命がけの逃避行
――唖然とする両陣営を置き去りにして稼げる距離はごくわずかだ。そして、直線では空を飛べるあいつらにかなう訳がない。あとは、各家庭で忌み嫌われるあの虫のように、目を見張るような木々の密集地同士の隙間に逃げて、逃げ回るだけだ。
背後から上がる追跡の声に、釘を打ち込まれたかのように心臓が跳ねる。それを機に、俺は目の前に見えた曲がり角を、イクミを押し込むようにして曲がると、俺も曲がった直後に青い光が背後を突きぬけて、地面を一部抉り出した。
――砲弾ほどの威力はないけど、砲丸くらいの威力はあるな! コンチクショウ!
「っ……」
今更ながらに湧いて出た恐怖を勢いで押し流し、先を急ぐ。
目的地なんて存在しない。目的だけの、逃避行。
あおい満月との見守る中で、青い光に背を追われる……か。皮肉なもんだ。
「はぁ……はぁ……」
何を考えて、どこをどう走っているのかも良く分からない。一体あれから何分経った? 一分? 五分? だぁ……分かんねえ。
「くっ……行き止まり……?」
走り続けていると俺たちは、屋根の抜けた防空壕のような土の壁に囲まれたところまで来ていた。上空にやつらは見えない。……壁に身を隠したら、少しは時間稼ぎになるか?
「ねぇ! ねぇってば!」
「あぁ?」
気が付けばそばで喚いていたイクミをそっちのけで、俺は適当に安心材料を見付けては、それを肯定して安堵を得た。
そして、陰に隠れるようにイクミをしゃがませて、サイド周辺を確認し、しゃがみ込ませたイクミの側に立ち、改めてその声に耳を傾ける。
「……で、なんだよ?」
「ようやく気付きましたか……。走ってる最中も、何度も声かけたのに気付いていないみたいでしたし……そこまで必死だったのですか?」
「……まぁな」
目の前の少女のことを、俺は何も知らない。
けれど、人が人であることで、気付くものが在る。
イクミは俺と言う見知らぬ人間に手を引かれ、驚き、不安になっていたのだろう。たとえそれが、逃がそうとしているものの手でも、その理由が見つからないのだから。
――その推測は、次に出たイクミの掠れた言葉で、半ば確定となった。
「あなたはどうして、私を逃がそうとしたのです?」
「逃がそうっつうか、現在進行形で逃げてるけどな」
「……なるほど、馬鹿なのですね」
「お前みたいな大バカに言われたくない台詞だな」
それは些か結論を急ぎ過ぎてやしませんかね、お嬢さん? いくら温厚な俺でも、ちょーとむかつきましたよ、そんなにあっさり馬鹿認定されると。
……自分のこと温厚だなんて思ったこと、一度もねえけどな! ついでに馬鹿も認めてやらぁこの野郎!
「……なにか、ものすごい哀しい顔してません? あなた」
「そんなことねえやっ」
俺は嘘泣きを堪えるように空を見上げながら、うろたえるイクミを横目で見て楽しむと、自分がスーパーのビニール袋を持ったままだったことに気が付いて、地面にそっと下ろした。
荷物を下ろすと、ふっと腕が軽くなる。
――同時に、心の中で何かがするりと抜けおちていった。
……あぁ、『なんで』だったのか、今分かった。
「『死にに来た』……だったよな?」
「え?」
イクミは一瞬呆けた声を上げたが、すぐに俺の発した言葉が、自分のさっきの言葉だと気付いたようだ。
「……そうですよ、悪いですか?」
「悪くねえよ、そう思うことは」
俺だって、この世界を去った方が良いのではないかと思ったことがないわけではない。
それがたとえ、自分の大切な人に傷を負わせるのだとしても、もしかしたら自分がいない方がその人たちにとって幸せなのではないかと――そう思うことなら、何度もある。
「ならば……っ」
「俺が許すのは、思うことまでだ。……実行はさせない。俺の命に賭けてな」
「っ! 昨日今日あった人に、そこまで言われる筋合いはありません!」
「あったのはついさっきだ――」
俺はそう軽口を挟みつつ、地面に下ろしたスーパーの袋を引き寄せる。
睨むイクミを目に入れつつ、状況を受け入れ、楽しむことはせずに、本気でぶつかっていく。
「――だが、命は平等に、捨てていいものじゃあない」
「……っ」
唇を噛んだイクミを背に、俺はスーパーの袋から取り出した卵のパックを開けると、零れてくる青い光を頼りに敵の接近を察知し、逃走準備を整えた。
「くらえっ! エッグシュート!」
「うわっ!」
「ひゃぁ!」
やや中二めいた技名と同時に放り投げた開いた卵パックは、おもちゃのショットガンのように十の卵を低い放物線を描きながら、幾つかが光を手に集めた二人の男女にぶつかり、意表を突くことに成功した。
「逃げるぞ!」
「……分かり、ました」
俺は一瞬で背後の壁に跳び付いて、天辺まで引きあがる。そして、イクミの腕を掴み、引き上げようとしたその時、世界が一瞬深くに落ちていった気がした。
――それとも、落ちているのは俺の方……か?
つい先ほど味わったような、軽い眩暈。世界が回るようにして、俺から世界が遠ざかる。
「ぅ……」
俺は足場を踏み外した感覚と共に、イクミの方へと落ちていく。そして、最後に視界が捉えたのは、暗いねずみ色をした地面。
――あぁ、アスファルト……だ。
少しばかりしか目にしていないだけのはずなのに、その色合いはもはや懐かしくも感じている間に、俺は意識を手放した。
世界が平和でありますように……。
ここまでは書置きしてましたので、あっという間にかけましたけど、ここからはそうはいきませんっ!(自慢げにいうことではありませんが)
……というわけで、散漫的な投稿になると思いますが、どうぞ生暖目で、長々とみていただければ……嬉しいです。




