日常
――学校と言うのは退屈な場所だ。
それと同時に、得難い場所でもある。
「ふわぁ……」
「浅葱……眠いようなら起こしてやろう。教科書二十四ページの問三の答えはなんだ?」
「えーと……」
俺は既に答えを書いてあったノートを引っ張り出して、先生の問いの答えを述べた。
「ふむ……合ってるな」
先生はそれ以上何を言うでもなく黒板に向き直り、授業を進める。彼の狙い通りかどうかは知らないが、確かに一度立ち上がったことにより、俺の眠気は幾分醒めていた。
数学は俺の得意分野の一つだ。それに、まだ学校が始まってからそう時間が立っている訳でもないので、進学校とは言え勉強内容自体もそう難しいものではない。
「では、次の問いは……高野、どうだ?」
「わかりません!」
「よぅし、後で聴きに来い」
うへぇ……と、頭を抱えている巨体の高野は座ることも許されずに、先生による懇切丁寧な模範解答を聴講して、ノートに書き殴っている。
「……うむむ」
「…………」
席替えを終えて、それまでの教壇から目に付きにくい安全域からの離脱を余儀なくされ、高野と同じく前の方に席が移った加賀野は、心なしか姿勢を低くしてどこか唸るようにして先生の描いた模範解答を必死でノートに写していた。
対して俺と同様に最後尾近くにまで離脱した、後方の部隊の一角を担う茅場は素知らぬ顔で窓の外を眺めている。とても授業を聞いている風には見えないし、実際あまり聞いてないらしい。
それでも滅多に回答をミスすることがないのを疑問に思った俺は、以前に一度ノートを見せて貰ったのだが、授業はあまり聞いてない割りに予習復習が凄まじいことになっていた。
……始まって一か月程度で、教科書の半分以上先まで進んでいるっておかしいだろ。
「……いつも通り、だな」
父さん。やっぱり特に、何も起こりそうにないよ。
確認作業のようにいつもと同じ日常であることを確かめ終えると、俺はまどろむようにして午後の授業を聞き流していった。
――世は並べてことも無し。あぁ、眠たい。