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こうして二人は出合いましたとさ ――非日常へ――


 移動速度が最高潮に突入したとしか思えないような時間を、夜になるまでゲームの世界に心を置いて過ごしていたが、オタクだって人間なので当然腹が減る。

時計を見ると九時近くまで回っていたので階下に降りて、冷蔵庫の中を物色すると、中には何の食材もなかった。

俺が勇者なら、しけた箱だぜ……とでも言って、舌打ちをしていたかも知れない……。いやな勇者だ。

「父さんが帰ってくるのは……と」

 冷蔵庫の扉を閉めて、予定表を確認すると、赤い磁石が今日の日付の上に載っていた。

赤、黄、緑、青の磁石があるが、それぞれ『遅くなる』『ちょっと遅くなる』『すぐ帰って来る』『休み』を意味している。ということは、今日は深夜近くまで帰らないかも知れない。

 ――後二時間も、このままは嫌だなぁ。

 俺はため息交じりに冷蔵庫から視線を外すと、自室へと戻ってショルダーバッグと財布を持って外へ出た。

「メニューは……焼きそばで良いか」

 野菜を切って、麺と合わせて炒めるだけで生まれるグッドテイスト。個人的に、青のりは外せない。ついでに卵も買って、オムそばでも良い。

 こういった食費は、レシートを父さんに渡せば小遣い外にお金を貰えるので、遠慮しなくていいのが嬉しいね。凝った料理を作る気はないけど。

 すぐ近くにあるコンビニを無視して、徒歩二十分ほどの場所にある、夜遅くまで開いているスーパーまで、空を見上げながら歩いた。

「……半月、か」

 暗くなった空には、昼には太陽の光に呑まれてしまう小さな瞬きが、けれど街中の淀んだ天蓋から、まるで人見知りの子供のようにちらちらと目に付いた。

 その中でも特に目につくのは、太陽の不在の間だけその玉座を奪う、仮初めの光を放つ地球に一番近い星だ。今日はその星の光が最高潮に達するまで時間的道程の半分の期間。

「…………」

 スーパーの入り口で、特売の情報を一覧してから、予定通り野菜を幾らかと卵と蒸し麺、ついでに食パンを購入し、再び外に出た。その間に、特に何もない。

いつもと変わらない社会での行動。型に嵌められた行動に、順次した俺の行動。

 スーパーのおばちゃんがにこやかに世間話を振ってくるわけもなく、値段を独断で安くしてもらえるわけもない。不満もなく、不便もない。

 効率化された社会の歯車に、そっと自分を置いただけだ。そこに俺と言う存在を挟む余地などない。

そこに俺はいないのに、どうやって世界が俺を――俺たちを助けると言うのだろう?

俺はにやりと笑って、自嘲的に囀った。

「……ほらな、なにも起きねえ」

 何も起きないんだよ、父さん。奇跡なんて、この世界にはきっとないんだ。

 いくら月がきれいでも。

 いくら父さんと母さんが愛し合っていても。

 満月のように角がなく、円満に、真ん丸に、世界が回り続けることはないのだろう。

「さて、帰るか」

 今日も何も起きずに、一日が終わる。そう思いながら、俺は夜空を見上げながら、誰ともすれ違わない帰路に就いた。

「――……?」

 唐突に周囲を見回す。何かが聞こえた気がしたからだ。足音のように、小さい音だ。こんな夜遅くに、誰かが近くに居るのだろうか。

 果たして、俺の直感の正誤が明らかになるのは本当にすぐのことだった。

「―――みぃいぃぃぁぁあ!」

「なんだぁっ」

 ――この猫のような人の声は! そしてこのシチュエーションは! 世のオタクなら垂涎ものの逸品だぞ!

 咄嗟に馬鹿なことを考えたおかげで、俺は突然のことに対する硬直を脱することが出来た。オタクって素晴らしいね!

 しかし時すでに遅く、声の主は俺の頭上からドップラー効果を発揮しながら近付いており、すでに回避は不可能だった。

むしろ、頭上からの衝撃に備えられただけでも奇跡に近い。

――だが、神様とやらが居るのかは知れないが、とにかくオタクの神様も、頭上から降ってきた少女を衝突(そして続くかくかくしかじか)までは引き起こさなかったらしい。俺に重たい衝撃が落ちてくることはなかった。

 けれど何故か、目が回る。その理由を知るでもなく、俺は咄嗟に目を閉じて、両腕を掲げて顔を覆っていた。

「……?」

 軽い眩暈に似た症状が治まり、恐る恐る目を開ける俺に届くのは、鈴を転がしたような愛らしい声。子供っぽいのに、どこか凛とした響きを持っていた。

「ふぁ……何とか衝突は避けられましたか」

 ――害はない、と判断し、俺は一気に目蓋を広げる。そして、眼前に広がる風景に愕然とした。

「――……なん、だ? ここ、は……っ!」

「――――……? ――、――――……?」

 目の前の少女が何事かを呟いていたが、俺はそんなことを気にする余裕もなく、目の前の景色に圧倒されていた。

 コンクリの塀が、分厚い苔に覆われた土嚢のように変り果て、人の住んでいたはずの家も密集した木々や、巨大な大木へと変貌していた。どちらも入り込む隙間もなさそうだ。

 コンクリートジャングルと呼べる住宅地ではなかったが、今いるここもジャングルとは程遠い。その共通の中途半端さが、二つの景色を同じものに思わせる。

異様な森のような、それこそ人為的な自然の位置づけを感じる緑と茶色の世界が、目の前に広がっていた。

「……落ち着け、俺。こういう時はあれだ、素数数えるのも面倒だし、人って書くのも違うよな……?」

 大体素数、十五までしか連続で言えないしっ! 混乱している今言えるわけないじゃん!

 慌てる俺に、目の前の少女が、気遣うように声を掛けてくる。

「……深呼吸、してみたらどうですか?」

「深呼吸……? そうか、深呼吸だ!」

 すぅー……はぁー……すぅー……。……あぁ、けど、単に深呼吸するだけじゃ効果薄いかもしれないな。発表会でも、緊張しっぱなしだったし。

 ここは、俺らしくテンションを上げて乗り切っていこう。そうと決まれば善は急げだ。

「すぅー……はぁー……すぅー……」

 目いっぱい息を吸い込んだ俺は、意を決して空を見上げた。そこはいつも通り、深く暗い空で、お月様がちゃんと俺見ていた。

 よし聞け月よ、俺はにやりと笑うと、天まで轟くくらいに声を張り上げた。

「……イエーーーーイイ! 空から美少女が振ってきたぜ!」

 そうして俺は、目の前でびくりと目を丸くする赤髪の少女――のちに知った名前はイクミだ――と、衝撃的な出会いをした。

 ……初っ端から好感度だだ下がりだなっ! おいっ!

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