道端で
バイトの帰り道、夜遅く1時を過ぎたあたり。
元々人通りの少ない道だが、こんなに遅い時間だと人がいないのは当たり前。
一人暮らしだから、心配する人はいなくていいけど、夜道は危ないとよく親に注意された記憶が過る。
いくら街灯が明るいからといっても、なんだか不気味で家路を急ぐ。
今も昔も夜は物騒なのに変わりはないだから。
「お兄さん」
女性の声が聞こえた。
(まさかこんな時間に?)
疑問を抱きながら振り返る。
丁度街灯の下に黒い長髪の女性がガードレールに寄りかかっていた。
幽霊ってわけでもなさそうだ。しっかり足もついてる。
ただ今の状況から考えて普通の人は出歩くとは考えられないから、止めた足を戻して進む。
「ちょっと待ってよ!!高橋雅人」
足を止める。
俺は振り返り、怪訝しためで見つめ。
「……なんで知ってんの?あんた誰」
「それは秘密」
「そう。じゃ」
話しても無駄そうだから、帰ろうと背を向けたとたんに重い。
詳しく言うと足が。
それに腹部に圧迫感とズルズルと地面の掠れる音が聞こえる。
振り返らなくてもわかったが、どうやら抱きつかれているようで、しかも体重をかけているのだろう。
視線を下げてみれば、足を踏ん張っている姿が見えた。
(仮にも女子だろう……)
変なのに捕まったと、ため息をつきながら、女に向かって言う。
「……あんた何がしたいわけ?俺は早く帰りたいだけど」
「はっ話聞いてくれる?」
「聞いたらあんた離れるか?」
「もちろん!!」
しめた!と思った。
これで逃げれるかもとでも、仮うまくダッシュできたとしてもごっつ恨まれそう。
この締め付け具合的にも物語ってるし、女の前髪が長すぎて顔がよく見えないし、出来れば関わりたくない。が一向に離れる気配がない。
「いい加減離してくれない?」
「いや……。信用できなくてつい……」
女の腕の力が緩む。
俺は女の腕を振りほどいて向き合う。
やはり前髪は長く鼻までかかっていて目は見えない。
でも頬や手を見ると肌が白いことがよくわかる。
肩位に頭がくるから身長は160くらいだろう。
外見と言えばあとは服装か。
デニムのジーンズに白Tで今の季節に似合わない薄め黒いコート。いくら薄くても、夏なんだから暑いだろう。見てるだけで暑い。
こんな時間にこんなやつを相手に貴重な時間を割きたくない。
「っで話って何?」
「一つ願いが叶うとしたら何がいい?」
「はぁ?」
「早く答えろ」
いきなりワケわからないこと言ってきて、頭が白くなる。
とりあえず……。
逃げろ。
そう思考が陥ったって仕方ない状況だとおもう。
全力で走った。
なぜ、知らない人にそんなことを答えないといけない。
めっちゃ怪しいだろう。
いや、話す前からわかってたけど。
闇雲に走ったから、今自分のいる位置がわからない。
でも確実にわかるのは自宅の距離が遠のいた事と、寝不足になる事は避けられないようだ。
後ろを振り返る。あの女はいない。
この事実だけでもましか。
しかし、なぜ女は俺の名前を知っていたかが気になる。
一度も会ったことないのに。
まぁ一回でも会っていたら、奇抜な格好だし、忘れないだろう。
「もぅ!!……はぁはぁ……にっ逃げるなんて……ふっ卑怯ょ!」
俺は振り返る。
息を切らしたあの女がいた。
そらもはぁはぁっと咳き込みながら電柱に寄りかかる。
そして見た目はさだ○のよう……。
白ワンピースだったらなお怖そうだ。
「お前どうやって来たの?」
「わっ私はぁて!これでも立派な魔女なんだから!追跡くらいできるわよ!!」
「……とりあえずバカ?」
「なっなに失礼な事言うのよ!」
「やっと呂律戻ったか」
「おかげさまでね。雅人のせいなんだけど!」
