知らない誰かの同棲生活
「あー、今日も疲れた⋯⋯」
仕事を終えたオレは、スーパーで買い物を済ませてから帰路に着いた。
スマホにメールが届いていて、帰る前に買い物を頼まれていたのだ。
ひと袋にずっしりと色々なものが入った袋はそれなりの重さだが、これも幸せの重みと思えば屁でもない。
アパートの階段を上り、202号室のドアの前で鍵を取り出し、カチャリと回して中へと入った。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
姿は見えないが、同居人の声が奥から届いた。
おそらくは風呂にでも入っているのだろう。
オレは買い物袋をテーブルに置き、自室に戻って荷物を置いた。
「ふぅ⋯⋯」
ネクタイをほどき、スーツ一式を脱いでハンガーに掛け、普段着に着替えた。
「今日も疲れたな⋯⋯」
社会人一年目、慣れない仕事に四苦八苦しつつも、ようやく任せられた仕事をこなせる程度にはなってきた。
今年のボーナスももうすぐで貰えるし、初ボーナスはどう使おうか⋯⋯。
「⋯⋯」
まぁ、貯金だな。
先がどうなるかは分からないし、あの人に負担をかける訳にもいかない。
スマホに充電ケーブルを差し込み、リビングへと向かった。
「高貴君、お仕事お疲れ様。お風呂空いたよ」
「ありがとうございます、先生」
「やだなぁ。私、もう先生じゃないよ」
「そうでした、みことさん。先にお風呂、いただきます」
「はーい。その間にご飯作っておくね」
「ありがとうございます」
そう。
オレの今の同居人は、元担任教師の折原みことさんだ。
みことさんはあの日の責任を取って教職を引退。
オレが高校を卒業すると同時にアパートの一室を契約し、ふたりで同棲生活を始めた。
最初はみことさんと同級生のいざこざから始まったのだが、その騒動の責任を全てみことさんが被ったせいで、みことさんは教師ではいられなくなった。
あの頃、ただの学生だったオレにはどうする事も出来ず、ただ大人の決定に従う事しか出来なかった。
みことさんは『気にしないで』と言ってくれていたが、あの件の責任は、あの人にみことさんの事を教えてしまったオレにもあるのだ。
絶対に、この人を幸せにしてみせる。
事件の後、オレは心の中でそう誓ったのだ。
───20分後。
「ふぅ⋯⋯」
「あ、ご飯もうすぐ出来るからねー」
「はーい」
返事をしつつ、タオルで髪を拭きあげ、ドライヤーで一気に乾かしていく。
冬が近づく10月後半だと、ドライヤーの温風が余計に心地よく感じた。
一通り乾かし終え、リビングのテーブル席に座った。
卓上にはほかほかのご飯と料理が並べられていて、仕事で疲れたオレの目を喜ばせてくれた。
「はい、お味噌汁。熱いから気をつけてねー」
「ありがとうございます。うわぁ、とても美味しそうですね。いい匂い」
「そんな大袈裟な⋯⋯。普通のインスタント味噌汁だよ?」
「いやいや、みことさんの手で作られたものは、みんなご馳走ですよ」
「まったく⋯⋯。口ばかり上手になって」
「はは。それじゃ⋯⋯」
「「いただきます」」
オレはみことさんに感謝しつつ、早速メインのおかずをいただいた。
今日のおかずは、豆腐ともやしとキャベツと豚肉の野菜炒め。焼肉のタレでじゅわっと炒められた至って普通の野菜炒めだが、熱が均等に通っていてどれもしっかりとした歯ごたえを感じた。
「このおかずだけで、ご飯何杯でもいけそうです」
「ふふっ、ありがとう。いつも高貴君がそうやって美味しそうに食べてくれるから、私も作りがいがあるなぁ」
「本当ですか? 嬉しいなぁ。次はチキンライスが食べたいです」
「またそんな事言ってくれちゃって。その内にね」
「やった」
そんな他愛もない会話もしつつ、楽しい食事の時間はゆっくりと過ぎていった。
「「ご馳走様でした」」
食事を終え、食器を台所へと運ぶ。
今日の洗い物担当はオレなので、腕を鳴らして洗い物に取り掛かった。
「洗い物ありがとねー」
「いえいえ、今日はオレの担当ですから。みことさんはゆっくりとくつろいでいてください」
「はーい♪」
まぁ2人分の食器の数はたかが知れてるので、洗い物はものの数分で終わった。
シンクの中も一通り洗い流し、両手を拭いてリビングへ。
オレはそのまま、ソファで寛ぐみことさんの隣に座った。
「よいしょ、っと」
「お疲れ様。ふふっ、まるでおじさんみたいだね」
「いやぁ、サラリーマンの気持ち、今なら分かる気がします」
「ふふ、順調に社会の荒波に揉まれてるみたいだね」
「そうですね。やってみて分かったんですが、仕事っていうのはやっぱり大変なものですね。全部が自己責任っていうか」
「まぁ、新人の内は上司がある程度受け持ってくれてるだろうから楽だけどねー。本当の地獄はこれからだよ? ふっふっふ⋯⋯」
「ま、マジですか⋯⋯?」
「そうだよー? それまでに、しっかりと英気を養っておかないとね」
「そうですね。それじゃ⋯⋯、みことさんに英気をチャージさせて貰おうかな」
「え⋯⋯?」
オレはそう言って、そっとみことさんの小さな身体を後ろから抱き締めた。
「っ」
小柄で華奢な身体がピクっと震えるが、それも一瞬の事。
すぐに力が抜け、全てをオレに委ねてくれた。
「んもぅ、甘えんぼさんだなぁ」
「少しだけ、今だけです。良いですか?」
「⋯⋯うん、良いよ。気が済むまで付き合ってあげる」
「ありがとう、ございます⋯⋯」
みことさんの温もりをじんわりと感じながら、オレはゆっくりと目を閉じた。
この先、オレは一生この人には敵わないだろう。
でも、それでも良い。
出来る範囲で、この人を守ってみせる。そして⋯⋯。
───幸せにするんだ。
END.
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。




