願い
さぁて……かなり苦心しましたよぅ……
その割にはうまくできた感がないのですが。しくしく
(これか、この次くらいまでが序章です……長いのか短いのかわからないけど、俺のペースが亀の歩みなのはよくわかる)
――なぁ。お前、これからどうするんだ?
その言葉が広がると同時に、重たい沈黙も宵闇に広がる。
沈黙の広がった夜の闇は、質感を伴った黒として、俺の肩にずしりとのしかかる。
……覚悟していたこととはいえ、それでもきつい。
気まずいというより気が重いが、気の重さに関係なく……陳腐な言い方をすれば、心が締め付けられるようだ。
「……っ」
イクミは俺の唐突な質問に息をのみ、口をパクパクとさせ、唖然としている。
「……言い方が悪かったか? なら、言い直そう。――お前、これから行くあてがあるのか?」
「…………」
俺は、彼女がこの世界の存在ではないと推測した。そして、この世界についてほとんど知らないということも。
仕切りなおして、なおも無言のイクミに、俺は確信を深くする。
――彼女にとって、この世界は未知だ。
この世界に対してさえ『お客様』である彼女に、当てなどあるはずがない。それを予想してなお、俺はこう尋ねた。
――何も知らないこの世界で、たった一人で放り込まれて、いずれ来る現実にまで対処できるか? と。
「…………」
沈黙が広がる世界で、俺は心持ちわずかにイクミに肩を寄せる。けれど、視線は逸らさないままだ。
(このまま沈黙を貫かれても、あるいは嘘をつかれるのだとしても……俺のやることは変わらないが)
ただ、これからどういう行動を起こすにしても、この質問の答えを聞かなければ俺はきっと後悔をする。
俺の唐突な質問からしばらくして、イクミはひとつの咳払いをスイッチにして、冷静さと凛とした雰囲気をまとわせて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ。折りを見て、帰りますです」
「……帰られるのか?」
驚いた俺の声に、イクミははにかみながら「はいです」と答えた。嘘を言っている感じではない。ただ、容易なことではない、という感じもする。
「……ま、なんにしても、目標があるのはいいことだ」
イクミの言葉に俺は安堵の息をかすかに漏らした。
目的もなく、ただ漫然として目的を探す――というのも悪くはないが、最終的に目的は必要だ。方向性を定めずに、全方位に張りつめて生き続けられるほど、人間の精神はタフではない。
彼女にちゃんとした目標があると知れば、少しは気も緩むというものだ。
俺は世間話を振るように、話題をつなげた。
「いつ帰られるんだ?」
「お月様が満ちた時です」
「今じゃないのか……ま、まだ帰さないけどな」
「ふぇ……っ!?」
そして、不意をとりイクミの袖を引っ張ると、そのまま驚く彼女の頭を腕に抱える。もしかしなくても、モラル的に問題があるし――もしかすると犯罪行為に当たるかもしれない。
それでも抱えた後も力を緩めることなく、むしろぎゅっと力を込めて彼女の頭蓋の固さを感じ、かすかに髪の毛の匂いが鼻孔をつく。
「はっ、離してくださいです!」
「いっひっひ。はぁなさねえぞぉ?」
「! ……っ」
俺の力が緩まることのないことを感じてか、イクミが必死に腕から抜け出ようとする。
――だが、腰を曲げるほどに抱え込まれているためうまく力は伝わることはなく、抜け出ることはできない。
ここで先ほどの光の何かを使えば、容易く抜け出ることはできるだろうが、この世界では使えないのか、あるいは俺に対して使うべきではないと感じているのか、どのみち使われることはなかった。
魔法のない魔女はただの知識ある老婆だ。……光を使わず、ただ力任せに抜けようとするイクミは、年相応の女の子だった。
「~~っ! 離して! 離してくださいです!」
「ひとつだけ、俺の願いを聞いてくれねえか?」
――そうしたら離してやる、とささやくと、腕の中の抵抗がぴたりとやんで、俺の言葉を待つ。
「……なんですか?」
トーンの低い俺の本気に感化されたように、イクミの声も小さく響く。
――そうだ。俺は、たとえどんな答えが返って来たのだとしても、彼女に対して行う行動は、たったの一つだと決めていた。
「あぁ……俺の願いはな――」
しゃべることに集中しようとわずかに抜けた腕の力を察知し、一瞬で抜けようと行動したイクミは気の抜けない相手だ。
出会って一時間弱で、気の置けない相手になれという方が無茶な話ではあるが、これからする願いも同等に――いや、間違いなくそれ以上に無茶な願いだ。
「俺の……願い――」
それでも、彼女の『死にに来た』という宣言と、彼女にとって天涯孤独の異世界に迷い込んだ時点で、心のどこかで閃いていた行動を――とる。
「たった一つの……俺の願いは――」
心の整理など、ついてはいない。
願いの部分を、心の中で何度も反駁して、イメージトレーニング出来るような内容でもない。
――それでも為すと決めたことを、俺は言う。
絞り出すような悲壮さはなく、掠れるような弱弱しさもなく、沈んだ声の哀愁もなく、はじけるような陽気さも遠い――ただ、必死さだけが伝わる、低く囁くような声で。
「――お前が、俺の家族になることだ」
――ひとつだけ、願いを、口にした。