自称魔女がぷっと頬を膨らませる。
かわいい、かわいくないっと聞かれたらそら、かわいいわけがない。
そんなやつに連れまわされている俺ってどうなの?って逆に不安になる。
「で、魔女がどうして俺に用があるわけ?」
「それは、言えない。でも一つくらい叶えたい願いってあるでしょ?」
「それは、無いって言ったら嘘だが、言いたくもない」
「それじゃ困るのよ!あんたにかかってるんだから」
自称魔女に胸倉掴まれた。
正直身長差の違いで、まったく苦しくなく、どちらかというと魔女の方が辛そうだ。
「俺にかかってるってどういう意味だ」
「それも言ったら不合格になるのよ!!」
「はぁ?もう意味わかんね」
「とりあえず、なんでもいいから言いなさいよ!」
そう言われても考えつくことがない。
しいて言うなら、アンパンが食いたい。
なんとなくだが。
「本当に何となくでいいだな」
「ええ」
「アンパンが欲しい」
「ふざけてんの!!もうちょっとなんか捻りなさいよ」
そう言われても、なんでも良いって言ったのに。
さらに捻りだそうとしても、眠気で思考が回らない。
じゃいいそう、彼女の顔なんてどうだろう。
興味本位だが、いい考えかと思った。
「じゃあんたの素顔がみたい」
「はぁ?もっとちゃんと考えなさいよ」
「だって思いつかないだからしかないだろ!」
「ダメ!!それじゃ試験にならないじゃない。マスターに怒られるわ」
「なにそれ?」
試験って言葉に引っかかった。
さっきも不合格とか、なんやら言ってたから、魔女にも試験があるのかと考えがいきつく。
つまり、その試験の課題かなにかで捕まってしまったと考えた用がいいだろう。
めいわくな話だ。
「いいからなんでもいいなさいよ。そら飛びたいとか、惚れ薬欲しいとか、若返りたいとかあるでしょ?」
「いいよ。べつに」
「さっきからそればっかね。無欲すぎる!あんたそれでも人間?」
「悪かったな。俺は何かを得ようとするのは自分の力だけって決めてんだ。だからあんたにどういわれようと俺は願わない。せめてアンパンくらいだ」
「だから!!なんでアンパンなのよ!!」
「食べたいから」
俺はさらりと言うと、魔女はため息をついてからどっかしらからステッキを取り出す。
そしてステッキを回転すると、ポンッと煙が出て、見事アンパンを出して見せた。
魔女はあきれた声で、
「本当にこれでいいわけ?」
「ああ」
俺は頷き、アンパンを受け取る。
出来立てのようで、あったかい。
「これで落ちたらあんたのせいだからね」
「そうかい」
「ちょっあんたもうちょっとは気にしなさいよ!!」
噛み付くようにつかっかる魔女をほっとき一口食べる。
餡子のほのかな甘みとぱんが見事にあってうまい。
「って今食べるんかい!」
「焼きたてが一番だからな」
「たしかにそうだけど……」
「で、用は済んだよな」
「ええ。そうね」
口ごもる魔女。俺は……。
眠いし帰ることにした。
用事も終わったことだし、おなかも満たしたし。
「って去るのも急だな!雅人は!!あいさつくらいしなさいよ」
「えー俺あんたの名前知らないし」
「凜よ。たぶん、また会うから覚えておいて」
というなり、魔女はぱっと消えてしまった。
夢のように。いや、夢であってほしい。
あんな捨てゼリフいらないし……。
あんな見た目不気味な魔女なんかに会いたくないってない。
後日。
同じ帰り道、同じ場所で彼女が立ってました。
凜「ま」
雅「ま?」
凜「雅人のせいよ!!やっぱり落ちたじゃない!!!受かれば魔女だったのに!!」
雅「えっえ!!」
凜「責任とってよね!!」
雅「えっ!!どういう!!」
凜「しばらく、住ませていただきます」
雅「帰れ!!!」