣”ってところがポイントたけぇと思うぞ俺は」


「確認するけど、通り名の全部は悪口だからな」


「知ってる」


「今更だな」


 彼の二人を“普通じゃない”という三人もまた、まごうことなき“異常”な存在であるわけだが―――この三人が三人たる所以は、その己の“異常さ”を自覚しているところだろう。


 それぞれ人間性に差異はあれど、この三人の豪胆さを敢えて一口で言い表わせば『破天荒』以外のなにものでもない。


 それは、この世界でも大いに発揮されてゆくことになる。


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